《E・D内部/グランツ=高森 燈哉:視点》③ ”落下”
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暗闇が訪れる。意外にも、消滅の瞬間は物理的だった。大きな球をぶつけられた様に腹部が圧迫される。足場から転げ、地面へと落ちた。
どん、と背中が強打される。痛くはないが、全身にダメージが広がった。
「え」
流石に何かおかしい。話とは違う。
身体の上にはまだ重さが残っている。これに俺はぶつけられたのだ。その正体を確かめる為に、恐る恐る目を開ける。
きらきらと輝く銀髪が、視界に飛び込んだ。
「……な……!」
俺は唖然とした。悪夢の光球から俺を救ってくれたのは、円卓の騎士であるマーディその人だったのだ。戦場の指揮を執る立場でありながら、俺の安全を優先してくれたらしい。腕の欠損にも関わらず、ぽっかりと消えた掌で押していた。
乱入同然のアバターにそこまでの価値は無い。しかも今の行動で流れを乱してしまっている。
それなのに、どうして。
「おい、無事か?」
マーディが顔に汗を垂らしながら尋ねて来る。ぎりぎりの飛び込みだったんだろう。声を出せないのが口惜しい。小さな頷きしか返せなかった。
「そうか、そいつは良かった。…………あれ?」
安堵の表情を浮かべたが、今度はそのまま首を捻る。俺の腹部に体重をかけながら、自分の肩を上下させていた。本人も不思議がっている。まるで、腕を無駄に空振りさせているみたいだった。
確認として、マーディが残っていた筈の掌を掲げる。正面にあったので、俺の目にも結果が映る。
そこには、もう何も無かった。
「――――あ」
思わず声を出してしまった。
消されている。ぽっかり、と。
さっきの光球は完全に避けられた訳じゃなかった。俺を助けた代わりに隊長であるマーディの手が食べられたのだ。これで、両方の手が損失してしまった。損傷率に変化はないと知っているが、致命的な傷だ。もう武器は持てない。戦闘には参加できない。
ちあと同じ目に合わせてしまった。しかも、俺のせいで。
「……やっべ」
内側に弧を描いて削られた手を見つめ、マーディが顔を青ざめさせた。
消えた手を振った。二回目はもっと大きく振り下ろした。だが、何も起こらない。マーディはそんな様子を前に小さく口を開く。
「出ない」
システムウインドウの事だろうか。多くの人が指の動作で呼び出せる様にしている。悪夢によって消された手では反応しないらしい。
「これじゃ、アレを使えねえ……! いや、クリムも呼び出せないっ!」
騎士団がどんな作戦を立てていたのか、詳細は知らない。それでも俺は自分の招いた失敗を自覚する。本当に馬鹿な事をしてしまった。数分前の俺を殴ってしまいたい。上辺だけで全てを決めてしまい、裏側の考えを踏みにじったのだ。結果、悪夢を倒すと言う自分の願いを遠ざけている。
洒落にならなかった。後悔が喉の奥まで込み上がって来る。
「隊長! 逃げて下さいっ!」
誰かの声が遠くから響く。焦りと心配で張り裂けそうな、叫び。飲み込むと、ようやく俺達に迫る危険に気が付いた。悪夢が、すぐそこにいる。ざ、ざ、と足音を立てながら俺とマーディを追い詰めている。
「おい、お前は無事だろ! 早く逃げろ!」
円卓の騎士は上半身を捻って俺の腹部からどいた。足の関節だけで前のめりになり、悪夢へと向き直る。
「俺がアイツに体当たりをかます。その隙に逃げろ! いいな!?」
まだ戦うっていうのか。
両手を失くしてもこの人は騎士なんだ。きっと俺を逃がそうと全力を尽くすんだろう。窮地に追い込んだ張本人の、俺を。
申し訳なさで吐きそうになった。どれだけ息を吸っても楽になれない。背中を向けて一目散に走るのは無理そうだ。この騎士をここで見捨てたら、俺は自分を許せなくなる。
ちくしょう……。俺は…………!
守ってもらった指先を閃かせる。すぐにシステムウインドウが掌の傍に出現した。アイテムから通常時に使っている弓矢を用意する。視界の隅で本数が浮かんだ。
「う、うおおおおおお!」
弓を構え、悪夢に対して矢を発射する。
今更こんな物は通用しないと分かっている。でも、抗わない訳にはいかない。
「バカ! 止めろ! 逃げろって言ってんだろうがっ!」
射線の脇に佇んでいたマーディが喚く。矢が空を駆けていく隙間で、俺を案じてくれていた。
そんなんだから、後には引けなくなる。俺は弦を摘まんでいる指を幾度も開閉していった。一本ずつの間隔を縮め、連射する。アビリティやスキルは発動しているが、どうしても威力は減少している。撃っている俺自身でさえ手応えを全く覚えなかった。
「……アぁアああア」
どれだけ飛ばしても、悪夢の太い腕に遮られていた。刺さりもしない。飛び道具では攻撃の強さに限界があるのだ。もっと強力な武具で挑まなければならない。
「くそ、くそ、くそ! どうして、お前は……!」
表示された数が減るにつれ、気持ちの揺れが激しくなっていった。悪夢は両腕で全身を守っている。俺の弓矢では傷を一つも付けられない。
「こんな事して何が楽しいんだよ!? ふざけんな! お前なんかが奪っていい物なんて何もねえんだぞっ!」
力の限り絶叫する。圧倒的なコイツに少しでも逆らいたかった。
矢の本数を示す数字が減っていく。残数を気にしてはいないが、終わりが近づくとやはり身体が強張ってしまう。今の俺は半狂乱に弓矢を撃っているだけだった。
だから、喉からはみ出ている言葉に意識は向かない。声を出す、その一点で対抗心を保っていた。
「ぁ……ア……ぁ」
硬い両腕の向こう側で悪夢の表情が見えた。のっぺりとした黒い顔の下で、悪夢が笑った様に思えたのだ。目も鼻も口も無いのだが、中に居る奴は絶対に人間だ。ふざけやがって。現実で会ったら絶対に殴ってやる。
そう罵っている内に、指先から感覚が消えた。視界の隅にあった数字がゼロに行きついている。もう弓矢が尽きてしまった。
「もういい。逃げろ」
マーディが唇を噛みしめながら、告げる。
「嫌、だ」
策など持ち合わせていなかったが、俺は首を横に振った。でも、言い放った声は枯れていた。自分でも老人みたいな声だと思った。
「ああァアアア」
悪夢が両腕を解いた。これからあの光球で俺達を消すのだろう。そして無残な姿で横たわった二人のアバターを見て、嘲笑うに違いない。
周囲に居る騎士達は身動きを取れないでいる。近づけば消されるかもしれないし、遠距離攻撃では俺達が巻き添えになるからだ。仕方がない。俺も自分の失態にこれ以上誰かを巻き込みたくなかった。
俺とマーディの前で、悪夢の掌に光が灯る。でも弓を持った構えは戻さない。最後の最後の抵抗だ。
一歩、詰められる。二歩、詰められる。
……ごめんな、ちあ。
輝く掌を振り上げ、悪夢が全ての準備を終えた。すぐに光球で消せるだろうに。時間をかけて追い詰めているつもりか。どこまでも性格が腐った野郎だな。
……だけど、俺はこんな奴に負けちまったんだ。
外見だけではカッコつけていたけど、内面ではもう諦めに屈していた。遺言みたいな言葉しか、心には浮かんで来なかった。
……ホント、ごめん。俺、兄貴なのに何も……出来なかった。
「あアぁあ!」
混濁した叫びを吐き散らした、悪夢。
――その目と鼻の先に、一つの小さな球が落ちて来る。
「っ!?」
黒いアバターの動きが止まる。俺達も突然の事で驚いていた。
見覚えがあるな、と思った瞬間に目の前が真っ白に染まった。これはモンスター退治で良く使う目くらまし用のアイテムだ。眩しい閃光を炸裂させ、対象の視力を数秒だけ奪う効果がある。俺も幾つか持っているから、珍しい物ではない。
だけど、どうしてこんな物が空から落ちてきたんだ? くそ、何も見えな……。
胸中の疑問は立て続けに打ち消される。
どんっ!
大きな音が耳朶に触れる。すぐ近くに何かが落ちたのだ。察するに、さっきのボールより数十倍は重い。
光に焼かれた目を細め、俺は正体を見極めようとする。何度か自分の手で誤作動させた経験があったので、薄らとだが輪郭は捉えられた。これは、人影だ。こんな戦場にアバターが降りてきたって言うのか。
ひゅん、と見えていた影が揺らぐ。
「ぐえ!?」
首が急に引っ張られた。傍で佇んでいたマーディも苦しそうに呻いている。
どうやら強制的に移動させられている様だった。しかも、二人を同時に。俺の襟を掴んだ腕と、マーディを持ち上げている腕が一人の影から伸びているのだ。とてもじゃないが信じられなかった。
身体を撫でていた風が止む。走り終えたみたいだ。瞬く間に慣性が働く。魂が抜け出そうなぐらいの勢いだった。
「…………お前……!」
マーディが何処か嬉しそうな声音で言った。
徐々に両目の色彩が回復していく。ぼんやりと目の前が見えてきた。俺達をここまで運んでくれた奴の姿も分かって来る。意外に俺より小柄だった。そして、その顔が知っている相手だったので更に驚いた。
何で、だ? 何で、お前がここに…………?
愕然としている俺の前で、突然に現れたアバターが口を開く。
「……はぁ……」
第一声は溜息だった。尖らした眼光を俺とマーディの上に投げかけ、無言で背中を向けてしまう。
「……ァ……ア!」
その正面で立っている悪夢もまた、舞い降りたアバターの存在に唖然としていた。硬くて厄介な両腕がわなわなと震えている。表情は分からなくとも、些細な仕草から怯えているのが明らかだった。
そんな悪夢と対峙し、落下してきたアバターは腕を小さく振るった。その手の先に粒子状の光が溢れ出ていく。ぶん、と鈍い響きに応じて色と質量が露わになった。見た目だけで相当な重量の武具だった。
「お前に対して恨みはないが」
奴が、低く落ち着いた声色で喋る。呼び出した武具を片手に握り、不気味な人型の影を見つめていた。
「何もしない、という事をもうしないと決めた」
前へと進み、悪夢との距離を僅かに詰める。重い武器を持っているのに、重心が揺らいだ様子はない。綺麗な姿勢だ。これまで見てきた騎士とは段違いに貫禄が全身から滲み出ている。正に、強者という雰囲気だ。
がしゃり、という足音と共に、俺に続く第二の乱入者は離れていく。
「ア……ぁ」
反して、悪夢は一歩ずつ後退していく。
ゆっくりとした動作で召喚された武具が構えられた。装備している本人は反対側の手を軽く添えている。足幅を軽く開き、少しだけ前屈みになった。それだけで重々しい戦闘態勢が完成していた。
より研ぎ澄まされた視線と引き締まった顔付きで、奴は悪夢を睨む。
「だから、倒させてもらうぞ? 悪夢」
漆黒の大剣を突き付けながら、断罪裂剣のクリムはそう宣言した。
ついに主人公が登場! 次回、バトル中心になります。一週間以内には更新する予定です。




