《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑤ ”スロット構成”
箸休め的な回です。
二人の戦いを通して、大分自分の力を把握出来た気がする。良くも悪くも大剣という武器は強力過ぎた。トーナメント本番では相手の出方を窺った方が良い。全力を出すタイミングには注意が必要だ。
「お疲れ。やっぱり強いね、君は。……飲む?」
視界に片側に一本のボトルが差し出された。手に持っているのは金髪でメイド服を身に着けているアバターだ。
「悪いな」
受け取り、その中身に口をつける。中身は普通のスポーツドリンクだった。代わり映えのしない味である。E・Dでは大半の感覚が本人の経験に基づいて構築される。新鮮に感じないのは当然だった。
飲み物を渡してくれた少女――ユリアが他の二人へ同じ物を渡しに行く。
俺と戦った彼等は壁際に腰を落ち着けていた。後ろに背中を預けながら、グランツは明るい表情を作った。
「はっはっはっは。結局、お前には勝てなかったな」
「……うう」
シャロがグランツとは正反対の様子を見せる。後者はあっけらかんとしていたが、全社は顔を深く俯かせていた。
「やっぱり私なんかじゃ…………」
先程の敗北で落ち込んでいる様だ。これ程までに結果を気にする奴だっただろうか。少し疑問に思ったが、とにかく俺は彼女に歩み寄った。
「強くなったな」
すぐ横で、たった一言を伝える。
頭部の猫耳をピンと立てて、シャロがこちらを見上げる。しばらくは呆然としていた。次第にその両頬が桃色に染まっていく。褒められた事がとても嬉しかったのだろう。
「……はい……!」
柔らかな声色を携え、緩やかにはにかんだ。これで先輩としての役割を果たせていたら幸いだ。
「俺も褒めてー」
「二度と女声を真似るな。気持ち悪い」
「ひでえ!」
グランツに対しては睨み返す。あんな応援は二度と聞きたくない。
「まあまあ。二人とも凄く頑張ってたじゃない。君だってそこは認めてるでしょ?」
ユリアが間に割って入る。
俺としては別に貶したい訳じゃない。ただ不愉快になっただけだ。それに、あれが無かったとしても賞賛はしなかっただろう。
「…………まあ」
ここで会話に乗らなければ更に面倒な空気になる、と直感した。適当に相槌を打つ。俺の心境も知らずに、グランツが歯を見せて笑った。
「はっはっは! そうだろう? お前の為だけにスロットを考えたんだぜ。特に《アイス・アロー》は俺
の中でも最高のチョイスだ!」
確かにそれは厄介だったかもしれない。地形に氷塊が残るのは厄介だ。時間制限があるだろうが、移動に制約がかかる。判断としてはまず正しい。
「…………そう言えば」
唐突に笑みを止めて、グランツは俺を見つめた。
「お前スキル使わなかったな。つか、断罪裂剣がスキルを使ったとか言う話をまず聞かないな」
何だ、その事か。別に教えても構わないな。
「スキルは入れてない」
「はぁ!?」
俺の返答に驚いた声が挙がる。武具使用者の青年は怪訝そうな顔を作っていた。
「ありえねえだろ! スキル入れねえとか! スロットの欄にどれを設定するか迷うのが、武具使用者としての一番の醍醐味だろうっ!?」
「そう言われても……」
熱弁にどう反応すべきか迷った。
武具使用者は自分の主要武具に七のスロットが設置されている。そこに《アビリティ》と《スキル》を込める事で自由にアバターの能力を変えられた。
一時期は五つ程スキルを取っていたが、ある事情から外してしまった。
「今は全部アビリティだけだな」
「へえ、どんなの?」
ユリアが首を傾げて尋ねた。明かすかどうか迷った。だが、知られても問題がないという結論が出る。俺は淡々と語った。
「大剣強化」
「他には?」
「それだけ」
正直に話しただけなのだが、凄い表情を作られた。気のせいか、「信じられない」といった心の声まで聞こえた。
「…………ちょっと君のスロット見せて」
彼女が少し厳めしい顔で要求する。アビリティまで教えたのだから、隠す必要が無い。俺は指を振ってウインドウを呼び出し、スロットの欄をタップした。七つの項目が表示される同時に、角度を変えて見せる。
クリム――主要武具:大剣「グレイトヴァイス」
【武具用スロット】
1《大剣強化Lv9》
2《大剣強化Lv9》
3《大剣強化Lv9》
4《大剣強化Lv9》
5《大剣強化Lv9》
6《大剣強化Lv9》
7《大剣強化Lv9》
「うっわぁ……!」
思いっきり引かれた。身体を遠のけて青ざめている様子に、疎い俺も流石に傷付いた。
「……おま、これはちょっと……」
グランツも俺のスロット構成に言葉を詰まらせていた。
「俺だってこんぐらいはするぞ」
手をこちらに振って、ウインドウを差し向けてくる。
グランツ――主要武具:弓矢「ディーリッシュ」
【武具用スロット】
1《アイス・アロー》
2《バレット・アロー》
3《スカーレット・アロー・テンペスト》
4《視覚強化Lv5》
5《スキルディレイ短縮Lv3》
6《弓矢強化Lv5》
7《防御強化Lv4》
主に俺が予想した通りの内容だった。スキル三つにアビリティ四つ。俺への対策に特化しているらしかったが、かなりバランスが良かった。
「何でアビリティしか入れてないんだよ。しかも《大剣強化》だけって。レベルが9ってのは凄いけどよ……」
弓矢使いの武具使用者はそうぼやいた。
アビリティにはそれぞれレベルが設定されている。数字が大きい程にアビリティの効力は高くなっていくのだ。ショップ等で特定のアイテムを購入するか、特殊な訓練を積む事で向上させられる。
騎士団に入っていたので元々金は貯まり易かった。大剣強化のレベルもすぐに限界値に達した。
「スキル、使おうとか思わなかったの?」
魔法使用者であるユリアにおずおずと尋ねられた。彼女からしたら、スキルは魔法に等しい物なのかもしれない。選ばない、という考えに共感出来なかったのだろう。
「大剣は普通の一撃ごとが重い。上手くやれば、他の武具スキルにだって引けは取らない。必要は無いって判断している」
「…………なるほど」
思っていたより、あっさりと受け入れられた。
「普段からスキル無しで剣とか壁とか壊したりしてるしね。……説得力があるよ」
喜んでいいのか、この理解は。
どんな顔をすればいいのか分からない。ただ悪い意味ではないと考えたい。
「ちなみに私はこんな感じ」
ユリアもウインドウを表示して、魔法のスロット構成を見せてきた。頼んではいない。しかし、俺だけ見せたのは不公平だ、と感じたのだろう。
ユリア――武具:無し
【魔法用スロット】
1《ヒール》
2《ジア・ヒール》
3《シールド》
4《ホーリー・フィールド》
5《サーチ》
6《アード・パワー》
7《アード・スピード》
「アード」という呼称はエンチャント系の魔法を意味していた。ステータス向上の効果を持っていた筈だ。それが筋力と走力の二種類ある。
回復と付加が二つずつ入れてあった。それ以外は防御と探知の魔法に当たる。攻撃に相当する名前は載っていなかった。如何にも後方支援に偏った魔法の数々だ。彼女が前線に立った記憶も確かにない。
「どう? 私の魔法スロットは?」
「別に」
おかしい点は見当たらない。支援役としては充分な選択である。ヒール系が二つ並んでいるのは硬直時間を考慮した結果だろう。《ジア・ヒール》は回復量が多い反面、次の発動まで待機時間がかかる。その隙を基本の《ヒール》なら埋められる。
中々に優れた構成だった。俺から指摘する箇所は無い。
「…………もう……!」
それなのに、彼女は不機嫌になってしまった。
何故だ? 俺はたった三文字しか喋っていない。表情だって変えたつもりはない。何処がいけなかったんだ?
「シャロちゃんのもみたいなー。……いい?」
俺が困惑している最中に、ユリアはシャロの元に移っていた。後輩のスロットが見たいとねだっている。
シャロは妖精使用者だ。スロット欄は四つまでしかないが、他に種族固有のスキル・アビリティを三つ持っている。
「い、いいですよ……」
シャロ――主要武具:短剣二刀流「ツインゼイン」
【武具用スロット】
1《ジア・スラスト》
2《走力強化Lv5》
3《重量軽減Lv5》
4《短剣強化Lv4》
【妖精用スロット】
1《猫》
2《五感鋭敏》
3《身軽》
気になったので俺も一緒に視させてもらった。スキルは《ジア・スラスト》の一つのみだな。妖精のスロットが見慣れない名前で埋まっている。以前、火妖精のを眺めた時も《炎体》という名前を始めて知った。モンスターなどに有り得る固有のスロットなのだろう。
「《猫》って技術? 能力? どっちだ?」
密かに覗いていたグランツが疑問を発する。
「猫耳と尻尾のことっぽいですね。……えい、えい、えい!」
つん、つん。ユリアがシャロの猫耳を突く。
「や、やめ……」
指で刺激を与えられる度に獣耳が動いた。本人は小声で止めようとしていたが、感触に気を取られて最後まで続かなかった。
「……よーし、俺は尻尾をもふろう!」
背後に回り込んでいたグランツが、シャロの尻尾を掴む。
「――ひっ!」
小さい悲鳴を挙げる猫妖精。
直後、その背中に黒い影が煙上に揺らぎながら発生した。六つの細い触覚が鋭く伸びる。鋭利な先端は直線上に立っていたアバターを貫通した。
「ぎゃーっ!?」
グランツは大きな声で叫んだ。ついでにシャロの尻尾も離す。けれども、彼の苦難は決して引き剥がれない。
「あだだだだだ! 何だっ、これ!?」
あれはシャロが悪夢だった際の力――《痛覚を与える》剣だ。グランツが想定外にて最大の刺激をやってしまったせいで、再び発現したのだろう。
「……あ」
遅れてシャロの背面に現れていた闇は霧散し、アバターを射抜いている剣も消滅する。
「ご、ごごごめんなさい!」
慌てて頭を下げて謝っていく。精神状態に変わりはない。今の現象は一時的な物らしかった。心配は不要だろう。
「いいよ、謝らなくて。今の、シャロちゃんは悪くないか」
「ちょっと……! 俺への心配はぁ……?」
グランツが痛みに呻きながら嘆く。その一方で、シャロに対する犯罪証明書の解除を指先で申請していた。
まあ、俺もユリアと同意見だな。
――こうして、騒がしくも平穏なやり取りを経て、今日の「調整」は幕を引いた。本番のトーナメントはもうすぐだ。
その前に、体育祭をクリアしなければ……。
すいません、スロットの話で尺を稼ぎました。次回からはきちんと内容を詰めていこうと思います。




