第一章:7
「な、なんだっ」
省吾は我に返った。
1本目は、丁度二人の間に着弾した。続いて2本3本と投げ込まれ、新たな火柱をつくる。 2人を囲むように、火炎が走った。
「今は後!」
そう叫ぶなり、ユジンの行動は早かった。
どこで手に入れたのか、消火器を持ち出し火を消す。彼女の部屋は、消化剤で白くコーティングされた。
「何だよ、これは」
「とうとう、来たようね」
割れた窓より外を見据え、ユジンはつぶやく。その視線の先には……
「ユジ〜ン。グッイブ二〜ン」
あの、青バンダナの肥満体がいた。周りには、同じく「青」を身につけた男が10人、いる。遠目からでも『BLUE PANTHER』の一団であることが分かった。
「な、何であいつこんなところにいんだよ」
狼狽を隠せない。
「どうやら、ここにあなたがいることがばれたようね」
「何でまた」
「奴らの情報収集能力は侮れない。わずか3日のうちに私の家を突き止め、あなたがいることを調べ上げるなんて。さすがね」
ユジンは、脱兎のごとく部屋の奥に走ると、床下からなにやら取り出した。
最初に手にとったのは……黒い棒であった。ユジンの身の丈ほどもある。
(あれは、棍か!)
棍は、大陸式の拳法に於いてもっとも基本的な武器とされている。単なる棒を扱う武術は世界中に存在するが、大陸拳法における「棍」とは、根元から先端部にかけ、徐々に細くなる作りだ。ユジンの持っているものは、両端が細い「双頭棍」と呼ばれるものである。
「省吾、この続きはまた今度にしましょう。チームに入ってくれれば、そんなことしなくてもいいけれどね」
右手に棍、左手には、なにやら赤い上着を持っている……赤い上着?
「お前……」
「そこに居て」
一瞬だけ、薄く笑いを浮かべたかと思ったらもうその顔は娘の顔ではなかった。省吾もよく知る、戦士の顔。
ユジンは、持っていた上着に勢いよく袖を通す。
それはかつて、省吾が見た少年が着ていた赤色のジャケット。その背中には……
『OROCHI』の、黒灰色の文字が、躍っていた。
南辺、第4ブロックのスラムに不穏の風が吹き抜ける。
表通りには、『BLUE PANTHER』の組員が居た。人数は11名。各々、拳銃とショットガンで武装している。いつでも火を吹けるよう、安全装置ははずされている。
皆、一様に「青」を身につけている。色のない、灰色の街のなかでその一角だけ、鮮やかである。ただ、彼らのまとう空気は暗く、重いものだった。殺意が、街を包み込む。
その青の群衆の前に、ただ1人赤い少女が出てきた。
手には五尺ほどの棍を携えている。長い髪は後ろで束ねられていた。
「会いたかったぜ、ユジ〜ン」
真ん中の男が歩み出た。青いバンダナ、肥満体系のニヤケ面。
「お久しぶりです、ジュークさん」
ユジンはにこやかに、しかし冷たい笑顔を向けた。言葉の端に棘を含む。
「今日は何の用事でしょうかね?」
「な〜に、穴倉から抜け出したネズミがこの辺に逃げ込んだらしくてね〜。業者に代わって駆除しにきたんだよ」
「そうですか。では私が代わりにやっておきます。どうかお引取りを」
「しらばっくれても、ダメだな〜」
ジュークと呼ばれた肥満男が、その毒気を帯びた視線を浴びせた。上から下まで舐めるように見回され、ユジンは鳥肌が立った。
「お前のところに逃げ込んだのは明白なんだな〜。さっさと出してもらいたいね〜」
いい加減、語尾を上げたしゃべり方をやめてもらいたい、とユジンは思う。出っ張った腹、脂ぎった髭面。それらすべてが彼女に生理的嫌悪感を抱かせる。
ユジン、正確には彼女のチームと『BLUE PANTHER』は、時々小競り合いを起こしている関係で、この男とは顔見知りになってしまったのだ。ユジンとしては、二度と会いたくない人物であるが……
「よお、でもお前の返答しだいでは考えてもいいぜ〜」
「何がよ」
つい、口調を荒げた。
「俺と寝てくれたら、見逃してもいいんだがね」
誰かが、ひゅうっと口を鳴らした。
「あら、アジア女はお嫌いじゃありませんでしたか?」
「お前は別さ」
ジュークは彼女の、主に首から下の部分だけをじろじろと眺めた。
抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な体。しかし、小ぶりながらも発達した胸と、腰からヒップにかけてのなだらかな線。衣服の上からもわかる、理想的なラインは情欲をそそる。
「なあ、ユジン。俺と寝てくれよ」
後ろの男達の、下卑た笑い声と嬌声が、ユジンの不快指数を上げる。笑顔を崩すことなく、彼女は言った。
「ごめんなさい。私最低でも人間の男性とお付き合いしたいの。豚とよろしくやる趣味はないので……」
「は?」
「養豚場に帰って、同族とヤッてなさい。それとも屠殺場に送られたい?」
薄ら笑いを浮かべながら、ユジンは肩に担いだ棍を水平に構えた。