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《現実世界》① ”唐突な告白”

お待たせしました。Loading編開始です。今回は少し明るめになるかもしれません。

《現実世界/出御高等学校》



「好きです。俺と付き合って下さい、三原さん」



 出御高等学校、第二会議室。

 自分の名前と同じ色合いをした夕焼けに照らされながら、三原茜は目の前の男子生徒に告白されていた。


「…………はい?」

 当の本人である茜は首を傾げて呆けた。




 人気が少ない廊下に、ぺたぺたと足音が続く。身体を左右に揺らして歩く少女が居た。覇気が全くない。無心のまま道を進んでいる。片手には数枚の書類を抱えていたが、それらが皺を作っても関心を向けなかった。ただ口を開けて呆然としている。

 セミロングの茶髪に黒い泣き黒子。顔立ちと体型も整っている。美人の部類に入る。しかし、表情に落とした影がその可憐さを台無しにしていた。


「…………茜?」


 そんな彼女の後姿に声がかかった。虚ろな瞳が回る。斜め後ろに立っていた学生服の少女を捉える。

 僅かに顔を綻ばせ、少女は同級生の名を呼んだ。


「……あ、文ちゃん」

「どうしたの、そんな顔して」


 文と呼ばれた生徒は両目を細めた。授業があらかた終わった放課後。友人である三原茜の珍しい表情と遭遇した。見かけた当初、本人かどうかの判断に時間をかけてしまった。声を掛けて茜だと分かったが、その声色には改めて違和感を覚えさせられる。

 傍に歩み寄り、暗い面持ちの少女を窺った。


「何かあった? ……確か、今日は部活動会議があったわね。そこで変なことでも言われたの? 茜の部活動を廃止しろとでも」

「う、ううん……」


 友人の問いに、茜が歯切れの悪い否定を返す。回答に困っているのは誰の目にも明らかだった。文は更に追及する。


「じゃあ、部費を減らせとか? ――いえ、それじゃ茜は傷付かないわね。他に考えられるのは……誰かの悪口? 鈴夜君とか後輩ちゃんの事で陰口を言われた?」


 答えを求める語調は徐々に苛烈していった。茜は目を点にして、すぐに首を左右へ振った。


「ち、違うよ、文ちゃん! そんな酷いことはないから!」


 ぎこちない笑みが浮かぶ。お互いの視線がぶつかり合い、数秒が経った。文から一歩引いて顔を離した。茜の口から小さな安堵がこぼれる。


「まあ、そこまで悪い事ではないようね」


 友人の異変に対する緊張が解けた。肩の力を抜きながら、彼女は茜に再度の疑問を投げかける。


「……だったら、何があったの?」

 茜は「うっ」と喉を詰まらせた。視線を横に逸らす。決して口元を正面へ戻そうとはしなかった。


「本当に言いたくないなら無理をしなくてもいいわ。でも、一人で解決出来る様な話じゃないんでしょ? そうだったら、茜はそんな顔をしないもの」

「う~ん……」


 苦笑いを潰して少女は躊躇う。数秒の間を置いた。文の視界に再び茜の顔が映る。両頬が淡い紅に染まっていた。窓から差す光が二人の少女を包んでいる。


「あ、あのね」

 三原茜が両目を伏せながら口を開く。


 緊急事態ではない、と文は分かっていた。それでも、いざという時に備えて身体が強張った。友人を見つめる双眸にも力が入る。

 切り詰められた空気の中。三原茜が抱えたものをひっそりと吐き出す。


「私ね、告白されたの」


 その言葉に、友人の目が数回瞬いた。

「…………はい?」

 奇しくも先刻の茜と同じ反応が返された。


 ――室月日々貴による自殺未遂騒動から約二週間が経った頃。出御高等学校三階の第二会議室にて部活動会議が開催された。これは校内の全部活に参加が義務付けられた、生徒会主体で行われる会議である。各部の代表がその場で成果を発表していき、活動の継続や改正を全員で考えていくという内容だった。

 設立したばかりのドリー部の部長も、当然会議に出た。初めての出席だった。慣れない茜は談義が終わるまで縮こまっていた。

 幸いにも話し合いは淡々と終わった。部活動の方針に異議を申し立てる生徒自体が少なかったのだ。順々に語られる報告に多くの生徒は口を閉ざして頷くだけだった。

 一時間程が過ぎ、終わる会議。

 茜は周囲に合わせて手元の書類をまとめた。初の参加で緊張したのか、整理に手間取ってしまった。多くの生徒が会議室を出ていく。通り過ぎる生徒会役員や部長達の足音が余計に負担をかけた。書類を束ねた時には、室内には茜とある男子生徒の姿しかなかった。


「…………それで、その男子に告白されたってわけ?」

「うん」


 後は簡単な話だった。二人きりの空間。そこで対峙していた男子生徒がいきなり茜に告白したのだ。


「……誰よ、そいつ」

「えっとね」


 茜が目を遠くにやった。


「言っていいのかな……」

「別に言いふらしたりはしないわよ。ちょっと非常識な人だって思っただけよ。それに相手を知らなければアドバイスも出来ないわ」

「悪い人じゃないんだよ。文ちゃんだって知ってる人だし」


 会議に出ていた、という時点で正体が大分絞られる。各部の代表か生徒会の人間だ。文に分かる相手でもおかしくはなかった。


「いいから早く言いなさいよ。気になっちゃうじゃない」


 文が友人のすぐ傍まで顔を近づける。数秒の沈黙。重い唇をゆっくりと開き、茜は小声で名前を打ち明けた。


「――東雲(しののめ)、会長」


 その名を耳にして、文は目を大きく開いた。


「生徒会長!?」

「声が大きい!」


 慌てて文の口を塞ぐ茜。首を回して周囲を確認した。この廊下で騒いでいるのは二人だけだ。誰かが聞いていた様子はない。小さく息を吐いて、押し付けていた手を離す。

 自由になった声が震える。


「ご、ごめんなさい……。意外な人だったから、つい」

「そーだよね。やっぱり驚くよねー」


 茜は首を何度も縦に振った。平然としている横顔だ。眺めていた友人が含みを持たせた声で尋ねる。


「嫌い、なの? あの生徒会長のことが」

「へ? 別にそうでもないけど」


 文の質問に対して、茜は微かな驚きを浮かべる。


「……その割には嬉しそうじゃないじゃない。東雲会長って結構人気あるのよ? この学校じゃ狙っている子も結構多いと思うし」

「そうなの? ……でも、何かね」


 口元を緩めて茜が笑った。文の話を聞いても評価が変わった様子はなかった。少し折り目がついた書類を手で直す。目的に向かって廊下を進む。会長からの告白に頭を抱えてはいたが、相談によって多少の気分も晴れていたらしい。

 会話に花を咲かせる中、新しい質問が重なる。


「茜から見た会長はどうなの? やっぱりカッコイイと思ってるの?」

「え、そうだね……」


 茶髪を前後に揺らし、茜は短く考え込んだ。


「確かに湊君よりはカッコイイかも」

「…………」


 比較的な好感が茜の口から飛び出ていた。文はそれを受け止めて無言を返す。


「うん。湊君よりは頼りがいもあるね。話も弾みそう。湊君だったら、『うん』『そう』ぐらいしか返さないし!」

「…………」


 文は変わらずに茜を眺め続けている。


「湊君も少しは会長を見習ってほしいよ! 未だに面と向かって話してくれないんだよ!? 私が話しかけるといっつも目を逸らすもん! どう思う、文ちゃん!?」

「…………まあ、もう色々と駄目ね」

「だよね!」


 友人の静かな肯定。茜は笑みを華やかなものにする。

 外の景色に広がる夕暮れは、もう夕闇に染まろうとしていた。文は時間を察して茜と別れた。今は茜だけが階段を昇っている。膝上のスカートを揺らしながら、目的の階まで足を運ぶ。最後に、四階のとある教室に辿り着いた。

 茜はそこで立ち止った。扉に手をかける。引っ掛けていた指先が硬直した。開けようとしたのだが、僅かな間だけ動きを止めた。


「………………」


 視線を下げる。目の前から漏れる光に対して、足元を見下ろした。


「――やっほー!」


 次の瞬間。

 茜は勢いよく扉を開けた。がらっ、と横に動く。中に居た者達の視線をその身に集めさせた。


「お、来たな」

「……せ、先輩。おつかれ、さまです……」


 身体の大きさが正反対の男女が、それぞれ挨拶を発した。

 初めに声を掛けたのは、身体つきが逞しく、髪を短く整えた男子生徒だった。名は高森燈哉と言う。茜より一つ上の三年生でありながら、入部が最も遅い新米であった。

 もう片方は小柄な少女だった。黒い髪を後頭部で結っている。顔を赤くしながら、もじもじと頭を下げている。一年生の芳野結那。茜が気に掛けている大切な後輩だ。


「……」


 テーブルを挟み、向き合っていた先輩と後輩。更にその奥で、一人の少年が椅子に腰かけていた。黙ったまま茜の方を見上げている。


「湊君。戻ったよ!」


 声を大きくして呼びかけた。湊は目を細め、薄い反応を見せる。


「……うん。お疲れさま」


 呟いて、視線を元に戻した。眼鏡の位置を指先で直し、手元にある開きかけの文庫本を眺める。それ以上の言葉は口から出さなかった。


「はぁ」


 茜が微かな溜息を吐く。


「ど、うしました? 先輩……」


 変化を嗅ぎ取った後輩がいそいそと尋ねる。テーブルの上に書類を置きながら、茜は「何でもないよ」と返した。


「お、これって体育祭のヤツか? もうそんな時期か」


 燈哉が書類の記載に気付く。そこには近々開催される体育祭についての注意事項が書かれていた。


「私達には何の関係もないんですけどね。まあ、運動部のついでに渡されたんですよ」

「今年もパン食い競争とかやんのか? 俺、あれが大の得意なんだよ。……結那ちゃんは何が得意だ?」


 結那が急な話に目を剥く。突然の事に顔を薄らと赤くした。小声と裏声を混じらせながら、必死に答えていく。


「あ、え、あの……私は、運動そのものが、あんまり」

「そっか? 走るのとか得意そうだけどな。……鈴夜、お前はどうよ?」


 読書に更けていた湊にも投げかけられた。燈哉は気兼ねなくその顔を覗く。目線を下げたまま、問われた側は口を動かす。


「僕も、別に」


 そう呟き、ページをめくる。湊の順番で会話のキャッチボールは完全に途切れた。静かな空気が部室に漂っていく。


「何だよ。テンション低いなー」


 燈哉が苦笑いをこぼした。それ以上の追及は行われない。体育祭の連絡が書かれた紙を黙って元の位置に戻した。


「ま、湊君はそうだよねぇ」


 無意識に張っていた肩の力を抜き、茜は副部長の正面に座った。


「君、こっちじゃ運動は苦手だもんね」

「んっ」


 湊が手を止め、対面する少女を弱くねめつける。反論はなかった。数秒、互いの視線が交差しあう。やがて睨んだ本人が目を逸らした。


「変わらないねえ、君は」

「……」


 無言の抗議が茜を責めた。湊の両目は本を読まずに止まっている。


「慣れてきたからいいけどね。もう少し、何とかして欲しいとは思うけど」

「…………」


 向かい合っている湊の表情に変化はない。ただ、長い間一貫している。それを観察していた茜は肩を竦めた。


「部活、始めちゃおっか」


 背もたれに体重をかけ、身体を逸らす。ぎぃ、と微かに鳴った。部長として机に淹れていたクリアファイルを取り出す。入っていた数枚の用紙を机上に並べた。

 先頭に依頼書と記されていた。その下には依頼に関する事項を記入する欄があった。これは顧問が作成してくれた、ドリー部専用の書類である。


「依頼増えてきたよね。始めた時は全く誰も来なかったのに」


 ぼやきを後輩が拾う。


「顧問と人数が……増えました、から」

「そうだね。やっぱり澤野先生と先輩のおかげだね」


 保険教諭の澤野碧が顧問となり、また三年の高森燈哉が部員となっていた。事務や交友関係が補強され、活動も行いやすくなっている。


「それだけじゃねえだろ。あの事件もあったから、一気に注目が集まったんだ。飛び降り自殺を止めた部長っていう箔がついたんだよ」


 燈哉がかつての事件を掘り返す。その顔色は何処か曇っている。

 室月日々貴による自殺未遂。

 それを救ったのがドリー部、及び部長の茜とされていた。正確には湊の提案によって重傷を免れたのだ。当初の茜は自分の活躍を否定した。だが、自殺の阻止に関わった者は全て部員だった。マットを落下位置に敷く、という湊の順当な発想を訴えようが、結局は責任者の成果と見なされた。


「あれは湊君が……って、言っても無駄か。気にしないもんね。ちなみに先輩の方はどうなんです? 妹さんはあれから元気にしてますか?」

「おう! 以前より気分は晴れているみたいだ。……ただ、ちょっと」


 含んでいた影が濃くなった。燈哉は顎を引いて、声音を重くする。


「ちあとあの野郎が、俺の知らない所で仲良くなってるらしい。メアドも既に交換し合ってるんだ。これは、非常にマズイ」

「あははは……目が怖いですよ?」


 茜が引き攣った笑みを浮かべた。隣で結那も微笑を見せていた。正面の湊は黙々と本を読んでいる。だが、時折瞳が動いた。彼も会話を多少聞き取っているのだ。

 過ぎ行く日常。

 これが、今の茜が《現実世界》で必死に作り上げたものだった。


唐突な告白。茜はどう返事をするのか。学園編をメインにやっていきたいと思います。次は一週間以内に更新する予定です。

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