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監獄街  作者: 俊衛門
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第八章:23

 左の峨嵋刺が、胴に伸びるのを省吾は手刀ではたき落とした。右の峨嵋刺、手首をとり体を入れ替えて投げる。連の左足が額を掠めた。つま先の針が、薄く赤い線を刻む。

 連は空中で身をよじり、着地した。その身のこなし、猫のように軽く柔らかい。地に足をつける、同時に飛び蹴りを打つ。右のつま先が、斜め上から首を刈る。

 しかし。

 (短い……!)

 連の蹴りと呼吸をあわせるように、前蹴りを打った。連の胸に突き刺さる。針は、わずかに届かない。

 空中でバランスを崩した。省吾は間を詰め、顔面に掌打。連が仰け反るのを、手をとり手首を極めた。

 連が、抵抗する。重心を調整し、押し返す力を利用して連の体を崩した。右足を軸に、左手で刀の斬撃の軌道を描く。軽い体が浮き上がった。

 地面に、激突。肩から落ちたが、前転しながら受身をとり、起き上がった。間をとる。

 やはり、そうか。連の体は未成熟だ。体重は軽く、よって一撃一撃に威力がない。それを補うため、峨嵋刺やつま先の針を使っているのだろうが……体が足りないため手足が届かない。慣れてしまえば、こちらに有利に働く。

 少なくとも――純粋な打撃戦ならば。

 問題はその後。固い地面の上に投げつければ、大概の敵は勝手に失神してくれるのだがこのガキ、なかなかしぶとい。投げるたび、体を入れ替えて巧みに受身をとり、また着地する。突き蹴りも、打点を微妙にずらしてダメージを軽減させている。

 これほどすばしっこいと、厄介だ。省吾としてはさっさと捕まえてしまいたいのだが。

 「クソガキめ」

 背後で、銃声の波が徐々に収まりつつある。『黄龍』の黒服たちを黙らせた後、この紺色パーカー軍団――『STINGER』といったか。奴らの標的ターゲットが誰になるか、考えずともわかる。

 あまり時間はない。次で勝負を決める。

 (少々、刺されても奴を組み伏せ……両腕を完全に粉砕)

 子供の腕をへし折るのはあまりいい気持ちはしないが、そんなことはいってられない。戦とは、敵を殺すとともに己も殺すものなのだ。

 右半身に構え、両手は開手。ずっ、っと迫った。

 その時、連の右手がきらりと瞬いた。右の太ももに、鋭い痛みが走る。出鼻をくじかれた。

 「痛っ……」

 足に目をやると、先ほどまで連の指にはまっていた峨嵋刺が刺さっている。今度は、連の左手が光る。銀色の鏃が、省吾の横顔を掠めた。

 また、右の峨嵋刺を投擲。さらに左。パーカーの袖から、新たな峨嵋刺を出しては投げている。省吾は後退を余儀なくされた。痛む足を引きずって

 そういや、峨嵋刺ってのは標としても使えたっけな――。一瞬、そんなことを思い出す。

 乱打戦から遠戦に持ち込もうというのか。上等だ。省吾は、足に刺さった峨嵋刺を引き抜いた。手裏剣術なら、こちらも心得がある。

 血のついた峨嵋刺を、打剣。連がそれを避ける。背後の壁に刺さった。連もまた、峨嵋刺を打つ。省吾は転がりながら避け、地面に刺さる峨嵋刺を打つ。

 カッカッカ、と三連続で弾かれた。連はいつのまに指にはめた峨嵋刺で、省吾の打った峨嵋刺を防いだ。そして新たに、投擲。首に刺さりそうになるのを、省吾は空中で掴むことで回避。掴んだ峨嵋刺を、さらに打つ。まるでキャッチボールだ。

 きりがない。そう判断した省吾は、峨嵋刺を右手に二本束ねた。左に一本。逃げ回るのを止め、足を止め、連目がけて走った。

 左手一本、打剣。次に右手で、間髪いれずに打つ。連は二本とも弾き返した。

 もう一本。連の顔面に向けて打つ。仰け反った。

 省吾は飛びながら、前蹴りを打った。連の右腕を蹴り上げると、束ねた峨嵋刺がばらばらと零れ落ちる。

 左の峨嵋刺を突きだした。省吾の肩に刺さる。

 くれてやる――それはもう、覚悟の上だ。肉を切らせて、

 「骨を断つ!」

 連の胸倉を掴み、足を払った。腰に乗せつつ、投げ飛ばす。手首をとって投げるのではなく、より体を密着させた投げ。刺される危険は高くなるが、その分組み伏せやすくなる。

連が背中から落ちる、逃げようとするのを左腕をとってひねり上げた。右腕もとろうと、手を伸ばす。

 突如、首筋に小さな痛みを感じた。峨嵋刺ではない、もっと小さな針。

 その瞬間、目の前に火花が散った。

 「が……」

 全身に痺れ。腕と、足と。体中の力が、抜けていく。連の体にもたれるように、くずおれた。

 連の右手に、電気銃テイザーが握られている。ワイヤーが、首筋に刺さり、電流が省吾の体を駆けたのだ。

 「てめ……いつの……間に」

 抵抗する力を失った省吾の首に、連の手がかかった。細い指だった。

 省吾を仰向けにし、馬乗りになる。峨嵋刺を、逆手に持って振りかぶった。

 切っ先が、顔面に狙いをつけている。そんな細腕で貫けるのか、なんて憎まれ口の一つでも叩いてやりたいところだが、如何せん喉を押さえつけられて声がでない。

 振り下ろされる鏃。

 そこへ、一発の銃声が響いた。

 連の右手から、火花が散った。正確には、その手に握られた峨嵋刺から。

 「そこまでだ、坊や」

 凛とした声が、聞こえる。声の方に首を動かす。

 『黄龍』の長、レイチェル・リーがチーフスペシャルを構えて立っている。銃口からは硝煙が立ち昇っていた。

 「あんたの仲間は、もうとっくに引き上げたよ。私の部下を散々いたぶった末にな。せめてあんたを血祭りに上げたいところだが、どうする?」

 連は黙ってレイチェルを睨めつける。表情は分からない。1,2秒ほど睨んでいた後、半分になった峨嵋刺をレイチェルに投げつけた。

 「……っ!」

 横槍を入れられたことに腹を立てていたのだろうか、随分と雑な投擲だった。

 レイチェルが銃で弾く。その一瞬の隙をつき、連は省吾から離れた。レイチェルがチーフスペシャルを撃ったが、連はすばやく遮蔽物に身を隠し、暗がりの中に消えた。

 「ふん、逃げ足の速い」

 いって、レイチェルは省吾の方を向いた。

 「追わないのか? 『黄龍』の」

 仰向けのまま訊いてみる。レイチェルの引き締まった脚が、顔のすぐ横にそそり立つ。スカートの中の、かなりきわどいところまで見えた。

 「こちらの事態を収拾するのが先だ。それに、私が用があるのはあの『STINGER』よりも」

 といって、チーフスペシャルを省吾に向けた。

 「どうやら、助かったわけじゃあなさそうだな」

 少しだけ、痺れが和らいだ。状態を起こして、周囲に目を配る。

 省吾を、黒服たちが囲っている。それぞれ、めいめい銃を構えていた。銃口は、省吾の方を向いている。


 縄を長く持ち、体の側面で回転させる。鉄の短剣が、縦に唸る。

 遠心力が加わった先端が、飛来した。

 頭を下げて避けると、標は後ろの壁を穿つ。石にいとも容易く突き刺さった。

 「次は、あんたの頭蓋骨砕いてあげる」

 縄を手繰り、回転。さらにもう一撃。切っ先は点となり、縄が直線となる。

 棍を、肩に担いで弾く。標は、手元に戻ることなくその場で変化。先端が山なりに飛び、足を狙った。

 跳躍。壁に足かけ、空中で捻転しつつ打撃。女の鼻先を掠めた。

 女は縄を短く持った。右手首を利かせつつ、2連3連の刺突を繰る。ユジンはそれを弾きつつ、棍を打ち出す。

 横に払い、手首を返して上から突き。先端が螺旋を描く。それが外れれば、下から掬い上げ、斜めに打ち据える。標が肩に当たったが、気に止めない。棍を長く持ち、足に力を溜めた。女が、標を投げたのを見計らい、一気に懐に飛び込んだ。

 背中から頭上に回し、勢いをつけて横薙ぎ。女の左腕を捉えた。

 手ごたえあり。

 棍の先端が肉にめり込み、腕がくの字に曲がる。女の膝が落ちた。

 「勝負あったわね」

 ユジンが、棍をつきつけていった。

 「ああ……そうだわな」

 女は苦しそうに息を吐いた。うつむいて、唇を噛んで苦痛を堪えているようだ。

 この女をどうするか。そう、一瞬でも考えたのが誤算、だった。

 女が標を投げつけた。目の前に、いきなり鋭い切っ先が現れた。反射的に、後ろに下がる。 女は右手で、縄を繰った。

 波打つ縄。先端の標が、水魚の如く跳ねた。

 「勝負ありだよ。あんたの負けでなぁ!」

 心臓を、狙い打つ。ユジンは棍で防いだ。棍の真ん中、バトンの連結部分に標が当たり、棍が真っ二つに折れた。

 舞う破片、連結部のボルトが瞼に当たる。

 1本につながった棍は、再び2本のバトンに戻された。一方はユジンの手の中に残ったものの、もう一方は下水の中に落ちてしまった。

 「うかつだったな、朝鮮人。あんた、あたしに止めも刺さないで勝った気でいただろ? 腕の一本とったくらいで。笑わせる、あたしがそれで黙るとか思っていたのかよ。しょうもない甘ちゃんだな」

 女は立ち上がると、右手で縄を振り回した。短く持っていたのを、段々長く縄を調節する。

 ユジンは短くなったバトンを右手で持った。中段に構えたそれは、いかにも頼りなさげに見える。得物の長短はあまり関係ない、と省吾がいっていたが。長かったものが短くなるというのは、やはり心もとない。

 「その手の武器はさ、つなぎ目部分が弱くなるんだよな。二本の棒つなぎ合わせても、急場しのぎだよ」

 女が標を投げつける。ユジンは体を横にして避ける。コンマ2秒後、ユジンの心臓があった場所を標が通過した。

 (懐に、入り込まなければ)

 そうは思っても、縄が繰り出す標の嵐を、バトンで掻い潜るのには厳しい。もう少し、長さがあれば……。

 足に縄が絡みついた。女が手を引くと、足をとられて転倒。背中が、いや全身が地面に打ちつけられる。目の中に星が瞬いた。

 「終わりだ、バカ」

 仰向けになったところ、縄を解き女が手先を波打たせた。顔面に標が、降ってくる。

 まつげに先端が触れた。皮膚が削られる――。


 血の狼煙が舞い上がった。




 東の空が、朝焼けに燃える。陽光が、ビルの屋上にいる紺色の集団を朱に照らす。

 “Xanadu”の灯、その下に黒服の男たちが斃れているのが見える。

 金はその様子を眺め、愉悦に顔を綻ばせた。

 「これからだ」

 紺色のパーカーが、風に棚引く。その背中に、金文字で『STINGER』と刻まれている。

 「これからが、本当の勝負。俺が、『皇帝エンペラー』に上り詰めるための、な」


 血と騒乱の夜が幕を閉じ、昇る日が新たな戦いを告げる。

 陽に染まる《西辺》のビル群。細く立ち上る黒煙。


 成海の街は、再び燃える。



 第八章:完

次回は8月25日ごろです。

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