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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第二章「体育祭&トーナメント」
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《現実世界》⑥ ”差”

大幅に遅くなってしまいました。

簡単なあらすじ:体育祭、開始。部員がそれぞれ競技に励む。昼食時間、湊がぼっちメシ――笑われる。

「奇遇だね、三原さん」

「…………あ」


 目の前に現れた人物に、茜は思わず声を漏らしていた。

 昼食を友人と取り、午後用の飲み物を買いに行く最中。途中で声を掛けられ、茜は反応して振りむいた。視線の先で立っていたのは話題の人物だった。数日前に告白して来た生徒会長――東雲和真その人である。

 彼もまた茜と同様に体操服を着ていた。


「生徒会長も……体育祭出るんですね」

「……え?」

「あ、いえ。当たり前の事ですよね。……うわ、何言ってるんだろ、私」


 思わぬ言葉を漏らしてしまい、茜が失笑を浮かべた。東雲和真も役職に関わらず出御高等学校の生徒の一人だ。行事である体育祭に出るのはおかしくない。


「面白いね、君は」


 上級生も釣られて顔を綻ばせた。


「…………」


 茜が反応された事に対して、唇をもぞもぞと動かす。


「三原さん、自動販売機に向かってるんだよね? 一緒に行かない?」

「いいですよ」


 彼の提案に賛成した。横に並んで、そう遠くない場所を目指す。一分もすれば到着していた。二人の間に話の種はまだ咲いていない。


「……あー。やっぱ殆ど売り切れてる……」

「そうだね。あんまり残ってないけど……三原さんだったら何飲む?」


 財布から取り出した小銭をちゃりちゃりと鳴らしながら、東雲が彼女に尋ねる。その隣から逡巡の声が昇る。


「うーん、そうですねー」


 選べる種類は残り少ない。茜は人差し指を伸ばし、自動販売機の前で円を描きつつ、最後に購入する物を決定した。


「まあ、スタンダードにこれですかね」

「そっか」


 下級生の選択を知った会長が持っていた小銭を投入した。そして示された飲み物のボタンを押す。


「えっ?」


 ガタンゴトン、取り出し口に茜が選んだペットボトルが現れる。


「あの……!」

「はい。君にはこの後頑張ってもらうからね。そのお礼の先払いかな? 他の人には、秘密だよ」


 慌てている隙に飲み物は取り出される。渡されたそれを茜はおずおずと受け取る。添えられた「お礼」という言葉が返却を妨げた。


「あ、ありがとうございます」


 ペットボトルを胸に抱いて茜は頭を下げた。


「気にしないでよ。俺がやりたくてやったことだし」


 続けて商品を定める東雲。二回目に押したボタンにはお茶の料金が書かれていた。半透明なガラス盤の向こうにペットボトルが転がる。続けて、ちゃりんと釣り銭が小さな音を立てて積もった。

 買い物を終えると、茜と和真がそろって道を戻り始める。


「……凄いですね、会長。個人競技に二つも出て、しかも両方とも一位を取るだなんて」

「普段から適度な運動は心がけてるからね。それに競争相手にも恵まれたよ。走るのがメインじゃない部活動の人が多かった」

「覚えてるんですか……すご」


 謙遜と優れた記憶力を前にして、少女は改めて敬意を抱く。


「大したことじゃないよ。……それに、三原さんも凄かったじゃないか。足、すごく速いんだね。驚いたよ」

「まあ、結局は二位ですけど……」

「順位よりも頑張ったことが一番大事じゃないかな? 特に、こういう学校行事は」


 ペットボトルの蓋を開けながら、和真が言う。


「俺は三原さんをずっと見てたから分かってるよ。君が上っ面だけじゃなく、心の底から頑張っていたのを」


 そう告げられてから、歩みを緩めた彼の口にお茶が含まれた。

 隣の茜も同じ様に水分を摂取しようとしたが、顔の火照りがそれを許さなかった。呆然とした様子に、原因となった張本人もやがて気付く。


「あ、今のは……その! 応援しているって意味で……! …………ごめん。気持ち悪かったかな?」


 生徒会長は顔を曇らせながら様子を窺った。茜はすぐさま首を横に振り、停滞した空気を吹き飛ばす。


「い、いえ……! そんなこと、全然思ってないですよ!」

「本当に?」

「はい! 本当です!」


 赤みが収まった面を上げて、胸を張って答えていた。降ろした視線と仰ぐ視線が交錯しあう。先に目を逸らしたのは、東雲和真の方だった。


「……良かった。君には、嫌われたくなかったから」


 瞳の緊張が解け、安堵に満ちた表情が露わになる。不安に囚われていた先程とは比べ物にならない顔色だった。柔らかで、尚且つ凛々しくもある。三原茜が特別、という事実が形となって出ていたのだ。

 結果的に二人の間の空気は壊れずに済んだ。しかし、対する茜の唇は滑りが悪くなっていた。口が重くなったかの様に、寡黙に陥る。


「…………」


 少し前にある大きな背中に否応なく彼女の関心が向いていた。声を掛けようとしたのだが、淀んでいた為に全く届かない。茜は胸に手を置きながら、肺の中の空気を入れ替える程の勢いで深呼吸をした。

 そして、近い距離に立つ東雲和真を大声で呼び止める。


「あ、あの……!」

「ん? どうしたの?」


 振り返り、真っ直ぐに茜を見つめた。


「訊きたいことがあるんです……! |あの日(、、、)の話なんですが…………会長は、どうして、私なんかを」

「…………三原さん」


 落ち着いた声色が静かに発せられる。


「ごめんなさい。本当ならあの場で聞くべきだったんですけど、私、動揺してて……!」


 一週間以上前の部活動会議。初の参加で退室が遅れた茜は、そこで生徒会長である東雲和真に思いも寄らぬ告白を受けた。「付き合って下さい」と言った彼は返答の期限を特には定めなかった。故に、今出会っている二人は単なる上級生と下級生の関係に収まっている。


「返事をする前にどうしても知っておきたかったんです。会長が、その、私を…………になった、理由を」


 肝心の単語に差し掛かった瞬間、茜の声量は極端に小さくなった。素肌を撫でる風に散り散りにされてしまう。


「理由か……」


 質問の要点だけは東雲和真が着実に聞き取っていた。頬を人差し指で掻きつつ、瞳を宙に泳がせる。口元が歯痒いと言いたげに浮ついていた。


「俺は、君の――」


 焦点が合わないまま零れた言葉に、茜は耳を澄ます。緊張が高まり、胸の鼓動も激しくなっていた。ごくりと喉を鳴らし、その続きを身構えながら待ち侘びる。


「優し――」



『――まもなく午後の部が再開します。次の競技に参加する生徒は、すぐに校庭へと集まってください』



 出御高校の敷地全体にアナウンスが響き渡る。


「…………」


 東雲和真が口を開けたまま固まった。少し離れた周囲で足音が移り始める。先程の放送に従っているのだ。二人が歩いていた道にも人影が集っていく。


「さっきの話は……後でいいかな?」


 休憩時間が終わったのだ。茜もおずおずと首肯する。熱くなった顔はそのまま伏せて、冷えるのを待つ。


「……はい」


 どちらも他人の目線を気にしていた。生徒達が集まる校庭の付近まで、無言で移動していく。


「じゃあ、俺はこっちだからだ。また後でね」


 足を止め、和真は三年生の集合場所を指差した。茜とは反対方向だった。最上級生がそこに段々と集まっている。茜が属するクラスも同じ状況だった。


「はい。おごってくれて、ありがとうございました」


 お礼を耳にして微笑が浮かんだ。満足そうな表情で、彼は少女の目の前を横切る。

 一瞬。

 笑みを作っていた唇が薄らと開く。


「本当は、奇遇なんかじゃなかったんだ」


 茜が両目を見張る。


「え」


 急いで振り返るも、彼の背中は早々と遠くなっていった。駆け足で追えば間に合うが、体育祭のスケジュールを踏まえると余裕がない。ただ見送る事しか出来なかった。


「…………クラスに直接来れば良かったのに……」


 活気を取り戻してきた校庭の傍で、茜はぽつりと呟いた。頬の熱は少ししか下がっていなかった。数秒だけ立ち尽くし、突然に額を軽く掌で叩いた。


「って、それはそれで、噂とかがなー」


 同級生には二人の邂逅は目撃されていなかった。怪訝な目も今は皆無である。茜は買ってもらったペットボトルをしっかりと持ち、自分の席へと軽快に戻っていった。




 ――結局、湊と茜が属するクラスは同学年中の二位となった。四クラスある内の上位に落ち着いたのだ。結果としては上々と数人の生徒は言った。だが、三位のクラスに比べてポイントに大差は無い。逆に三位へ落ち着いていた可能性もあった。今回の勝利には特筆すべき成果が見当たらないとも考えられた。

 ただ、極端な順位にならなくて良かったと思う生徒もいた。全身を脱力しきって机にうつ伏せる少年も、その一人だった。


「…………疲れた」

「君が口に出して言うなんて。よっぽど疲れたんだね」


 二本のペットボトルが円柱状の影を落とす。初夏の長い陽光が教室に差し込んでいた。そんな室内にて、鈴夜湊は椅子の上でうなだれる。茜はそれを見て微笑んだ。二人とも体操服から制服に戻っている。

体育祭は閉幕し、学校には放課後の時間が訪れていた。今、茜と湊の姿は親しんだ部室にある。しかし、他の部員は見当たらない。


「私達もそろそろ帰る?」


 芳野結那と高森燈哉は既に下校していたのだ。この部屋に顔を出したが、長くは留まらなかった。今後の予定を再確認し、早々と帰宅した。


「…………」


 湊が黙ったまま茜を見つめる。


「な、何……?」

「……いや」


 すぐに顔を逸らした。机の上に上半身を伏して、脱力の限りを尽くす。組んだ腕がその表情の下半分を隠していた。残りの目線からは、案の定、虚ろな態度しか読み取れない。


「言わなきゃ分かんないよ? ほら、部長に言ってみて?」


 席から立ち上がった茜が傍に歩み寄った。しかし、彼から返ったのは「別に」という一言だけだった。追及は意味がない、と悟る。


「もう」


 唇を窄め、茜は目の前のペットボトルに手を伸ばす。


「……」


 湊も真似する様に近くの飲料を引き寄せた。晴天の中、彼等は数時間も屋外に出ていたのだ。競技に参加せず、待機しているだけでも喉が酷く渇いた。余韻は放課後になっても水分を欲する。


「ん?」


 中身を軽く振った所で、湊の両目が細まった。ちゃぷん、と揺れる水面を凝視している。

 ――バッ。

 急いで横を見た。丁度、茜の口へとペットボトルが傾けられていた。無表情を一瞬で青ざめさせ、湊は動き出す。


「待て!」


 大声を放ち、茜の両手首を掴む。


「……え……っ?」


 唐突に腕の自由を奪われた事で、彼女は唖然とした。手にしたペットボトルの中身は寸での所で零れずにいる。


「ど、ど、どうしたの?」


 動揺に揺れながら、茜が間近にある湊の顔を注視する。瞳は険しく、酷く強張った表情だった。眺めた側すら緊張に染まる。胸が細かく脈動し、頬が淡く色づいていく。


「……それ」

「え?」

「……逆。君のは、こっち……!」


 短く放たれた言葉を、茜は遅れて理解した。

 二人が購入していたペットボトルが入れ替わっていたのだ。彼等は偶然にも同じ自動販売機で、同じ飲み物を購入していた。だが、飲むペースには差が出る。飲料水の残りが自分の記憶と一致していなかった為に、湊は茜の過ちに気付いたのだった。


「あ、うん。ごめん」


 彼女はすんなりと間違いを認めた。


「……分かったから、そろそろ離してくれない?」


 ささやかな苦笑を伴って茜が言う。両手を掴まれたままでは、ペットボトルを再び入れ替える事も出来なかった。


「ご、ごめん!」


 湊が顔中に熱を灯し、掌どころから身体ごと引き下がる。


「そこまで反応しなくたって……。私のはこっちだったんだね。ほら、これでいい?」


 より軽い方のボトルを改めて持ち上げ、茜は距離を取っている湊に尋ねた。返事として無言の頷きが有った。


「さっきのは、さすがに驚いたよー。湊君ってやっぱり潔癖症なの? 確かに、そんなイメージもあるけど………………あ」


 不意に声が途切れた。

 あのまま口にしていた際の結果が沈黙を呼び寄せた。それぞれが事前に開封していたのだ。その状態で唇を触れさせていたら――湊の全身はきっと灼熱に呑まれただろう。


「……ああ……」


 ぽつり、と笑いが漏れる。


「…………っ」


 湊は茜から顔を背けていたが、大量に浮かべている汗は隠しきれていなかった。耳元まで鮮やかに茹だっている。

 失った水分を補うかの如く、彼は交換したばかりのペットボトルを垂直にして飲み始めた。貪欲に水を求めるが、途中で咽た。げほ、げほ、と苦しそうに咳き込む。その背中は茜によって優しく擦られた。結局、赤い顔は最後まで色付いていた。


「世話が焼けるね、君は」

「……」


 止めの一言が湊の双眸を尖らせた。ただし、口にした少女はその瞳に柔らかな色合いを満たしていた。


「もう落ち着いた? 大丈夫そうだったら、今日は帰ろ?」


 この後のトーナメントに向けて二人も帰宅する事を選んだ。湊の調子が戻ると同時に部室の外へと出る。鍵を持った茜が扉を閉めようとしていた。


「……はぁ」


 猫背になった後ろ姿を見つめ、湊は溜息をこぼす。


「ん?」


 華やかな茶髪が舞うと共に、少女の瞳が振り返った。落ち着いた顔色をしている。忙しいのは紅潮と落胆を発した寡黙な少年だけだった。もう一回、心労の吐息が吐かれる。


テストやら何やらで遅れてしまいました。申し訳ありません。新シリーズとかも考えているので、E・D含めて執筆を頑張っていこうと思います。

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