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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第三章「捨てられない重荷」
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《E・D内部/ユリア=三原 茜:視点》② ”返事”

遅くなって申し訳ありません。

《E・D内部/ユリア=三原 茜:視点》



 それは突然にやってきた。

 呼び出したウインドウの一部が点灯している。四角い欄がメッセージと共に移されていたのだ。そこにはっきりと刻まれるアバターの名前を見て、浮かせていた手が思わず止まってしまった。

 メール受信、送信者 《ルーク》。



 

 話は数分前に遡る。

 生徒会長に会いたくても会えなかったその日。部活はお休みにしていた。トーナメントの手伝いと言う大仕事を終えて、少し間を置こうと思ったからだ。でも、一番の理由は別にある。


「……何か、やる気出ないな……」


 気分的な問題だった。

 マイルームのベッドに寝っ転がって、私はぐったりとしていた。


「ああ~、もう!」


 うつ伏せになりながら、足をジタバタさせる。普段ならはしたないとお母さんに怒られる行為だけど、一人きりの今なら怯える必要も無い。


「どうして、こう……面倒事しか起きないのっ?」


 ぶつけようのない不満を叫ぶ。

 持ち上げた両腕が盛大にから回った。テンションが低い時にやったので、余計に疲れてしまう。パタリ、とすぐに降ろした。


「…………バカ」


 ぼー、としていたら、言葉が勝手に口から漏れた。


「私の、バカ」


 どうにかできる自分に向けて、言っていた。

 湊君は生徒会長に会いたがっている。その理由も少しは本人から聞いていた。協力もやれる限りはしようと思った。

 なのに、現実は違った。私は何もしなかったのだ。


「前から分かってたけど、やっぱり、怖いものは怖いんだよ……」


 今日の湊君は普段の様子からかけ離れていた。とても必死だった。積極性なんて言葉も軽く飛び越えている。

 トーナメントにすすんで参加した時とも違う。後先を捨ててでも突き進む、嫌な感じを撒き散らしているのだ。そんな彼をあまり見たくはなかった。


「大丈夫……だよね? あんなことは、もう起きないよね?」


 頭にかつての映像が浮かんだ。それは数か月前の出来事。私が部活を設立するきっかけにもなった話だ。

 いじめの首謀者であった捺祇沙耶子へ、湊君が殴りかかろうとしている。その手は寸での所で止められた。だけど、彼が抱えた怒りは私が確かに目撃した。

 ――そう、だ。

 湊君は反応とかが薄いかもしれないけど、全く表情が変わらないって訳じゃないんだ。むしろ、いざという時には極端な程に変貌してしまう。E・Dでのアバター、《断罪裂剣のクリム》みたいに。


「うん……! 今回は、私たちがいるもん」


 あの時とは状況が違う。手伝ってくれる人が居る。事情を知っている私も、ブレーキ役として頑張ればいい。

 …………それだけで、いいの?

 耳の奥から覚めた声が聞こえた。やっぱり目の前の事実からは逃げられない。自分の言い訳がましさに嫌気が差した。


「生徒会長になら、会わせてあげられる……かな」


 湊君が探している相手は、私に告白をしてきた人でもある。私はその返事を未だにしていない。早く決めなきゃ、と考える矢先、チャンスだと悟っていた。


「返事をすると見せかけて……会長と、湊君を」


 左右の手でそれぞれ人差し指を立てて、ゆっくりと近付ける。


「うーん、でもなぁ」


 良心が流石に痛む。その行為は、会長の気持ちを弄ぶにも等しい。それに湊君の様子を顧みると、そこまでの協力も躊躇ってしまう。

 結局は問題がループしていた。力になりたいと思う反面、過剰な反応をして欲しくないと私は願っている。この矛盾が中途半端な立ち位置を強制していた。凄く、もどかしい。


「…………どうすればいいのかなぁ?」


 どれだけ悩んでも良い答えは出ない。私は文字通り頭を抱えて、低く唸り続ける。

 ――ふと、気付いた。

 視界の隅っこに焦点が奪われる。メールの受信を知らせる合図が出ていた。ウインドウをすかさず呼び寄せる。


「…………え」


 浮かんだ表記を見て、思わず動きを止めた。


「会、長……?」



*****



 一歩踏み出す度に、奇妙な感覚に襲われた。

 色彩豊かで複雑な模様が描かれた床に、階が変わる毎に違う素材で組み上がる壁面。バラバラに並んだ個室が織りなす通路はもはや迷路に等しい。歩くのも一苦労だ。何より、窓が無い空間が強烈な違和感を与えてくる。

 魔法使用者の浮遊領土、その中で有名な建造物の一つ――礼拝重塔。

 私はそこの十四階にまで足を運んでいた。


「ここだ」


 とある部屋の前で立ち止まる。扉の上に埋め込まれたプレートが『1408』という数字を示していた。メールに書かれていた番号と同じだ。


「失礼……します」


 両開きの戸に手をかけて、ゆっくりと引いていく。ギィィ、と古びた音色が軋んだ。だけども、手ごたえは軽い方だった。どうせなら自動にしてくれればいいのに。


「……ルークさん?」


 室内に踏み入れると、真っ先に視野が暗くなった。

 礼拝重塔は数多くの部屋があり、色々な用途で用いる事が出来る。主な例には、魔法の訓練が挙げられる。申請さえすれば誰でも使えるのが長所だった。

 特徴は他にもある。


「この暗さって……」


 それは階ごとに違ってくる部屋の性質だった。魔法の属性に合わせた内装の所があれば、特殊な効果がかけられた所もある。私はこの場所が意図的に明かりを薄めているのだと悟った。


「急に呼び出して悪かったね」

「あ」


 部屋の奥に呼び出した本人の姿があった。薄暗い空気の中からゆっくりと近寄ってきたので、少しだけびっくりしてしまう。


「ど、どうも」


 恐る恐る挨拶を返す。どんな顔をすればいいんだろう。来る直前まで考えていたけど、さっぱり思いつかない。


「そんな緊張しなくても……って呼んだ俺が言えることじゃないかな?」


 ルークさんが苦笑いを作る。その表情が、どこか乾いている気がした。声のトーンがいつもより低い。


「あの、何かあったんですか?」


 思わず口が開いた。その「何か」のきっかけが湊君かもしれない事をすっかり忘れていたのだ。言ってから、焦ってしまう。


「何もないよ。大丈夫」


 ――嘘だ。

 目が慣れてきたのか、ルークさんの様子がはっきりと分かる様になっていた。彼の顔には積もりきった心労が浮かんでいる。アバターの姿だというのに、酷くやつれている感じでもあった。平静を装っているけど、トーナメントの時とは大違いだ。

 私の中で植え付けられた疑念が膨れ上がる。好奇心にすら劣った思いが、更に口を滑らせる。


「もしかして、湊君と関係が――」

「君を呼んだのは他でもない。告白の返事を聞きたくなったんだ」


 強めに言い切られてしまう。あまりにも唐突過ぎた。話題を無理矢理に変えられた、という事実に自覚が追いつかなくなった。


「もう一度言うよ」

「……っ」

「俺は、君が好きなんだ。頼む。俺と付き合ってくれないか?」


 ああ、そうだ。まずはそっちから解決しないと。

 初めに返事を引き延ばしてしまったのは私だ。心の準備はまだ出来ていないけど、ここで決めなきゃいけない。自分だけ誤魔化して、相手には隠し事を吐かせるのはきっと卑怯だ。


「答えを聞かせてくれ。今、この場で」


 真剣な眼差しが私を貫く。普通なら、私は恐らく視線を返せなかった。恥ずかしさやもどかしさに飲まれてしまうからだ。

 だからこそ、ルークさんの顔は凝視出来ていた。緊張で固まった顔も向けられる。瞳の奥まで覗いた。私を映すそれは、細かに震えていた。


「その前に……教えてくれませんか?」

「え」


 一瞬。

 ルークさんの目が大きく揺れた。


「どうして私なんですか? 私を選んだ理由って、何なんですか?」


 体育祭の日に教えてもらう筈だったが、タイミングが悪く聞きそびれてしまっている。湊君が関係する話は別として、それだけは彼の口から話してもらいたかった。


「…………まだ、言ってなかったね」


 短い沈黙の合間、ルークさんが肩を少しだけ降ろした気がした。まるで安心したみたいだった。


「別に難しい話じゃないんだ」


 声には若干の調子が戻っていた。足元の方へと俯き、彼はゆっくりと語る。


「俺は、君の優しさが好きになったんだよ」

「優しさ……?」


 不思議な響きだと、錯覚した。

 確かに文ちゃんとかに「茜は優しすぎる」と言われた事があった。無自覚だけど、私は他人の世話を焼きたがる傾向があるらしい。


「わ、私なんて、全然……!」


 首を小さく横に振った。ちょっとだけ褒められた気分になっていた。身に余る言葉だろうけど、嬉しいものはやっぱり嬉しかった。


「そんな事はないよ。君は優しい。俺が知る限り、とても優しい人だ」


 熱がこもった言い方だった。


「困った人を助けて、くじけた人を救って、居場所がない人は受け入れる。俺とは全然違う。上辺だけの優しさじゃない。心の底から、人の助けになろうとしている。本当に、君は凄いよ。憧れすらする」

「あ、あの……?」


 嫌な空気を感じた。私の存在が置き去りにされている。さっきから饒舌な口ぶりなのだが、その勢いがとても強かった。


「俺もそうなるべきだったんだ。油断なんてしちゃいけなかった。誰かに任せても駄目だった。あの時、俺は何をしているか分かってた。自分に、十分に言い聞かせていた。でも、それなのに――――」

「ルークさん!」


 咄嗟に大声を張り上げる。これ以上、私は聞いちゃいけないと思った。発した声音が瀬間室内に反響していく。

 彼の声が止まった。どうやら正気に戻ったらしい。


「…………」


 静かに開いた口を手で隠した。私を見つめ、顔を少し青ざめさせている。失敗した、という表情だった。


「……とにかく、私が、優しいから好きになった。そういうことで、いいんですね?」

「あ、ああ」


 脱線していた話題を戻す。

 ――「優しい」という評価はきっと本音から出ているのだろう。でも、私はその理由を純粋に受け入れられなかった。深い所で噛み合っていないのだ。彼だけが飲み込んでいて、私が見えていない何か。それが一瞬だけ晒された。


「ルークさんの言葉は嬉しいです。私も自分なりに頑張ってきました。それを認められたいってことも、時々思っていました」

「じゃあ」


 声色に生気が宿る。私も嘘偽りのない気持ちを打ち明けていた。それが正しい行為なのは知っている。なのに、息が苦しくなる。



「だけど、ごめんなさい」



 深く、頭を下げた。自分で口にした言葉を冷たく感じた。ルークさんの顔は見えない。不安よりも恐怖が勝っていた。


「嫌いってわけじゃありません。ただ、今は、誰かと付き合うつもりがなくて……」

「べ、別に今じゃなくても。今日だって俺が無理に呼び出したんだ。今が駄目っていうなら――」

「…………それも、考えた上での、言葉です」


 語彙力の無さを恨む。言葉にオブラートを包むのが難しかった。同級生や後輩とは勝手が違う。たった一言で傷つけられる立場が、酷く身に余っていた。


「さっきのが駄目だった、のか?」


 あのやり取りを原因にしようとしていた。確かに不安は感じた。だけど、どんな会話を挟んでも答えは変わらなかっただろう。


「ちょっと違います。……私、別に好きな人もいないんですけど」


 顔を上げる。部屋の暗さが緊張に拍車をかけた。思いを形にする度に、唇が震えそうになる。


「だから付き合う、っていうのが私には考えられなかったんです」


 引き延ばした時間が無駄になった瞬間だった。

 酷いな、私。

 こんな返事しか言えないのは、初めから分かっていたんじゃない。答えられないってのが、そのままこれにつながるんだから。


「先輩後輩のままがいいんです。告白は受けられません。本当に、ごめんなさい!」


 改めて謝罪をする。長めの髪が垂れた。頭の影が落ちた床をずっと見つめる。そこから目を動かすことが出来なかった。


「………………」


 沈黙が空気を凍えさせる。


「…………そう……か」


 正面から漏れた声が、室内の暗闇に溶けていく。


「もし、も」


 続けてこぼれた言葉も掠れていた。視線を上げると、思いっきり青ざめた顔が目に飛び込んできた。自分が傷つけた、という感覚が直に迫る。胸が一段と苦しくなった。


「もしも、時間が経った後なら、考え直してくれるかい?」

「…………」


 私は首を横に振った。

 未来の事をここで考えても、良い答えは言えそうになかった。時間を積み重ねても変わりはしないだろう。


「私の返事は、これが全てです」


 気まずさが喉を乾かす。息苦しさに足掻いて、私は少しでも早く立ち去ろうとした。


「………………」


 彼は何も口に出さなかった。無言の肯定だと受け取ろう。


「じゃあ、私はもう失礼します」


 再三、頭を下げた。踵を返して、入ってきたばかりの扉を見やる。心臓の鼓動は未だに不安定に脈打っていた。――私は、正しい選択ができたのかな?


「待ってくれ」

「っ」


 一歩踏み出した所で、ルークさんに呼び止められた。


「告白は断られた。でも……それでも、言わせてくれ! 俺は、これからも優しい君(、、、、)のことが」


 その言葉を聞いて、小さく漂っていた違和感が瞬時に膨れ上がった。

 そんなんじゃない。

 あなたは、一体私のどこを見ているんですか……?


「ルークさん」


 振り返る事はしない。彼に背中を向けながら、私は胸中に芽生えた思いをぶつける。


「私は誰にだって、同じ様に接するつもりです。恋人でも変わりはありません。付き合ったからといって、特別に優しくできるかどうかなんて、私にも分からないんです……!」


 考えたくはなかったけど、生徒会長=ルークという人は、『優しい私』ではなく、『私の優しさ』を求めているんじゃないだろうか。

 見えやすい一面だけで決めて欲しくない。もっと時間をかけて、ちょっとずつ良い関係を築いていきたかった。こんな我がままを受け止めた上で、「好き」だと言ってもらいたかったんだ。


「また学校で会いましょう」


 最後にそう告げて、私は再び歩き始める。扉を開けて閉めるまで、ルークさんは沈黙を保っていた。

 部屋の外に出ると、少しだけ目がチカチカとした。ずっと暗い空間に居たせいだろう。身を包む適度な明るさが眩しく感じられたのだ。


「これで、良かったのかな……」


 酷い断り方だった、気がする。

 ここまでしておいて、まだ私は迷っていた。きっぱりと区切りを付ければ楽になれるのだが、未だに問題は山積みとなっている。むしろ、今ので悪化してしまった。私を経由して湊君が生徒会長に会うのはもう不可能なのだ。


「余計にややこしくなっちゃったけど……大丈夫だよね。高森先輩とかが、きっと何とかしてくれる」


 礼拝重塔の複雑な通路を帰りつつ、私は明日に希望を見出そうとした。能天気すぎるぐらいに問題を軽く見ていた。胸にこびりついた不安から、目を逸らす為に。


 

 ………………だけど。


 

 この時点で、全ては手遅れだったのだ。後悔も反省も届かない。私が何をやっても未来はきっと変わらなかった。

 その事実を知るのは、そう遠くない未来の話だ。


最近、忙しかったり、ここら辺が書きづらかったりした為に遅れました。次話は早めに投稿しようと思います。

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