《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑪ ”告白”
最新話です。遅くなって申し訳ありません。
シャロはいじめの一件から、相手の嘘を直感的に見極められる様になっていた。だが、その特技は必ずしも完璧ではない。曖昧な部分でしか分からない、とシャロは言うのだ。相手の発言に嘘が混ざっているか、そうではないか。偽りを感じ取っても、何が本心と異なっているかまでは分からないらしい。
彼女が悟っていたのは、トレスの心底に不確かな偽りがあるという事だけだった。
それでもシャロはトレスを説得してみせた。言葉だけを用いて、自分を追い詰めてまで壁を乗り越えた。何もしていない俺は、どうしてかその結果に少しだけ喜びを感じていた。
「――そう、でしたか……」
全ての話を聴き終え、シャロは長い息を吐いた。
「ありがとうございます。よく……話してくれましたね」
トレスは俯いたまま、一向に面を上げようとはしない。自分で口にした事実に心を痛めているのだろうか。両膝を互いに付け合って、身体を縮めていた。雨に打たれたかの如く、弱々しい姿に思えた。
――まさか、依頼人の妹までが悪夢だったとは。
俺もシャロに指摘される前から違和感は覚えていた。だが、先程述べられた事態が裏側にあったとは、想像だにしなかった。
「……っ。……いけない……!」
沈黙を保っていたトレスが、唐突に叫んだ。明後日の方向を見上げ、顔中に焦りの色を走らせる。
「……あの人が……! 今も……!」
俺は咄嗟に反応した。ベンチから腰を持ち上げ、彼女に近付いた。
現在、騎士団が消滅能力を持った悪夢に対する作戦を実行している。精鋭揃いの騎士団が簡単に敗れるとは考え難い。だが、不足な事態が起こってしまえば話は別だ。不意打ちの消滅する攻撃があったら、最悪の事態に成りかねない。
「――――」
車椅子の上で、トレスが何かを言いたげに俺を仰いだ。もしかしたら、俺を頼っているのかもしれない。求められるまでもなく、不安を感じているので現場には行くつもりだった。肝心なのは、彼女が望んだという点にある。
「……いいのか?」
様々な意味を込めて俺は尋ねた。
あいつを倒してしまっていいのか。
そして、その後に待ち受ける結末を選んでいいのか。
重なった二つの質問に対する返答はすぐに出て来なかった。両目を丸くして、トレスは唇を強く閉ざしていた。
やがて、長い様で短い沈黙が終わる。
トレスは重圧に耐え忍ぶ顔をゆっくりと降ろした。それを見届けた直後、俺は即座に靴音を鳴らす。ベンチから離れ、指の一振りでウインドウを呼び出す。マーディからの連絡は未だに無かった。
安心には程遠い。もしかしたら既に窮地に陥り、ウインドウさえ利用できない状況にあるのかもしれなかった。
「ちっ」
舌打ちをしてから、俺は隣に佇む魔獣の存在に気付いた。背中から翼を生やした白い馬――ペガサスだ。偶然にも俺と視線を合わせている。
「……おい」
首を回し、魔獣の主であるトレスに横目を使う。
古城にはシステムを使え利用して一瞬で飛ぶ事が可能だ。しかし、安易に移動する気にはならなかった。相手は消滅能力を持っている。到着した瞬間に攻撃を貰えば、流石に対処は不可能だ。それだけは警戒しなければならなかった。
丁度、都合の良い足がそこにある。
ペガサスは荒い鼻息を噴いて、甲高い声を鳴らした。白い翼が空を目掛けて大きく開かれる。
――こうして、俺はペガサスに乗って古城まで来た。あの発光ボールもトレスが所持していた物である。上空から悪夢と騎士団の戦争を目視し、すぐに飛び降りた。移動中にもう片方の悪夢が誰なのか、おおよその話を聴いた。
その後、肝心のトレスは姿を見せなかった。気づいた時には視界から消えていた。休む間もなく悪夢との戦闘に移行したので、あまり注意を向けていない。悪夢を退場させてからの自殺未遂の騒動もあったので、やがて有耶無耶になったのだ。
そこまでの記憶を思い出してから、俺は改めてシャロとグランツの二人を見比べた。身長差があるのは一目瞭然だった。シャロは普段から猫背気味であり、余計にグランツより小さく見えるかと思われた。
「…………っ!」
シャロの話を聴き終え、グランツだけが引き攣った顔を浮かべる。俺が一年生へと暴力を振るいかけた事件を知っていたのだ。裏で飛び交ったいじめの噂も耳にしているだろう。それが目の前で明かされる、とまでは予想も出来なかっただろうが。
相手の発言における嘘か真を見抜く力。
その裏付けを、彼女はグランツに自ら打ち明けてしまった。
「――――別に、お前を悪者にしたいわけじゃねえ」
グランツが弱々しい声で言った。
「俺は……妹を苦しませたくないんだ。……だから、お前等の言葉は簡単に信じる訳にはいかない」
彼はシャロを警戒していた。体格差があり、性格も両極端にかけ離れている。それでもグランツは自分より小さなシャロを恐れずにはいられなかった。
「なあ? 頼むから、そんなデタラメなんか言わないでくれ」
もう彼の語勢は衰えてしまっていた。二年は年下のシャロを前にして、厳つかった肉体を小さくしている。
「……先、輩」
シャロは口を噤んだ。胸の辺りを手で抑えて、顔を俯かせる。
――幾ら相手の嘘を見抜けようが、本人が情けをかけてしまっては意味がない。だが、それはあくまで俺の意見だ。結局はグランツと話しているシャロに全てを委託している。俺はただ心の中で奨励の念を送った。
「そ、それに……! そこの奴だって充分に怪しいじゃねえか! さっきから一
言もしゃべってねえ。お前、何か後ろめたい事があるんだろ? トレスはただそれに巻き込まれただけなんだろ? きっとそうだ。お前が悪いんだ!」
もう片方の悪夢に責任を問われれば、訂正すべき点は無くなってしまう。リュネも多くのアバターに損害を与えた実例がある。グランツの言葉はあながち間違いではなかった。筋が通っている。
ただ、背後に居るトレスも陰のある表情を浮かべていたのだ。彼女もまた先程から一言も発していない。投げかけた猜疑心が、妹の方へと返ってしまう。
「それは……駄目、です。今ここで目を瞑ったら…………何も解決しないんです」
シャロが小さな声を振り絞って答える。
「お願いです。夢だからと言って、目を背けないでください。どんな夢だって……自分で見届けなきゃ、いけないんです」
「うるせえ!」
グランツはまだ否定を続けようとした。シャロから距離を取って、懸命に背中の妹を庇っていた。
「もういいよ」
しかし、必死の抵抗に終わりが告げられる。トレスが裾を掴み、見上げた先にある兄の顔を見つめたのだ。
「……もういいんだよ、お兄ちゃん」
車椅子から身を乗り出し、グランツを引き止める。
「何も良くねえ……! 俺は、お前を信じてる……!」
親族としての意地だったのかもしれない。もしくは、これがトレスの言う自己満足な我儘だろうか。グランツは一切譲る気はなかった。本人の言葉に耳を貸さない程に、シャロや俺達の前に立ちはだかろうとしていた。
「ちあが――千明季が、悪かったことなんて何もねえ!!」
ついには現実での本名さえも口走った。俺は彼女の名前を初めて知る。そして、この瞬間にグランツの心は折れてしまったと分かった。
「兄貴、なんだ。……俺が、信じてやらなきゃ…………」
「おにい……ちゃん」
グランツの依頼は、トレスの両足を失くした悪夢を見つけ出す事だった。事件の末、その悪夢は被害者本人だと明かされた。空回りしていた、とグランツは自分で気付いているのだろう。彼の行動は最終的に全てが無駄となっている。それを認めたくないから、こうして抗っているのだと思われる。
「ごめんなさい……お兄ちゃん」
トレスはおずおずと謝罪を言った。
「謝るなよ。頼むから、俺に謝らないでくれよ」
未だに彼は妹の方を振り返らない。両目を細め、歯を食いしばり、何とか堪えようとしていた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
今になって、トレスも自分の過ちを察したのだろう。自分の為に尽くした。どんな危険も顧みなかった。あらゆる時間を費やしてくれた。その果てに、グランツは誰にも転嫁できない後悔を背負ってしまったのだ。
彼等兄妹の心境は、俺達が全てを答えられる程に浅くはない。ただ、ずっと裾を掴んで離さない妹の素顔が一つの事実を物語っていた。ぽつりと流れている雫が俺にも教えてくれるのだ。
……ああ、この二人は仲が良いんだ。きっと、これからも。
次は早目に更新したいです。




