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監獄街  作者: 俊衛門
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第八章:15

 どこかで爆音が響いた、と思ったらいきなり照明が落ちた。VIPルームの客たちに戸惑いと衝撃、走る。さらに、ヒューイの側近二人が発砲したことで、混乱が訪れた。

 「貴様!」

 白人男がグロック拳銃を雪久のいるほうに向けた。黒人男はフラッシュライトを向ける。だが、そこには雪久の姿がいなかった。

 「俺を守れ!」

 というヒューイの声に、二人はすぐに反応した。白人男が右脇、黒人の方は左脇を固めた。ライトの光で、部屋中を照らした。だが

 「そんなんじゃ、見つかりゃしねえよ」

 直上から声。ライトを向ける。黒い影が躍り、ライトを叩き落した。床に当たり、砕け散る。

 一気に、闇が深まった。

 「どこにいる、この野郎!」

 VIPルームの客は、入り口付近で立ち往生している。ドアが、開かないのだ。

 ――くそったれ、俺たちを閉じ込めやがったかあの眼鏡が――

 心の中で舌打ちする。ヒューイもまた懐からオートマチック拳銃を取り出した。ベルギー製、ブローニングハイパワーだ。

 どこにいる――かすかに、息遣いが聞こえた。気配も、おぼろげに感じる。だが下手には撃てない。撃てば、この場に入る馬鹿客どもが騒いでせっかくつけたあたりを見失ってしまう。

 背後で、トンと足音がした。振り返って発砲、客の一人が倒れた。ハズレだ。

 「苦労しているみてえだな、おい」

 一体どこからしゃべっているのか、まるでスピーカーかなにかで話しているように声が室内に反響して聞こえる。それは果たして、錯覚なのかわからない。俺は、この騒ぎで頭がおかしくなっているんじゃないか。

 「じゃ、目印つけてやるよ」

 声がいった。右後方で、足音。振り返る。黒い空間にひとつ、紅い光点が浮かび上がったのを見た。鮮やかな、血の色は闇の中で爛々と輝いている。

 『千里眼クレヤヴォヤンス』――あれが、3ヶ月前に《南辺》の長を壊滅させた、戦時の機械技術の一つか。

 「この!」

 ヒューイ発砲。二人の男も後に続く。3つの銃口が連続的に火を噴いた。紅の光は、ゆらりと宙を舞った。光が、筋となって軌跡を描く。

 直上に。ブローニングを連続して4発発砲。光の主が飛び、銃弾は天井に当たり、漆喰の欠片が落ちてきた。次に光は、背後に降り立った。

 背後?

 「よお、ブラザー」

 突風が両隣で吹いた。うめき声、骨の砕ける鈍重な音。両脇の側近が、同時に吹っ飛ばされた。

 光点が、眼前に迫る。その紅の燐光の下、雪久が笑っているのが見えた。

 ヒューイ、無意識的に銃を向ける。

 雪久はその手をとった。人差し指をとり、銃を取り上げる。さらに関節を極め、次にはヒューイを後ろ手に拘束した。

 「ちょっとついてきてもらうぜ」

 耳元でささやく声。ヒューイの両手に手錠がかけられた。

 「俺を、どうする気だ」

 そう問うが雪久は答えず、ヒューイの腕をとり、引きずるようにVIPルームの奥へ向かった。

 「そっちは入り口じゃないぞ」

 「いいんだよ、こっちで」

 壁の一角を顎でしゃくる。すると、壁の一部が盛り上がり、やがてぼろぼろと崩れだしたではないか。穴は人一人が入れるくらいの大きさに広がり、中から茶髪の少年が姿を現した。

 「雪久!」

 東洋人のようだった。雪久はうなずくと、ヒューイを無理やり穴に押し込めた。

 「行くぜ旦那。あんたにゃ、レイチェルを引っ張り出すための道具になってもらう」

 最後に、そう耳元でささやいて。


 「リック! 大丈夫か」

 黒人男が身を起こした。顎が、まだ痛む。白人の、リックと呼ばれた男もようやく立ち上がった。

 「ミスターは?」

 リックが問うと、黒人男は黙って部屋の奥を指差した。

 「連れてかれたよ。あのガキ、よりによってミスタ・ブラッドを……チクショウ!」

 黒人男は悔しそうに床を叩いたが、リックは落ち着いているようだった。

 「悔やむのは後だ。こうなった以上、本部に連絡するんだよ」

 「しかし、そうなると……」

 「聞こえなかったか」

 リックは黒人男を見下ろしていった。

 「連絡するんだよ、ボスに」


 クラブの裏手に出た彰は、やがて一台のジープが走ってくるのを見た。

 「彰!」

 ジープはフェンスぎりぎりにつけ、中から黄とリーシェンが顔を出した。

 「ご苦労だった、黄、リーシェン。退路は確保してあるな?」

 「問題はない、だけどユジンは……?」

 「あいつはあいつで、逃げる手はずを整えてある。こっちは雪久とヒューイ・ブラッドのことを考えていればいい。ヨシが二人を先導してくるから、ヒューイを乗せたらすぐにここを離れるんだ」

 一瞬クラブの方を、次に自らの時計に目を落とした。時計の針は、午前3時を指そうとしている。

 「中が復旧するには30分、だが連中はすでに『黄龍』本部に連絡を入れたはずだ」

 時計の針は、刻々と変化する。彰は唇を噛んだ。

 「そうなると、多く見積もって10分ほどで奴らの応援が来る。それまでに、なんとかここを出るんだよ」

 黄とリーシェンが同時にうなずいた。

 クラブの中は、まだ混乱が続いているようだ。ふと、省吾の姿が思い出された。あの中に、まだいるはずだ。少し気がかりではあるが、今は他人のことを心配している暇はない。あいつはあいつでなんとか脱出するだろう……

 (そういえば、あいつどうやってここに来たんだろう?)

 省吾には、西のこんなところまで来る足はないはずだ。歩き? 考えられない。誰か、別の人間と来ている。

 誰と――?

 「彰、ねえ彰」

 リーシェンが呼ぶのに、我に返った。

 「なんか、あいつさっきからずっとあそこにいるです」

 不安げにリーシェン指差した方向に、長髪の大柄な男がいた。フェンスにもたれ掛っている。

 まずいな――つと、汗が顎を濡らした。今の会話、聞かれたかもしれない。見たところ東洋人だが、『黄龍』の組員には東洋人も多い。頭が何せ、東洋人と変わらないのだから。

 (消した方がいいか)

 こういうときにガバメントがあれば便利なのだが。彰は背中にナイフを隠し、男に近づいた。慎重に、歩をつめる。

 男は、寄りかかっていたフェンスから離れ、のっそりと近づいてきた。

 「いい夜だな、九路彰」

 言われた瞬間、背筋が凍った。

 「なぜ、俺の名を」

 「何だってわかるさ」

 ハンドポケットのまま、男は近づいてくる。その姿が、街灯照らされて明らかになった。

 肩まで垂らした長髪、190センチを超える慎重。紺色のパーカーに身を包み、彰を見下ろすように見ている。

 「何だってわかるさ、『OROCHI』の九路彰君よ」

 男の右足が動いた。次には、彰は自分の頭に衝撃が走ったのを感じた。


 「『疵面の剣客スカーフェイス・ソードマン』」

 鉄の筒の感触を感じながら、省吾は両腕を上げた。

 「この《西辺》じゃあ、俺のことしっている奴はいないはずだがな」

 「そんなことはどうでもいい、『疵面スカーフェイス』。ここになにをしに来た」

 押し殺した声。銃口が、さらに押し付けられる。

 「なにしに? この街の観光ツアーといったら信じるかい?」

 「誤魔化すんじゃない。なにを企んでいるのかわからんが、貴様の好きにはさせないぞ『疵面スカーフェイス』」

 「好きには、って……参ったな、俺はむしろ被害者なんだが」

 俺を殺すのか、と訊くと男は鼻を鳴らしてああと答えた。

 「俺ごとき、難民を殺してなんかあるのかよ」

 「ただの難民ならな。だが、お前が『皇帝エンペラー』を脅かす存在であること、それはお前自身がわかっているだろう」

 指に、力が加わった。引き金が徐々に絞られる、わずかな金属音でわかる。省吾はふうっとため息をついた。

 「なるほど、《南辺》では彰たちを狙ったんじゃなく、俺をそうとしてのことか。『皇帝エンペラー』ってことは、お前たち『マフィア』の差し金かよ」

 そして、俺が『皇帝エンペラー』を脅かす存在。

 そういう、ことか。

 この街の『マフィア』と呼ばれる連中が、知られてはいけない「何か」を……

 「どうせお前はオダブツだ。その前に、何か言い残すことはないか」

 背後の男がいうのに、省吾はちょっと顔を傾けていった。

 「そうだなあ……特にないが、その銃。ちゃんと安全装置は外したか?」

 「え?」

 安全装置など、外しているに決まっているのだが――省吾がいうのに、ほんのコンマ1秒、男の意識が銃の方に向いた。

 それだけで十分。

 省吾は右手で銃をとった。ハンマーとトリガーを指で押さえ、発砲を阻止した。さらに後ろ手にとり、背後に回った。

 後ろから男の首を絞め、右手で男の右腕をねじり上げる。

 「教訓その1。敵の言質に惑わされない」

 いうと、両腕に力をこめた。左手で気道を圧迫、右手で男の肘関節を粉砕する。声を上げることなく、男は崩れ落ちた。

 まだ入り口付近で、客たちが騒いでいる。どうも、入り口が封鎖されているようだ。彰の差し金だろうか。だが

 「雪久め、はやまったな」

 男の銃を奪い取り、省吾は走った。


 警棒で無差別に殴る。あまり気持ちのいいことではないが、しかたがない。ユジンに課せられた使命は「撹乱」だった。雪久がヒューイを連れてこの“Xanadu”を出るまで、なるべくフロアをかき乱すこと。

 その撹乱がすんだら、次には本格的に戦闘にはいる。

 銃声が鳴った。『黄龍』の兵隊の一人が発砲して来た。

 左のバトンを逆手に持ち、右足を逃げる誰かの肩にかけた。

 跳躍。銃声の方に飛ぶ。着地とともに、逆手に持ったバトンを黒服に叩きつけた。もう一人、また撃って来る。ユジンは射線を避け、群衆を盾にしながらベレッタの男を叩き伏せる。身をひねって、もう一人。顎を砕き、肋骨を穿つ。二撃目は打たない。急所を狙えば、大の男でも一発で沈めることが出来る。

 斜め後方から、フルオートの連続的な銃声が響いた。

 肩に痛み。被弾したようだ。すぐさまユジンは、倒れた黒服の男の襟を掴み、盾にした。

 敵は、まさか同志を撃つわけにはいかないと思ったか。すぐに撃つのをやめた。それが好機。

 彰手製の閃光弾スタン・グレネードを投げ入れる。『BULE PANTHER』との闘いで改良が加えられ、火をつけずとも起爆するようになった。

 天頂ではじける、真白い光。男の姿が、照らし出された。SMGを持ったまま、光に当てられ、目を背けている。ユジンは再び飛んだ。

 空中で、身を翻す。

 着地、そして蹴り。男の顔面に、ユジンの剥き出しの生足が食い込む。歯を撒き散らして、男は吹っ飛んだ。

 「おっと」

 慣れない蹴りを打ったからか、バランスを崩す。そこへ新たな銃声。

 「キリがないわね」

 ポケットから携帯電話を取り出した。画面のデジタル表示には「0305」の文字。もうそろそろ、雪久たちも出ただろう。あとは自分が脱出すれば……

 「こっちだ、ユジン!」

 朝鮮語が響いた。声の方を見ると、省吾が手招きしている。手にはベレッタ拳銃を持っていた。

 「省吾? なにやってんの」

 「乗りかかった船だ」

 そういうと黒服の一人を撃ち殺した。

 「つきあうぜ、まずは脱出だ」


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