《E・D内部/リュネ=室月 日々貴:視点》③+《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑨ ”決着”
ついに更新しました。遅くなって申し訳ありません。
《E・D内部/リュネ=室月 日々貴:視点》
勝った。
魔法スロットに入っていた数少ない攻撃魔法を放ち、私は勝利を確信していた。土壇場での作戦が連続したが、見事最強と名高いアバターを騙しおおせたのだ。この魔法は当たれば爆発を起こす。そして、断罪裂剣のクリムは動きを少しでも止める筈だ。
その隙を狙い、全てを飲み込む光で消し飛ばす。
片腕が切り落とされたのは私としても驚愕だったが、それすらも災い転じて福となっていた。切られた腕からの魔法攻撃はクリムも予想していなかったらしい。動揺している気配が表情から読み取れる。無表情に近い顔を歪ませられたのは、中々に心地良かった。相手が
E・D最強の騎士となれば尚更だ。
――次で、その陰鬱な顔ごと消し飛ばしてやる!
間近へと踏み込んでいる騎士に向かい、私は胸中でそう言い放った。大剣を構えているが、防御をしても速度は落ちる。この距離なら避ける事も不可能だろう。私の逆転はもはや目と鼻の先にあるのだ。
優越感が胸から喉にまで込み上がって来る。美酒とでも呼べそうな歓喜が踊ろうとしていた。勝った。私は勝ったんだ。
五体満足であるからこそ、黒い大剣の騎士は最強と呼ばれる様になったのだろう。そんな栄光が崩されたら、一体どうなるのか。きっと何も出来なくなる。私みたいに他人から見腐れる無様な末路に陥るだけだ。そして、この世界における夢さえも失くす。恐らく、それで当然だ。おかしい所は何処にもなかった。
腕を失ったという現実。私が乗り越えられなかった絶望。逃げたくなる程のそうした苦難は、騎士達でさえも抗えない。
歪んでいると知りながら、その事実は私に安心感を与えた。
祝福の花火を上げるであろう火球が、やがて私の手元から離れていく。
「避けろっ!」
だが、間違いだったとすぐに思い知らされる。
どうして、だ? どうして……お前が言っている? 誰に向けて言っている? 避けるべきなのはお前じゃないのか、断罪裂剣のクリム!?
「避けろ」と促していたのは、私の傍まで踏み込んでいた騎士本人だった。
「――ふっ」
発射された火球の魔法を正面に、クリムは大剣を横に構えた。
小さな火球は消滅させる光球とは速度が段違いだ。瞬きする間に大剣の上で爆発が起こり、前進を止める筈だ。続けて、動きが鈍った瞬間にすかさず光を宿した掌を叩きこむ。私の勝利はそこまで目に見えていた。受ける側の騎士でさえ、予測しているだろう。
けれども、一貫して鋭い双眸の奥では、諦めの色が全く映っていなかった。まだ手があると言うのか。何をするつもりだ。
長い様で短い時間の果てに、私の先手が断罪裂剣に届いた。
魔法である火球が大剣に触れる。同時に、騎士は滑らかな足さばきで身体を横へとずらしていた。
漆黒の刀身が、切っ先の側を奥へと退く。火球は未だに接触したままだ。爆発は間もなく起こるのだろうか。早く、早く、と焦らされる。逆側の掌で溜めている光球も今の頃合いでは足りていなかった。頼れるのは魔法による爆発だけである。
私の願望を叶える様に、火の色の火球が揺れた。
見張った、一瞬。
火球がまた走り出した。
私の期待を裏切り、明後日の方へ。
「ア?」
大剣をなぞるかの如く、爆発も見せずに行き去ってしまった。思わず口が空く。火球が飛翔していった先で甲高い悲鳴が聞こえた。女子の物だ。間髪入れず、クリムの後方で着弾しては些細な爆音を届かせた。薄暗い噴煙が視界の遥か向こうでなびいている。
え、あれ?
淡々とした魔法の結末に唖然とさせられ、やがて身体中が得も言われぬ衝撃に襲われた。
……受け流されたのか!? 魔法がっ!
爆発による足止めは行われず、目下にて大剣の騎士は迫っている。光球による攻撃は勿論間に合わなかった。
駄目だ。
反撃は無理だ。
もう私は終わりなんだ。
専用の魔法ならともかく、武器で魔法を受け流すなんて。強いにも程が有り過ぎる。最強という評価を私は甘く考えていた。仮想の世界と見下して、戦闘という場面を重視していなかった。ここでも、才能は、天才は、存在するのだ。
簡素な姿のアバターがぐんぐんと近付いて来る。先程の爆音に似た激しい足音を地面に叩き付けながら、目の前に迫った。
「終わりだ、悪夢」
踏み入った騎士が告げる。
光沢を伴った純黒の刃が私の横へと滑り込んだ。
冷たい顔色を私に向けたまま、クリムと言う名のアバターは柄を振るう。
――ブォン、と風が裂かれた。
目にも留まらぬ速さだった。時の流れを遅く感じている意識さえも抜き去り、私は漆黒の刃に断ち切られた。
視野の隅で上昇してゆく大剣が見える。間もなくして、光を集めていた腕の感覚が途絶えた。断たれた部分を、虚無の感触がなぞっていく。自身の目で確認しなくても分かった。最後の希望さえも、無くなってしまったのだと。
「ぁあアアああァァア!」
失墜の声が出る。夢だ、仮想だと考えながら、私はここまで依存していたらしい。恵まれた存在にこうして倒されるのが、途轍もなく悔しかった。あの日――交通事故に合った時の様に目の前が真っ暗になった。
――くそ。
やっぱり、駄目だったのか。
斬撃の余波を受けて倒れる中、私は混濁した絶望に心を沈めていった。横たわる直前、切断された腕が落ちる音を静かに耳にした。
《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》
俺は背中から倒れ込んだ悪夢の喉元に、大剣の切っ先を突き付けた。
「おい」
「………………」
応答が返ってこない。気絶してしまったのだろうか。実質的には両腕を切り落としただけだ。意識を失う程の様態になるとはあまり思えない。けれども、この悪夢の中身が寝たふりで誤魔化す様な人物だとは考えられなかった。
「ちょっとー! 何で私達の方に撃ってくるのっ!?」
ふと、後ろから責め立てる声が聞こえてきた。部長のユリアだ。横目で眺めると、長い金髪が少しだけ焦げているのが分かった。あの火球で巻き添えを貰ったのだろう。だから「避けろ」と言ったのに。そもそも、あの魔法を撃ったのは俺じゃなくて足元で倒れている悪夢だ。俺に言われても困る。
「…………悪い」
狙った訳ではないが、魔法を受け流した際の被害を与えてしまったのは事実だ。俺は特に反論を口にしなかった。ただし、視線で近づくなと釘を刺す。両腕を失ったとは言え、悪夢がいつ暴れ出すかは予測不可能だ。傍に寄らない方が好ましかった。
ユリアも俺の思惑を察してくれた。一定の距離を空け、言葉を投げかけてくれる。
「ねえ。……その人が、悪夢、なんでしょ?」
「ああ」
「…………訊かなくていいの? 例の事」
控えめな物言いで彼女は指摘した。当然、既に様子を窺っている。俺の言葉に反応してくれるのを待っていたのだ。時間は経った。まだ喋ろうともしない。現段階では会話が成立しそうになかった。
その前に、前提からまずい。
シャロの時と違って、こいつの黒い外見が全く解けていない。この状態だと酷く語彙が少なくなっている。それが続いているのかもしれなかった。これでは沈黙が続くだけだ。かと言って、大剣を無慈悲に振り下ろすのも躊躇われた。
どうすれば発言を引き出せるか悩み、俺はとある一言を思いつく。
「お前は一体何がしたかったんだ?」
「…………」
ふと口にした疑問にさえ奴は答えなかった。大剣を突き刺して退場させろ、と言っている様なものだ。脅迫した側ながら、俺としては都合が悪かった。事情を知ったのだ。無関係ではいられず、また託された依頼を果たす為にも必要だと思われた。
たった一言でいい。確証が欲しかった。
このアバターの中身が誰なのか。もしくは、この仮想世界でどんな夢を見ようとしていたのか。
「…………ァ」
そんな俺の胸中を知ってか知らずか。悪夢が小さな呟きを発した。
「ア……ぁ」
俺はその反応に期待を覚えた。ついに答えてくれる。喋りやすい様に重い大剣を僅かに持ち上げた。耳にしたいのは強制によって作り出された仮初の言葉ではない。こいつの本心から語ってもらいたいのだ。
人知れず緊張を覚え、俺は息を呑む。
「――――ダ」
だが、俺の希望は簡単に破り捨てられた。表情が分からない影色の仮面の奥。そこから放たれた声は怨嗟に満ちていた。
「――イヤダ。イヤダイヤダ。ドウシテドウシテドウシテ……!」
まずい。
直感的に悪寒が走った。この状態は危険だ。理屈はない。自分でも珍しいが、印象だけで俺は判断していた。
「――ユメダ。コレハユメダ。ユメダ。ユメダユメダ。ユメダユメダユメダ……!」
どくん、と悪夢の黒い外装が波打った。シャロの時とは真逆の現象が起こる。影色の外見が薄まるどころか、一層と肥大化していくのだ。まるで今の言葉に連鎖したかの様だ。こぼれ落ちた黒い感情が火を点けているのかもしれない。
止めなければ、早く。
俺は危機感に従って大剣を高く振り上げた。切っ先を真下に向け、悪夢の膨張する胸元に狙いを定める。
……大丈夫だ。悪夢は一度退場させれば、力が収まる……!
「モウ……イヤダ」
シャロの言葉で納得をしつつ、悪夢の呟きは胸に動揺を呼んだ。どくん、と仮想の心臓が高鳴る。大剣の重みに動じない筈の手が震えた。暗闇が眼の前を覆い、俺の判断を遮ろうとしていた。
「ワタ……ハ……タダ……バイオ……リンヲ…………!」
決定的な一言と同時に、悪夢の闇が爆発的に増えた。奔流する影の渦が音を立てて蠢いていく。
動揺していた自分の心を、俺は必死に抑える。もう考える暇も無かった。迷いや不安、かつての後悔を胸の奥に仕舞い込んで、その手を降ろす。
――大剣の先端から、身体に埋まる音が伝わった。
「…………良い、悪夢を」
深く差し込む。
自身の体重をかけて、俺は黒い刀身の根元まで丁重に押していった。
目の前で光が灯った。アバターが退場する時の輝きだ。悪夢は徐々に分解されてゆき、帯状の閃光となって空に昇る。相手の身体に跨っていた俺にそれらは触れる。熱は全く感じない。既に何人も退場させてきたから、俺はその事を知っている。
けれど、俺は虚しさを覚えてしまった。
何故、と自分に尋ねても答えは帰らない。ただ、振り下ろした大剣を暫くは持ち上げられなかった。
「…………」
ずっと固まっていた。時間にして数えれば、数十秒が経っている。その間にも俺は冷静さを取り戻した。頭の回転も少しずつ早まっていく。暗転していた視界も明るみに染まろうとしていた。
調子が回復するに伴って、別種の焦りが芽生えた。
まだ、終わってない。
この世界で決着は付いた。けれども、E・Dで起きた事件はそれだけで解決してはいないのだ。
「……ユリア!」
俺は大剣を収納させ、素早く部長の元へと歩み寄った。
「な、何……っ?」
土煙を僅かに纏った顔で困惑している。彼女からすれば、今回の騒動は終わったに等しいだろう。俺の態度が解せないのも当然だ。
「力を貸してくれ。お前にしか、出来ない……!」
説明するのももどかしい。一刻も早く手を打たなければならなかった。焦りと不安、そして後悔の裏側にある反省から必死に自分を押し留めた。要点だけを抜き取り、簡潔な要求をユリアへと求める。
「今から――――――」
頼み事を、はっきりと口にする。
部長は大きな瞳を何度か開閉させ、呆然と首を傾げた。意味が伝わっていない。仕方がない事だが、やはり焦燥が募る。
「俺じゃ駄目だ! お前じゃなきゃ出来ないんだっ!」
「え、……え? 何でっ?」
答えは簡単だ。俺には、圧倒的に不足している物があるからだ。前屈みになりながら、俺はそれを全力で叫ぶ。
「――俺には友達が居ないからだ!!」
ユリアが少しだけ顔を引いて、小声で呟く。
「それ……大声でいうことじゃないよ…………」
いつもは朗らかな彼女の雰囲気に、少しだけ影が落ちていた。
時間が経ってしまい、誠に申し訳ありません。サボっていた訳ではありませんが、心の底から謝罪します。タイトル通り戦いには決着しましたが、最後の騒動が残っています。次回は早くに更新したいと思います。




