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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第二章「体育祭&トーナメント」
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《現実世界》⑦ ”遭遇、そして”

主人公は第二回戦で敗北。トーナメント終了後の、現実世界での話。ちょっと短いです。

《現実世界》



「おっはよ! 湊君!」



 トーナメントが集結した日を跨いだ、翌日の朝。

 三原茜は通学路を歩いている鈴夜湊を発見し、声をかけた。彼が振り向く前に早足で傍へと駆け寄る。肩越しに顔を覗き込もうとした。


「…………」

「うえ……っ? 何、その顔……!?」


 振り返った物は酷く歪んだ面だった。目撃した茜が瞠目し、後ずさる。

 深く刻まれた眉根に固く閉められた唇。それらは普段から浮かべている表情と一線を画していた。


「いや……」


 首を回して、湊は視線を正面に戻す。厳めしい表情もすぐに収まる。

 感情に波は立っているが、茜への態度に変化は無かった。隣に並ぼうとする同級生も難なく受け入れる。歩く速度も彼女に合わせて落としていた。


「ねえねえ、昨日のことなんだけどさぁ」

「う……っ」


 昨夜に関する追及は湊の声を詰まらせた。


「様子がおかしかったけど……どうしたの? やる気はあるのはいいんだけど、君にしては何だかやり過ぎと言うか…………」


 茜は手に持っていた赤い傘を縦に振った。上から下へ。ブゥンと風を切る。傍に居る湊は当たらない様に上半身を引いた。


「そう言えば、今日って雨降るらしいけど……湊君って傘持って来た?」


 その言葉に対して、湊は頭上を仰ぐ。

 曇った空が広がっている。道路も僅かに影が降りていた。湿気も中々に高い。道行く生徒の半数以上は傘を手にしている。


「……忘れた」

「あれま。いつもの君だったら忘れそうにないのにね」


 コンコン、と彼女が傘の先端で道路を叩く。

 しばらくは目下への戯れが続いた。傘はリズム良く音を刻んでいく。タン、タタン。やがてメロディを奏でる先端は徐々に横へとずれた。黒い石突は進路を大きく逸れて、近くにあった靴の爪先にぶつかる。

 傘を物理的に弾く事になった湊は、目を細めて茜の方を見た。


「それで、改めて訊くけど」


 彼女は声を潜めながら尋ねた。


「本当にどうしたの? トーナメント終わってからずっと気になってたんだけど」

「何でもないよ」


 間を開けずに言い切った。だが、湊の主張は茜の好奇心に打ち勝てなかった。


「怪しい」


 窺う口調には芝居がかった妖艶さが乗り移っていた。再び地面を軽快に小突き、茜は湊への間合いをより詰める。


「…………相手が強かったんだ。動揺した。つい力み過ぎてしまった」

「え、君がぁ?」

「僕だって人間だよ。それに、あのトーナメントは意外とレベルが高かったんだ。特に、あの日本刀を装備したピクシーは、騎士団でも通用する程の実力を持っていた」

「それって優勝した、あの?」

「ああ」


 《ピクシー》とは妖精の一種であり、薄い羽を生やした外見を特徴としている。そして、ユーザーとしての利点は《飛翔》にある。高度や時間に制限は付くが、羽を使って自由自在に飛ぶ事が可能なのだ。


「《飛翔》による加速と《居合切り》特化のスキル。二つを連携させた攻撃は、初見だったら回避するのも困難だ」

「へぇー。私と同じ女の子なのに、君にそこまで言わせるなんて。……スゴ!」


 優勝したピクシーは身体が細い女形のアバターだった。彼女が決勝戦を制した際には大きな歓声が観客席から挙がった。


「自由に移動出来て、攻撃速度にも優れている。あの彼女の戦闘スタイルは一対一の状況にかなり最適なものだ。……僕も、妖精使用者が羨ましくなったよ」

「ふーん」

「決勝戦も、つい見入ってしまった。中でも、決め手になった飛翔と連続切りの連携は見事だった」


 賞賛が終わると同時に、茜と湊の間に沈黙が訪れた。


「…………」


 一方的に語っていた湊は額に冷や汗を浮かべる。定期的に傘が地面に触れる音が、会話の途切れに弾みをつけられた。口は薄らと開けているが、声は出ない。


「君……嘘つくの下手過ぎるよ? 分かってる?」


 茜の指摘を受けて張り詰めた無言はようやく解けた。


「うん。今のは自分でもおかしいと分かった」


 湊自身の口から不自然さが裏付けされる。湊は普段から寡黙の傾向にあった。どんな話題であっても、自発的かつ長々と話す事など全く無い。

 触れ合いそうだった肩を茜が引き離す。傘を逆の手に持ち替え、彼女は視線を前方へと正した。


「試合始まる前も何か変だったけど……それも関係あるの?」


 疑問を静かに投げかけながらも、その顔は横に振り向かない。


「え、と…………そっちは、関係ないよ。……君のおかげでもう悩みは解決してる」

「だったらいいんだけど」


 彼女にそこまで言わせた時点で、湊は瞳を逸らす。重く低い呻きが漏れた。胸の奥が完全に吐き出されるまで時間をかける。

 次にこぼれた言葉は、数少ない語彙によって彩られていた。


また(、、)か。やっぱり君は、眩しいよ」

「え?」


 茜が少しだけ首を傾けた。今の声は聞こえていなかったのだ。問い質そうと口を開けていた。だが、湊が先んじて答えを返す。


「独り言だよ。何でもない」


 微かに火照った顔を隠す様に、湊は歩幅を大きくしようとした。隣に居た少女は反対に歩く速さが落ちていた。


「……トーナメントだけど、相手に動揺したのは、本当だ。嘘じゃない。君が心配するような事もないよ」


 直前に説明を付け加える。語るその表情は、先程より幾分澄み切っていた。そして後ろからの怪訝な目を置き去りにして、校舎へと向かっていく。「お先に」と茜へ短い断りも残しておいた。

 二人の距離が前後に離れる。


「…………」


 しばらく湊は下唇を噛んでいた。言葉の余韻がほのかな熱を帯びさせている。その温度が表を崩しかねなかった。力を入れていなければ耐えられない。


「…………ん?」


 三十秒近くは経った頃、湊は目を細めた。

背後からの足音が全く聞こえなくなっていた。湊は歩みを速めて彼女の前へと躍り出ている。だが、気配が感じなくなるのが尚早過ぎた。


「……三原、さん?」


 声をかけながら、ゆっくりと振り返る。

 姿はすぐには見つからなかった。後方、数メートルの先。そこで鮮やかな赤色が湊の目に留まった。茜の傘だった。彼女は立ち止まって、一人の男子生徒と話し込んでいた。


「――――」


 呼吸を、一瞬だけ忘れた。

 湊の動作が完全に止まる。前に進む事も、道を戻る事もしなかった。ただその場で立ち尽くす。時間をかけて取り戻したのは、息を吐くという行為のみだった。


「三年生……か?」


 茜は背の高い男と会話をしていた。積極的に話しかけてくる相手に対して、受け身の態度を取っている。

 所属する部活にも上級生は居る。だが、素で引き出せる情報はそれだけだった。湊の喉は彼の名前を出す事に抗っていた。


「…………まあ、そんなもの、だよな」


 開いた口は、そう言葉を吐いた。

 湊が再び彼女と相手の生徒に背を向ける。頬に灯った微かな熱も既に引いていた。


「あ、湊くーん! ちょっと待ってよ!」


 張りのある声が背後から伸びる。足を前に踏み出す所で茜に引き止められた。


「……」


 二人分の足音が近くへと寄って来る。

 今度は顔だけを振り返らせ、湊が彼等を目視する。その頬は多少引き攣っていた。


「あの時戦ってたの、本当は彼なんですよー」


 置いていこうとした筈の彼女は、明るい微笑と共にもう一人の男子生徒を連れて来た。


「え……! 俺はてっきり高森だと思っていたよ」


 対峙した湊を前にして、彼は驚きの反応を取った。茜に集中していた視線を逸らし、ゆっくりと注意する相手を変える。


「彼、私と同じクラスの人で……というか、ドリー部の副部長なんです。トーナメントの二回戦で会長と湊君が戦う事になった時は、私すっごく驚きましたよー!」


 偶然が引き寄せた知人同士の戦いに茜は軽く息巻いていた。声音が弾んでいる。鈴夜湊と東雲和真を交互に見比べては、背筋を伸ばして胸を張った。


「あの……三原さん……」


 生徒会長と面会させた張本人の茜を呼ぶ。湊にとっては何の前振りもなかった。まずは説明を求めようとしていた。

 今の呼びかけに反応した者が、ビクンと身体を鋭く揺すった。だが、びくついたのは三原茜ではない。




「…………っ……!!」




 ――東雲和真の表情が、唐突に、酷く青ざめていた。


 湊を見下ろしては絶句している。開いた瞳孔と唇が小刻みに揺れる。呼吸も荒くなっていた。ヒュウヒュウ、と荒い吐息が繰り返されている。次第にその顔中に多くの汗も浮かんでいった。


「え?」


 茜が呆気に取られる。豹変は誰の目にも明らかだったのだ。間近で目撃した湊も軽く瞳を開く。


「ごめん。……俺、よ、よ、用事を思い出した!」


 乱雑に言い放ち、一目散にその場を離れる。

 颯爽と校舎へ向かっていった。振り向きはしない。上半身をひたすら前に屈め、早歩きで進んでいく。


「な、何なの? どうしたの? ……湊君、もしかして生徒会長に何かしちゃったの!? 私も一緒に謝るよ!」

「いや、僕は何も」

「でも! 明らかにおかしかったよ、会長! 顔色とかめちゃくちゃ悪くなってたもん!」


 傘の持ち手を握りしめながら両腕を振る茜。

 その意見に湊は何も言えなかった。騒がしく混乱する彼女と比べて、静かに戸惑いに耽っていく。段々と小さくなる生徒会長の背中を見据え、真っ直ぐに睨みつける。


「…………」


 注視していた途中で、湊は片手を持ち上げて口を覆う。


「あの人は…………」


 続くべき言葉は、現時点では何処にも見当たらなかった。


隠れていた本筋の物語が動き出します。ここまでの部分が冗長過ぎるのが自分の反省点です。スピード感を頑張って出していきたいです。

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