《E・D内部/ルーク=東雲 和真:視点》① ”ロード”
長らくお待たせしました。LN編、第三章のスタートです。
《E・D内部/ルーク=東雲 和真:視点》
吐き気がする。
全身がとてつもなくだるい。足を動かす事にさえ抵抗を感じる。意識を捨てて、ひたすらに眠っていたかった。
でも、それは絶対に叶えられない。
――悪夢が掌を広げて、俺の心臓を鷲掴みにするからだ。
辛い、苦しい、息が出来ない。
なのに、明らかな痛覚だけはぼやけている。例えようのない違和感に首を締め付けられていた。気持ちが、悪い。
「――――を、――――かい?」
どこからか声が聞こえた。
ここには俺一人しか居ない。他のユーザーが来た様子も全く感じなかった。モンスターなら話しかける事などしないだろう。
「良い夢を、見れているかい?」
今度は一言一句を正確に聞き取れた。中性的な声だった。男か女か不明だが、俺とはあまり年が離れていないように思えた。
得体の知れない誰かは、そのまま話を続ける。
「それとも、悪い夢を見ているかい?」
……断然、後者だ。
快適な生活を目的とした仮想世界であっても、心はずっと下降を続けていた。気分は沈む。良い夢見などありえない。
「それは罪を意識しているから?」
口にしていないのに、相手は俺の答えを正しく汲み取っていた。まるで心を読まれているかの様だ。
「――つ、み?」
問いかけが頭の中で反芻される。「罪」と言う単語が脳裏で勝手に浮かび上がった。実態を持った不安は、曖昧だった五感を明瞭にしていく。
狭い空間に満ちた深い闇へ、真上から鋭い光が注がれていた。周りを囲んでいるのは無機質な鉱物の層である。どうやらここはダンジョン内の一室らしい。
そんな場所の中央で、俺と奴は対峙していた。全貌は顔を上げれば分かる。しかし、得体の知れないという印象は一切変わらなかった。むしろ、さっきよりも強くなっていた。
「辛いのはその罪に抗っているからだ。全てを耐え切れば、また幸せな夢が見れると信じているのだろう?」
諭す様な素振りで俺へと言い聞かせてきた。
そんな事はない。
そう言おうとした矢先、奴は間髪入れずに痛い所を突いてきた。
「他人の存在で罪から逃げるのは無理だよ。しかも、相手が相手なんだ。彼女に近付けば余計に罪が浮き彫りになる。……というか、そもそも恋心なんて持ってないんだろ?」
「…………」
図星だった。出しかけていた反論が喉の奥へと引っ込む。
「今の方法じゃ決して楽になれない。無理を通して続けてしまえば、自他もろとも崩壊が起こってしまう」
俺だって誰かに助けてほしかったんだ……。
忘れかけていた過去を掘り返され、誰にも相談出来ずに苦しんできたんだ。逃げる事にだって胸が痛む。そんな中、俺を癒してくれる可能性を見つけた。罪から身を隠しながら、必死にすがろうとした!
――でも、そんな考えこそが一番の落とし穴だった。
「そう、彼女は罪そのものに接点はないが、無関係ではない。多分だけど、あの騒動の全容ぐらいは既に知っているだろう」
「それは分かってた! だけど……」
彼と彼女の関係は把握していた。でも、彼自身の正体を見誤っていた。あんな一面を持っていたなんて想像もしていなかった。
「……ふうん。状況の危うさを理解したのは、トーナメントの戦いを通してからか」
あの朝、確実に何かを気付かれた。
失敗だとは思っている。でも、もう手遅れなんだ。彼の本性が試合で見せた通りなら、絶対に俺を探って来るだろう。話を誤魔化すのは不可能ではない。だけど、その状況に俺自身が耐え切れない。
「良心の呵責。……罪悪感を背負いやすいんだね」
限界を感じていた。彼の追及をきっかけに、俺は抱えた罪に押し潰されてしまうかもしれない。
「俺は、もう、どうすればいいんだ…………?」
手立ては思いつかない。俺は絶望を無意識に呟いていた。
「――楽になりたい?」
数分の沈黙を挟んでから、奴が唐突に訊ねた。
「それを叶える方法が、実は一つだけある」
俯きかけていた顔が勝手に持ち上がる。
「罪に身を任せるといい。受け入れるんじゃない。世界を、この夢を真っ黒に染め上げてやるんだ。そうすれば、自ずと罪は軽くなる」
左手が俺の方へと差し向けられた。掌の上で黒い炎の玉が生まれる。静かに燃ゆる火は細やかな周囲の光さえも奪っていった。完全な影が目前で揺らぐ。
「さあ、手を伸ばして求めるんだ」
闇色の火種を掲げ、奴は笑う。
全身に纏った漆黒の影も、その感情に呼応したかの様に細かく揺らめいた。
「――良い悪夢を」
「――おい! 聞こえてんのかっ?」
また、声が聞こえた。
今度は後ろの方からだった。あの人型の影と比べて、軽い威圧と冴えた張りが口調に混じっていた。
「ここでユーザーが一人迷い込んでいるって通報があったんですが。……大丈夫ですか?」
もう一つ、穏やかな語勢が加わった。どうやら二人居るらしい。彼等の正体には大体の予想が付く。この地方の治安を維持する組織、騎士団だ。
「……っ」
思考が落ち着いていくのに伴い、徐々に視界も広がっていく。気分がさっきよりも幾分か晴れていた。周囲は相変わらず暗いままだが、その闇の深さに判別が付けられる。
……あれ?
さっきって、いつだっけ。奴はいつの間に消えていたんだ?
「う」
記憶を遡ろうとした途端、頭に痛みが走った。背筋に熱い何かが這い上がる。鼓膜がガンガンと揺さぶられていく。
『――騎士団は敵だ』
この場には居ない影が呟いた。
『彼等は、現実から目を背けた者を許しはしない』
辿り着いた安寧が認められない。その恐怖が胸を鋭く貫く。
嫌だ、そんなのは嫌だ。
自制のたがが外れていくのが、自分でも分かった。利き手に力が入る。覚えのない危機感に身体が動かされていく。
『もしも彼等が目の前に現れたら、有無を言わさず倒せ』
警告が頭の中で繰り返される。
『奪われるぞ』
その一言を最後に、張り詰めた糸が勢い良く切れた。ざわついた悪寒が全身を電流の如く駆け巡る。手足の先端まで冷たい痺れが達した。世界が、反転する。視界が、暗転する。右手が、熱を纏う。重かった唇が、怨念を持って開く。
「……召喚」
――奪わせはしない。
瞬間、実態を持った影が掌から伸びていった。
「っ? おい、お前……!?」
全身が形容し難い何かに覆われるのが分かった。心が、苛付きで高鳴る。けれども、それが不思議と心地良かった。理性で押しとどめていないせいだろうか。
「――え、ちょ! 嘘だろ……っ!?」
「ウィルガ! 戦闘態勢に入れ!」
「分かってる!」
二人のやり取りが鬱陶しかった。敷き詰められた物陰で彼等の顔は隠れているが、そこに戸惑いが浮かんでいる事だけは感じ取れた。
胸の奥から口へと溢れ出る感情が、目前の喧騒を吹き飛ばす。
「ア、ああアアアぁぁアアアァああああ!」
――騎士団は敵。
――ここで、倒す!
「また悪夢かよっ!」
両の手を突き出したアバターが叫ぶ。素早く「召喚」を呟いて、出現した二本の剣を交差させた。向けられた刃が発生し光のエフェクトに照らされていた。敵意を強く汲み取れた。やっぱりこいつらは、俺の敵なんだ。
「ァ、あ!」
スキルを発動。――《ブーストストライク》。
小声で技名を漏らして、槍の先端を奴に向ける。間髪入れず、突進を促す加速が俺の身体を襲った。
距離を縮めた事で、相手の顔が見える様になった。二刀流のアバターは蒼い鎧を身に着けている。もう片方のアバターは首筋を防具で固めた茶色の長いコートを羽織っていた。
「――パターンA!」
「了解!」
何らかの合図を二刀流の男が発し、コートの騎士が応じる。
「《ストーンウォール》!」
突進の最中にあった俺の正面を、突如、長方形の物体が遮る。地面から盛り上がった石の壁だ。
これは魔法か? と言うことは、もう一人は魔法使用者か!
「ああああアアッ!」
気合を込めて影に濡れた槍を打ち出す。《ブーストストライク》による一撃が、魔法の壁に接触する。短い抵抗。壁面は容易く砕け、石の破片が飛散する。
「――《スウィン、」
視界を横切る石に気を取られてしまった。壁の向こうでは騎士が片方の剣で身を守りつつ、残りの剣でスキルを浴びせようとしていた。
「スラッシュ》!」
槍の反対方向から剣が迫る。軌跡が白い半円を描く。速い、防御は無理だ。
ザシュ!
頬に無機質な感覚が走った。そして視界も赤く染まり、損傷率の変化が表示される。
「ちっ! 浅かったか! 《スウィン――」
同じ技が来る。そう直感した刹那に、俺は真横へと飛び退いた。
「逃すか! ウィルガ、パターンC!」
回避に重ねて指示が飛ぶ。騎士が持ち上げている刃は、未だに俺を狙っている。
「任せろ! 《ストーンショット》!」
視野の外で魔法名が聞こえた。足を止めてはいけない。武器の間合いから更に遠ざかるが、構わずに走り続けた。
小さな衝撃が後方で何度も響く。何かが真上から落下している。逃げるのに必死で、振り向くのは無理だ。
「パターンE! 奴を囲め!」
「《ストーンウォール》! ……《ストーンウォール》! もういっちょ《ストーンウォール》!」
――またか。
進路を塞ぐ様に、三枚の壁が地面から突き出た。魔法は基本的に重複して使用するのは不可能だ。ウォール系を連続して使った事実は、俺を狙った攻撃の終了を意味していた。
「……あぁ、ア!」
足の裏面を全て降ろし、スピードを落とす。壁の配置を見計らい、唯一の移動系スキルに備えていく。
「三秒後! またパターンAをやれ!」
しかし、反撃の暇は与えられなかった。
二刀流のアバターが斜め後ろから接近していた。両手の剣を地面すれすれに降ろしながら、風を切って疾走している。その足元には小さく尖った石が何個も転がっていた。だが、騎士は自由自在なステップで全てを避けていく。
「――ぁ」
流石に向こうの方が戦い慣れしている。数だけの問題じゃない。圧倒的に俺の実力が劣っていると分かった。
正面からの戦闘では叶わない。……なら。
「《ストーンウォール》!」
三秒が、経った。
パターンAの内容は覚えている。石の壁で防御するという指示だ。それを逆に利用してやる。スラスト系のスキルで回り込んで、一撃で急所を射抜いてやる――。
ゴゥン、と予想通りに長方形が生え出た。
……あれ?
そこは、俺を見据えている騎士の背後だった。
「《ストライクリーパー》ァアアア!!」
左右の剣が共鳴するかの如く発光した。バックの壁は男によって強く蹴られる。スキルと跳躍の重ね技。それは俺の認識も飛び超えていった。
刃から滲んでいた輝きが伸びる。直線上に駆け抜けた一本の閃光は、俺の真横へと瞬時に達した。
何でだ? パターンAは壁での防御じゃなかったのかっ?
「……っ」
やられた、と思った。騎士の姿が僅かにずれた位置で見つけるまでは。
無意識に上半身を引いていたのだ。トーナメントで戦った大剣使いとの経験がここで役に立った。斬られる、という恐怖もまた俺の思考を上塗りした、らし――。
二本目の閃光が宙を割った。
騎士の身体が途中で反転。上半身ごと旋回した剣が急角度から抉られた。ズバン! 空いていた片腕がまた断ち切られる。損傷率が激しく増加した。
「うし……っ!」
手応えを奪った騎士は、それ以上の追撃を行わなかった。両腕の構えを維持したまま、少しずつ後ろに下がっていく。
――くそ! くそ、くそ、くそ!
二刀を使った連続攻撃のスキルだったんだ。間近で見ていたのに分からなかった。ちくしょう……。油断していないのに、反撃すらままならない!
「上手くいったな、デュラン」
「そうだな、ウィルガ。……前回の反省から生み出したこの戦法は大正解だ。だけど、気を抜くのもまだ早い。アイツが悪夢だとしたら……あまりにも弱すぎる。この前の悪夢はもっと強かったぜ」
最悪だ。向こうも手を抜く様子がない。
「あ、あ、アアぁ……あ」
失った左腕は酷く軽く、その損失が焦りに拍車をかける。
どうする……?
奴らは最低でも未知のパターンBとDを残している。既出の戦法だって詳細を見抜けていない。
「……攻撃が来ないな」
「どうする、ウィルガ? 今まで断罪裂剣がぶっ倒してたけど、会話を試すか?」
「正気があるかどうか怪しいんだが……」
騎士達は俺の出方を模索している様だ。一見は緊張が緩まっている。けれども、ピリピリと肌が危険を訴えていた。安易な攻撃は逆に自分の首を絞める、と。
「とりあえず……もうちょっと削っとこうぜ」
二振りの剣が再び構えられる。
「賛成」
魔法使用者のアバターが後衛へと下がっていく。
攻撃が来る、と分かった。
でも、避ける方法が無い。地下に広がるダンジョンの最奥。脱出するには専用のアイテムが必要となるが、今の俺は持ち合わせていなかった。周りも狭い空間で、通路が限られている。騎士二人を掻い潜っての逃亡も不可能に近い。
――駄目だ。俺は、ここで終わりなのか?
「ぁあ、アア、ァ!」
ドクン、と仮想の心臓が跳ねる。
目の前が文字通り真っ暗になった。手にした槍が一層の重みを増した気がした。加えて熱も発する。まるで生き物の様だった。興奮と緊張に苛まれ、俺の主要武具は段々と温度を上げていく。
《物体破壊Lv1》ロード。
脳裏で声が響いた。情が欠けた、淡々としている音声だった。普段から耳にするE・Dの通告用音声とも異なる。なのに、聞き慣れた安心感を覚えてしまう。
《地属性耐性Lv1》ロード。
《自動回復Lv1》ロード。
《サウザンド・レイ・ストライク》ロード。
ああ、そうか。この声は――俺だ。
意識した途端に、告げられていた言葉の意味が全て理解出来た。使い方が頭の中で急に浮かび上がってくる。
次は、自分から進んでシステムへ命じた。
……ロードしたアビリティとスキルを、全てスロットに設置。
「よし、ウィルガ! パターンBだ!」
「《ストーンハンマー》!」
騎士達に先手を打たれる。数秒を挟み、大小様々な石の群れが浮かび上がり、俺の頭上へと集結していった。一転に集まった破片は隙間なく圧縮され、底の面積が大きい円柱を模った。
「どりゃああああ!」
ウィルガと呼ばれている男が叫ぶと、石の鉄槌が真っ直ぐに降ってきた。
「…………」
対する俺は、ただ槍の先端を冷静に上へと向けていた。自分でも驚く程に落ち着いていた。さっきの動揺が嘘に思えてくる。
「アぁ、あ」
《サウザンド・レイ・ストライク》。
――槍を突き出す。先端から迸る大量の光線。その一つ一つが、圧倒的な質量を備えた石柱を砕いていった。
デュランとウィルガはMN編で惨敗した騎士です。悪夢との戦いを通し、新たな戦法を生み出しました。それが作中の号令になります。ウィルガによる魔法の発動場所を、デュランが剣の位置で決めているのです。ルークはそれを見抜けずにいます。ちなみにパターンDは相手の無駄な思考を誘導させるため、欠番になっております。




