《E・D内部/リュネ=室月 日々貴:視点》② ”正体不明”
久しぶりに更新しました。今回から第四章です。
《E・D内部/リュネ=室月 日々貴:視点》
仮想の空を見上げ、私は呆然としていた。
E・Dでぼんやりとするだけの日々。教室にはもう行っていない。それどころか、バイオリンへの興味も薄れかかっていたのかもしれない。とにかく、自分の中にある様々な悩みから遠ざかりたかった。だから、私は無気力のまま、ベンチに座っている。
少しだけ薄暗い空に、深い色合いが映える木々。現実と相違ない風景。空気の踊る声が両耳を彩っていく。夢だと言うのに、眠気が襲ってきた。ここで瞼を閉ざせば自動的に退場となるだろう。就寝前に聴いていたバイオリンの曲を、思わず風音に投影してしまう。忘れようとしているのに。まだしがみ付いているのか。
馬鹿だな、私も。
「騎士団が貴方を狙っています」
「――っ?」
それは突然の出来事だった。
私の傍におかしな人間が現れた。黒いローブを頭から被った、見るからに怪しいアバターだ。顔は見えない。身長は私とあまり変わらず、小柄な方だ。道具を使っているのか、声色はくぐもっている。性別までは分からない。ただ、私とあまり年齢差が無い様に思えた。
……何だ? いつの間に、そこに……?
放心して座っていたとはいえ、私の周辺には誰も居なかった筈だ。こんな怪しいアバターが近付けば、すぐに気づく。どうやってベンチに座ったのだろうか。
「ニュースで流れているのは罠です。騎士団はわざと貴方を挑発して、自分達に狙いを向けさせようとしています」
「わ、罠……?」
確かに騎士団の公表はあまりにも大胆過ぎる気がした。やり方が大げさなのだ。部隊が巡回する場所まで明かしている。野次馬さえも呼び込む勢いだった。
私はそれを愚かだと嘲笑っていた。私の消滅能力は、混み合った場所で有利になる。どんなに遅くとも、退路が無ければ避けられない。騎士団が巡る場所に複雑な地形が多かった事にも後押しされている。だからこそ、罠であると考えなかった。
向こうはE・D全体の管理者と繋がっているのだ。地形なんてどうにでもなるかもしれない。野次馬の存在だってそうだ。好奇心にまみれた一般人に紛れる予定であったが、騎士団には見破られている可能性が高い。
裏を掻かれ、野次馬の中に騎士が潜んでいたら……私は絶対に対処出来ない。
「更に」
私の胸中を見透かした様なタイミングで、謎のアバターは補足した。
「断罪裂剣のクリムも作戦に参加しています」
「何だって……っ!?」
その名前を耳にして、全身が震え上がった。
断罪裂剣のクリム――騎士団最強と揶揄されているアバター。ニュースで騎士団を抜けたという話は聞いていたが、関係が未だに続いていたのか。この前は円卓の騎士に名を連ねている少女に苦戦させられた。次の相手が断罪裂剣になるのであれば、より辛い戦いが待っているのであろう。
「でも、大丈夫です」
濁った声が告げる。
「私が貴方を助けます」
こちらを一度も振り向かずに断言していた。その様子は必死な覚悟を訴えて来る。頭からつま先まで隠しているのは、何らかの理由があるからだろう。少なくとも私に正体を明かすつもりはないのだ。
どうして、そんな事を言うんだ?
全てが怪しい。最初の印象が、少しずつ蘇る。
「だから……私を信じて下さい」
ただ、このアバターを拒絶する事は何故だか出来なかった。正確には、覚えがあるのだ。直感が、記憶が囁いた。私はこいつを知っている。誰だか思い出せないが、確信が胸の中に芽生えている。
――誰なんだ、こいつは?
私はずっと沈黙していた。目線だけを返し、返事を一つも返さなかった。
「…………また来ます」
細やかな一礼を施し、謎のアバターが別れを口にした。
「待っ……!」
慌てて引き止めようとする。身を乗り出し、その肩へと手を伸ばした。咄嗟に突き出した右腕が視界の中央から走る。黒いローブの切れ端まで、後少し。
「…………」
ベンチの上に乗っていたアバターの掌から、一つの球体がこぼれ落ちる。それは瞬く間に強い光を放った。放射線状の閃光が駆ける。目の前が真っ白に染まり、何も見えなくなってしまった。
「くっ」
瞳を細め、両腕で顔を覆う。モンスター退治に使われる、目くらまし用のアイテムだろうか。強力な代物ではないらしい。四、五秒で視力は戻ってきた。
薄らと瞼を開ける。チカチカと目がくすぐったい。目前に広がっている風景を視認するまで、時間がかかった。
――――いない……?
私の傍にあった姿は消えていた。周囲を見回しても見つからない。あんな数秒の間でここから去っていったのか。ありえない。足音なんて全く聞こえなかったのに。
「何だったんだ、今のは」
ようやく出せた声で疑問を形にする。胸中が否応なくざわついていた。
騎士団の策略に加え、正体不明のアバターが接触してきた。現在は味方の如き口振る舞いだが、その本音を私は聞き分けられない。ただ、これらの危機を乗り越えるのに猫の手さえ借りたい所なのだ。次に手を差し伸べられたら、易々と掴んでしまうかもしれない。
「私……は、アイツに会った事が……ある、のか? いつだ? 誰なんだ?」
頭を抑えて呻くも、答えは出てこない。
鴉らしき鳥達が、背後の木々から一斉に飛び立つ。高低様々な音色を奏でていく。不気味に、陰湿に、私の心に不協和音を響かせていく。
悪夢からは、まだ覚めていなかった。
ミッシング編の伏線はこれでばら撒き終えました。次話からはどんどん回収していきたいと思います。サブタイトルは本名が明かされたので、???から改めています。




