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監獄街  作者: 俊衛門
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第八章:14

「毎度のことながら」

 周囲の視線から逃れるようにフロアを後にし、二人はいま非常口付近にいる。

 「なんというか……お前たちのことだからろくなことを考えてねえんだろうがよ、こんなところでなにも。全く」

 息を切らしながら、省吾は壁にもたれかかった。ユジンはその隣で、うずくまるように座る。座りながら

 「……ごめん」

 そう、小さく謝った。

 「お前に怒ってんじゃねえよ。あの白髪野郎、どうせまた無茶なこと始めようとしてんだろうがな。そのために迷惑する人間がいるってことを、少しは学んだほうがいい」

 「ごめん」

 「だから、お前に怒ってんじゃ――」

 「この間から、助けられてばかりだね」

 力なく、いった。省吾は驚いた様子で振り返る。

 「なんと?」

 「情けないよね、こんなの。本当なら、もっとちゃんとしなきゃっていうの、わかっているんだけど。やっぱ、私はあの二人とは違う」

 そう、落胆する。

 口にすれば、弱音ばかり飛び出す。意思とは裏腹に。もっとちゃんとしなきゃいけない、それはわかっているのだけど。

 だけど……止められない。この男を前にすると。

 省吾は、そんなユジンの気持ちを知ってか知らずか、苛立った様子で

 「お前……なんだってあいつと一緒にいるんだ。お前の理想は、あいつのところにいなきゃ出来ないというのか」

 そう訊いた。

 「それもあるんだけどね」といって、ユジンは続けた。

 「この街に来て、最初に仲間として迎えてくれたのが雪久だった。男共の慰み者になって、娼妓に身を落とすしかなかった私を救ってくれたんだよ、雪久は」

 難民の末路なんて、皆似たようなものだ。男はこき使われ、女は売られる。そんなこと、省吾だっていやと言うほど見てきた。ユジンもその一人になっていたとしても、不思議はない。

 雪久が救ってくれた――。

 使われるでも、弄ばれるでもない「抵抗する」という新たな道を示した存在。それが雪久だった。

 それに、『千里眼クレヤヴォヤンス』、雪久のあの力がなければ……この街は良くならない。

「だから、雪久と一緒にがんばりたいんだけど、うまくいかないよね。ははは」

 ふと、視界が揺らいだ。省吾の顔がぼやけたのに、あわててユジンは目をこすった。

 これ以上、言葉にしたらもう堪えることはできない。唇を噛み、口をつぐむ。

 「二言目には雪久、雪久ってよぉ……」

 省吾が押し殺した声で唸る。ユジンは顔を上げた。

 省吾は顔を背けている。一体どんな顔をしているのか、わからなかった。だが、その口調からははっきりと感情が滲んでいた。

 省吾の拳が、震えている。口を開いて、何かを言いかけたが。

 「いや、いい」

 それを口にすることなく、背を向けたのだった。

 なにを、いおうとしたのか。

 そう訊こうとしたのに、彼の背中は問うことを拒んでいるかのようだ。

 「はやく行けよ、愛しの雪久のとこに。なんか作戦、なんだろう」

 「あ、あの省吾……」

 「行けったら!」

 壁に背を向けたまま、怒鳴った。ユジンは立ち上がり、再びフロアの方に戻っていく。


 遠くで壁を殴る音が聞こえた。

 


 「条件はクリア」

 彰が、そっと耳打ちした。日本語で。

 「例のアレ、仕掛けたそうだよ。あとはうまく起動するかどうか……」

 「お前が作ったんだから、まあ大丈夫だろう」

 こともなげにいう。先刻、席を立ったヒューイが戻ってきた。

 「じゃあ次は」

 「ああ」

 彰はうなずくと、VIP席から出て行った。

 「また後で」

 そういい残す。


 ヒューイは火のついていない煙草をくわえたままである。そのまま見下ろすような視線で、雪久を睨んでいる。雪久は訊いてみた。

 「何で、お前吸わねえの?」

 不機嫌そうに舌打ちすると、唾のついた煙草をべっと吐き出し「禁煙中だ」といった。

 「意味なくないか、それ」

 「貴様には関係ない」

 「あ、そ」

 そういうと、雪久は自分の煙草(密造煙草)に火をつけ。

 「ま、確かに関係ないはな」

 これ見よがしに煙を吸い込んだ。紫煙が天井に立ち昇るのを、しばらく目で追っからヒューイが切り出した。

 「てめえのとこを襲ったのが、うちの兵だというのか」

 長く口を閉ざしたあと、雪久はそうだと答えた。

 「いくら密約は交わしていないとはいえ、この街じゃ『黄龍』が動くということは相当の影響力だ。あんたの意思か、雑兵の暴走かは知らんがこのことが『マフィア』どもに知られたら奴ら総力挙げてツブしにかかるぜ」

 雪久がわざと煙を、正面に吐き出した。ヒューイは咳き込み、続いて忌々しそうに睨みつける。

 「なに、密告チクったりしねえよ。そんなせこいことはしねえ。ただねえ、ちっとばかり誠意を見せてくれればいいのさ」

 「なんだ、その“誠意”というのは」

 「何でもいいさ……手打ちになるもんだったら金でも、命でも。もっとも、俺の女の値段は高いがな」

 ヒューイは、雪久がいうとしばらく押し黙った。

 「見くびるな、小僧」

 しかし、口をついたのははっきりとした拒絶。大声で怒鳴ることはなくとも、静かに唸るような口ぶりだった。

 雪久は、笑みが一瞬凍った。

 「たかが『OROCHI』なんて雑魚ごときに、なぜそんな譲歩をする必要がある? 『黄龍』を舐めるなよ」

 「いいのかい? こっちにゃ人質がいるんだぜ」

 今度はヒューイが笑う番だ。岩石のような頬が、少し緩んだ。嘲笑と侮蔑を、視線に送る。

 「そんなものは知らんな。たまたま、そのカッコでうろついたガキがお前んとこにいたとしても、こちらとしては全く、関係ない」

 最後を、強調する。さらにいった。

 「てめえは龍の尻尾にすら触れない。蛇がしゃしゃり出てくるな」

 勝ち誇ったように、いった。

 そうか――それが答えなんだな。

 「はあ、なるほどな」

 わざとらしく、雪久はため息をついた。お手上げ、というように。

 「しょうがない、帰るとするか」

 問題ない。

 「でも、あんた後悔するぜ」

 ここまでは、想定どおり――

 「『あんとき、どうして500ドルぽっちの身代金をはらわなかったのか』って」

 雪久が、左手を上げた。その手には、起爆スイッチが握られている。

 

 「オオボケやろうが」

 

 同刻、“Xanadu”の裏手にセットされた、鉄パイプの電極につながれた部分が軽くショートした。火花が散り、パイプに埋め込まれた計器のランプが、グリーンからレッドに変わった。


 瞬間、赤い火球が弾け、鉄パイプが爆発した。


 爆風が、コントロールルームと天井を焼く。遅れてとどろく爆音。すさまじい爆発で、暗い室内が赤く照らされた。爆炎は、空気を求めて猛り、炎が床を這う。それが、瞬時にクラブの電力を司るライフラインを焼いたのだ。


 一瞬にして、クラブは闇に支配された。


 あれほどうるさく響いていたビートが途絶えた。

 光が、いっせいに消え、フロアは闇の中に突然放り込まれた。しん、と静まり返ったフロア。やがて客たちが、ざわめきだした。

省吾もすぐには事態が飲み込めない。鼓膜が騒音になれていたためか、訪れた静寂はあまりにも落差を感じるものとなった。空気圧で、内耳が圧しつぶされる違和感。つと、われに帰った。

 そして目。照明がすべて落ち、目の前は完全な暗闇になっている。

 「ユジン」

 と呼んだが、どこにもいない。その時、後ろで悲鳴が上がった。

 (そこか?)

 またひとつ、今度は右手側で。距離は、先ほどより近い。もうひとつ。段々、近づいてくる。さらに殴りつける、鈍い音。群衆はパニックに陥った。

 (なんだよ、くそっ)

 騒ぎ立てる客たちを押しのけ、音のする方に走った。人垣をかきわけた先に、ユジンがいた。

 「ユジン!」

 ユジンの両手には特殊警棒が握られていた。足元に、男が頭から血を流して倒れている。その体を踏みつけ、群集が逃げてゆく。

 「なにやってんだよ、お前! 騒ぎを大きくして――」

 「それが目的よ、省吾」

 そういって、二本のバトンを逃げる群衆に浴びせた。無差別に、左右の棒を切り返して3人、仕留める。

 「これが、作戦。雪久が私に課したこと」

 やはりか。この闇に乗じて、またなにかやらかすつもりだろう。省吾はユジンの腕を引いた。

 「アホか、お前。早く外に出ないと踏み潰されるぞ」

 「邪魔しないで、これは私たちの問題」

 「いや、でも」

 騒ぎはあちこちで起こっていた。客たちは、我先にと入り口に向かっている。しかし、どういうことか入り口付近で立ち往生している。

 「巻き込んで悪かったと、思っている。だからすぐに逃げて。私たちもすぐにここを離れる」

 逃げる客の一人の肩に足をかけ、そのままユジンは虚空に飛んだ。暗い闇の中に、その姿は溶け入るように消える。

 「逃げるって、この状況でどうやって……」

 省吾は客たちと接触しないように、身をひねった。

 そこへ、冷たいものが首に触れる。


 皮膚に、銃口を押し付けられた、感触がした。

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