P9 1月20日 Dパート
「魔王様が?」
「はい」
―どうされますか?、と、問うシーラ。無表情、だった。
なぜこのタイミングで···と思う。あのお方はフラッと出かけると、大体数日お帰りにならないのだ。そして、大抵ボロボロになって帰ってくる。一体何をしているのか尋ねたくなるが、その辺は気にしないことにしている。多分、私の知らない所で活躍しているのだろう。···何も知らせてくれないので心配だが。
もっとも前回のように重大な事件の場合は事細かな報告書を書いてくれることもあるが、あんなケースは稀だ。ていうかあれが初めてじゃないか?何で魔王様はあんな長大な報告書を書かれたんだ?
「サタナキア様?」
シーラに呼ばれて、私は現実に戻った。魔王様をどうするか、だった。とりあえず、状況確認、しなければ。
「いまどこにいらっしゃる···?」
「厨房です」
厨···房···?
「厨房でお料理をなされております」
察した。つまりイナーチェス姉妹に昼食をご馳走する、と。
いいのかそれ···。アデルは別として、アリスは恐縮して一口も手を付けられない気がする。それは当然魔王様もご存じのはずなのに。そのようなことを知っててやるお方ではないと思うのだが。一度会う必要がありそうだ。
「わかった。とりあえず私が魔王様に会いにいくから、シーラはここにいてくれ」
「かしこまりました」
彼女を残すのは、もちろん不測の事態に対応させるためだ。豪華絢爛たる応接室の美術品その他もろもろの総額は国を一つ造れるほどあり、しかしもちろんこの部屋にはその一部しかないのだけれど、それでも恐ろしく高い。アリスとアデルの魂だけでは全然足りない。
その点シーラはその対応に適任といえた。シーラが持つ魔術―本人曰く「メイドスキル」―は大きすぎる魔力の制御に長けている。彼女ならば、魔力の暴走程度ならば対応できる。
私はアリス達の方を向いて言った。
「ごめんなさいね、少し魔王様に所に行かなくてはならないの。少しお待ち頂けるかしら」
「はい、大丈夫です」
アリスが答えた。
···いい子だ。魔王様にはもったいない。本当に幸せになってもらわねば。
では、失礼しますね、と言って、私は部屋を後にした。
■ ■ ■
大急ぎで厨房に向かう。まぁ、応接室に料理を出す事もあるのであまり離れている訳ではない。むしろバカみたいに広い魔王城を考えればかなり近い。いや、近いというのはおかしいか。あれは異界に存在しているのだから。
廊下に出て、右折すると、ドアがある。「Anywhere」と書かれたそれは、魔王城が使用する異界に通じている。厨房もそのうちの一つだ。利用方法は簡単だ。行き先を念じてドアを開ければいい。別に声に出す必要は無い。
―ドアを開けるとそこは厨房だった。当たり前だ。だが、広さは尋常ではなく数千人分の食事を受け持つことができる。魔王様はその一角でお料理をなされていた。巨大な鍋をグツグツとかき混ぜている。
私は近づいて言った。
「魔王様?なにをなされているのですか?」
「おーサタナキアかー。今夕飯用のカレーを煮込んでいるところだぜ」
カレー?何故?
「サタナキアはまだ、飯食ってねーだろ。味見してくれないか?」
「いえ、結構です。それよりも魔王様、ご存じだとは思いますがイナーチェス姉妹がお越しです」
この言葉に目を丸くされる魔王様。
「え、あいつら来てんの?早くね?」
「どうやら予定を早めたそうです」
暫く考え事をされる魔王様。そしてポン、と手を打って、
「じゃあ、一緒に食べれば良くね?うんそうだ。それがいい。それで行こう」
何故かキラキラとした目をする魔王様。可愛い。しかし、
―いきなりぎゅっと両手を捕まれた。
「魔王様···?」
「サタナキアも一緒に食べるよな?」
と、キラキラとした目で訴えてくる魔王様。そこには威厳何て無かった。
正直、困惑した。面食らった、と言うのが的確か。頼むからそんな目でこっちを見ないでくれ。折れそうになって終う。魔王様は、な、食うよな、と確定事項の様に一方的に言って、勝手に話を進めて、
「よしサタナキア!お前は人数分の皿とスプーンを用意してくれ。今すぐカレーを仕上げるから!!」
···最初からそうとお命じになられればいいのに。何で、この人は。こんなに。私の事を。
「わかりました」
そう言うと、魔王様ほっこりした表情になった。
それもまた、可愛かった。
■ ■ ■
「あ、魔凰のおにーちゃんだ!!」
私たちが応接室に入るが早いか、アデルはそんなことを叫んだ。シーラが脇へ引いた。
「おーアデルっ!一週間ぶりだなぁ。元気にしてたか?」
「うんっ」
「アリスも元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます」
ん?アリスから恐縮さが消えてるぞ。何があった。
そんなことを考えていると、魔王様は鍋をドンとテーブルの上に置いた。米びつもそっと脇におく。
「よっしゃ、飯にしようぜ。昼間だけどカレーだカレーっ!」
「わーい♪」
「ちょっと辛いけどいいよな?」
「うんっ。アデル、辛いの好きー」
シーラと私は、はしゃぐアデルと魔王様を無視して配膳を始めた。アリスも手伝ってくれる。黙々と三人で作業をした。五分後ぐらいか、支度が出来たのは。
魔王様のカレーはとても美味しかった。魔王になる前は魔界各地を旅していたというし、流石に料理の腕前は相当なものがある。プロ顔負けだった。
「んーおいふぃ~」
「美味しいね」
姉妹は仲良くカレー食べていた。大変満足そうだ。魔王様はそんな彼女らの姿を眺めていた。―既に自分の皿は空だった。流石は魔王。食べるのも魔王級。
と、魔王様は何かを思い出した様に見えた。多分、姉妹の本当の目的に気がついたのだろう。
「アリス。ちょっといいか?」
「うん、何?」
タメ口···!
「頼まれてた物、作ったぜ。···ほい、どうぞ」
「え、あ、ありがとう」
「どういたしましてって。まぁそれで呪いが消えるまで大丈夫だから安心してていいぜ」
「うん。大切にするね」
親しげに話す魔王様とアリスを睨む私。目が合えば石にしてしまいそう。
その後も談笑し続ける魔王様とアリスに私は割り込めなかった。
■ ■ ■
「じゃあねー魔凰兄ーまたくるからねー」
「ご迷惑おかけしました。失礼します」
そんな風に対照的な姉妹は昼食を食べた後少ししてから、城を後にした。何でも城下町を見て回りたいらしい。アリスがそんなことを言うと魔王様は何故か喜ばれてポケットから数万円取り出してアリスに渡してしまった。アリスも流石に拒否しようとしたのだが、魔王様は無理やりポケットに金をねじ込んだ。いったいどういう神経をしておられるのか。
そんな風にしたあと軽く惜しむように挨拶をして、姉妹は城を去った。魔王様と私は、後片付け何かをメイド達に任せてさっさとその場を退散した。(因みに、ゲートの修復係のメイドに対しては、不可抗力だと慰めておいた。)お互いに疲れていたし、明日も仕事だ。
今日はもう疲れた。早く寝よう。その為にも、昼寝から始めよう。
明日もいい日でありますように、と。