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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第二章「体育祭&トーナメント」
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《現実世界》⑤ ”体育祭”

遅くなって申し訳ありません。第2章スタートです。

体育祭の場面から始まります。

《現実世界》

 快晴がどこまでも広がっていた。空一面が青々としている。その天候が第三十二回出御高等学校体育祭の開催を支えてくれている。開始時における宣誓の言葉から二時間が経過していた。初めの目玉はクラス対抗の競技だった。縄引きや玉入れ、棒倒しなどの有名な種目でポイントが競われた。それらが三学年ごとに行われ、前半が終了している。

 現在は後半までの幕間、個人参加の競技に励む時間だった。

 障害物競走、パン食い競争、短距離走、長距離走。様々な勝負が出御高校の敷地内で繰り広げられる予定だった。それらで掴んだ得点もクラスに還元される。故に、校庭を駆け抜ける者への声援は絶える事がなかった。


「み、な、と、くーん」


 茶髪を後頭部で括っている少女が名前を呼ぶ。


「…………」


 大半の雰囲気に反して、一部の生徒は重い沈黙と空気を背負っていた。前半のクラス対抗戦で体力を使い切った者達だ。校庭に並べられた椅子の上で、背もたれに力なく首を預けている。鈴夜湊もその内の一人だった。クラスメートの茜に呼びかけられても、すぐには反応出来ずにいた。


「大丈夫? 生きてる?」

「……多分」


 些細な冗談に湊は何とか応じた。指定のTシャツに紺のハーフパンツに身を包んだ少女が苦笑する。


「やっぱり《E・D(あっち)》の時とは違うね。こんなに早く体力が尽きちゃうなんて」

「《E・D》の話は……今は、しないでくれ……」


 ぐったりとしながら応じる湊。

 現実世界からE・Dへの身体能力は大体が反映される。しかし、反対方向へと干渉する事は殆どない。凄まじいステータスを持つ断罪裂剣のクリムも、現実では運動が苦手な生徒となるのだ。


「個人競技、まだでしょ? せめて、そこまではがんばろ?」


 茜は掌を仰ぎ、その顔に風を送ってやった。


「…………うん」


 片手で日光を遮りながら、湊は彼女の言葉を聞き入れる。


「200m走だっけ。湊君が出るの」

「…………うん」

「そろそろじゃない? 準備したら?」

「…………うん」


 同じ反応を繰り返す彼の頭に、茜の手刀が軽く叩きこまれる。ビス、と小さな音が軽やかに鳴った。

「こら。やる気を出しなさい!」


 彼女の叱咤を受けて、湊が重い腰を渋々と持ち上げる。


「私も君の次の400m走に出るから。近くで応援してるよ!」

「分かったよ……」


 暗い顔を浮かべながら、足を引き摺って歩き出した。激励をもらっても歩調はまだゆっくりとしていた。

 直前の競技である短距離走は既に開始されている。スタートを告げる破裂音が晴天に広がっていた。


「ほら、急ごう! 100m走、もう始まってるよ!」


 進むのが遅い少年の背中へ両手が添えられた。悠長、と言うより本調子が出ていないだけの彼は前へ前へと押し出されていく。

 二人が触れ合うそんな姿は、当然周囲にも目撃されていた。しかし、邪推する様な噂はあまりされなかった。傍から見れば、息子を引き連れている母親、もしくは根暗な弟を引っ張る姉の関係だったからだ。

多数の生徒に見つめられながら校庭を突き進む。

 彼等が出場者の待機場所に到着した際、トラックには一年生の女子生徒が並んでいた。


「あ、あれ……結那ちゃんじゃない?」


 部員の存在に気付いた部長が人差し指を伸ばす。

 一番端のレーンに芳野結那の姿が有った。胸に手を当てて深呼吸をしていた。やがて向こうも茜達の存在に気付く。両目をぴくりと開けた後、頭を小さく下げた。


「結那ちゃーん! 頑張れー!」


 大きな声援の直後に、結那を含める走者達に準備の合図が出された。それぞれが思い思いの構えを取った。

 ――パン! 号砲が空高く響く。

 誰もが一斉に地面を蹴り、全速力で駆け始めた。スタートの時点で列を脱落する者はいなかった。一際小柄な結那ですらきちんと追い付いている。


「わ、凄い! 結那ちゃん一番早いよ!」


 それどころか、身体が細い少女は先頭に差し掛かっていた。他の生徒との距離は全く開いていないが、確かに現状の一位に躍り出ている。その結果は茜の興奮と湊の瞠目を誘導させた。


「あ」


 ただし、結那の奮闘は長くは続かなかった。湊が思わず声を出す程にペースが途中で落ちてしまったのだ。

 横の女子生徒に順位を抜かれる。あっという間に最下位へとなり、そのまま彼女はゴールした。


「あう……」


 気落ちした様子で結那が去っていく。後ろ姿に漂う哀愁は、茜と湊からは見え透いていた。


「す、すごかったよね、結那ちゃん! 最初は一位だったもん!」

「うん……」


 茜の励ましは虚しく空回りした。遠ざかっていく背中には決して届かない。隣の湊も必要以上に口は開かなかった。

 声に出したのは、短い言葉だけである。


「まあ、頑張りは、したかな」


 そう呟き、湊は200m走の参加者が並ぶ列へと歩いていった。

 間もなくして競技が始まる。

 鈴夜湊自身の競い合いはすぐに終わった。近くで控えていた茜はスタートからゴールまで彼を見守っていた。


「頑張ったね、湊君」


 柔らかな物言いを彼女の唇が滑らせていた。

当の本人は元居た席へ戻っていく。茜にはずっと背を向けたままだった。自分の椅子に辿り着いてから、ようやく正面を反転させる。勢い良く腰を降ろし、長い溜息を吐く。


「やっぱり無理か」


 結局、湊の結果も最下位だった。

 疲労感に覆われた肉体を休ませながら、後に始まった400m走を見物していた。特に茜が走る頃にはトラックへ釘付けになっていた。次第に体操着から出ている素肌に視線を奪われる。顔をしかめ、突如として唇を手で覆う。


「……アホか……!」


 部長が2位でゴールすると同時に湊はそう呟いた。




 短距離走の種目が全て実行され、次の競技が始まった。今度は『借り物競走』だった。十数人の参加者が既に一か所に揃っていた。各々が腕を回したり、屈伸したりと身体をほぐしている。


「……」


 湊は目の前の光景に、全く焦点を当てていなかった。自分の出番が終わった為か、観戦する気概を失っていた。そんな時、茜にひっそりと耳打ちされる。


「高森先輩、これに出るんだって。応援しようよ」


 初めて聞いた情報に、湊が無言のまま瞳を狭める。

 確かに部活唯一の三年生がトラックに立っていた。彼の両目は、正面の先にある台だけを捉えている。二人には微塵も気付いていない。


「あそこにお題があるのかなー?」


 少し離れた席で茜が言った。

 借り物競走。出されたお題に沿った物を周囲から借りて、ゴールを目指す競技である。足の速さだけではなく、コミュニケーション能力も要求される。誰にでも気さくな態度を取れる高森燈哉にとって得意の分野と思われた。

 乾いた銃声が鳴る。

 パン、と空気が叩かれると共に、参加者達はスタートラインを踏み越えた。

 台に辿り着くのは誰もが早かった。高森燈哉も三番目位にお題が書かれた紙を手に取った。折り畳まれたメモを広げた。食らうかの如く、顔を近づけて読み込む。


「…………」


 顔を上げ、周辺の観客を眺め回した。


「――居た!」


 そう叫んだのは、遠くで脱力しきった鈴夜湊と目が合った瞬間だった。


「湊ぉおおお!」

「……へ……?」


 厳つい形相で彼が向かって来た。全力で走っている事がその迫力に拍車をかけている。湊と茜の近くで座っている数人の生徒も呆気に取られていた。


「頼む! 俺と一緒に来てくれ!」

「それって、お題がか――」

「サンキュー! さあ、こっちだ!」


 返事をする前に湊は燈哉に腕を掴まれ、引っ張られた。茜が呆然としながら「行ってらっしゃい」と手を振っている。

 そのまま引きずられ、二人は共にゴールした。三番目の順位だった。先に着いていた二人は手にお題の品を持っている。人を連れてきたのは燈哉だけだった。


「さあ、お題の《メガネ》だ!」


 頭を掌で掴まれ、湊の顔面が突き出される。その眉は僅かに引き攣っていた。


「あの……物だけで良かったんですよ?」


 題材の判定を担当する委員が呟く。運動に疎い湊を連れてきたせいで到着が遅れたといっても過言ではない。ただし、有無を言わさずに連れ出したのは燈哉である。説明不足かつ単純な行動こそが一位という座を遠ざけた。


「しまった! 《メガネ》と言えばお前だったからな! ついつい連れてきちまった」

「もう帰っていいです?」


 冷たい表情に小さな怒りを燃やし、湊は席に戻っていった。




 個人競技の種目が全て終わり、プログラムは昼休憩の時間を迎えていた。


「だるい」


 自販機の透明な表面に映った顔が、静かに口を動かしていた。倦怠感は色濃く残っており、体力の回復にはまだ時間がかかると予想された。

 小銭を入れて、湊はスポーツドリンクを選ぼうとする。

 だが、商品の下にある欄では「売切」という赤い文字が光っていた。ボタンを押そうとして伸ばした人差し指が空中で止まった。数秒の逡巡。次に選んだのは一番安いミネラルウォーターだった。


「流石に……空いてないか」


 母に作ってもらった弁当を片手に、校庭を彷徨う。

 あちこちに設置してあるベンチは殆どが埋まっていた。初めに座っていた生徒と相席するスペースならあったが、湊はそれを踏まえた上で顔を背ける。一人で食事が出来る場所を求めてひたすらに歩いた。

 最終的に、湊は購買から遠い位置にある古びたベンチに腰を落ち着けていた。枯葉等が溜まり易く、ゴミ箱が近くに無いという不便な所だ。


「相変わらず汚いな、ここ」


 人が寄り付いた形跡はあるのだが、立地のせいか汚さがあまり変わっていなかった。ひとまず手でベンチ上の砂を払ったものの、多少の汚れは免れない。体操着なので湊自身は気にも留めなかった。


「…………」


 黙々と食事をする。

 静かな雰囲気にそよ風が文句を挟んだ。足元を優しく撫でていく。弁当は普段よりも濃い目の味付けであり、多めのボリュームでもあった。食べ切るには少し時間がかかる。買っておいた飲料水と交互に口に含んでいった。


「ふぅ」


 水の温度はもう温い。

 温かいとも冷たいとも言えないペットボトルを握りしめ、湊は空を見上げた。晴れは未だに続いていた。


「雨は降らなさそうだな……」


 天候が悪くなれば、具合によって体育祭は中止になる。その際には屋内で幾つかの競技が行われるのだが、当初のスケジュールよりは格段に早く終わる。湊は散り散りとなっている遠い雲を瞳で追った。

 視界が薄らと狭くなっていく。腹が膨れた事による眠気が瞼を襲う。

 そんな時だった。


「――ここなら人はいねえだろ」

「お前、よくこんな場所知ってたな!」

「早く食おーぜ! 腹へったよ!」

「あー、午後だりぃ……!」


 湊の背後から数人の声が聞こえた。突然の事態に降りかかっていた睡魔が吹き飛ぶ。


「……ん? おい」

「あ。座ってやがる…………」


 複数の視線がくつろいでいた少年を睨んだ。


「……!」


 一瞬にして汗が背中をじんわりと濡らす。最悪な状況下に居た。この場にはベンチが一つしかない。先に陣取っていた湊もまだ弁当を食べ終えていなかった。ただし、残りのおかず自体は少なかった。また、自分の空腹感も完全に消えていた。

 退くか否か。

 二つの選択肢が脳裏で交錯する。それぞれが交互に浮かび上がっていた。


「……………………」


 硬直は続いた。長い様で短い時間だった。

 ――先に動いたのは、湊。

 弁当箱とペットボトルを手に、素早くベンチから立ち上がる。そして早足で四人組の真横を通り抜けた。


「…………」


 彼等の隣を横切る際、湊は息を止めていた。

 荷物を持った手に力が入る。額に浮かんだ汗か日射のせいか否かは分からない。ただひたすらに、そこから遠ざかろうとした。


「おい、アイツ」


 誰かが漏らした言葉に、湊の意識が反応する。


「一人でメシ食ってたなぁ」

「ぼっちメシって奴? だっせー」

「言うなって。聞こえんだろ?」

「俺、あんなの初めて見たわー。高校でもいんだな。……何つうか、おもったよりきっつ……!」


 笑い声が背後から聞こえた。侮蔑を含んだ嘲笑だった。段々と小さくなっていく笑声は湊の耳にいつまでもしがみついた。顔も赤くなる。


「っ……」


 唇を噛みしめ、木々の下に出来た日陰に踏み込む。四人組の姿が見えなくなっても湊の速度はしばらく落ちなかった。




 陰気な男子生徒が去った後。

校内の秘所にあるベンチへ集まった四人組は昼食をとっていた。一分前の出来事は気にも留めていない。ようやく見つけた休憩場所で談話に勤しんでいた。


「そう言えば……お前ら、今日のアレ出る?」

「アレ? ああ、トーナメントか? 俺は出ねえわ。魔法に全振りしてるし。一対一とかムリムリ!」

「俺は出るぜ。必殺技とか考えてるしな」

「へえ、どんなん?」


 出場を告げた生徒が両手でジェスチャーを交えながら説明する。


「こうー、相手を凍らせて、その隙に……こうぶっ潰す!」


 左手で四角を描き、右手でその軌跡を真っ直ぐ貫いた。だが、他の三人は彼の話に苦笑を浮かべていた。


「全然分かんねえ」


 隣に座っていた友人が呆れた口調で言った。数秒遅れて、全員が愉快そうに噴き出す。先刻まで静かだった空間に声が満ちる。


「…………にしても、東雲って凄えよな」

「何だよ、急に?」


 唐突な呟きに一人が面喰う。四人の中で最も平静としている彼は更に問いを重ねようとした。意味を悟ったのは、それを口に出す寸前だった。


「あ、そっか。トーナメントも生徒会長が仕切ってんだっけ。……まあ、確かに凄いわな。体育祭でも色々とやってんのに、その上でトーナメント開催するとか」

「何だ? 和真の話か?」

「そういやお前、会長と中学が同じだったんだっけ?」

「ちげーよ。同じだったのは一年と二年の時だけだって。あいつが何中とかは……俺も知らないな」


 些細な記憶違いに笑いがこぼれる。それから、彼は自分が知る東雲和真について話を切り出した。


「一年の時からあいつ凄かったぞ。テスト順位とかいつも一桁だったし、体育の時間でもめっちゃ活躍してたぜ。しかもイケメン。……その上で性格がいいってのが、また憎らしいというか」


 最後の言葉には冗談が混じっていた。口にしている生徒もはにかんでいる。他の三人も彼に対する賞賛を次々と挙げていった。東雲和真という人間は、この場に限り相当な人格者だと評価されていた。


「でも、ちょっと前に見た会長……顔色が悪かったな……」


 懸念にもならない記憶の残滓が吐かれる。食いつく者はおらず、発言した本人でさえ数秒後には気兼ねしなくなっていた。


新シリーズを構想中。投稿するかはまだ分かりません。集団異世界転移系を一度やってみたいと思っているのですが、遅筆なので考え中です。

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