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監獄街  作者: 俊衛門
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第九章:14

 何事か、と省吾が身構えた。続いてまた振動、天井がぱらぱらと崩れた。扈蝶がサーベルに手をかけ、黒服たちが懐に手をやる。ふと、思い出した。彰の言葉を。

 ――ここは戦前の補給基地を使っている。

 戦前から残っているならば、施設の老朽化は相当激しいだろう。そしてここは地下。嫌なイメージが脳裏をよぎった。古くなった地下の基地が、崩れ落ちたりなんかしたら――

「おい、ここを――」

 言いかけたとき、天井に亀裂が入った。続いて壁にも。まずい、崩れる。そう思ったとき、天井が決壊した。

 逃げなければ、と思ったときに、粉塵の中から黒い影が躍り出た。

欠片が降注ぐ。省吾は身を低くした。黒服たちが銃を抜くのに、一陣の風が吹いた。

瞬間、黒服たちの顎が弾かれた。

(これは、こいつは)

 省吾の視界の中に、黒真珠を紡いだような髪が、舞った。赤いジャケット、粉塵を舞い上げて、流動する棍の先端が黒服の顎を打ったのを見た。

 細身の身体が躍って、やがてゆるやかにしなやかに、降り立つ。《南辺》の第2ブロックで、最初に見た姿を思い出していた。

「ユジン、か?」

 省吾がいって、初めてユジンは省吾の存在に気づいたようだった。省吾の方を一瞥し背負っていた棍を逆手に持ち直した。

「何やっているの、省吾」

「や、何って……」

 もう1人、髪に赤のメッシュが入った、少年が降りてくるのに気づいた。背中に、身の丈ほどの刀を背負って――あれは苗刀か。

「お前ら、何……」

 最後まで言い切らぬうちに、2人は素早く散開した。

「もち、仕事ビズだよ」

 と、いうのと同時に。

 少年が、閃光弾を投げた。白光が爆ぜて、網膜に突き刺さる。少年が動いた。

刀が、空中を刈る。

 加速された斬撃が、黒服の首に炸裂した。長大な刃の切っ先が肉を斬り、頚骨を寸断する。男の頭が落ちた。血煙、上がる。

 煙に乗じて、ユジンも動き出した。棍をしごき、一番大柄の男、その喉にめり込ませた。いとも簡単に頽れる、地面に接吻を余儀なくされた。

 更にステップを踏み、切り返し、棍を頭上で旋回。左の男に打ちつけた。後頭部を穿ち、頚椎を砕いた。

 銃火が瞬く、10連射。銃声が耳を衝く。背後の壁に着弾した。

 躍動、棍を跳ね上げる。男たちのジョーを打つ、3連撃。

 背後で発射炎マズルフラッシュが咲く。跳躍し、振向きざまに男の頭を打つ。追い討ちで、廻し蹴り。この間4秒。

「韓留賢!」

 ユジンがいうと、奥の方から新たに黒服が10人近く、駆けて来た。韓留賢と呼ばれた少年は苗刀を肩に担ぎ、再び閃光弾を投げる。マグネシウムの光とともに、韓は煙の中に突っ込んだ。肉の断ち切れる音と共に、悲鳴が上がるのを聞いた。

 扈蝶がサーベルを抜いて、ユジンに対した。

 背後から、右のサーベルが、ユジンの首を刈る。ユジンは軽く退いて躱した。

「邪魔をっ」

 扈蝶が左のサーベルを突き出した。ユジンは棍の先端でそれを打ち落とし、間髪入れずに水平に払う。

 黒風が、粉塵を巻き上げた。

 扈蝶は体を反らして避ける。しなやかな体捌き。反らした体勢のまま、身を捻って地面に左手をついて蹴りを放った。ユジンは胴を庇うのに、左脚で廻し蹴る。踵がユジンの肩を捉えた。よろめくユジン、扈蝶は起き上がり、横薙ぎに斬った。ユジンは大きく歩を開けた。

 扈蝶が追う。右のサーベルが斜めに斬り、左のサーベルで斬り上げた。そして両断、更に突き。手首を返して撫で斬りに転ず。

 ユジンは棍を体側で回し、襲い来る切っ先を流す。淀みない、水の動き。間合いを取り、一旦棍を引く。

 気勢と共に、ユジンが突いた。先端が扈蝶の水月を狙う。扈蝶は跳躍して、それを避ける。舞う蝶を思わせた。空中で回転、スリットから真っ白い腰の辺りまで覗かせる。

 瞬間、浮遊。自由落下。

 扈蝶が着地する、と同時に両者が踏み込んだ。

 ユジンが棍を真っ向振り下ろし、劈棍。叩きつける。扈蝶は左のサーベルで、水平に斬った。棍が、半ばから斬り落とされた。

 右のサーベルを、振り被った。

 気づけば省吾は動いていた。ポケットに納めた万力鎖を取り出し、分銅を投げた。折りたたまれた鎖が伸び、扈蝶の右手首に絡みつく。斬撃を、封じた。

「真田、さん?」

 扈蝶が驚いたように、振向いてくる。その隙を狙って、ユジンが半分になった棍を横薙ぎに打った。扈蝶はサーベルの護拳ナックルガードでそれを受ける。鈍い音がした。

「省吾、手出さないで!」

 ユジンが叫んだ。

「出さないで、って」

 そういったとき、扈蝶の横蹴りがユジンの胴に炸裂した。ユジンは体を折って――多分、急所に当たった――膝をつく。素早く、扈蝶は省吾に向き直った。左刀を切り返し、水平に斬る。省吾は鎖部分で、斬撃を受け止めた。

 火花、散る。

 重量を伴った、鋭い打ち込み。両掌が痺れるほどの、衝撃を受ける。

 すぐ目の前に、扈蝶の顔があった。吐息がかかりそうな距離に、淡雪のような肌。幼い面差しが、凄みを帯びる。眼光煌き、瞳の色に射抜かれた。

「真田さん、やっぱりあなたは……」

 扈蝶の、薄桜色の唇が動いた。

「あなたは、彼らに味方するのですね。私たちの仲間には」

 仲間には――いや、仲間など

「俺には、必要ない」

 息を吐き、鎖を刃に滑らせつつ、膝蹴りを放った。扈蝶の胸に打ち込む。柔らかいものが潰れる感触を覚えた。扈蝶はよろめくが、すぐに体勢を立て直し、サーベルを胸の前にかざした。

 刺突。

 省吾は真半身になって躱した。刃が鼻先の皮膚を削る。すかさず、省吾は鎖を引いた。扈蝶の右手首が吊り上げられる。

 体を入れ換えた。扈蝶と並び立つよう、密着する。呼吸を合わせ、剣を振るように腕を振り下ろす。鎖に引っ張られる形で、扈蝶の華奢な体が投げ飛ばされた。くるりと回って、背中から地面に落ちた。

 追撃の一手は、留めの一撃。鎖を短く持ち、もう一方の分銅を、仰向けの扈蝶に叩きつける。扈蝶は咄嗟に身をひねった。分銅が床を穿つ、そこは丁度、扈蝶の頭があった場所だった。

 本気で殺しにかかる、でないと殺される。だから。

 扈蝶は手首の鎖を解き、立ち上がった。省吾は分銅を回収して、対峙した。

ユジンもまた、立ち上がった。折れた棍を右手に持って、左手は胴を押さえていた。息が、切れている。

「真田……省吾」

 扈蝶は壁を背にして、省吾を左刀で、ユジンを右刀で牽制する。目は、省吾を見ていた。省吾もまた、扈蝶を見た。

「いいでしょう、あなたがそういうのなら」

 扈蝶が短く発した。その言葉が、空虚さを纏う。省吾が言い返すより先に、扈蝶は壁に取り付けられたスイッチを押した。

 途端、視界が白く塗りつぶされる。煙幕だ。煙幕が、部屋を満たしたのだ。濃いスモークの中、省吾は大きく距離を取った。鎖を伸ばし、攻撃に備える。

 この煙に紛れて、省吾を討つつもりか――ならば、その前に討つまで。討つ瞬間というのは、隙を生じる。先先の先を読んで、出鼻を挫く。

 耳をそばだてる。音は、聞こえない。空気が微かに動き、煙が揺らいだ。

 鎖が食い込むほどに握り、掌に食い込んだ。雪原に放り込まれた気がした。目の前をミルクを流した靄がかかり、自分の立ち位置も分からなくなりそうな感覚。ホワイトアウトに似る。喉が勝手に鳴る。額に生じた汗が顎下まで駆け下り、滴り落ちた。

 白梅香が、鼻腔をくすぐった。ほのかに、漂う。

 その方向に向き直る。と、煙の中から銀色が現出する。刃が真横に切り裂いて、首筋に伸びる。

 衝動的に分銅を水平に振り抜いた。刃に当たるに、金属の割れる音が響く。折り取られたサーベルの先端が跳ね上がり、天井に突き立った。

 扈蝶が左のサーベルを、突き出した。柔らかく、のびやかな刺突が網膜に飛び込んでくる。

 首を捻る。瞼から左の耳にかけて切創が刻まれた。

 ささくれる皮膚。切り裂くそれは冷たく、徐々に熱を持つ。ナトリウムの液をすり込んだように、傷口が爛れるようで。

 分銅を放る。扈蝶の胸骨にめり込み、精緻な横顔が苦痛に歪むのを目の当たりにした。唇を噛み、痛みを堪えて、しかし倒れない。刃をかざして間合いを取った。  

更に省吾は鎖を繰り出した。分銅の先端がサーベルの唾元に絡み、引き寄せた。扈蝶がその力に抵抗する。互いに引き合う。扈蝶が必死の形相で鎖を手繰るが、単純な腕力で省吾に敵うはずも無い。徐々に、引き寄せられてゆく。

 省吾はもう一方の分銅を垂らし、振り回した。あと一発、あと一発だ。。

 ハンドラーの、囁きに似た声が蘇った。『黄龍』に潜れ、と。知るか。俺は俺のやり方でやるんだ。あいつらの言うことなんか聞かずとも、自分のやり方で機械の人間を――

 誰かが発砲した。短く、2発。鎖の真ん中に火花が塵、鉄が跳ね上がる。引いていた力が消失し、鎖の欠片が空に弾けるのを見て、理解した。

 9時の方向、黒服の男が銃を向けている。銃口から煙が細く昇っていた。男はその銃口を、省吾の方に向けた。

「やべえ、ずらかるぜ」

 と血塗れた苗刀を手にしている韓留賢が叫ぶのを聞き、ユジンがそれに応じるように閃光弾を投げつけた。省吾は千切れた万力鎖の片方を黒服に投げつける。後ろで閃光が爆ぜると同時に、分銅が男の顔にめり込んだ。

「こっち来ぉ、旦那」

 と韓が促すままに、省吾は壁の穴に飛び込んだ。スモークの中、銃声が響くのを背にして。

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