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《現実世界》②'+《E・D内部/クリム=鈴夜湊:視点》② ”八つ当たりではない”

前回の続きからです。遅くなってすみませんでした。

 淡青の暗い夕闇が延々と伸びている。出御高校に繋がる通学路の一角。夕焼けの熱気が反転した空の下、夏服の生徒達がアスファルトの道を歩いていた。

 群を抜いて、急いだ足音が駆ける。


「待ってよ、湊君!」


 走っていたのは三原茜だった。下校の最中。他の追随を許さない湊の背中まで、小走りで距離を詰める。同時刻に帰っていく生徒の波から抜き出ていた。


「……何?」


 立ち止まり、湊は振り返る。


「どうして、いきなり……出ようと思ったの?」


 息切れを起こしながら茜が訊いた。胸の上下に続いて、明るい茶髪が揺れる。掠れた呼吸が彼女の口を行き交っていた。


「さっきは聞きそびれちゃったけど、何か、あったの……?」


 上目遣いの瞳が、無表情の顔を見据える。


「別に」


 湊は顔付きを崩さずに答えた。視線を正面に戻す。足を前に出し、暗色に傾いた黄昏の方角へと進んでいく。


「ほ、本当に……!?」


 彼女の追及は止まない。湊の前方に回り込み、顔を近付けた。


「ちょっと前までトーナメントには出ないって言ってたのに」

 茜の吐息が頬にかかる。

「何か悩み事とかあるの? ずっと様子が変だったけど。……私に相談してくれたっていいんだよ」


 子供をあやすかの如く、彼女が神妙に言い聞かせる。その言葉は相手の鼓膜を大らかに包んでいった。受け止めた少年は無意識に顔を逸らす。

「単なる……気まぐれだよ」

「君が? 怪しいなー」


 半年にも満たない活動期間だったが、鈴夜湊の人格は充分に知れ渡っていた。現実に限っては自主的な行動が殆どない。主だって動く際の要因は、部長の命令や提案である。


「…………もしかして」

 茜は胸に手を当て、顔を下げる。

「湊君……生徒会の……」

「っ」


 飛び出た指摘は湊を大きく動揺させた。伏せがちな両目は全開となり、正面にそびえる少女を映す。

 この日、三度目となる紅潮が浮かんでいた。湊はそれを目の当たりにして、唇を微弱に引き締める。再び視野から外そうとしていた。けれども、難しかった。三原茜の一挙一動に目が釘付けとなっていた為だ。

 硬直の合間にも茜の唇は瞬く。張りのある可憐な声色が、薄明の空に響いた。


「書記のあの人のことが! 好きになっちゃったの!?」

「――は?」


 顔をしかめて湊が呆ける。


「綾華さんってキリッってした感じの美人だよね。湊君が気になるのも分かるよ。……眼鏡って所も似てるし!」

「三原さん。君は僕を何だと思ってるんだ?」

 頭を横に振って呟く。彼女の熱弁に軽い眩暈さえ覚えた。

「…………あり? 違うの?」


 茜が首を傾げる。


「掠ってもない!」


 勢いを込めて否定した。湊は歩幅を小さくして、茜の速度に合わせる。同じ高さにある顔に注意を向けた。


「そもそもトーナメントに誘ったのは君じゃないか。今になって参加して欲しくないって言うのか?」

「まあ、そうだけど」

「それに、手伝うんだったら自分の得意分野を活かすべきだ。あっちの世界なら黙って戦う方がいい。だからトーナメント参加を選んだんだ」


 筋を通して湊が説明する。

 いつになく流暢な口調だった。力強い言葉は茜も黙らせる。気勢を維持したまま、湊は続ける。


「僕はあの書記の三年生に好意は持っていない! あえて言うなら……三原さんの言葉に説得されたんだよ! ……もう一度言うぞ! 恋愛感情などは一切関係ない! トーナメント参加の決意は、自分で最善の選択を取った結果だ!」

「う、うん……」


 今度は湊の方に熱が籠っていた。口を開けて唖然とする茜を目の当たりにして、ようやく発言は途切れる。足を少し引いて、彼女からの距離を空ける。顔の下半分に片手を当て、ぽつりと漏らした。


「…………ごめん」


 謝る湊。

 その面立ちは血色が盛んになっていた。


「こ、こっちこそ何かごめん。変なこと、勘ぐっちゃって」


 向きを逸らしている湊に茜が謝る。お互いの謝罪は二人の間を漂い、ぶつかる様子も無く素通りしていった。

 激しい弁舌から数秒後。

 すぐ傍で、微笑と共に安堵が零れる。


「でも、そっか。良かったぁ」

「え?」


 安心に伴う笑みを、湊は正面から眺めた。


「湊君……無茶をすると言うか、一人で色々と背負っちゃう癖があるから。今回もそんな感じなのかなって思っちゃった」

「僕は別に、無茶なんて」

「騎士団を辞めた時とか、まさにそういう無茶をしたじゃない」


 正論を出され、反論は完全に封じられた。

 一か月以上前の暴力未遂による停学騒動。当時の単独で動いていた様子を、茜は「無茶」だと静かに評した。結果的にはドリー部設立で幕を閉じたが、騒動を招いた事には変わりがない。湊の学歴にもしっかりと刻まれているのだ。過ぎた話だとしても、行動にはしかと気を配る必要があった。


「トーナメントでそうそう危ない話はないだろうけどね。やっぱり無駄な心配だったかな?」

「……」


 次に言うべき話を湊は見失っていた。

 口元を覆っていた手を降ろし、ゆっくりと細い息を吐く。頬の赤みは既に引いていた。言葉が見つかるまでの沈黙は長くはなかった。僅かに緩んだ視線を据え置き、先程とは正反対の語勢で小さく発する。


「……君も大概だけどね……」


 部長を引き受けた彼女の志に対する、鈴夜湊の正直な感想だった。


「え、何? 今なんて言ったの?」


 茜は小声を聞き取れていなかった。だが、同じ内容が再度口にされる事はなかった。「ねえねえ」と繰り返し追及さするが、湊は答えない。両脇を往復して顔色を窺っても、漠然と誤魔化すだけだった。


「ねえねえ、さっきは何て言ったの? 教えてよぉ」

「……別に。大したことじゃないよ」

「もうー!」


 二人の後姿が夕闇に続く通学路へ飲まれていく。外灯の淡い光に照らされながら、湊達は帰宅していった。




《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》


「うがああああ…………っ!」


 俺は素っ気ないマイルームのベッド上にて、激しく悶えていた。

 ――何故、あんな提案をしてしまったのだろうか。

 本音を言えば、理由は自分でも良く分かっていなかった。今でもトーナメントの参加は面倒で利益がないと考えている。だが、あの場面で名乗り出ずにはいられなかった。当時は特に何も感じなかったが、今になって恥ずかしさが込み上げてくる。


「ぐぅああああ……!」


 悶絶の悲鳴が又もや漏れた。

 顔面に両手を被せて、寝返りを数回に渡って打つ。

 冷静な自分が脳内で告げている。出しゃばり過ぎだ。それはクリムとしても概ね賛成である。だからこそ、失態が浮き彫りになっていた。


「あれじゃ、まるで……カッコつけてるみたいじゃないか……!」


 客観的な感想を吐き捨てる。

 部室に行くまで参加をしない心積りだった。図書室を訪れて三原茜が告白されたという話を聞いてしまった。そして、生徒会の書記による依頼をされた。話の中で生徒会長もトーナメントに参加すると耳にした。

 ここまでの流れが既に卑怯である。まるで俺に全ての事情を囁いているかの様だ。

 ――くそ。

 三原さんのせいだ……! あんな、言ってるも同然な反応して……。

 我ながら情けない責任転嫁をする。三原さんの友人である図書委員は、告白した生徒が誰かは言わなかった。だが、本人の反応でそれとなく察する事が出来た。確信はないが、件の生徒会長に告白されたのだろう。


「馬鹿だ、俺は。そんなんで、参加を決めるなんて……」


 もしも気付かなければ、トーナメントの出場なんか絶対に申告しなかった。

 不幸にも、依頼人は俺の提案を受け入れてしまった。彼女は俺に敵意を向けていると思ったのだが、反対はしてくれなかった。


「もう駄目だ。今更、出ませんなんて言えない……。言える雰囲気じゃあ、ない」

 嘆きは止まらない。

「しかも、何だよ……帰り道のやり取りは! 俺は小学生か! 三原さんじゃなかったらとっくに気付いてるぞ!」


 止めもしっかりと刺されていた。今日の下校中。三原さんと交わした会話がこれまた恥ずかしい内容だった。

 トーナメント参加を決意した理由に彼女が話した事を織り込んだ。勢いが妙な方向に流れていた。言い訳でありつつ、積極的に語っていた。後になって顧みると、滑稽極まりなかった。三原さんに気付かれていない点が更に追い打ちをかけてくる。

 そうこう悶えている内に、俺はある事に気付いた。


「…………時間、か」


 ベッドから上半身を起こす。

 トーナメント参加にあたり、アバターの調整を行う予定だった。相手はグランツやシャロになるだろう。己惚れる訳ではないが、勝負にならない事は分かっている。手加減を学習する為に行うのだ。

 数時間前に出場を決めてから、先輩が進んで名乗りを挙げてくれた。芳野結那も彼に誘われて立候補している。


「行くか……オープン」


 倦怠感を引き摺りながら、床に足を降ろし、一つだけある扉の前に立つ。

 きっと、今日の部活に彼女は来る。そう考えると気分がどうしても晴れなかった。どんな顔をすればいいのか。未だに分からない。

 頭を悩ませつつ、俺はゆっくりと扉を開けた。




「前々から、お前とは全力で戦ってみたかったんだ」


 待ち合わせの場所に到着して早々、グランツはいきなり俺に言い放った。


「別にこっちに専念してるわけじゃねえけどよ。それでも男の子だ。強くありたいって願望はある」


 唇を吊り上げ、正面の彼は大層に笑った。

 ここは体育館と銘打った、トレーニング施設だ。ステータスを向上させるのに良く用いられている。勿論、成果である戦闘も行える。俺達は専用の広い空間に集まり、今から刃を交えようとしていた。

 ユリアは少し離れた場所で行方を見守っている。どうやら下校時の事は気にしていない様だった。グランツの突拍子の無い発言のおかげだろう。偶然であっても感謝したい。


「おい、どうした? 俺なんかと戦うのは嫌か?」

「い、え。そんなつもりじゃ……」


 不意を突かれた投げかけに、俺は言葉が詰まった。


「こっちだったらタメ口の方が自然だ。敬語はいいって。…………あと、戦闘スタイルも気にすんな。俺が不利なのは承知してる」


 彼は主要の武具に《弓》を選択している。有利な間合いは中・遠距離となる。比べて、俺は近距離が得意だ。

 お互いの姿が見えている現状では、明らかに俺の方に分が有った。


「その上で挑んでんだ。お前と戦う為の用意は充分にしてあるぜ。……覚悟しとけよ」

「…………!」


 彼の言葉から重みを感じた。たった数時間で対策を練って準備できるとは思えない。本当に以前から機会を窺っていたのだろう。


「さあ、やろうぜ。手加減なんかなしだ。出し惜しみとかすんなよ?」


 俺は黙って頷いた。

 グランツ程に好戦的な性格ではないのだが、その意志を尊重したかった。俺もはっきりと腹をくくる。要求通り、全身全霊を尽くそう。

 システムウインドウ越しに決闘が申請された。指を動かして承諾する。損傷率が80%まで達した時点で決着、退場なしと設定されている。アイテムの利用は有りになっていた。充分に注意しなければならない。


「勝負だ――!」


 弓使いのアバターが大声を張り上げる。俺はそれに応じて思考を切り替え、神経を戦いに集中させる。向こうも剥き出しの両腕を振り回し、身体をほぐした。

 目の前に、『3』と数字が躍り出た。すぐに『2』へと下がった。息を詰めた瞬間に数字は『1』へと切り替わっていた。

 『START!』と最後の表示。

 爆発に似た効果音と共に、その英単語は弾けた。決闘の始まりだ。


召喚コールっ!」


 初めに声が鳴り響いた。張りのある声音だった。グランツが武器を呼び出した。


「…………!」


 対する俺は真っ直ぐに駆け出していた。主要武具である大剣は手に持たない。風を全身に浴びながら相手の懐だけを目指す。


「へ」


 グランツが呆ける。光と実体の狭間にある弓を手にしていたが、どうしても反応は遅れていた。

 俺は気の抜けた顔面に拳を走らせる。がっ。頭が吹き飛んだ。重心を崩した肉体は、そのまま地面へと倒れ込む。


「……っ」


 反撃は絶対に許さない。

 流れを止めずに、目下の身体を膝で抑え付ける。体格では向こうが有利だ。暴れられる前に決めてしまおう。

 再び拳を振るう。腕を持ち上げ、重力と筋力に任せて打った。左右交互に放つ。殴打の音が絶え間なく繋がっていった。


「ちょ、が! 待っ……ぐぇ!」


 情けをかけて言葉を聞いては駄目だ。その隙にアイテムやスキルによる攻撃を食らうかもしれない。

 衝撃のエフェクトが発生しているので、損傷率は順調に蓄積していると分かった。俺は素手での戦闘は得意ではないが、大剣を使うに当たって筋力自体が鍛えられている。ステータスに基づいた殴打は高い威力に達するだろう。ましてや密着した状態だ。与えられる数値は期待出来た。

 そうして、一分間は殴り続けただろうか。狙いが外れて地面を叩いてしまった。やはり慣れない動作は難しい。だが、まだ戦いは終わっていないのだ。

 止めては駄目だ――。


「こ、降参!」


 攻撃の隙を縫って、グランツがしゃがれた声を絞り出す。

 直後。

 甲高い音が両耳を突いた。決闘が終了した合図だ。同時に『YOU WIN!』と青い文字が視界を覆う。


「……ふぅ」


 両腕を止めて、馬乗りの姿勢から立ち上がる。途中で終了したとはいえ、流石に疲れてしまった。


「もっと、お互いの武器で、ガキンガキンやりたかったのに……。おま、容赦なさすぎ……」

 細々とグランツが呟いた。

「手加減するなって言ったからやったのに」


 彼の心意気を組んで全身全霊を尽くしたのだ。文句を浴びせられるのは心外である。

 やはり他者に配慮するのは難しい。自分の不器用さが改めて身に染みた。頭上を仰いで全身を脱力させる。勝利に伴う余韻は全く感じなかった。ただ虚しさだけが胸になびく。


「…………も、もう一回! 武器ありで!」


 結局、グランツの要望によって二回目の決闘が行われる事になった。


グランツとの戦いはもう一回行います。ちなみに、現実での鬱憤を暴力で晴らした訳ではありません。

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