《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑩ ”偽りの言葉”
遅くなって申し訳ありません。他の小説に手間取っていました。今回は少し回想に入ります。
「マジでふざけんなよ、てめえ!」
グランツが敵意の矛先を俺へと向ける。今にも弓矢を放ちそうだった。だが、大剣を突き付けている俺の方がどうしても早い。少しでも攻撃する素振りを見せたら、その武器を断ち切ってやるつもりだ。
「トレスが……俺の妹が」
戦力差を理解しているのか、彼もそれ以上の攻撃する動作に踏み込まなかった。ただ口から溢れる怒りを吐いていく。
「あんな、化け物みたいなやつだったって言うのかよ!?」
俺は黙って頷いた。一切の訂正も無く、肯定したのだ。
「てめえ……!」
瞳がより鋭くなった。簡単に真実を示しただけだが、それが彼の琴線に触れてしまったらしい。今までは犯罪に手を染めたアバターを切り捨てれば良かったが、人を言葉で説き伏せるのはまるで要領が異なる。こちらの方が遥かに難しかった。
「別に、彼女を責める訳ではない。ただ事実を言っているだけだ。もう一人の悪夢はそこの彼女だ。……一つ付け加えるなら、彼女があの古城における襲撃の遠い原因でもある」
「おい……!」
視線から放たれる圧迫感が増した。もしや、やめろと合図を送っているのだろうか。
「せ、先輩!」
唐突に小さな身体が俺とグランツの間に飛び込んだ。シャロだ。全身を震わせながら、グランツと正面から向き合った。竦んだ身体を二本の足でしっかりと支え、長身の彼に言葉を投げかけた。
「お、落ち着いて聴いてください。あ、あああ、あの」
冷静になるべきなのはこちらの後輩だろう。呂律が上手く回っていなかった。
けれども、そんなシャロに依頼人は毒気が抜かれたらしい。吊り上がっていた眉を僅かに緩めては、俺に向けていた注意を外した。
「言ってみろよ」
「は、はい……! 初めに、あの……現実での話になるんですが」
両手の動きも合わせて、シャロが話を始める。
「私達三人は、依頼があった直後に、先輩の家へと行きました」
「ああ、そうだな」
「それで、あの……妹さんから話を聴こうとしたんですけど」
結局は失敗に終わった話だった。被害を受けた高森燈哉の妹に、部長である三原茜が慎重に問い掛ける。しかし、理不尽な怒気から一喝されてしまった。そして、すぐにその場を後にした筈だ。
――この時点で、高森燈哉の妹は疑いに値する片鱗を持っていた。
「当時は失敗……しました。でも、数日後には快く協力してくれました。……これって、何かおかしいなって思ったんです。……わ、私が」
「はぁ?」
威圧的な声がシャロに降りかかる。
「ご、ごめんなさい……! で、でも、これには理由が」
怯えている小動物の様に、猫妖精のアバターは全身を委縮させていた。ここから先は納得させるのが更に困難になるだろう。
「わ、私……実は」
「頑張れ、シャロちゃん」と部長の小さな励ましが聴こえた。人見知りの傾向にある彼女に任せるのは、本来ならば非効率的だ。それでも、真実を一番に紐解いた本人だからこそ生まれる説得力がある。
彼女は小さく俯き、それから再びグランツと視線を交差させた。
「相手の嘘が、分かるんです」
シャロの必死な声が周囲に澄み渡った。
「何となくなんですけど……聴いた話が本当なのか、そうじゃないのか分かるんです。だから気づきました。トレスさんが吐いた――嘘が」
「嘘……だと?」
「はい。一回目と二回目のお話のとき…………何でか、どっちの話も本当じゃないと感じました」
古城に赴く前、シャロが俺達に明かしたのはトレスの発言に対する不信感だった。現実とE・Dにおける二度の対面。初めは剣呑に部長をあしらい、次に一変して協力的な態度を取ってくれた。
これらの合間に冷静になった、と納得は出来る。しかし、別の思惑があったから俺達への対応を良くしたと考えても良い。
「実は、あの古城に行く前……私達はトレスさんに会いに行ったんです」
シャロはあの日に「確かめたい事がある」と言ってトレスの元へと向かった。俺達も同行した。メールで話を付け、こことは違った場所で話を交わしたのだ。
「そこで聞きました。トレスさんが、この人と関わりが有って、それで……手を貸したんです。で、でも……誰かを傷つけたんじゃなくて……。悪気とかそういんじゃなくて、ただ純粋に悪夢に協力を……あれ?」
リュネを振り返ったシャロの説明が、一時的に崩れた。言文の節々を読み取って、簡潔な説明へと要約してやる。
「こいつは貴方の妹と接点があった。その接点は無償で協力する程の事であり、何より悪夢になってしまうストレスの原因でもあったらしい。悪夢となると同時に、もう一人の悪夢の協力を決心していたんだ」
シャロが縦に首を振り、唇を又もや開く。
「決心したのは……現実で私達と会った後です。現実での一回目は、自分が悪夢と化した事を隠すために私達を遠ざけた。……二回目の、こちらで会った時は、もう一人の悪夢に協力するために情報を集めようとしたんですよ」
これならば態度を反転させた理由も納得できる。また、両方の話に関してシャロが違和感を覚えるのも必然だった。
「……待って、くれよ」
グランツは完全に武器をしまった。光の残滓が纏わりつく掌で額を抑える。次々と明かされる情報を飲み込めていないのだろう。
動揺で歪む瞳を開いて、依頼人は更に身を乗り出した。
「何かの間違いだろ? ……きっと、お前の気のせいだって。つか、そもそも相手の嘘が分かるとかがまず信じられねえよ」
「……まあ、あの、その」
その点はシャロにとって証明し辛い。俺達だって耳にした時はすぐに信じられなかった位だ。
シャロの提言から、トレスに三度目の事情を聞きに行ったあの日。同じ様な反論がトレスから放たれていた。
――古城に向かう、数刻前。
『トレスが……嘘を吐いているなんて……証明できないでしょ?』
車椅子に座り、トレスは暗い瞳で俺達を見上げていた。
以前に呼び出された森林とは異なる場所。木造風の屋根付きベンチが佇んだ、広い公園の一角に来ていた。車椅子に乗った少女はその隣へと並んでいる。年が近いシャロの横を選んでいた。彼女の魔獣であるペガサスも、ベンチの周辺で待機している。
俺は最も遠い端に腰を落ち着け、シャロとトレスの会話に耳を傾けていた。
「証明……ですか」
横に顔を向けたまま、シャロが塞ぎ込んだ口調で呟く。
「納得してもらえるか分かりませんが、私の昔話が関係してくるんです。……聴いて、くれますか?」
「…………っ」
俺とシャロの間に挟まっていたユリアが息を呑んだ。緊張した空気が徐々に伝わって来たのだ。漂っていた雰囲気が張り詰められ、ガラスの如き危うさを含んでいく。発信源がシャロである事は火を見るより明らかであった。
表面だけを取り繕った、寡黙気味の少女は語る。
「私、少し前までいじめられていたんです」
「え?」
唐突な告白に、トレスは顔を強張らせた。
「相手は同級生の、女の子でした。私にとっては、高校で初めての友達になってくれた人です。……いや、あれは……私だけが友達だと思っていたのかな……?」
辛い記憶の筈だった。悪夢となる程のストレスを溜めこんだ出来事を自ら打ち明けているのだ。思い返すだけでも苦しいのだろう。下手をしたら悪夢として再度暴れ出す危険も考えられた。
後輩はそんな危惧を抱きながら、昔話を続ける。
「その人にとっては、友達と言う立場は、私をいじめるための道具にすぎなかった。でも、私と顔を合わせれば、私達は友達だと何度も言ってくれた。……そう、何度も」
弧を描いた長いベンチの片隅で、心境に反して小さく噴き出したシャロの姿が目に入った。予想以上に危険な状態かもしれない。いつもの様子とはかけ離れた笑みである。情動が安定していないのだろう。すぐに止めるべきだろうか。
「……分かりますか? 友達だよ、という言葉を一生分は聴いてしまったんです。その時に相手がしていた言葉遣いや表情は脳裏にくっきりと浮かび上がります。忘れようとしても、忘れられません」
段々と言いたい事が分かって来た。しかし、それ以上にシャロの内面が心配になった。
「どれも、本当の言葉なんてありませんでした」
トレスが膝上で拳を握り締める。シャロの話に覚える所があったのか。もしくは口を開く度に漏れている圧迫感に怯えているのか。どちらなのかは全く分からない。
「――私としては自覚がなかったんですけど、酷いストレスを感じていたらしいんです。いじめを受け続けた私は、気づいた時には悪夢になっていたんです」
「……今、何て……!?」
激しく動揺したトレスが聞き返した。注意が完全にシャロへと向けられている。両目が猫妖精のアバターを観察する為に忙しなく動く。
「そこまで成る程に、私は本当じゃない言葉を聴いてきました。だから、分かってしまうんです」
凍り付いた笑みがトレスを捉えた。薄目で睨まれ、彼女は悲鳴に似た呻きを漏
らす。
「……ひ……っ!」
悪夢となった原因の虐め。
そこに含まれた偽りの発言が、奇しくもシャロに経験を与えてしまったのだ。嘘か真を直感的に見極める。それは確かに魅力的な特技である。素直に称えられない思考を持つ俺は、シャロに対して酷く申し訳なかった。
「話しを短くまとめれば、私はかつて悪夢だった経験があり、かつ相手の嘘が分かるという事です。……悪夢に関する話は、人一倍理解出来るつもり、なんですよ?」
「う」
直接問い掛ける声色が、どんよりと濁っていた。
「それらを踏まえた上で、答えて下さい。……貴方は、本当に他人の手によってその足を失ったんですか?」
確信を持ったかの如く、シャロが微笑んでいた。
ここまで来れば後輩の意図が推測可能となる。疑っているのは、悪夢の役割だ。消滅能力を持った悪夢が本当にトレスの両足を奪ったのか。騎士団との戦闘により悪夢の存在は確定している。だが、シャロに芽生えた才覚が矛盾を導いてしまう。それを難なく繋ぎ治す鍵が、先程の質問だったのだ。
「い、意味が……分からない。何で、トレスが疑われなきゃ、いけないの……? トレスは何も知らな」
「嘘、ですね」
早い宣告だった。俺から見てもトレスの様子がおかしいと分かる。だが、今の判断する速度は以上に感じられた。
トレスはシャロを見つめたまま、顔を青く染めている。怯えているのだろう。同じ部員同士である俺も、少なからず驚いている。
「そろそろ、本当の話をしてくれませんか? 私、嘘を聞くのはもう飽きているんですよ」
――まずい。
錯覚かもしれないが、俺はシャロの背中から滲み出た黒い触手を目の当たりにした。見覚えがある。シャロが悪夢と化していた時に生えていた器官だ。
まさか、また変化するのだろうか。あの、悪夢に……?
俺は後輩を止めようと、立ち上がろうとした。
「ぁ」
だが、俺の不安に対して部長が先手を打った。
喋っているシャロの隣で、静かに後輩の手を握ってやったのだ。小さな掌を温もりで包んでは、表情を和らげさせる。たったそれだけでシャロの口角は落ち着いた。俺では到底再現出来ない行動だった。
シャロがユリアの方を振り返る。温かい微笑が出迎えた。頭部に立っていたシャロの猫耳が緩んでいく。
ぼんやりと形に成っていた黒い触手が霧散した。段々と色褪せてゆき、最後には俺の視界から消えていく。どうやらシャロの精神状態が完全に安定したらしい。闇色の霧が晴れるのを見届けてから、俺はベンチにもう一度腰を落ち着けた。
「……誤解、しないで欲しいんです。トレスさん。私は誰かを傷つけるつもりな
んてありません。ただ」
ベンチから立ち上がり、シャロはトレスと向き直った。
「私は貴方を助けたいんです。悪夢は……そのままでいるだけで、とても心が付かれてしまうんです。繰り返していたら、いつか取り返しの付かないことになってしまいます」
経験した本人だからこそ、そう言えるのだろう。悪夢はストレスから派生した現象だと思われる。きっと、その力を使っている間にも心の傷は抉られていくのだ。
「悪夢だった私もある人たちに救われました。その時に教えてもらった優しさを、私は絶対に忘れられません」
「やさしさ、なんて。単なる自己満足な……我儘に過ぎない」
「違います!」
大声を張り上げ、シャロは懸命に訴える。
「私は優しくされた。その優しさを、今度は貴女にも伝えたいんです。――俯いて、涙を流して、口を閉ざすだけの……そんな日々はもう嫌だから。同じ様に、誰かに優しくしたいと思った。だから! こうして新しい目標を与えてくれた優しさは、決して自己満足な我儘なんかじゃ終わりません!」
人を変えてしまう程の何かをしたつもりは、俺には全くない。シャロが口にした優しさを示唆したのは恐らくユリアの方だ。そう思って隣の彼女へと目線を送る。
だが、俺の考えを裏返す様にユリアもこちらを見つめていた。口元が僅かに笑っているのが非常に気になる。彼女の表情はシャロが言った通りにとても優しかった。向ける対象として俺を選んでいる点だけが残念であった。
「……ト、トレスだって」
俺達の様子を置き去りにして、疑いのかかった少女が言葉を吐く。
「――ただ、あの人に償いを……したかっただけ」
ぽつりと落ちたのは、少女の告白だった。類似した立場のシャロに心を突き動かされ、トレスは実の兄にさえ隠して居た思いを打ち明けていった。
急いで書いたので内容が雑です。時間があれば後に修正しようと思います。次話は一週間以内に更新する予定です。




