《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑨ ”真相”
遅くなって申し訳ありません。他の執筆に時間を取られてしまいました。今回はかなり重要な回となります。
《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》
「いやー、流石っす!」
悩みもなさそうな能天気な声で、アイラは言った。
「あのアバターを一人で倒してしまうなんて! 断罪裂剣の名は伊達じゃないっすね!」
「……うるさい」
室月日々貴の自殺未遂から三日後。それは古城での悪夢を討伐した日数と同じであり、騎士団からの報告もようやく耳に入って来る頃合いだった。
消滅能力を持った悪夢を倒した結果、各アバターの失われた手足が元に戻ったらしい。マーディの右手も治ったのだろう。それは素直に喜ぶべき事だった。ただし、その報告をアイラがしているのが釈然としないが。
新参者とは言え、円卓の騎士の一人として数えられるアイラだ。騎士団内での権限はないとしても仕事は多い筈だ。メールなどで済ませられる報告を、わざわざ直接言いに来ている理由が分からない。
「それでっすねー。自分、クリムさんの新しい技名を考えて来たっす!」
「帰れ」
「あの魔法を弾いたガード技! 自分、凄く痺れたっす! 技名を五個も考えてきちゃったすよ!」
「聞けよ」
単に自分の妄想を打ち明けたかったらしい。俺は技名など付ける気も無い。一部には短い名前を付けているが、それは他の奴でも利用出来る技術だからだ。技の名前を好んで口にする気はなかった。
時間も迫っている。アイラの報告はもう打ち切らねばならない。
「おい。俺は用事があるんだ。お前ももう帰れ」
指先でシステムウインドウを呼び出し、ワープの準備を進める。
「えー!? どこ行くっていうんすかー!?」
アイラが俺の背後からウインドウを覗き込もうとした。流石にそれはマナー違反である。すかさず背中で隠した。
「着いて来るな。話はまた後で聞く」
現在地の部室から、移動先の座標を選ぶ。メールの欄がいつの間にか点滅していた。恐ら先に到着した彼女達が催促を促しているのだろう。
アイラに触れぬ様に一歩踏み出してから、ウインドウを軽く押した。移動の開始を訪ねていたメッセージが消え、転送が始まる。時間が僅かに詰まっていた。目の前の光景が徐々に光で包まれていく。こちら側での部室が完全に見えなくなった頃、俺の身体は分解され、目的地へと飛ばされた。
「……ん」
瞬きをして、完全に瞳を開ける。
「遅いよ、クリム」
目の前には金髪の女性型アバター、ユリアが居た。頬を僅かに膨らませて、不満を顔に出している。
「すまない」
「先輩達、多分もう着いてるよ。早く行こ? ほら、シャロちゃんも」
ユリアの呼びかけに、俺の背後からか細い声が返った。
「……はい」
猫妖精の小柄なアバター、シャロが俺の隣に並んだ。その表情には若干の影が含まれていた。これからの事にあまり気乗りしていないらしい。彼女の境遇を顧みれば、分からなくもない感情だった。
部長の引率に従い、俺達は目的地までの道のりを歩き出した。ここを通るのは二度目となる。以前は居心地の良さを感じた山中だった。しかし、今となっては他者との接触を拒絶した、何もない空間にしか見えなかった。少し寂しい場所だ、とさえ考えてしまう。
数分もしたら、二人と一匹の影が路上に浮かんできた。
「……先輩――グランツさんだね」
待ち合わせの場所に有った人影は、依頼人のグランツとその妹であるトレスの物だった。トレスの魔獣であるペガサスも傍にいる。
「ようやく来たか、お前ら」
「すいません、遅れてしまって」
待ち合わせの時間まで後一、二分は残っている。だが、グランツはその間を待ちきれずにいたらしい。声色には隠し切れない怒気が乗っている。眉根に皺を寄せた顔にも渋面が広がっていた。
「早速だけど、説明してくれ」
グランツは片手を挙げ、隣に居た妹の方を指し示した。
「どうして! 悪夢を倒したのに、トレスの両足は戻ってないんだ!?」
悪夢を一度でもE・Dから退場させれば、その能力による影響は全て元に戻る。それが今回の事件で誰もが共有していた認識だった。当然の如く、依頼人にも同じ話は伝わっている。
だからこそ戸惑っていたのだ。
古城で悪夢が退場する場面をグランツは目撃している。しかし、トレスの両足は現段階において元に戻っていなかった。車椅子の上でその小さな肉体が乗っているだけだった。
「落ち着いてください、グランツさん。これから説明しますから」
ユリアが宥めようとする。
「……! 何で、お前らはそう落ち着いていられんだよ!?」
グランツは顔色を真っ赤に染め、俺達三人を見回した。悪夢の退治が関係ないとすれば、妹の両足を取り戻す手掛かりは全く無くなってしまう。それを恐れているのだろう。無理もない不安だった。彼には殆どの事情が説明されていないのだから。
話した所で信じてもらえるか分からなかった。全ての真相を明かすには時期が重要となる。とある問題も相まって、グランツにはここ数日間の鬱憤を我慢してもらった。
「えと、それは」
部長は苦笑交じりに言い淀んでいた。彼女でも話し辛いのだろう。もしかしたら内容を理解させる事すら困難かもしれない。
「――今回の依頼は、貴方が思っている程に簡単じゃない」
気付いたら口が滑っていた。俺は無意識の言葉に驚きつつ、すぐに示すべき事柄の整理に内面で務めた。
「は? どういう、意味だ?」
戸惑いの色に染まりながら、グランツの顔が俺を見つめる。
「悪いが、もう少し待ってくれ。まだ足りない」
事実を明かす為の証人が不足している。俺はそう告げたつもりだった。だが、余計に彼の顔へ皺が走らせてしまった。
「だから! 何を待っているのか教えてくれよ!?」
耐え切れない、といった様子でグランツは俺の方へと踏み出した。こうした短気な部分があるからこそ、俺はあまり教えたくなかったのだ。自殺未遂の時も同じである。体格に優れている高森燈哉なら室月日々貴をすぐに引き上げられただろう。だが、彼の正体を把握した上で救ってくれるかは分からなかった。
「あー、もう。君はどうして説明が足りないかな……」
部長が俺の傍でぼやいた。最低限の説明をしたつもりだったのだが、これでも足りないらしい。
「…………」
補足しようかと考えた、矢先。
音響探知で足音を捉えた。すぐそこだ。速度や歩幅は控えめで、俺達が屯ってる場所へ一直線に向かっている。
「丁度、来た」
「は?」
俺は背後に人差し指を向けた。迫っていたグランツが目前で唖然とした表情を作る。この間にも最後の証人は段々と近づいていた。
小さな靴音を重ね、一定の速さで山中の道を通る。俺達が視界に入っている距離の筈だが、歩調は全く変わらなかった。
かつん、と連続していた音が止まる。
「これで全員だ」
半身を翻して、俺はやって来た人物の顔を確認した。かつて通った道に一人のアバターが立っていた。男性か女性かの判別がすぐに出来ない。それ程までに中性的な外見をしていたのだ。黒目黒髪に透き通った双眸。中身が男性と知りながら、美人と言う評価しか思いつかなかった。
六人目の訪問者――リュネが、俺達の輪から少し離れた場所で立ち尽くした。
「……来た、ぞ」
高音じみた声色が木々の背景に溶けていった。僅かな距離感を含みつつ、彼の視線は俺達を向いていない。まるで正面から対峙するのを怯えている様だった
「おい、こいつは」
打ち明けていなかった訪問者を目前に、グランツはたじろいでいた。これも当然の反応だろう。見知らぬアバターがいきなり加わったのだ。
グランツからすれば無関係な相手に見えている。だが、この中性的なアバターこそが今回の依頼を解決する手がかりなのだ。正体を教えてしまえばグランツが襲う恐れがあったので、今まで黙っていた。
秘密にしていた事柄が一気に解放された。依頼者でもある短髪のアバターは理解するにも必至となるだろう。
「彼は俺達が呼んだ証人だ」
「この人がいなきゃ、先輩の依頼は本当の意味で解決されないんです」
部長が俺の考えを読んだかのように助言を施す。有難い助け舟だ。基本的に彼女の方が他者への話力に長けている。ユリアを中心として話を進めていこう。
「今回、先輩の依頼は『妹の両足を奪ったアバターを探して欲しい』というものでした。そして私達はそれを確かに受けています」
「あ、ああ」
改まったユリアの説明に、グランツは何かを感じ取ったらしい。普段は剛毅な顔が強張ろうとしていた。
「その後、俺達は騎士団の要請も受けた為に悪夢討伐の協力もした」
マーディから話をもちかけられ、俺達は時期も相まって現実とE・Dでの出来事をすぐに結びつけた。
――それが、一種の錯覚を起こさせたのだ。
「えっと……そこから色々あって、クリムは消滅させる力を持った悪夢を倒しました。中身のアバターもきちんと退場させています」
「俺も現場に居たからな。知ってるよ、それぐらい」
大きな瞳が俺の方を見た。最も重要な途中経過をこちらに丸投げしたのだ。ここから先の説明は荷が重いらしい。
グランツの様子に気を配り、俺は慎重に言葉を続ける。内容の意味を知りながら、ゆっくりと事実を告げていく。
「その時の悪夢だったアバターが、こいつだ」
目線だけでリュネの方を向いた。
「――――っ!」
怒りが弾け飛んだ気配。爆発の如き敵意が俺達の前で動作に変わっていく。グランツが瞬く間に唇を開閉させる。光の粒子がその両手に集まり、弓を模ろうとした。
「召喚」
ほぼ同時に俺も武器を呼び出す。
グランツよりも早く具現化した大剣で、二人の間を遮った。剣先をやや怒りに燃える依頼者側に寄せている。漆黒の表面が相対する二人の顔を反射させた。グランツは怒りの表情を浮かべており、リュネは気まずそうに両目を伏せていた。
「どけよ……! こいつが……こいつのせいで!」
明らかに冷静さが欠けている。この様な事態に陥るのは予想出来ていた。面倒だ、と考えつつも俺は牽制を続けた。
「違う」
「うるせえ! 何が違うって言うんだ! 俺の妹は、こいつに――」
俺の大剣を突き付けられようが、この兄は憎悪を少しも緩めなかった。最早、本人さえも無視して熱く昂っている。
周囲のアバターも現状に緊張していた。ルールを無視した争いがいつ起こっても不思議ではなかった。問題を解決する為にはそれだけは避けたい。故に、俺は小さく首を左右に振った。間髪入れず、グランツに知らすべき言葉を口から吐く。
「正しく言うなら――こいつは貴方の妹の両足を奪っていない」
その発言を両耳で引き止めたのだろう。形を現した弓の弦にかけていた指が、即座に制止した。
「何だって?」
息継ぎをするかの如く、裏声を絞り出すグランツ。
「訳分かんねえよ、お前」
目を白黒させ、依頼者は俺の顔をまじまじと睨んだ。
「数回にわたって騎士団と戦った悪夢。そいつはあらゆる物を消滅させる能力を持っていた。……だが」
そこから先を引き継いだのは意外な人物だった。
「全く同じ時期に、もう一人のアバターが悪夢になっていたんです」
シャロが細い声ながら良く響く口調で言い放っていた。
「悪夢は……二人、いたんですよ」
そう断言してから、後輩は突然に視線を泳がせた。力みが途切れたのかもしれない。更なる開示は困難に思われた。
「ふ、二人……? どこの……誰が」
今の宣告は、初めに気付いていたシャロだからこそ大きな意味合いを帯びた。グランツも並々ならぬ意図を読み取った筈だ。冗談の域から外れた深刻さに冷や汗を掻いていた。
やはり、最後は俺の役目か――。
少々の気落ちを背負いながら、俺は大剣を降ろす。グランツの武器も完全にリュネから射線を逸らしていた。
「……他のアバターが悪夢となり、そいつが貴方の妹の両足を奪った」
俺は空いている側の片手をゆっくりと持ち上げた。
「騎士団相手に暴れた悪夢とは異なる、もう一人の悪夢」
裏側で暗躍していたアバターの正体は既に分かっていた。そして、その指摘こそが最大の不安要素であった。
「その悪夢の中身は――」
人差し指を伸ばす。グランツの顔が驚愕に染まっていく過程が目に焼き付いた。開ききった瞳が真横に傾く様子まで分かってしまう。
「お前だな?」
複数の視線が交錯する中、指先でとある人物を示していった。相手は静かに俺を見上げつつ、諦観の風貌で目尻を落とした。
車椅子に乗った少女、トレス。
――彼女がリュネに並ぶもう一人の悪夢だったのだ。
次はもっと早く(一週間以内)に更新しようと思います。伏線回収は次話から始まります。




