《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑧&《E・D内部/ユリア=三原 茜:視点》① ”白銀の一撃”
クリム(湊)vsルーク(会長)。クリムが全力を出します。
正面を向けていた大剣の腹を斜めに逸らす。ルークの槍が幅広い表面を滑った。ギュア、と小さな白い炎が飛ぶ。
「ぐお……っ?」
唐突な硬直の終わりに、彼は驚愕の声を漏らした。
足を半円ほど回し、槍の側面へと姿勢を正す。手首も返した。大剣を浅く頭上に引き寄せながら、絶つべき部分を両目で見据える。
「――ぁ!」
短い咆哮を挙げ、大剣を振り下ろした。
金属音が響く。円錐の形をした刺突部分の半分から先が、緩やかに回転しながら落ちていった。
爪先から脳天までを全て駆動させた、全力の一撃。床上の間際で停止した白銀の剣先は風を撒いている。遅れて、槍の先端がリングの表面に刺さった。
まだだ。
攻撃は終わらせない。
力が抜けきった大剣を逆に沈ませる。剣先から反動が伝わる。両膝を深く曲げ、跳ね返った武器をその流れに乗せた。
「う、お、お!」
横方向に振り回して斬撃を放とうとしたが、ルークの方が反応は早かった。同様に満ちた悲鳴もどきを漏らして、颯爽に俺から離れていく。即決な判断だ。普通なら主要の武器を破壊されたなら動揺するだろう。真っ先に間合の外へ逃げられるのは予期していなかった。
でも。
「逃すか」
思わぬ言葉を吐いてしまう。自分でそれを自覚した時には、俺はルークを追って駆け出していた。
大剣を寝かせてリングを蹴る。前屈みになって走る俺と、背中を見せずに後退するルークとでは速度に明確な差が現れた。三、四歩の間に間近へと足を踏み入れる。
「しっ――」
再び、刃の軌跡で身体を囲む様に大きく旋回する。これまでの疾走で培った勢いも無駄にはしない。間近のルーク目掛け、大剣に前方向へのスピードも付加する。
足の裏で地面を掴む。
下半身と腰、続けて肩、そして腕を押し出す。
視界の端で、幅広い白銀の帯がルークへと襲い掛かった。
ダンッ!!
刹那。相手の真横を通り過ぎる。手ごたえは確実に感じた。観客の視線も俺の背面――ルークから離れていく物に集められている。
斬ったのは、武器を持った側の腕。防具のない二の腕に大剣を降ろした。今頃は、先程の槍よりも盛大に宙を飛んでいるだろう。
両足を地に着けて加速を徐々に落としていく。全霊を尽くしたせいで踏み込み過ぎた。もうリングの端まで来てしまった。
「ふん!」
大剣を床面に引っ掛ける。ガギャギャ、と不愉快な音が鳴った。しかし、何とか境界を少し踏み越えた所で制止する。
「次で終わらせる……っ」
部位欠損によりルークの損傷率は大分増えた筈だ。また、武器を手放させた。突進・移動系スキルの発動は封じられている。
――勝つ。こいつには、勝ってやる。
ビーッ!!
「!?」
煮立っていた思考が突然に途切れる。リング一面に高い警報音が広がっていた。戦意は維持していたが、流石に短い硬直に襲われる。
『YOU LOSE!』
視界の正面に文字列が表示された。
「は?」
LOSE? 負け? 何が起こった?
戸惑いに揺れる中、俺はすぐに理解した。足元の方へ首を回す。片方の爪先がリングの縁を未だにはみ出ている。
まさか……。
「場外の、判定か」
第一回戦の試合でもリングの外へ投げ出されたアバターが敗北となった。その時は地面に着いてからの決着だった。だが、事実上では境界を超えた時点で場外と見なされてしまったらしい。
全力を尽くし過ぎた。
寸前の跳躍。そこで斬撃は最大の威力を発したものの、飛距離まで伸びすぎてしまった。
「はず」
大剣を手放し、眼前を掌で隠す。羞恥心に身が悶えていた。外聞問わずに勝利をもぎ取ろうとして、逆に失態を犯して負ける。整理した分、愚かさが浮き彫りになった。やる気になっていた先程の自分が道化に思えてしまう。
「…………」
指の隙間から相手を窺う。ルークの表情は仮面の様に固まっていた。呆然としている、という印象があった。最後の一撃には反応していた様だが、あれは反射的な行動だったのだろうか。
「はぁ」
不燃焼に終わった胸中から溜息がこぼれる。
観客も燻った騒めきを起こしている。俺から見ても中途半端な決着だった。当然の事だろう。
――馬鹿な所を見られてしまった……。
こうして、俺はトーナメント第二回戦で敗北が決定した。
《E・D内部/ユリア=三原 茜:視点》
「あ、いけない」
私はクリムへ渡すはずだったボトルを手に、控室から去ろうとしていた。何だか落ち込んでいた彼を励ましたけど、こっちを忘れていたら意味がない。
「うーん、どうしよ」
後ろにはたくさんのアバターが集まっていた。モニターに目が釘付けになっている。次の試合がちょうど始まっていたのだ。日本刀らしき武器を持った妖精と、土属性の魔法使用者が戦っている。
「あそこに戻るのはなぁ……」
一度目はクリムに会おうと思って簡単に入った。でも、彼は予想外にナーバスになっていた。励ましはしたけど、やっぱり本調子とはいかなかった。そんな事から出場者には少し気を使うようにしている。
実際、モニター見てるみんな、ピリピリしてるし……。
――トン、トン。
後ろから肩を叩かれた。いきなりの事でちょっとびっくりする。
「はい?」
おそるおそる振り返った先には、青い髪をした男のアバターが立っていた。誰だっけと悩んだ矢先に思い出す。この人はクリムの直前にあった試合で勝った人だ。
「……君、受付やってたよね?」
「まあ、はい」
ここに集まっている人は全員があそこで手続きをやったのだ。私の顔ぐらい覚えていても不思議じゃなかった。
「俺のこと、分かるかな?」
「え?」
いきなりだった。そんなこと言われても――いや、ちょっと待って。
目の前に居るのはトーナメントの参加者に間違いない。それに、私は彼と初めて顔を合わせている。
そんな事実こそがヒントに思えた。頭の隅っこで誰かの言葉が蘇ってくる。確か、あの人が言っていた様な……。
裏付けのなさから、私の声は意外に小さくなっていた。
「もしかして……会長……ですか?」
どうやら正解だったみたいだ。
「ああ。大正解だよ。俺は東雲だ」
爽やかな顔で彼は笑った。青い髪や仮想の顔付きが影響したのか、現実世界の時よりも清々しい表情に見える。
良かった。これで外しちゃってたら、すっごく恥ずかしいもんね。
私は内心で安堵した。「ほっ」と声も出る。
「はは、別に間違えても俺は気にしないよ」
あっさりと胸の内が見透かされた。こうした態度に触れてみると、傍に居る彼が生徒会長その人であると強く信じられる。
「……こっちじゃ俺の名前はルークって言うんだ。君の方も訊いていいかな?」
「あ、はい。私のこのアバター名はユリアです」
「ユリア…………、ユリアか。うん。可愛くていい名前だね」
あれ? 男の人に初めて褒められた気がする。
自分が今の部を設立するまで他の活動は全くしていなかった。E・Dで関わっていたのもほとんど同性の相手だ。だから、異性のアバターにこんな事を言われたのがとても新鮮に感じられた。お世辞だと分かっていても、ちょっと心が躍る。
――湊君と高森先輩は、もちろん例外!
「ありがとうございます。ルークさんの試合、私も見ましたよ。二回戦進出、おめでとうございます!」
「いやぁ、こちらこそ。あの試合、俺としては結構ギリギリだったんだよね。最後のスキル発動が一秒でも遅れていたら負けていたよ」
……そんなもの、なのかな?
彼の試合はきちんと観戦した。どちらも良く戦っていた方だと私は思う。だけど、そう考えつつも落ち着いた目線を持っている私も居た。
多分、慣れちゃったのかな……。
ちょっと引くぐらいに迫力がある、鬼気迫る感じの戦いを見てきたから。
かつて騎士団に所属していたアバターであり、我がドリー部の副部長でもあるクリム。その戦いっぷりを私は何度も眺めてきた。目が肥えた、とでも言うのだろう。ちょっとやそっとの攻防では心が動きにくくなっていたらしい。
「あれ? ルークさんが勝ったの第三試合ですよね?」
「うん。それがどうかした?」
あー。
気付いてしまった。彼が第二回戦で誰と戦うのか。
相手は、第四試合で勝ったあの白銀の大剣を使うアバターだ。素人の私でも分かる程に尋常じゃない強さを持っている。負ける姿は全く想像できず、どんな相手でも薙ぎ払うイメージを抱く。戦う様子だけを見れば、怖いとさえ言えてしまう。
「そう言えば君のトコロの部員も出てるんだってね。どんな使用者?」
「え、あ? そ、そそそ、そうですね……!」
思いっきり動揺してしまった。
ルーク(会長)には悪い話だが、勝ち目が完全に消えていた。でも、それを正面から口にする勇気もなかった。
「えーと……武器を使ってますね」
「へぇ! 俺と同じ武具使用者かな? まあ、こういう場だとそれが結構有利だね」
あはは、としか返せない。笑いごとじゃなかったからだ。
――うう、気まずい。
どこの誰かと尋ねられるのが恐ろしい。今の彼は酷く目立つ名前をしており、すぐに特定は出来る。というか、まもなく会長は実際に戦うのだ。
「強いの?」
「……結構、強い方です」
ほぼ最強と言われています。廃人レベルの強さです。
「そいつは戦うのが楽しみだな」
白い歯を晒してルークさんは言った。男の子、といった感じの表情だった。何だか新鮮に思える。
ふと、一瞬の間だけ私から視線が外された。モニターの方を向く。顔の姿勢はすぐに戻った。
「もっと聞きたいところだけど……これ以上はズルっぽくなっちゃうね。長く引き止めちゃってごめん」
「い、いえ。そんなこと、全然ないですよ」
両手と首を横に振った。別に迷惑とかはしてない。むしろ、その気遣いが胸に刺さるぐらいだった。
「……知っている人がいればいるほど、応援しがいがありますから。私、ルークさんが頑張るところも見てみたいですよ」
――ごめんなさい。
勝てる見込みが薄いって、思っちゃってます! 本当にごめんなさい!
「そこまで言われたら、期待に応えない訳にはいかないな」
私の内なる叫びも知らずにルークさんは言った。私に対しての面目もあるのだろう。実に爽やかな微笑が輝いていた。
気のせいか、クリムに渡す筈だったドリンクがさっきより重いように感じられた。
――お世辞を重ねた会話の後、私はルークさんと別れて観客席へと戻った。シャロちゃんは隣の席で待っていた。グランツさんは別の所で友人と一緒に居るみたいだ。
そして、第二回戦が始まる。
問題のクリム対ルークは第十八試合――二戦目に行われた。
お互いの武器をぶつけ合って固まっていたのが、突然に崩れる。クリムが攻撃に打って出た。感覚で分かったけど、あの目は本気だ。
「あれ……?」
どうしたんだろう? ルークさんと何か話してたみたいだけど、いきなり全力を出すなんて。
第一回戦では相手に自動回復があった。下手に手加減してたら、らちが明かないと判断したのだろう。だけど、今の相手であるルークさんは普通に武器を使っている。防御や回復の手段があったようには見えない。
――何より、珍しく感情がむき出しになっちゃってない?
顔に表れにくく、行動や雰囲気で殆どが表現される。数ヶ月、私はその様子を間近で見てきた。だからこそ違和感に気付ける。
「あの、先輩……」
「うん。分かってる。クリム……ちょっと変だね」
表面上では酷く冷たく、その実、内心では雷の様に激しい。いざという時に、“ああ”なることはあったけど、今回は凄まじ過ぎる。
リングの上では、クリムがルークさんを追いかけている。
ダン! と床が強く踏み抜かれた。クリムの姿が全体的にぶれて、残った輪郭が線を描いていく。
瞬きも間に合わない。
白と銀の鎌が、ルークさんの片腕を断ち切る。ガギャギャ、と床を削る音が立て続けに響いた。思わず深い息がこぼれる。彼の一撃に思わず緊張してしまっていた。
――ちょ、やりすぎ……!
そして焦る。そこまでやってしまう必要があったのだろうか。あの性格からして手加減とかが苦手なのは分かるけど、それを含めても過剰な攻撃に思えた。
ビーッ!!
突然に聞こえるブザー。シャロちゃんがびっくりして全身を鋭く跳ねさせた。
「うわ、負けちゃった」
意外な結末だった。クリムが場外に出たために敗北となってしまった。何とも言えない微妙な決着である。
「……何か、納得、できない……です」
シャロちゃんが意外と強気な言葉を口にした。
確かに、その通りかもしれない。どちらが追い詰められていたかは明らかだった。特に最後の技には目を見張るものがある。リングの中央から端まで、たった一歩踏み込んだだけで飛んだのだ。地味な動きでも、クリムを知っている私達にはその凄さが理解できる。
「仕方ないよ。ルールはルールだし」
「でも、場外に足を着けたわけじゃ……ないんです、よ?」
「まあ、そこはスッキリしないけど、私達と同じ高校生が用意したヤツだしね……。粗があるのは当然じゃないかなぁ……」
そう言いつつも、実はホッとしている私もいた。
あの調子でクリムに勝って欲しくなかった。あまりにも必死過ぎて、見ているこっちが心配になっちゃうからだ。それにルークさんが結果的に勝って良かったとも言える。次に顔を合わせた時、トーナメントの結果を話題にされても気まずくならない。
リングに残っているクリムもルールには従っている。ただし、顔に掌を当てて深く俯いていた。
……悔しがってるトコ、初めて見た……。
そんなに勝ちたかったのだろうか。でも、全力――いや、全身全霊を尽くすのはちょっと大人気ない。
学食の割引券が欲しかったのかな? でも、湊君はお弁当だったような……?
首を傾げて悩む。明日、登校してる時にあったら聞いてみよう。湊君だったらズバズバ質問しても大丈夫でしょう。
「そういえば、会ち……ルークさんは?」
試合の勝者であるアバターを探す。けれども、青い髪をした青年の姿は、もうリングの上からは完全に消えていた。
遅くなってすみませんでした。次話から現実世界での短い話が2話ぐらい続きます。




