《E・D内部/グランツ=高森 燈哉:視点》①’+《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》③ ”決着1”
グランツ戦決着です。
赤い気流の渦が矢の全体から溢れ出す。嵐の様な轟音を立てながら、切り札のスキルは勢い良く正面の空を裂いていった。
飛翔する矢は、途中で左右と上下に分裂した。それぞれがカーブを描いて大剣に迫る。三十本はあるだろう緋色の光はかなりの空間を抉っていった。――つまり、クリムの周辺まで大きく埋め尽くしているのだ。
カーブという変則軌道と広範囲の一斉攻撃。
これは大剣の防御では、絶対に防げない! しかし、回避も封じた! この数の矢も全ては叩き落とせまい!
「俺の勝ちだ!」
人生最高とも言えるドヤ顔を浮かべ、勝利を断言する。
緋色の暴風雨が大剣に激突する――。
寸前。
地面に屹立していた大きな影が消滅した。
多数の矢がそこを穿つ。漂っていた煙は払われ、左右上下からの閃光がクリムの立っていた場所に爆音を生んだ。凄まじい旋風が吹く。緋色の矢は数秒間ずっと降り続き、破壊の限りを尽くした。
「――――ん?」
ふと、違和感を覚えた。
クリムの姿が何処にも見当たらない。今のスキルで跡形も吹き飛んだのか。
いや、でも。
例え様のない不安が込み上がる。まだ勝利の宣言がされていない。クリムの損傷率はまだ余裕があるのだ。周囲に流れている煙にでも紛れているのだ。目を凝らせ。これ位の量なら影はすぐに見つけられる。
「召喚」
などと、思っていた自分が、間違っていた。低く小さな呟きが耳を掠める。酷い寒気が背筋を昇った。
声が聞こえてきた方向に目をやる。
「は」
そこには、白銀の大剣を振り回しているアバターが居た。目撃した時には、もう手遅れだった。浮かべた笑みも乾かぬ前に、その一撃は放たれた。
重なる風切り音と刃の軌跡
あっけなく、俺の身体は真っ二つになった。腹の辺りから上半身と下半身に分けられたのだ。相変わらず、えげつない威力である。
…………てか、おかしいだろ。
一瞬で百を映した損傷率を眺めながら、俺は疑問を抱いた。
……注意はしていた。煙だって殆ど掻き消されていた。幾ら断罪裂剣が速くたって、その移動が見えなかった訳が無い。そもそも、《スカーレット・アロー・テンペスト》をどうやって避けたんだ?
硬直した身体の落下中、クリムの左腕が偶然にも視野に入った。緋色の矢が二本だけ突き刺さっていた。一矢――いや、二矢は報いたってところか。
「へ、へへ……」
俺もちょっとは強くなったんだな。
全力を出し切って負けはしたが、多少の達成感が胸を満たそうとしてする。でも、やっぱり悔しいぜ。後ちょっと、だったんだけどな。
『YOU LOSE!』の表示がようやく見えた。遅いって。見れば分かるだろ。一撃で終わったんだよ。地面にぶつかるまでの間、そんな事をぼんやりと考えていた。最後に、次こそは勝ってやると胸中で叫んだ。
こうして、二度目の対戦でも俺は負けてしまった。
《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》
「なあなあ、どうやったんだよ、あれ」
「あれ?」
決闘が終わってから数分。設定により退場にならなかったグランツは俺に近寄って尋ねてきた。
「最後のやつだよ。どうやって俺に近付いたんだ? 瞬間移動でもできなきゃ無理だろ」
「……ん……?」
彼の言葉を聞いた瞬間には理解出来なかった。遅れて意味を悟る。恐らくだが、赤一色のスキルを避けた時の事を質問しているのだろう。
「普通に移動して」
「はぁ? ありえねえって! 俺、めっちゃ目を凝らしてたんだぜ!? お前が動いていたら絶対に分かったって!」
「そう言われても……」
これ以上の説明が思いつかない。接近を気付かれない様に配慮はしたが、特別な技法等は一切使っていない。スキルやアビリティも無関係なのだ。彼のスキルなら二本を食らってしまったが何とか急所は避けた。だが、望まれている答えとこの話は筋違いな気がする。
「…………あ、あの」
おずおずと遠くから小声が伝わる。グランツと共に振り向くと、小柄な猫妖精が必死な表情で会話に混ざろうとしていた。
「おー、どうした?」
離れた場所で戦いを見守っていたシャロは口を開く。
「グランツさんが聞きたいのって……あの赤いスキルが発動した後の話ですよね? でも、せ……クリムさんは、大剣からの移動方法だけを教えているんですよね?」
彼女の解釈を聞いて、俺の中で途切れていた辻褄が綺麗に重なった。そういう事か。会話が上手く噛み合わなかったのは、とんだ勘違いをしていたせいだった。
認識が序盤から間違っている、彼は。
弓矢使いの思考を自分なりに辿っていると、口から思わず声が出る。
「……あんたは、アビリティとスキルに頼り過ぎていたんだ。視覚を強化していたとしても、油断したら意味がない」
「げ! 何で分かんだよ、俺がアビリティを持ってたこと?」
「煙幕と反応速度を考えれば分かる」
少しだけ呆れながら言葉を紡いだ。対するグランツは瞳を輝かせつつ、感嘆の息を吐いていた。
「はぁー、凄えな。それだけでアビリティが分かるとか。やっぱ騎士団の奴ってそこまで戦闘慣れしてるんだな。こりゃ、勝てねえわ」
自分は尊敬されているのだが、どうしても反論したくなった。
「違う。あんたのミスが一番の勝因だったんだ」
強く断言する。今回は彼の作戦に穴が多かったから勝てた。可能な限り戦略を突き詰めていれば、俺に勝つのも難しくなかった。方向性は間違っていない。どちらかと言うと、相手の未熟さが勝敗を分けたのだ。
「《アイス・アロー》のスキルだけ叫んでいるのが怪しかった。嘘を混ぜて誤魔化すかと思ったが、それもしない。……煙の充満を優先したのも失敗だ。通用しないと分かっていたのに何度も使った。――見せたくない物があると考えるのが普通だ。周囲に張られた氷塊に気付くのはそう難しくなかった」
俺の話にグランツは酷く肩を落とす。柄でもない、と考えつつも指摘せずにはいられなかった。
「ぐぅ。俺の作戦は全部読まれていたって訳か。……でもよ、最後の一撃の謎はまだ分からねえよ。氷のトラップがあったんだ。読めていたとしても、スキルを回避できる程のスピードは出せねえよな?」
「だから謎も何もない。スピードを出さず、普通に歩いた」
「へ?」
「大剣からは徒歩で離れた。その速さなら氷の障害物だって気にならない。まあ、大剣が消えない様に距離を見ていただけだが」
E・Dでは所有物が所有者と一定の距離を取ると、存在した位置より消えてアイテム欄に戻るという仕様がある。武具にもそのシステムが適用されていた。言い換えるなら、一定の距離内に俺が居れば大剣は残り続ける事が可能なのだ。
同じ武具使用者だからだろうか。グランツも説明の中身を理解したらしい。
「け、けど……そんなんじゃあ、スキルの回避は」
「考え方が少し違う。俺が大剣から移動したのは、接近して攻撃する為だ。スキルが発動する前になる」
俺が接近しようとしたのは例のスキル発動後ではない。それよりも前、つまり、大剣を地面に突き刺して数秒が経ってからだ。
「――あ」
グランツが再びシャロの方を振り向く。視線を集めた後輩の肩身が狭まる。
「さっきのって、そういう意味か!」
彼も終盤の流れをようやく掴んだらしい。
「もしかして……大剣を地面に立てた時には」
「すぐにじゃないが距離は取った。あんたが大剣を目安に撃って来ていると思ってな。時間稼ぎと足元の煙を吹き飛ばす為にやった」
防御だけを考えていたのではない。俺だって隙があれば反撃に移る。大技スキルの発動も懸念されていた。撃たれる前に討つのが最善だった。
「……動いた事が気付かれないとは思わなかったが」
しかし、グランツは大剣だけを目印にして、本人の離脱を把握しなかったのだ。緋色のスキルは俺を探す時間を含めずに発動された。予想外だった。多数の内の二本だけはどうしても回避しきれず、左手で受けた。
刺さった時の感触を思い出し、その部位を軽く振り払う。
「来るのは分かってたんだがな……」
おかしな話だが、相手の失敗によって逆に傷を食らってしまった。俺自身にも油断があったのかもしれない。負傷に関しては深く反省している。
「その様子だと、あれも読めてたってわけか」
グランツが呟きに反応した。小さく頷き、俺は考えを明かす。
「ずっと威力が低くて直線的な攻撃ばかりだった。避けるのも防ぐのも簡単過ぎる。切り札となるスキルが他になければ、決め手に欠けてしまう」
「あー、分かった分かった! 全部バレバレだっったってことだろ、ちくしょおー!」
両手で耳を塞ぎ、彼は無念を吐き出した。
「ふぅ」
何故だろう。終わった後での説明で一番疲れてしまった気がした。
騎士団に所属していた頃は、こうして相手に指摘をする試しが無かった。ただ最善を目指して武器を振るうだけだった。しかし、部活に参加した為に環境はがらりと変わったのだ。
「クリム!」
急にアバターの名前を呼ばれた。俺は瞳を険しくしているグランツに視線を返す。
「次こそは勝ってやるからな! また勝負しろよ!」
人差し指を突き付けられた。指した本人は悔しさを振り切った笑みを浮かべている。負けたと言うのに俺よりも明るかった。
「……」
挫けない人だな。俺の中には存在しない強さを持っている。現実では俺より彼の性分が好まれるだろう。そんな一面を、少し羨ましいとも思った。
「いつでも受けよう」
彼を少しだけ真似して、微笑を口元に貼り付ける。自分の人格を変えるつもりはなかったが、せめて釣り合いたかったのだ。
「…………あ、あのー!」
後方から声が伸びた。シャロだ。頭部の猫耳を寝かせて、俺達の会話にずっと寄り添っていたらしい。丁度、やり取りが切れた瞬間だ。彼女の方に意識を向ける。
「ああ、さっきは助かった。良く見ているな」
「い、いえ……! 私、なんか、全然です」
後輩は相変わらず消極的な態度だった。人の事は言えないのだが、そろそろ好意に対する純粋な反応も見てみたい。
「そう言えば、お前と戦った時も左手を貫かれたな」
「――え? まじで? 傷付けたの俺が初めてじゃないの?」
彼女が『痛みを与える』という能力を持つ悪夢だった時の話だ。グランツは口を開けて呆然とするが、今とは状況が全く異なる。偶然にも負傷した所が共通しており、無意識に言葉として出ただけだ。先程の戦いと優劣を付ける気はない。
「……う」
シャロが顔を俯かせる。
しまった、地雷を踏んだかもしれない。彼女が争いを好まないのを失念していた。ましてや、嫌な思い出が自動的に伴われるのだ。喜ばれる道理は無く、落ち込むのが当然だ。
「わ、悪か……」
「あの!」
唐突に前を向いて、猫妖精の少女は告げた。
「私も、戦いたいです……!」
思わず呆気に取られる。
前言を撤回する。シャロは確実に変わっていた。元からグランツに誘われていたのだ。俺の訓練に付き合う選択は充分に有り得た。だが、自ら進んで言い出したのは驚いた。現実における芳野結那の態度からは考えられない程に、積極的になっている。
「あ、ああ」
思考が追いつかない内に返事をしてしまう。
まあ、本当に構わないのだが。
――そうして、二戦目が決定した。今度の相手は猫妖精のシャロである。考えてみれば、俺は彼女の主な戦闘手法を全く知らない。悪夢だった時は黒く細い剣を使っていたが、あれは異形に分類される。通常では使わないだろう。
事前に与えられた情報は無い。
自分の力量をいかに抑えるかが今日の目的だ。人が聞けば舐めていると言われるだろうが、全力となるとグランツとの初戦で起きた結末が繰り返される。
その意味で考えれば、これからの戦いはトーナメントの前座として最適だ。相手の事が程良く分からず、尚且つ戦意が有る。
「……で、では! よろしくお願いしますっ……!」
対面に位置したシャロが深く頭を下げた。
「よろしく」
「す、すすすぐ、終わっちゃうかもしれませんが……うう……。頑張ります……!」
気張っているのが分かる。無理をしている、と言うより背伸びをしている様だった。そんなシャロを前にして、不思議な感覚が芽生える。これは期待だろうか。俺も戦闘に熱狂的ではないのだが、始まろうとする決闘を楽しみにしている自分が居た。
さあ、お前はどんな戦いをするんだ?
慌ただしく泳いでいる瞳を見つめながら、胸中で呟いた。
そして、俺の意思を励ますかの如く、カウントダウンが始まる。
『3』――『2』――。
数字の現象に伴って、重心を落とす。シャロの身長に合わせるつもりだった。巨大な武器に限って、己の懐が弱点になりやすい。飛び込まれない為に脇をしっかりと締める。
驚いた事に、相手も同じく身体を深く沈めていた。
上半身を前に倒し、右手を地面に付けている。接近する体勢であるのは明らかだ。
――『1』――。
唇を開けた。両手の指を緩めながら、縦に並べる。ああ、いいだろう。俺もお前の戦いに付き合ってやる。
『START!』、と三度目の英単語が目に焼き付けられた。
続いてシャロ戦です。ちなみに、《EN編》序盤を少し修正しました。




