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監獄街  作者: 俊衛門
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第八章:21

 省吾が突いた腕を巻き込むように、体を旋回させる。連は省吾の体の外に歩を進め、刺突をかわした。

 省吾は真半身になった。矢は逆手に持ち替え、突き刺す。

 連の手元が光った。次に、空中に赤い雫が舞う。それが自分の血であり、頬を切られたと悟ったときには、二撃目が襲いかかってきた。

 両手に握られた、長い“杭”。両端が鏃のように尖っている。左の突きを外すと、右の杭で切り裂いてきた。

 身をそらし、後退。服が破けた。なおも突いてくる手に、前蹴りを食らわせる。連の手から、正体不明の“杭”を落とすためだ。だが、その手は大きく弾かれたものの杭を落とすことはなかった。

 掌の中で、銀色の光彩を放ちながらくるくると回っている。中指を中心に、円形に。ペンを弄ぶように、巧みに回している。

 それはそうだ。その武器は、ただの“杭”ではない。

 「峨嵋刺がびし……!」

 舌の上で自らの血を転がしながら、呻く。

 両端が尖った、長さ30センチほどの鉄の棒。その中央にはリングがついている。リングを中指にはめ、回す。刺突し、時に先端で切り裂く武器。それが「峨嵋刺」である。暗器の一種で、護身や暗殺にも用いられる。

 その存在は知っていたものの、実際の使い手と遭遇したのは初めてである。

「全く、妙な武器ばっかり使う」

 連は、省吾がいうのにも何も反応を示さない。ただ、手の中で峨嵋刺を回している。くるくる、くるくると。銀色の鍍金メッキが、煌く。

「何とかいったらどうなんだ」

 回していた鉄杭を、握りこんだ。同時に、小さな身体が跳ねた。

 左の刺突。喉に伸びる。首をそらすと、顎下の皮がわずかに裂ける。省吾はその手をとろうとするが、連はすぐに引っ込めた。

 右刺突。今度は胴。下がると左の突きが顔に伸びる。鏃の先端が、目の前に差し出された。 省吾はその手を掴む。体を入れ替え、連と同じ方向を向く。

 肘を固めつつ、投げ飛ばす。連の体が、ふわりと浮いた。驚くほど軽い。

 連が背中から落ちる。止めを刺すべく、矢を突きだす。連は仰向けになったまま、蹴りを打ってきた。

 省吾、右腕で受ける。これも軽い。だが、そのつま先に光るものを見てひやりとした。

 靴の先端から、針が飛び出している――かなり太い針だ。もう2、3センチ、受ける箇所を違えたら手の甲を貫いていたに違いない。

 距離をとると、連は起き上がった。つま先から出た針は、立ち上がると同時に引っ込んだ。 そういや、フランスからの喧嘩屋で靴にナイフを仕込んだ奴がいたっけなあ。なんだっけ、サバットとかいう格闘技使っていたな――なんてことを思っていると連がすばやく間合いを詰めてきた。

 左突き。右手の矢が弾かれる。省吾が下がると、連は体を回転させる。一瞬、背中の文字が見えたかと思うと右の峨嵋刺がものすごい勢いで飛んできた。

 切り裂く、閃光。

 省吾の顔面、瞼の上が少し切れた。痛みよりも、怖れを感じた。このガキの攻撃は、小癪なことに正確だ。おまけに、速い。

 もう一度、アタック。左、右と繰り出してくる。ボクシングのラッシュにも似た連撃、省吾はすべてそれを弾き落とした。

 調子に乗るなよ、小僧と滴る血を舐めると、塩っぽい味がした。確かに早いが、反応し切れないほどではない。

 省吾の両手が同時に動く。右手は連の左手、左手は連の右手を掴んだ。

 相手は狼狽している。華奢な、少しでも力を入れたら折れてしまいそうな細腕。握り締め、十字に締め上げる。

 連がその場で、飛んだ。

 掴まれている腕を支点に、体を一回転させたのだ。丁度逆上がりをするように、後方に。

 いきなり、省吾の鼻先に、連の靴の先が迫る。先端が、光った。

 顔を背ける。つま先が耳に当たる。焼け付くような痛みが、走った。思わず、手を離す。

 また、つま先から針が顔を覗かせていた。省吾が下がると、連の左足にあった針が納められる。どういう原理かはわからないが、あの針は任意に出し入れできるようだ。

 (どんな状況でも対応できるのが一心無涯流だけど)

 血を含む唾を飲み込んで、呟いた。

「せめてナイフは欲しかったな」

 そうやって、何かに頼りたくなるのはまだまだ自分が未熟だから、なのだろうか。



 銃撃はまだ続いている。地面を這うように進み、ようやく目的の場所についた。

「ここよ」

 ユジンがマンホールを開ける。下水道の、湿った腐臭が立ちこめる。

「こんなところから逃げるつもりだったのか」

 彰が顔をしかめていった。「物凄いな」

 それを聞いて、ユジンはちょっと不満そうな顔をした。

「退路は自分で確保しろっていったじゃない。だから確保したまでよ」

「ま、理想的といえば理想的。地下に逃げ込めば、《南辺》まで歩いて行けるしね」

 彰が先陣をきり、降りる。気絶したままの雪久をユジンが手渡し、自身も飛び降りた。

降り立った瞬間、果たしてすさまじい臭気に出迎えられた。

 滔々と流れる汚水は、生臭い。腐った臓物のにおいがした。生ごみだって、もう少しマシであろうと思えるくらい。死んでから何日も放置された骸が放つ強烈な異臭、黙っていても胃の中から込み上げるものがある。ここに、本物の死体が浮いていたとしても驚かないだろう。

 じっとりと汗ばむ。密閉された空間が、湿気を閉じ込めていた。暑苦しく、息苦しい。服がはり付くのを鬱陶しく感じながらも、これでも上の銃撃の最中よりははるかに良い。

「いいぞ、ユジン。案内してくれ」

 LEDのフラッシュライトの明かりをちらつかせ、彰がいった。雪久は気がついたのかわからない。時々、うなるような声を出しているが。

「待って、リーシェンたちを助けなきゃ……」

 ユジンは、入ってきたマンホールを見上げていった。

「あのままじゃ」

「ダメだ。そんなことしたら、お前まで危険に晒される」

  彰が首を振る。

「今は、俺たちだけで逃げるんだ」

「リーシェンたちを見捨てるっていうの?」

 ユジンが問い詰める。彰は、肯定するでも否定するでもなく、ただこういった。

「あいつらはあいつらで、何とかしてもらうより他ない。戻るのは危険だ」

「だ、だって仲間でしょ? だったら――」

「ユジン」

  彰がユジンの言葉をさえぎった。決してきつい口調ではないが、有無をいわさない意思の強い声。その声に、二の句が告げなくなってしまう。さらに続けた。

「これは戦争ということだ」

 はっきりと、そういったのだ。

 そういわれると、もう反論の余地はない。

「わかったわよ……」

 渋々、そういうと彰は相好を崩した。

「心配ない。彼らはああみえて、結構タフだ。誰かの手助けがなくとも、どうにか生き延びる術を見つける」

 丁度俺やお前がそうだったように……彰がいうのに、ユジンも頷いた。焼け野原を生き延びたのはあの3人だって同じ。これまで、誰の助けも無しに生きてきたのは皆一緒だ。

(……無事でいて)

 殆ど祈るような気持ちで背を向け、

「こっちに」

 先頭にたち、深手を負った雪久が背負う、彰を導く。今は、この場を抜けることが先決。そして抜け道を知っているのは自分しかいない。

 フラッシュライトで照らされた道を、駆ける。

 だが、すぐに立ち止まった。

「どうした?」

 彰が訊く。それには答えず、ユジンは後ろを振り向いた。

 なんだろうか、背筋が今、凍るように冷たくなったのは。全身を駆ける戦慄は、いいようのない胸騒ぎは。

 ……彰、ごめん。先導は、無理かもしれない」

「何が」

 彰が戸惑っている。ユジンは立ち止まり、背中から警棒を取り出した。左右の手に握り、振る。少し長めのバトン、最大伸長は45センチにも達する。伸ばしきったバトンを、ぐっと握り締める。握った掌から、じんわりと汗が滲んだ。

 これは、暑さのせいじゃない――

「下がって」

 彰を押しのけると、ユジンは走りながらバトンを振るった。

 キン……

 鈍い金属音が響く。右のバトンに、手ごたえ。火花が散る。

 ユジンは彰をかばうように立った。左のバトンを突きつけ、叫んだ。

「誰?」

 闇の中から、笑い声が漏れる。

「よく止めたなあ、あんた。『OROCHI』ってのは和馬雪久一枚で、他はカスって聞いてたけどよ」

 女の声、ただし口調はかなり荒っぽい。

 姿を現す。

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