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魔界暦4000年 1月17日。
日記を書くのは1日振りとなる。
言い訳しておくと、決してサボっていたわけではない。仕事が激務で書いている暇が無いまま日付が替わってしまっただけだ。何をしていたかと言えば、書類に目を通してハンコを捺していただけなのだが。この仕事は使い魔などにはできない仕事である。書類に捺す必要があるハンコ「魔王之印」は当代の魔王と彼に認められた者にしか使えないのだ。勝手に使うと「デス」という単純明快な防御不能即死呪文を食らうことになる。今現在、使用できるのは魔王様と私とルナだけだ。魔王様はもちろん働いてくれないし、ジョーカーのルナも基本そういうことはしない。よって、書類関係は全て私が行うことになっている。先日16日は魔界総督府の給料日だったので経費などの報告書がごまんとでた。提出の期日までは4日程あるのに真面目な公務員どもは、提出日その日に出して来やがる。おかげさまでこっちは寝られないんですよ。もう少し何とかしろって。
まぁ、愚痴はこのぐらいにする。
今日は昨日の書類関係仕事が全て終了したことを魔王様に報告しにいった。彼の部屋をノックすると、当然のように警告魔術が作動する。曰く勝手入ったら消し炭になるぞと、警告された。もちろん無視だ。
ドアに使用されている封印魔術に性質「虚無」の魔力を流し入れてそれを破壊する。これでドアが開く。まったく、魔王様もめんどくさいことをしてくれる。普通にカギを掛けておけば良いだろうに。
ドアを開けると、迎撃魔術が作動する。これもお決まりだ。メインの招雷術式に全属性全系統の対防御魔術破壊術式。魔王様も安心しきっているのか、最近はこればっかりだ。簡単な「虚無」の魔力シールドを展開して雷を散らす。この程度では私は倒せない。
雷が空気を切り裂く大きな音を立てた。その音に魔王様も臨戦体制に入ったようだったが、私の姿を見ると、気が抜けたようになった。私は魔王様、と声をかけた。魔王様は相当に驚かれたようで、ポカンとしておられた。
「···サタナキア?」
「はい」
「···用件はなんだ?」
「魔王様?何を固くなっておられるのですか?」
私がそう言うと、魔王様は何故か臨戦体制をとりなおした。目に剣呑な光が宿り周囲に魔力が乱舞するのが視える。···出来る限りの優しい口調で言ってみたのだけどなぁ。
仕方ないので、もう一度言う。
「···魔王様?どうかされたのですか?」
そう言うと、魔王様はきょとんとして言われた。
「···ひょっとしてモノホンのサタナキア?」
どういうことだろうか。
「えぇ」
取り敢えず無難に答えておく。
「そうかよかった、びびったー!」
魔王様は臨戦体制を解かれると、近くの安楽椅子に座った。心底安心しておられる様子だった。
「あーそれで何?手短に」
「書類関係に目を通して頂きたいのですが」
「···後で」
出ていけ、と手を振る魔王様。彼の、後で、は放置に等しい。ここは押しの一手だ。
「いえ、今、必要なものですので、今、御確認お願いします」
特に、今、を強調して言う。こちらは仕事なのだ。
「分かった、その代わり、これを読んで置いてくれ」
と言われ、資料を頂戴する。
魔界製の紙より上質な、やけにつるつるした紙資料だった。
「魔王様?これは?」
「今回の報告書だよ、お前が呆けている間に片付けてきた。日記にでも書くか···とにかくどっかに記録しておいてくれ。頼んだ」
「···?はい。わかりました」
私も、資料を手渡した。魔王様は明日取りに来いとおっしゃった。そして私は、失礼しました、と言って部屋を出た。
枚数にして20枚程度のそれは、割と重く、残りの午前数時間では読む気が起きなかった。
それにしてもどういうことなのだろうか、私が呆けている間に?意味がわからない。とりあえずこれを読むのは、そして日記に書き込むのは、明日の仕事だ。
疲れた。頭いたい。今私に必要なものは暖かいベッドでの熟睡だ。日記はこの辺にして、もう寝ることにする。現在午前5時。明日は、というか今日は、書類を受け取り、保存するだけなので、今から10時間睡眠をとっても問題ないだろう。
また明日も、いや今日も明日も良い天気でありますように。