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《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》④ ”車椅子の少女”

遅れて申し訳ありません。今回は少し長いです。8千字は超えています。

《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》


「…………」


 やはり俺を相手にするよりは会話が弾む様だ。そう実感させたのが、部長と依頼者である先輩の談笑だった。

 元から寡黙な性分であり、学校内での俺に対する評判も最悪なのだろう。未遂に終わった捺祇沙耶子への暴力事件は未だに後を引いていた。先輩である依頼者の反応を見る限り、一生付きまとう可能性があった。

 別に自分への悪評は何とも思っていない。ただ、そんな俺の傍にいる三原茜への影響が気にはなった。

 人脈が富む彼女の事だ。友人達から色々と言われたのではないだろうか。

 今の所、茜の様子は平常を保っている。だが、行動の失敗につき溜まっていくストレスを加味すると、油断は出来なかった。特に、依頼者の妹による一件が現在でも心配だ。三原茜は笑顔が余りにも上手すぎる。人間関係が乏しい俺や後輩の結那では、彼女の苦悶を容易には見抜けないのだ。


「…………」


 首を回して背後を確認した。当然だが、俺の後ろには誰もいない。


「どうしたの?」

「……いや」

 昨日と同じ様な考えに陥っていたので、又もやマーディの妨害が入るかと思ってしまった。警戒心が募り過ぎだ。姿勢を正し、俺は改めて正面を見る。

 ユリアが少し前で首を傾げていたが、固執が解けるのに一秒もかからなかった。


「えっと、先輩との待ち合わせ場所は……もうすぐ、かな」

 システムウインドウからメールとマップを読みとり、ユリアが位置を確認していく。

 現実での学校で、高森燈哉は早急に二度目の会談をこぎつけた。あれ程に喚いていた妹だったので、頭を冷やすにはもう少し時間がかかると予想していた。一日で説得出来たのは兄妹だからだろうか。一人っ子の俺にはその感覚が良く分からない。


「……何だか、人通りが少なくなりましたね」

 先頭を行くユリアの隣でシャロが呟いた。

「あ、シャロちゃんも気がついた? 私もさっきから気になってたの。ちょっと遠いって言われてたけど。それよりも…………人目に付きにくい感じがあるよね、ここら辺」

 二人の感想を耳にし、俺は人物から風景へと視線を移した。


「…………」

 無言と共に周辺を見回す。確かに、進む度に俺達の近くから人気が削がれていた。中世のヨーロッパ、その中でも歩道を整理された山奥を連想させられる。あくまでファンタジーめいた仮想世界なので、悪路といった不便さは微塵もない。だが、雰囲気が徐々に薄暗さを主張していた。光も、何処か減っている。

 …………少しだけだが、俺はここに居心地の良さを感じた。

 木々の枝葉に遮られた人の目と光。隔絶された空間、という印象が俺の心に強く刻み込まれたのだ。こんな場所なら、静かに武器を扱う訓練が出来る。そうした想像が脳裏をよぎっていた。

「あ、あの人、もしかして」

 何かに気付いたらしいユリアが首を伸ばした。

 彼女の反応に準じて、道先の奥から長身の人影が揺らめく。片手を挙げ、こちらへと振っていた。もしかしてでもなく、あの人なのだろう。


「よっ! こっちで会うのは初めてだな」


 明るい語勢と同時に、彼は姿を現した。

「こっちじゃグランツって名前にしてる。呼び捨てでいいぜ」

 E・Dにおける高森燈哉のアバターは腰から幾つかの武具を下げており、武具使用者だと一目で分からせた。その名は「グランツ」と言うらしい。身長は高いが、実際の肉体とはあまり変わりがない。大柄な体格と朗らかな様子のことごとくが現実での彼に一致していた。現身として、そっくりだ。

 俺達の到着を見守り、グランツが視線を全員へと振り撒いた。

「おー、やっぱりこっちだと印象が違うな。メイドさんに猫耳。何か狙ってんのか? それに鈴夜……は………………」

 話の途中でグランツの動きが固まった。やばい、と俺の直感が働く。この流れは苦手な方向へと陥ろうとしているのだ。


「……おい、ちょっと…………待て」


 震える唇で、彼が誰に定める事もなく言葉を呟いた。俺の顔に両目の焦点を合わせ、額に掌を添えた。頬に流れる透明な汗。探る暇もなく、困惑の表情がグランツに浮かび上がっていた。

 ――ああ、知っているな。俺の事。

 自然と悟り、うんざりとする。騎士団に所属していた頃の外見から多少の変化を加えたとはいえ、分かる者には分かる様だ。武器使用者ならば、俺の名前を耳にする機会も多いのかもしれない。


「お前、まさか」

 グランツが俺を指した。


「騎士団の…………断罪、裂剣…………?」


 元、だけど。

 そう胸中で呟いては、顔を伏せる。この人に知られるのは、何となく嫌だったのだ。アバターの外見を変える道もあったが、戦いを控えている時に不慣れな状態は迎え難い。俺にとって一番馴染んでいる姿――断罪裂剣のクリムの正体を晒すのは仕方がない事だった。

「…………」

 俺の沈黙は、彼にとって肯定に等しかった。

「本物、なのか……っ」

 表情を強張らせて絶句するグランツ。信じられない、といった目付きが俺の身体を眺め回す。ここが人気の無い場所でよかった。木々で囲まれていなければ、他の通行人が連鎖的に俺の存在に気付いていただろう。


「あー、やっぱり。……こっちじゃ有名人だね。先生と同じ様な反応してる」

 ユリアが落ち着いた態度で呟いた。断罪裂剣の評判に疎かった彼女との出会いが、今となっては非常に懐かしい。

「ま、こういう事なんですよ。私達がこの部活を立ち上げた理由は」

 グランツへとユリアが簡素な説明を施す。

 俺が騎士団を抜けたのはそう昔の話ではなかった。グランツもそれは承知しているだろう。だが、断罪裂剣という字面は別な形で細々と生き長らえていたのだ。

「あ、……ああ。そういう事……なのか」

 見下ろしてくる大柄なアバターが言葉に詰まりながら頷いた。状況を飲み込めてはいるものの、納得はしていないかもしれない。放課後での一件もある。彼が余計な妄想を浮かべてはいないか、心配になった。


「――ひゃあっ!」


 ふと、甲高い悲鳴が辺りに響いた。

「や……、ちょ……っ?」


 俺を含めた三人が横を向く。

 喚いている声の主はシャロだった。何処からともなく現れた大きな動物に背中を何度も小突かれている。上半身を仰け反りながら距離を取ろうとしていたのだが、中々逃げきれていない。


「せ、先輩っ! 助けて下さい……!」

 シャロが助けを求める。俺とユリアを睥睨しながら、周辺を早足で駆け回っていた。

猫妖精の背後を追う四本脚の動物。その姿を目撃しながらも、俺とユリアは動こうとしなかった。見捨てたのではなく、少しだけ呆気に取られていたのだ。


「うわ……ペガサスだ。久しぶりに見たよ…………」

 猫科を混ぜ込んだ少女を追っていたのは、四本脚の白い馬――に白い翼を生やした幻獣のペガサスだった。折り畳んだ一対の羽からは神々しい光が漏れている。美しく、かつ気高い印象を抱く。

 ……近くに魔獣ビースト使用者ユーザーが居るのか?


「先輩……っ。ちょ、誰か――――ひゃう!」


 すぐに頭を働かせたが、俺はシャロの追いかけっこは放っておいた。あれはアバターに被害を与えるモンスターではない。モンスターは出現するダンジョンやフィールドがきちんと決められている。魔獣使用者の魔獣や、特別なNPCでもなければ通常の場所ではみかけないものだった。


「ちょっと待ってろ。……ほら、落ち着けって」


 グランツが幻獣とシャロの間に割って入った。ペガサスの鼻頭を手で塞ぎ、どうどうと動きを制する。

 随分と慣れている。魔獣の方も彼の言葉には素直に従っていた。だが、グランツは見た目からして武具使用者だ。大人しくなったペガサスの主、魔獣使用者としての権利は兼ね備えていない筈だが。


「おいっ。お前もいい加減出てきてくれよ、トレス。こいつの手綱をちゃんと握っておいてくれ」

 ペガサスを抑え込みながら、グランツが森林じみた風景の奥へと声をかける。

「……だって、じっとさせるの、可哀想なんだもん」

 気だるげな返事が戻って来る。続いて、道をなぞる車輪の音が聴こえた。どうやら車椅子に乗っているらしい。


「…………こんなんじゃ、トレスはもうその子に乗れないし」


 そんな言葉と共に、車椅子に座った少女が進み出た。

胸に針を刺した様な苦しみが走る。その姿が、余りにも痛々しかったのだ。兄が無名に等しい部活を頼ったのも分かった。

 高森燈哉の妹が宿ったアバターの両足は、膝から下が不自然に途切れていた。無気力に垂れた下肢を平行に並んだ虚無が横切っている。刃物で切り落とされた、といっても過言ではなかった。切り口を覗かずとも、端部にこびりついた闇がマーディと同じだと示す。


「悲しい事言うなよ、トレス。お前はきっと元に戻るさ」

 グランツが妹の傍らに寄る。背後に回り込み、操作盤が着いている筈の車椅子を押し始めた。

「こ……こんにちはっ。私が誰だか分かる?」

 トレスと呼ばれているアバターはユリアの問いに対して沈黙した。病的な雰囲気を増大させている白い長髪が傾く。金髪のメイドにいきなり尋ねられれば、誰だって困惑するだろう。俺だったら勘弁したい。

 緊張しているんだな。…………あの少女も、ユリアも。

 拒絶された相手に又もや向き合ったのだ。しかも一日ちょっとしか経過していない。俺では図りきれない恐怖や不安が、彼女等の胸中に渦巻いているのだろう。ユリアは失敗を繰り返す不安を。人見知りに感じられる高森燈哉の妹は対人の恐怖を。


「…………分かり……ません」


 車椅子の上で、トレスが首を左右に振った。

 俺は少々の心配に駆られた。今の質疑は分からなくて当然だし、この結果を糧にして友好を深める話法ではないだろうか。申し訳ない、と言いたげな顔をトレスは浮かべている。一度の痛手を引き摺りそうな彼女には、ユリアの冗談は通用しなかったのだ。


「あ、いや! そりゃ、そうだよね! 名乗ってもないんだし! ごめんね、あ、ははははは」

 ――ぎこちない。

 いつものユリア……三原茜らしくなかった。笑いが乾いている。


「…………だけど」


 部長が車椅子の正面に躍り出る。トレスの前で屈み、肘掛の部分に寝そべった掌に己の手を重ねる。両足を失った少女の双眸を見つめ、優しく言い添える。


「私は貴女の事、知ってるよ。……その辛さを『分かる』とは言えないけど、貴女が辛い思いをしているのは私も知っているの」

 ユリアの言葉に、虚ろな瞳がぴくりと反応した。

「この前はごめんね。……でも、私は貴女の苦しみを前にして、『何もしない』ということは出来ないの。だから、私は……私達は、貴女を助ける事がしたいの」

「…………」

「ね? 一緒に頑張ろ? 私はユリア。貴女の名前は?」

 白髪の少女は歩み寄ったユリアの顔を睨み、薄く唇を開けた。微かな空気が瞬いた。しかし、俺達や部長に届く程の音量はなかった。歩く為の足を失くした被害者が、更に口元へ力を込めた。


「……トレス、です」


 小さく言っただけだった。

 だが、ユリアの思いが彼女の心に触れたのだと知った。グランツが彼女達の傍で顔を綻ばせている。俺も、自然と頬が緩んでいる気がした。


「――ちょ、また……っ」


 ただ、シャロだけは直前の会話を聞き取れなかった様だ。グランツの制止が無くなったペガサスによって、再び突かれている。

 そんな後輩の様子に振り返り、ユリアが微笑をこぼした。

「好かれてるんだね、シャロちゃん」

「先輩……! 助けて…………っ」

 悲痛に涙目を浮かべるが、相手であるペガサスから怒気は感じられない。寧ろ、シャロへと懐いている様に思われた。俺も、手出しは不要だと考えた。シャロにはこのまま魔獣の相手をしていてもらおう。

「うぅ……」

 ペガサスの扱い方を掴んで来たのか。シャロが真正面からペガサスと向き直る。両手で、それ以上の接近を押し留める。

「ヒーン……ッ」

 猫耳を生やす妖精の指示に、魔獣は若干の興奮を見せながら歩を緩めた。


「随分と懐いたな。……悪いけど、そのまま相手してくれねえか」

 グランツの頼みに、シャロが数秒の逡巡を挟んでから頷いた。俺も、ユリアと車椅子の少女との話し合いに耳を傾けねばならない。悪夢の特徴を掴む為だ。苦手とする魔獣を押し付けられた後輩が可愛そうでもなくはなかったが、今回だけは仕方がない。

「…………じゃあ」

 場の流れが、ユリアの表情によって引き締まった。本来あるべき話題を言いだそうとしている。

「トレス、ちゃん。…………もう一度、貴女が悪夢に会った日の事、教えてもらえるかな? 辛いかも、しれないけ」


「はい」


 返事が早かった。

 以前に絶叫を撒き散らしていた人物だとは思えない。時間の経過と兄の説得が功をろうしたのだろう。もしかしたら、戦力と見込める俺の同行も心変わりに協力したのか。

ユリアの会話が成り立った後のトレスは、俺が自画自賛を浮かべる位に語勢に覇気を孕んでいた。

「あの日、トレスは事件があった会場に行きました。ずっと楽しみにしていた、バイオリンの演奏会だったんです。……でも、その途中で」

 出だしは饒舌だった。

「あのアバターは…………悪夢は現れました。演奏会も中盤に差し掛かった頃でした。次の演奏者が壇上に現れたんです。でも、その人はバイオリンも何も持ってなくて、壇上の上でずっと棒立ちになっていて」

 声色が不自然に震えている。当日の記憶が恐怖を引き出しているのだろうか。

兄であるグランツが妹の肩にそっと手を乗せた。トレスの呼吸が安定する。そして無言である兄の温もりに触れたまま、彼女は悪夢についての話を紡ぎ始めた。

「急にその人の全身が黒くなったんです。何かに覆い隠されたみたいで、特に両腕の形が一番変わっていました。悪魔のように、尖った手になって。…………そしてそれをトレスの方に……いえ、観客席の方に向けたんです」

 ――手が変化した。

 その情報に俺は少なからず着目した。

 芳野結那――シャロの時は、背中から触手じみた複数の細い剣が生えていた。扱いとしては猫妖精の尻尾に通ずる点がある。悪夢が本人のトラウマやストレスに準ずるなら、その形状も自動的に本人に適していくのだろうか。


「あれ? 会場って暗かったと思うんだけど……よくそのアバターが黒くなったって分かったね?」

 ユリアが何気ない質問を重ねる。

 俺とユリア、シャロは悪夢を見た事があるので想像は難しくない。だが、マーディも言った通りに会場では光量が減らされていた筈だ。初見であるトレスには色彩は判断が難しかったかもしれない。


「えっ、あの……っ。黒いっていうのは、その人の掌が光ってから分かったんです。白い球体が、掌の前に浮かび……あがって……」

 発音に起伏が無くなり、トレスの瞳が鋭く狭まった。

「それが、いきなり観客席の方に飛んで来て、それで…………」

 軽くなった両足を擦りながら、トレスが顔を伏せる。白髪の隙間にある表情からは、苦悶が垣間見えていた。

「…………」

 口と目を閉ざしつつ、俺は事件の光景をぼんやりと想像した。

 悪夢によって放たれた白い球体。それが触れた物を消滅させる攻撃なのだろう。発射直前に光る、というのが肝心な部分だ。


「トレスは……現実でもあんなだから、逃げるのが遅れて。もう一つの球で、足を」

 もう一つと表現している。つまり、片腕ごとに消滅の攻撃が放てるらしい。二連続の魔法を回避する、と考えればいいだろうか。

 俺は、悪夢に対する作戦を少しずつ練り始めていた。口には出さず、脳内で推測を構築していく。正直に言えば情報はもっと欲しい。トレスが話した内容だけでは、曖昧で不確実な前提しか得られなかった。

 両腕ごとの消滅攻撃は発射までに何秒かかるのか。発射後の速度はどれくらいか。消滅した際の感触はどんな感じなのか。

 …………これは、マーディに訊こう。幾らなんでも失礼な気がする。

 傷心している被害者に尋ねるには酷だった。ユリアや妹を見守っている兄から怒られそうだ。

「……黒くなったアバターが暴れたのは、ほんの数分間ぐらいだったと思います。でも、その数分間で会場は大騒ぎになりました。後は騎士団の人達が来――――あっ」

 トレスが突然に顔を上げた。

「そういえば、騎士団からはこの事は外部にもらすなって……」

 確かにマーディが緘口令を出したと言っていた。彼女等からすれば部外者へと勝手に情報を提供してしまった事になるだろう。今になって思い返しても手遅れだが、俺達に関してなら心配は不要だった。


「ああ、それなら大丈夫だと思うよ」

「で、でも」

 白髪の少女が顔中に緊張を走らせる。そんなトレスをなだめようと、ユリアは

「大丈夫、大丈夫」と言い含めていた。


「えっとね、昨日の事なんだけど。……私達、騎士団の方にも協力してくれってお願いされたの」

 正確には部活に所属している俺へと依頼が来たのだ。騎士団最強の異名は未だに消え失せていないらしい。

「騎士団にお願いされたって……つまり」

 グランツが俺の顔を横目で眺めながら、ユリアに尋ねる。

「ええ。クリムの力が必要だ、みたいな事を言ってましたよ。……ですから、騎士団の方もきちんと対策は考えている様ですね」

 兄妹を安心させようとしたのか、ユリアが事務的な説明を付け加えた。

だが、グランツにとっては逆効果になるかもしれない。彼は俺への不信感を抱いている節があった。E・Dでの実績が高いとはいえ、現実での中身が悪ければ本末転倒だ。名高い人物が協力するとしても、期待してくれるかどうかかは怪しかった。


「そう、か。お前達に頼んだのは間違いじゃなかったんだな? そいつは良かった」


 引っかかる物言いだ。気にする必要はないが、個人ではなく団体行動を考慮すると少しだけ心苦しかった。

「断罪裂剣のクリムがやってくれるなら、安心だ。……頼んだぜ?」

 こつん、とグランツに肩を小さく叩かれた。これは信頼の証なのか。それとも、彼なりのコミュニケーションなのか。判断が付かなかった。「はい」とも「いいえ」とも返事をせずに、沈黙だけが応じてしまう。

 グランツの拳が静かに離れていった。契機に、ユリアがトレスへの質問を再開させる。

「じゃあ、トレスちゃん。……もう少しだけ、その黒いアバターについて訊いてもいい? 分かる事だけでいいの。情報は少しでも多い方がいいから」

「…………はい。分かりました」

 車椅子の上で、白髪の少女が正面から顔を背けた。記憶を掘り返しているのだろう。ここから先は気が抜けない。喋っている本人にとって些細な出来事も、戦闘においては勝負を分ける境目になるからだ。

「あれは…………確か……」

 トレスが唇を小さく開いた。

 耳を澄まし、俺は彼女の声に意識を傾けた。音響探知の技術が僅かに反応する。シャロがペガサスと大変そうに戯れていたり、グランツが車椅子の横へと戻っていたりした。更に知覚を厳選して、トレスだけを凝視する。視界の中心寄りに屈んでいたユリアさえも、意識から遠ざけた。


「悪夢の――」


 被害者の脳内が言葉になる、寸前。

「っ!?」

 それは俺の目前で音量を撒き散らした。電話の呼び出し音と表示が視野中に広がっている。集中していた俺は思わず驚いて、反応に遅れてしまった。素早く指を動かして、ウインドウから電話に出る。

わざわざ俺を呼ぶ奴は多くない。ただ、思い当たる人物は一人だけいた。

嫌な予感が、する。

 呼び出したアバターの名前を確認すると同時に、胸中の暗雲が深く濃くなっていく。最近のタイミングの悪さは目を見張る。丁度良い、と言うのかもしれないが、俺は不安を募らせながら電話に出た。


「何だ、マーディ」

 月華の騎士団に連ねている元相棒の名を口にする。

『クリムかっ? 今どこに居る!? すぐに俺の方に来てくれ!』

「何があった。説明しろ」

 いつもはない緊張が、ウインドウから聞こえるマーディの声色に滲んでいる。その響きは事件の根本を唐突に叫んだ。

『また現れやがったんだ! 悪夢がっ! 早く来てくれ! また仲間が狙われてんだよっ』



 その数時間後。

 騎士団が正体不明のアバターによる攻撃を受け、一部隊が壊滅したと言うニュースがE・D中に広がった。完全にアバターを損壊させたのが、六人。辛くも逃げ延びたのは三人だけだった。加えて、襲撃者に対する注意報も発令された。騎士団長は正式にこのアバターへの対抗策を立てると公に言い放った。約一週間前、数日前と続いた襲撃については言及されなかったが、SNSではすぐに関係性が騒ぎ立てられていた。

 秘匿に進めていた悪夢退治。騎士団の意に反したその公表は、数多くの一般使用者の危機感を募らせるのだろう。

 俺が到着する前に、悪夢は既に逃げていた。しかし、三度目となる襲撃は間違いなく俺に告げていた。


 対峙する日は、近い。

近い内に更新する予定です。

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