《現実世界》⑭ ”部員”
MN編はこれで終わりです。ちょっと短いです。
階段を昇り、二人は四階の廊下へと到着する。部室の元へと歩いていくと、音楽室が正面に見えて来た。
先を進んでいた茜が不意に話を投げ込む。
「そう言えば、音楽室ももう解禁されたんだって。全部の窓に柵を付けることで、あの飛び降りに対応するみたい」
「……そう」
数日前の飛び降り事件を経て、学校では新たな工事の計画を立てていた。本来、学校で最も高い場所は屋上である。しかし、そこには電子錠と古典的な南京錠による二重の鍵がかけられていた。一般生徒では任意に侵入する事も叶わない。
故に、日々貴は屋上の次に高度がある四階を選んだのだ。音楽室の扉に設置されている電子錠の暗証番号は、個人練習の許可を取った際に知られていた。
「湊君もよく分かったよね。こんな場所で、あんなことが起こるなんて」
「最終的には三原さんに頼ったけど」
「いや、でも……。あれはやっぱり湊君のおかげだよ」
E・Dに居た時点でそこまでの事情を読み取っていた。茜はそんな湊に賞賛の言葉を送った。
「どうして分かったの? 何か、きっかけとかあったの?」
「……まあ」
顔をしかめ、湊はぼそぼそと呟いた。
「……以前、同じような目を、見た事があった……から」
「ん?」
髪を揺らし、茜が首を傾げる。
それ以上の説明が口に出される事はなかった。湊は明後日の方向に顔を向けて、ただ黙り込んでいる。尋ねた側から踏み込まなければ、話は聞き出せない。そうした性格を隣の茜に良く知られていた。
だからこそ、彼女は引かれた一線を軽率に飛び越えようとした。
「それって――」
がらっ、と二人の近くにあった扉が開く。
唐突な出来事だった。ドリー部の拠点から男子生徒が姿を現れたのだ。残っている部員は小柄な女子生徒の結那だけであり、普段から来客が殆どない。故に、扉の奥から出てきた男性の姿に茜と湊は少なからず目を丸くしていた。
「よう。遅かったな」
高い位置から気軽な声色が降りかかる。
「た、高森先輩? どうしてここに……」
茜が真っ先に男子生徒の名字を呼び、仰天の表情を浮かべた。
「ま、立ち話もなんだ。中に入れよ」
「ここ、私達の部室なんですけど」
かつての依頼者、高森燈哉は到着した彼女達を室内へと招き入れた。茜と湊は言われた通りに横を通り抜ける。
「お、お疲れさまです……先輩」
小さなお下げを結った女子生徒が、壁際の机と椅子に寄り添って座っていた。
「結那ちゃんだ。用事はもういいの?」
「は、はい」
一年生の芳野結那は背筋を伸ばして茜を出迎えた。続いて後続の湊にも小さくお辞儀をする。
「よーし、これで部員は全員そろったな」
「……はい? 何て言いました、今」
部長は扉の近くで放たれた発言に飛びついた。
三年生である高森燈哉が胸を張る。語調を浮き上がらせ、愉快そうに笑みを作りながら三人へと告げた。
「俺も、ここの部員になったんだよ」
部室が沈黙に支配される。
一拍を置いて、部室中に一人分の絶叫が響き渡った。
「ええっ!?」
「……っ」
「――――!?」
先程よりも数倍の規模で、茜が驚愕の顔付きを表す。他の湊と結那は唇を閉ざしたままだったが、瞳や口元にくっきりと変化が現れていた。
「へへ! 驚いてくれたな。やっぱ、こういうのは皆がそろった時に言うのが一番だ」
燈哉は満足したと言わんばかりに破顔している。
「いきなりどうしたんですか? 先輩って三年ですよね? 受験とかは? いえ、それよりも……妹さんは」
高森千明季の看護について、茜が恐る恐る尋ねた。身体が弱い妹を気遣う兄にとって部活動は時間が削られる行為となる。過保護気味な燈哉の素性を知っている茜としては、訊かずにはいられなかった。
「ああ、ちあは大丈夫だ。一人でもうちょっと頑張ってみるって言ってたよ」
虚勢を張っている様子も無く、燈哉は自然に返答した。
「…………」
呆気に取られた部長が思わず後ろを振り返る。目線の先には黙り込んでいる副部長の姿があった。
「…………」
茜と同じ様に黙りながら、小さな頷きが渡される。それを受け取った後、燈哉の方に正面を戻した。
「で、でも、どうしてここに……? まあ、今は暇だし、楽かもしれませんけど」
「んー、特に理由は無いんだがな……」
頬の辺りを掻きながら、燈哉が説明に詰まった。
出御高校には多くの部活動が存在している。それらの中でも、茜が率いるドリー部は全く知名度が無い。今年度の梅雨前に設立したばかりだからだ。加えて、方針は依頼を受けてからの活動となっている。生徒に知られていない分だけ、制度は不利に働いていた。
極端に言えば、活動そのものが皆無に等しい。
「それに、楽しいだけの部活でもありませんよ……」
短い間の経験を踏まえ、茜が両目を伏せて忠告した。
結那や湊も同意する。無言のまま、彼等は密かに視線を遠ざけていった。後には部室内で孤立した燈哉だけが残される。
「なんだよ、俺が入っちゃ迷惑か?」
沈殿していた空気を、燈哉は笑って吹き飛ばした。
「知ってるさ、そんなこと。でも俺はここに入ろうと思ったんだよ。それに、顧問から聞いてるぜ。ここ、人数が足りてないんだろ?」
「う」
部長は小さく唸った。
「別にとやかく言うつもりはねえよ。ただの人数合わせだと思ってくれ。な?」
「そ、そりゃ、こちらとしては大歓迎ですけど」
「なら、いいじゃん。これからよろしくな」
そう言って、燈哉が壁際の密集した机の方に歩いていった。
「お前達も、よろしくな!」
結那と湊の肩を交互に叩く。満面の笑顔に対して、二人は呆気に取られた無表情を作っていた。
「もうちょっと喜べよー、湊。男は俺とお前だけだ。仲良くしようぜ」
「はぁ」
燈哉は湊への身振りを特に目立たせた。何度も肩や背中を叩いていた。コミュニケーションを受けている本人の額には若干の皺を刻ませていた。
騒がしく、単方向のみの交流が数秒。
「――ありがとな――」
途切れた直後に、燈哉は小声を密かに発した。
「…………」
湊が眉を動かす。
反応する副部長を背に、新入部員は歩いていった。今度は結那に向かう。切り替えが早かった。湊への挨拶は言い切ったらしい。
今度は、茜が駆け寄って来る。
「本当にいいのかな?」
燈哉を見つめながら、湊に相談する。二人が眺めている光景の中で燈哉は結那と接しようとしていた。積極的に話しかけ、結那に困惑の顔を浮かばせている。
「……うん」
一人、燈哉の言葉を聴いていた湊は首を縦に振った。
「大丈夫だよ。きっと」
前を向いて、力強く断言する。
「そう……だねっ」
茜が語調を切り替え、背負っていた戸惑いを振り払った。唇に笑みを滲ませ、三年生を相手に縮こまる後輩の元へ走っていく。
「高森先輩、結那ちゃんから離れて下さい」
「せ、先輩……」
緊張で硬直していた結那の顔が和らぐ。伸ばされた茜の腕が二人の間に介入し
ていた。
「おいおい。別に俺は悪気なんか」
「結那ちゃんを可愛がるのは私の役目です!」
「うう……」
繰り広げられる談話は騒がしかった。先日までの静けさはもう彼方へと去っている。湊と結那が寡黙気味だった分の重苦しさは、燈哉の入部によって綺麗に無くなったのだ。
明るさに当てられながら、湊は不意に背後を振り返る。
「澤野……先生……」
扉の窓から部室内を窺っている顧問の姿を発見した。見つかると同時に顔を隠したが、白衣がちらついているので間違いない。それを悟ってか、彼女はすぐに窓の枠から顔だけを乗り越えさせた。
ガラス越しに、澤野碧は人差し指を立てて唇に当てる。片目を閉じて、柔らかな微笑みを映す。
そして、湊以外に気付かれる前に部室から離れていった。
「…………」
声を出す事も、追いかける事もない。ただ、湊は扉を隔てた先にある廊下へと意識を傾けた。廊下の閉ざされた窓に広がる天候。見舞いの時とは打って変わって、空が灰色に曇りかけていた。
現実の季節は梅雨に入っている。
今にも雨が降り出しかねない空を仰ぎ、湊は小さく息を吐いた。後方では茜と燈哉が雰囲気を華やかにしている。
――口は開かない。
けれども、湊は自ら茜達の元へと足を運んでいった。
エクステンデッド・ドリームⅡ
《Missing Nightmare》 ――完――
以上で、Missing Nightmare編は完結です。新たに第三編が始まります。しかし、もう片方の《能力―ハーレム》を終えてからにします。なので、しばらく連載は休みとなります。すぐに戻って来れるよう、努力します。今後ともよろしくお願いします。




