《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》③ ”相棒”
早目に投稿できて何よりです。またまた新キャラが登場しました。
《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》
額に浮かぶ汗が散る。仮想の光で輝く雫が落ちる前に、俺の身体は動き始めた。
喉からの気合が、多くの剣を並べた壁に響く。
「……せあっ!」
黒い大剣を上段から振り下ろす。全身から肘、そして手の先へと重量の移動が感じられた。空振りではない、素振りという確かな手ごたえが残る。
刃によって裂かれた空気は俺の耳元でかすかな唸りを上げた。
同時に、背後で人の気配を感じた。
「っ」
地面の直前まで下がっていた剣先を背後へ回す。両手で握っていた柄から利き手ではない左手を離した。ただし、いつでも大剣を支えられる位置に留めておく。
じゃり、と退歩する右足が擦れた。
かなりの重さを誇る大剣と共に右の半身を背後へと向ける。刀身が下方となった左斜めの状態で黒い軌跡は描かれた。
ここまでで俺にとっての一息の動作だ。次の呼吸で左手を柄に戻し、てこの原理で刃を瞬間的に持ち上げる。
「……はあ」
――お前か。
大剣を音もなく降ろした。面が割れたことにより、今までの行動が無駄になったのだ。
「なんだなんだ~。いきなり剣を突き付けといて溜息かよ、クリム!」
背後から近付いていたのは銀髪の青年だった。攻撃の動作を目の当たりにしても、動じたところは全くない。むしろ、俺が誤認で反応したことが面白いと言った笑顔を作っていた。
「何の用だ、マーディ」
からかう態度を発する彼の名を素っ気なく呼ぶ。
「おいおい。もうちょっと仲良くやろうぜ。俺達は……相棒なんだし、な!」
鮮やかな蒼い瞳に俺は見据えられた。彼にそんな気はないのだろうが、俺の心が少しだけ威圧感を覚える。
何しろ滅多に遭遇しない整った顔立ちの美青年なのだ。相棒として付き合いは長い方になるが、正面から立ち向かうと改めて身を引いてしまう。
肩近くまで伸びた輝く銀髪。魔性の色合いを秘めた眼。無駄のない顔の輪郭とスタイル。
俺が騎士団最強の最強と称されるなら、マーディは騎士団最高の美男子と呼ばれるぐらいだ。とにかくこの相棒は類い稀ない美貌を持っていた。
「じゃあ、事前に声かけろよ。どうして足音殺して近づいてきたんだよ」
「いやー、子供心ってやつでな。お前を脅かしたくなって……」
「子供って……お前、三十歳は超えた大人だろうが」
ただし、現実世界での彼はおじさんと言ってもおかしくない男性である。
「いいんだよ。そんな細かいことは。そこまで気にしていると……女にもてないぞ?」
しかも下世話な話が大好物なのだ。
システムウインドウを操作し、俺は大剣の装備を解除した。うるさい奴が来たとなると訓練に集中できなくなる。
黒い主武具が光の粒子に還元していった。刹那の間に右手から輝きが消える。
「もう一度訊くが……何の用だ。俺に会う為だけに訓練場まで来たわけじゃないだろ?」
E・D大陸都市の中心部。そこには騎士団本部の基地ミッテ・フォルトが設立している。一見は巨大な王城なのだが、中身は戦闘用の武具が数多く収容された血生臭い場所だ。俺が大剣の素振りをしていたこの訓練場も本部の施設に含まれている。
「まあな」
俺の質問にマーディが肩を竦める。気さくな彼が気軽に立ち寄ったりはしないと俺は良く知っていた。
相応の返答を待ち侘びる中、銀髪の相棒は口を開く。
「……けど、素振りするにしても鎧は脱いだらどうだ? 流石に窮屈だろ」
「話を逸らすな」
装備品である白色の鎧が指差されたことに苛立ちを覚える。確かに窮屈ではあるが、何の防具もないままだと逆に力が出ないのだ。マーディの言葉は余計なお世話だと一蹴したかった。
――だが、他愛もない会話を続ける気はない。
「悪夢の件で何か分かったのか?」
マーディの蒼い目が開かれる。曲面で東洋風アバターの姿が高い実現度で刻まれていた。冴えない顔に生気のない双眼。クリムと名乗る騎士の存在を否応なしに自覚させられる。
「……正解……って言いたいところだが、半分しか合っていねえな」
「何?」
思いがけない発言が訝しかった。黒い、というよりも闇を纏ったアバターについて何か判明したものだとばかり考えていた。
「悪夢に関しては合ってる。けど、問題が発生したんだ」
「問題……だと」
「はっきり言うと……。その悪夢とやらは俺達が倒すべき相手なのか判断できないっつうことだ」
今度は俺が目を丸くした。鼻梁の通った面目には冗談を交えている様子はない。騎士団上層部の取るべき道が決まっていないのは事実のようだった。
俺が騎士団に入ったのは今年の春先。丁度二年生へと進級した時期に当たる。最強と呼ばれながらも、俺への扱いは新入りに相当していた。いわゆる下っ端と言う奴だ。
「何ふざけた寝言を言ってるんだ、円卓の奴等は」
「俺もお前も一応円卓の騎士なんだがな……」
古参の騎士であるマーディは苦笑していた。容姿に似合わず、彼は俺の先輩という立場なのだ。軽薄な物言いながら、権限だけは俺と比べ物にならない程高い。
十二人の騎士で構成された円卓の騎士という集団はそんな権力を統括している。騎士団が騎士の集まった機関であり、円卓の騎士がその上層部となる。
「参加できないならメンバーじゃないのも同然だ」
俺は皮肉交じりの愚痴を漏らした。
新入りということで俺は上層部の会議に加われないのだ。名ばかりの権力者。これが断罪裂剣という大層な名を冠した騎士の正体である。
「いや……、お前がいちいち極端すぎんだよ。犯罪プレイヤーはすぐに倒そうとするし……。もう少し仲間と協力し合おうとか思わねえのか? この前も勝手に斬ったそうじゃねえか」
口に見えない圧力が伸し掛かり、反論を無理矢理に妨げてしまう。
「…………うるさい」
ようやく出た一言は余りにも薄っぺらな声色だった。誰かと協力する、といった行動は自分にとって受け入れがたい。特定の人物以外には拒否反応が出てしまうのだ。
「それで。……どうしてあの悪夢は標的に出来ないんだ?」
喉が甲高く震え、意識を本題へと連れ戻す。俺が訊きたいのはあのアバターについてだ。身の上話で時間を浪費するつもりは毛頭ない。
「そうだなあ。一言で表すと、情報が足りねえ」
「情報が足りない?」
「ああ。お前の証言だけだと詳しいことが分からん。突然現れて、突然消え去った。これだけじゃ犯罪行為とは到底言えないからな」
ちょっと待て、と口を挟む。
「俺が実際に襲われたぞ。あの悪夢はいきなり斬りつけてきたんだ」
マーディは妙な声を出しながら、左手で無造作に頭を掻く。
不潔な行動の筈なのだが、美男子がやると違和感を殆ど生じさせない。ワイルド、といった印象が出てくるから不思議だ。
「多分だが……偶然巻き込まれただけじゃないか? 最初に悪夢が襲い掛かった時、残っていた犯罪プレイヤーも攻撃を食らって退場したんだろう? その攻撃の直線上にいたのがお前だったって訳だ」
「ん」
そういえば、あの時は……。
「その顔は思い当たる節があるようだな」
意外と的確な推理に唇が塞がった。焦点をマーディから横に逸らし、俺は過去の経験を思い返そうとする。あの悪夢と戦った時の記憶だ。
――黒いアバターが初めに襲ったのは腰を抜かしていた犯罪プレイヤーだ。俺を狙っていたのならば、わざわざそんな手間をする必要はない。そうなると悪夢が現れた原因もあいつ等にあると考えていいだろう。
直後、俺の思考が問題点に気づく。
「そうか。もしかして……俺まで犯罪プレイヤーの仲間だと見られていたのか?」
頭部から掌を離したマーディも同意する。
「恐らくな。悪夢ってのは精神状態が不安定だとも聞くしな。まともな判断が出来たとも思えねえ」
「面倒だな。犯罪プレイヤーなら傷つけても犯罪にはならない。このルールが今回だけ裏目に出たな」
何の犯罪にも手を染めていないプレイヤーを傷つければ、加害者は即座に犯罪者の汚名を着せられる。だが、その事実はシステムウインドウに記載されるので、本人にしか判明する術はない。もちろん幾つかの罰則は自動的に背負うこととなる。
騎士団はゲーム管理者からシステム上の措置を施されている。任務中にだけ騎士であるという証がコマンドウインドウに追加されるのだ。それで犯罪者に課せられる罰則は色々と中和される。
「自分の身を守る為の先制攻撃! ……お前も良くやる手段だからな」
「お前にも食らわせてやろうか?」
右手を浮かし、大剣を呼び出す構えを取った。俺の発する敵意にマーディの冗談めいた笑顔が青ざめる。両手を必死に左右へと降り、拒否の合図を送り続けた。
「悪かったって。……とにかく! 例の悪夢は初めから二人組の犯罪プレイヤーを追っていた訳だ。上層部の考えだけ言えば、悪意があるかどうか分からねえ。けど」
「さっきも言った通り……精神が安定してないんだよな? そうなったら、いつ他のプレイヤーに危害を加えるか分からない」
相棒の言葉を引き継ぎ、俺は一層の危険感を募らせた。悪夢が無差別な暴走を繰り出す可能性は否定できない。しかし、上層部は積極的に悪夢への対策を練ようとはしないのだ。
肩が重く落ちる。俺の全身が気怠さと嫌悪感で満ちていった。
「んで」
マーディが想定外の続きを口走る。得意げな顔の前で親指を立てた右拳が押し出された。首筋まで伸びた銀髪が見目麗しく宙で舞った。
「こっから先は俺達が捜査することになった」
「団長が……許可を出したのか? あの堅物が?」
「そうだ。なんせ、俺は団長の信頼を得ているからな!」
――嘘臭い……。
騎士団で最も信用できる彼に疑問を抱いた瞬間だった。はっはっはっ、と俺に対して自慢を押し付ける姿が信用ならなかったのだ。
けれども、まずは事態を進展させたかった。疑惑の目付きから考察の伏し目へ。俺はこれから為すべきことに頭を回し始めた。
「話を元に戻すぞ。情報が足りないってのは……悪夢の身元を知る為か」
「はっはっ…………。そうだな。所属とまでは言わんが、出現区域は特定したいな。ユーザーとしての種類も特定したいなぁ」
やけに悲しそうな表情をマーディは浮かべた。まるで構ってもらえなかった子犬のようだ。実際に感嘆の声を俺からあげて欲しかったのだろう。
でも、興味がない。
「唯一の手がかりがその二人組に追われていたっつう少女だが……。クリム、その娘がどんな容姿だったか興味あったか?」
俺は少し勘違いをしていた。マーディは俺の態度に一抹の不安を感じていたのかもしれない。他人に対して淡白。こんな俺から引き出せる情報は底が知れている。
「ない」
即断を皮切りに、異性受けの良い顔に暗雲が漂った。
左手が飛び込んだ銀髪の前髪はまたしても形を崩す。くしゃくしゃ、と厄介事に困惑する様子であった。
「どうすっかな~。重要参考人がいないのは不味い」
刑事ドラマの見過ぎだ、と内心で悪態を吐く。並列して、自分の至らなさを憎みもした。
犯罪プレイヤーから逃げていた少女は悪夢との戦闘中に消えていた。異形の相手と対面して気が散っていたのだ。
あの二人組について彼女は何かを知っている筈である。そんな少女を探す要因まで俺達の手元には残っていない。
ちっ。
後悔が舌を鋭く鳴らさせる。
――傍にいたユリアも少女が消えたことを察せなかったのだ。一般人であろう少女が恐怖から逃げ出しても仕方がな――
「あ」
「ん? どうした、クリム」
「…………居る。参考人はいなくても……目撃者は、居たんだ」
メイド服を着込んだ金髪の少女が脳裏に登場する。みすぼらしい友好の輪に、初めて繋がった彼女。
泣かせかけた、という事実が俺の気乗りに障害物を置いている。
「背に腹は代えられない、か」
E・Dでの連絡方法は所持していない。だが、前回と同様現実での交渉には持ち込める。
「……」
自分から同級生の女子に声をかける。その難易度に全身が発汗を要求した。眼前まで強く握りしめた右拳が昇ってくる。
「やってやる」
気力を圧縮した声で、俺は明日への覚悟を決した。
「良く分からねえが……頑張れ、クリム!」
次回は恐らく遅くなってしまいます。AIRLINEの方もどうかよろしくお願いします。