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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第二章「体育祭&トーナメント」
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《現実世界》⑨+⑨’ & 《夢/鈴夜 湊:視点》 ”発覚”

遅くなって申し訳ありません。ちょっと長めです。綾華の発言から始まります。


「…………」


 和気藹々に浸かっていた空気が瞬時に緊迫を帯びる。

 「暴行未遂」――これに真っ先に反応したのは、室内における唯一の最下級生だった。


「ま、待ってください……! そ、そ、それは」

「別に責めるつもりはありませんよ。弟も貴方が悪人ではないと言っていましたし」


 結那の反論はすぐに必要性を失った。だが、綾華の瞳は依然に険しさを抱えている。特に湊への着目が凄まじかった。

 彼女は表情と気を張り詰めたまま、話を続ける。


「あの事件は会長の心を酷く痛めました。全く知らない、しかも後輩同士による揉め事とはいえ、彼はそこにまで神経を使う人なんです。……まあ、そんなだから生徒会長になったんでしょうけど」


 仮面が最後に外れかけた。東雲和真の評価に至っては、同学年の女子生徒として苦笑を交えていた。


「でも……そんな性格だからこそ、理不尽な暴力やいじめには人一倍ショックを受けやすかったんだと思います」


 綾華が手元に視線を降ろす。鮮やかな色合いをした紅茶の水面があった。時間が経った為に、暖かな湯気は既に消えている。


「しかも、数週間前には自殺未遂まで起きたんですから。今もまだストレスが大きいでしょう」

「あ」


 今度は茜が反応した。自殺未遂は事故によって利き腕を切断した室月日々貴が起こした騒動だった。ドリー部は様々な要素から彼に近付き、高所からの飛び降り自殺を失敗に終わらせている。けれども、校内で話題になったのは確かである。


「どちらも貴方達が中心にいますね。まあ、三原さんは自殺を防いだのだから良い印象を持たれるでしょう。……ですが! 鈴夜湊に対しては正反対の印象が強いです。私も貴方にあまり好感を持てません」

「はっきり言うなー」


 飾り気のない告白に高森燈哉は苦笑を浮かべた。「嘘を言っても仕方ないでしょ」と綾華が返す。


「生徒会長も、恐らくですが、貴方に苦手意識を覚えているのでしょう」


 怒りや恨みを除いた生気の無い表情が、湊と正面から対峙する。それは事件を起こした当人がよく浮かべる形相に酷く似通っていた。


「出会ったのは偶然ですよね? いきなり顔を合わせてしまった為に動揺したのだと思います」


 推測が一通り披露された後、室内には沈黙が続いた。誰も言葉を発さない。湊は未だに無言に伴って瞳を伏せている。滲む静けさが、張り詰めた空間を更に冷ややかにしていく。


「…………どうやら長居し過ぎたようですね。……申し訳、ありません」


 謝罪を皮切りに話は打ち切られる。綾華は見下ろしていた紙コップを持ち上げ、一息に飲み干した。トン、と机の上に再び乗せる。そして席から腰を離して屹立した。


「いえ、そんなことは……」


 茜が否定を口にするが、返ってきたのは一礼だった。


「お茶、ごちそうさまでした。クッキーも美味しかったです」


 背筋を真っ直ぐに伸ばし、前へと倒した。整った姿勢だった。お辞儀が終わるまで背筋はずっと伸ばされていた。

 顔を挙げたら、部長である少女の横へと通り抜けていく。途中で部員達にも頭を下げていった。彼女等四人の視線を背中に背負いつつ、綾華は出口の手前に立つ。

 足を止めて、顔だけを後ろに回した。そして、微かに色褪せた微笑みで宣う。


「また何かお願いする事があるかもしれません。その時もよろしくお願いしますね」


 そう言い残し、彼女は部室を出た。戸が閉まる音だけが室内に留まる。彼女の姿は見えなくなった。だが、閑散とした雰囲気が響きに相反して保たれる。


「ふぅ…………」


 長い溜息が吐かれた。細くこぼれる吐息には疲労が隠れていた。


「疲れた……」


 この数分間で最も喋らなかった湊が、先程までのしかかっていた圧迫感を吐露する。机に体重を預けては身体を丸めた。


「わ、私は、先輩が良い人だって知ってます。……だから、あまり」


 結那が近くから小さな声で主張した。湊は「ありがとう、芳野さん」と同じ声量で返す。些細な会話だったが、神経質な話題を綻ばせるには充分なやり取りだった。

 後輩の態度に応じて、湊の姿勢は明かされる。


「分かりきってた事だ。ああいう風に言われるのは」

「でも、真正面から言ってくれるだけありがてーんじゃねえの? 他の奴らは陰口しか言わねえだろ」


 燈哉はクッキーを口に勢い良く投げ込んだ。


「つか、遠藤とお前……どっちも似た様なベクトルだよな。真面目が過ぎるトコとか、自分にすら融通利きにくいトコとか」


 咀嚼と同時に指摘する。粗雑に言い放っていたが、その考えは正確に湊の喉を詰まらせた。当時、ドリー部自体は影も形もなかった。故に高森燈哉は騒動に一切関わっていない。だからこそ、主観を含まない意見が冴えわたる。


「そん時のことは、俺はあんまり知らねえけど」


 床の上で燈哉が指先に着いた粉を払う。パンパン、と軽く音が響いた。次いで、彼は目を合わせぬまま湊へ語り掛ける。


「何か、大切なことだったんだろ? ああ言った遠藤もそれは分かってるさ……多分」

「…………」

「ん? どうした、結那ちゃん? 俺をそんなに見つめて」


 自分へと視線を送っている一年生の存在に気付いた。その瞳に灯っているのは、星の如く小さくも眩い光だった。


「私、今……高森先輩を初めて上級生として尊敬しました」

「はっはっは! ま、俺も三年生だからね。伊達に年は取ってないぜ……って、あれ? さらっと酷いこと言われた?」


 無意識におだてて罵る結那と、天狗になった燈哉。

 彼女等の語らいを脇に置いて、湊は一人虚空を眺めていた。あやふやな焦点のまま、長い沈黙に浸る。周囲の空気を切り離し、自分だけ思考に集中する。眼鏡の奥で細い双眼が今朝の東雲和人を映し出す。


「ねえ、湊君」


 不意に、横から名前が呼ばれた。先程の席から移動した茜が、すぐ隣で立ち尽くしながら見下ろしていた。


「遠藤さんの話、どう思った……?」

「別に」


 即答だった。淡白かつ揺るぎ無い。そんな一言に対して、茜の首が左右にゆっくりと降られる。


「そうじゃないよ。生徒会長のこと……。何かおかしいと思わなかった?」

「…………」

「私はね、ちょっと違うって感じたの。あの時、会長が浮かべていたのが……ただの怯えに見えなかった」


 虚ろな視線が初めて彼女の方へと動いた。

 茜は胸の上で両手を抑えていた。その表情も若干の強張りを備えている。先程の遠藤綾華による推測を掘り返しつつ、更なる想像が吐き出される。


「上手く言えないんだけどね、あの人はもっと酷い顔をしていたの。……君を見て、君じゃない何かに凄く怯えていたというか、湊君であって湊君じゃない誰かをとっても怖がっていたというか」

「そう」

「……ごめん、曖昧で。私の考え過ぎかな」


 彼女の表現は全て抽象的だった。

 けれども、湊が次に発した言葉はそれらを全て肯定していた。


「僕も、同じ様に感じていた。……あの生徒会長は、事件を起こした《僕》だけじゃなくて、《僕》そのものを怖がっていたと思う」


 部室の窓には数多の水滴が付着していた。空を覆っていた灰色の雲が雨を流し始めたのだ。ザァ、という雨音が出御高校そのものを覆っていった。




《夢/鈴夜 湊:視点》

 アスファルトの道路を雨粒が叩く。手に持った傘の表面を伝った数十粒が足元へ吸い込まれていく。

パシャパシャ、と落下した水は弾けて飛んだ。


「…………」


 中学校からの帰路。俺は一人で見慣れた景色を歩いていた。普段からこの道を通っており、変わる事は滅多に無かった。

 だが、この頃は目の前の景色が自然と違ってきていた。無意識の内にとある家の前を通ろうとしているからだ。雨天であっても、その行動は続く。今日も俺は良く知っている場所へと近付いていた。

 住宅地の中にある、普通の道路に並ぶ、何の変哲もない一戸建て。

 そこは親友の家だった。小学校の頃から付き合いのある友人が、長年に渡って寝食を過ごしていた所でもある。


「やっぱり居ないか」


 近くで足を止めて家中の気配を探った。全ての窓に明かりは灯っていない。留守にしているらしい。恐らく病院に居るのだろう。

 少々の安心を得て、立ち去ろうとした。だが、家の玄関前で誰かが傘を差しながら立っている事に気付いてしまう。


「……っ」


 思わず動揺した。傘に隠れていない部分から、俺と同じ制服が見えたのだ。アイツがここに居られる筈がないと知っていても、その顔に空想を張り付けてしまう。


「……あの」


 分かっていても衝動は抑えきれなかった。震える声で、無人の家を見つめる彼に話しかけてしまう。


「…………っ!」


 こちらを振り向いた。そして、俺を見るなり顔中を歪ませる。

 相手は背が高い男子生徒だった。俺よりも上の学年――三年生に思える。素地の顔付きには男性らしさが滲み出ている。尚且つ、爽やかな印象も感じ取れた。今の歪な表情が無ければ、もっと整った面が現れていただろう。

 俺の呼びかけに対し、彼は背中を向けて来た。

 一目散に駆け出す。雨が反射する地面の上に勢い良く足を乗せていった。速い。もう後ろ姿が小さくなってしまった。

 追いかけるつもりはなかった。正しくは、気力が欠けていた。ただ疑問を抱きながら、彼の逃走を見守っていく。


「確か……生徒会の」


 最近の学校集会で見かけた記憶がある。詳しくは覚えていないが、三年生の副生徒会長だった気がする。そんな人が、どうしてアイツの家の前で佇んでいたのだろうか。


 ――いや、違う。彼は副生徒会長じゃない。


 ――待て、それこそ違うだろう。三原さんが彼の役職をはっきりと口にしていた。


「……あれ…………?」


 傘の持ち手を落としそうになる。得体の知れない困惑が全身を満たそうとしていた。ドクンドクン、と胸の鼓動も激しくなっていた。


「俺はあの人を知っている」


 当たり前だ。出会ったばっかりなのだから。


「でも……顔を合わせたのは僕だ」


 自分を囲む輪郭が二重の線となる。両方が交互に点滅し、やがてはどちらも交わって一本の太い線と化した。

 流石にもう気付いた。

 これは夢だ。

 揺り籠の外で久しぶりに見る、天然の夢。過去と現在が溶け合った、明晰夢らしい。

 意識した途端に世界が白色に染まった。曇天で蓋をされていた空は輝きに満ちて、雨の軌跡は黒い一筋のラインとなって停止する。


「あ」


 この過去を完全に壊す要因が、頭の中でしっかりと形になる。意図せずして零れた声が内面の衝撃を代弁する。


「あ、あ、あ……あああああ!!」


 そうだ、完全に思い出した。

 俺はあの人と、初対面ではなかった。その事実に辿り着いた為に、鈴夜湊は夢の世界から追い出される――。

 退場。

 そして、現在に繋がる現実へ。



《現実世界》


「あ、起きた? もう私と君しか残ってないよ。……下校時間になったんだから、早く帰ろ?」


 意識を覚醒した矢先、湊を真っ先に出迎えたのは三原茜だった。

 ザアァァ、と窓の外で雨が猛威を振るっている。天候は悪化の一途を辿っていた。空の色は幾重もの灰色で溢れ、時折の落雷が彩りを添えていた。


「…………」


 両目を大きく開けたまま、湊が上半身を机から起こす。背中にかけられていた毛布が床に落ちた。


「おはよ」


 意図の無い微笑が向けられる。しかし、湊はそれに反応する事無く腰を上げる。


「んー? 寝ぼけてんの?」


 部室には湊と茜しか残っていない。更に彼女の正面は一人に固定されている。相手は完璧に特定される状況だった。


「…………」


 けれども、湊は一切の返答を捨てていた。唇を閉じ切ったまま急ぎ足で室内を駆ける。茜を背後で置き去りにして、素早く廊下へと出た。


「生徒会室は……!」


 左右に視線を送り、近い方へと進む。その後方からは「待ってよー」という声が追って来ていた。

 初めは早足だった。だが、湊は次第に速度を上昇させ、最終的には全力で走っていた。目的の場所へ五分も経たない内に到着する。


「くそ! 明かりが」


 部室とは反対方向に位置する生徒会室の内部は暗闇だけに満たされていた。光は何処にも無い。下校時間と悪天候も相まって、ただでさえ影が落ちやすくなっているのだ。光源の断絶は無人という事実に帰結する。

 生徒の不在を目視した途端、湊は急激な旋回を行った。正面を反転させて、来た道を颯爽と戻る。途中で後を付いて来た茜とすれ違った。


「……っ」


 階段を下って一階へ。上履きを躓きながら履き替え、雨が降り注ぐ校庭へと身を乗り出していく。

 衣服や髪が濡れるのも厭わない。眼を鋭い形に変貌させて、敷地の中心にて周囲を見回した。


「……何処だ……っ?」


 絞り出した小さな叫びは雨音に飲み込まれる。時間と雨天が校内の人気を払っていた。生徒会の人間どころか、一人も湊の視界に入って来ない。


「どうしたの、急に!? 風邪ひいちゃうよ!」


 ようやく姿を見せたのは、同級生を心配して外に出た三原茜だった。傍へと近寄り、その頭上に赤い傘を掲げてやる。


「……ねえ、湊君。さすがにまだ寝ぼけてるって訳じゃないよね? 何があったの? 説明してよ!」


 事情を求める茜に対し、夢から覚めたばかりの頭は無作為に答える。どれも整合性の取れない言葉ばかりだった。


「……思い、出した」

「え? 何を?」

「俺は、あの人に会った事があったんだ。たった一回だけだけど……向こうはそれを覚えていた。ああ、くそ! あの時も生徒会だった! 副会長だったんだ!」


 粗い口調で失念を嘆いていく。茜の唖然とした顔は未だに保たれたままだった。


「停学……騒動……。そうか、そういう事か。あの人を動揺させたのは俺じゃない、捺祇沙耶子だ! 掲示板に貼った新聞記事が原因だ!」

「湊……君?」

「――室月日々貴の自殺未遂もそうだ。アイツと同じ飛び降り……。トラウマが再発してもおかしくない!」


 落ちてくる雨は茜の傘によって妨げられている。けれども、その領域の分だけ湊の全身は陰りに覆われた。激情を形にする表情が一層の険しさを増す。


「今朝も、俺を避けたかったからか。……ちくしょう! 何だよ、これっ。最初から、全部、あれに繋がっていたんだ!」


 要領を得ない言葉の嵐。それらの暴風を間近で受けた茜は、一言を絞り出すのが限界となっていた。


「さっきから言ってるあの人って……生徒会長のこと?」


 荒れ狂っていた叫びが瞬時に静まる。

 湊は鋭利な双眸で校門を睨みつつ、ゆっくりと淡い呼吸を繰り返した。やがて身体中から興奮が徐々に抜けていく。

 多少の落ち着きを取り戻した後、湊は唇を再び開いた。


「出御高校の生徒会長は、俺と同じ樹野中学校出身だ。しかも、三年の時には生徒会役員で副会長をやっていた」


 明かされた事実は、茜の絶句を誘う。


「……樹野で飛び降り事件が発生する直前。校内でいじめを調査するアンケートが実施されたんだ。ほんの数日前にそれをやった。……でも! 自殺を防ぐどころか、いじめの発見すら出来なかった」


 湊の歯ぎしりが鈍い音を立てた。怒りだけでは収まらない感情が、細い身体から蒸気の如く放出されていく。


「そのアンケートは……生徒会主体で回収と結果のまとめが行われた。東雲和真はその中に居た筈だ」


 かつて散りばめられていた断片的な情報が、湊の思考に沿って一本のレールを積み立てていく。そこまでは裏付けの無い推理だった。傍で耳にしている茜も、驚く顔を見せても戸惑いに揺れてはいない。

 だが、連想される最終的なゴールがその顔を一気に青ざめさせた。


「まさか、君……」


 引き攣った顔と口が発する疑問は、酷く細々とした物だった。雨の破裂音に易々と上書きされてしまう。湊には届かない。


 

「――おそらく、アンケートに、不備が有った。でなければ、アイツと関係を持った俺に怯える筈が無い。……あの人は、何かを知っている……!」



 彼女の存在は妨げにならなかった。

 はっきりと湊の口から疑いが出される。数多の雨を掻い潜り、刃の如き剣呑な響きは宙へ引き抜かれた。


LN編、第二章がこれで終わりです。こういった急展開をもっと早くにやるべきだったと反省しています。来週の更新はちょっと難しいかもしれません。

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