《現実世界》⑦ ”居場所”
いつの間にか20、000PVを突破していました。今回はテスト期間で時間が無かったので、少し短いです。
マーディからの依頼があった日の、更に翌日。零時を跨った朝の放課後に起きた出会いだった。
「…………よお!」
鈴夜湊の背中に野太い声が投げられた。虚ろな瞳が後ろを向く。その先には湊より一段と大きな生徒が立っていた。上靴の色が三年生だと示している。呼び止めた上級生は、はにかんだ顔で湊に語り掛けていった。
「奇遇だな。部室に行くところか? 一緒に行こうぜ」
「は、はあ…………」
隣に並ばれ、湊は中途半端に唇を曲げた。笑顔や渋面を少しずつ混ぜた様な顔だった。
「………………」
無言を挟みながら、湊が身体をゆっくりと狭めていた。
「うっす、燈哉」
「おう、じゃあなー」
「おい、燈哉。明日は漫画返せよ」
「分かってるって。持ってくるから」
部室へと向かう最中、隣に立った上級生は事あるごとに他の生徒と挨拶を交わした。複数人が、短いながらも彼との交流を大事にしている。それが、湊の肩身をより窮屈にさせていった。
そんな下級生の様子に、三年生である高森燈哉が気づく。
「おい、どうした? 具合が悪いのか?」
「い、いえ」
言葉に反して、湊の顔色は淡く青ざめていた。歩幅も先程より小さくして、燈哉の斜め後ろへ位置を取ろうとする。
「本当に大丈夫か? 顔とか赤いぞ」
「大丈夫……です」
だが、高森燈哉が湊の後退を許さなかった。歩く速さを落とし、湊の横に付く。二人には十センチ前後の身長差があり、隣り合った肩の高低が際立っていた。
「えと、鈴夜…………何だっけ? 悪い。俺って物覚えが悪くてさー。下の名前は覚えてねーわ。何て言ったっけ?」
ぼそり、と声がこぼれる。
「湊……です。鈴夜、湊」
その紹介を果たした時、燈哉の瞳が小さく瞬いた。そして、瞼の上辺に寄り添っては首を傾げる。
「聞いたこと……あるな。お前って他に部活とかやってたか? それとも三年に兄とか姉とかいるか? いや、でも…………鈴夜って名字の奴が居たかな?」
高森燈哉の考察によって湊の情緒が揺らぐ。
「…………」
湊は目を合わせない様にしながら、黙ってひたすらに歩いた。廊下に無情の足音が積もった。一歩ごとの距離も、前に進む速度も変わらずに。同じ動きを繰り返し、部室への到着が近付こうとした。
ふと、燈哉の足音が途中で止まる。
追随していた上級生の反応に湊は飲まれそうになった。足が一瞬だけその場に縫い付けられる。後ろを振り向こうとする。燈哉の視線を見抜こうとする。進み直そうと、両足に制動がかかった。
だが、それらはもう命取りだった。
「そうだ、お前……! 一年生を殴ろうとして停学になったって噂の」
太い人差し指と共に、湊へ過去が突き付けられた。
――一ヶ月程前に起きた、悪夢事件。
E・Dでの出御高校周辺で人を襲っていた悪夢の中身は芳野結那であったが、そこに至らせた原因は捺祇沙耶子という一年生だった。いじめの実態を親友と言う名目で隠蔽し、悪夢の力を手に入れた芳野結那さえも自分の目論見に利用した黒幕。
そんな彼女に対する反抗をクリム=湊は引き受け、最終的には湊の暴行未遂という結果で幕を終わらせた。
「……………………」
湊は瞼を落として燈哉を見つめた。じっ、と鋭い双眸で凝視している。眼鏡の奥で輝いた眼光は放物線を描き、背の高い上級生の眉間を射抜く。
「あ、いや」
過去を大声で暴露した彼が態度を改めた。両手を開いて、湊の視線を防ぐ。自分で作った塀の内側で、語勢を落として言い直した。
「すまん。下手に騒がしくして。…………お前もさ、お前なりに事情があったんだろ? 殴られかけた一年生も誰かをいじめていたって言うし。……結果オーライ、だよな。うん」
勝手に弁明し、勝手に頷く高森燈哉。
そんな三年生に対して、湊は小さく唇を持ち上げた。だが、何も言葉は出ない。浅い呼吸を繰り返した後に、口はその蓋を閉ざした。
「……いえ」
冷淡に湊は返す。止まっていた片足を引き摺り、正面に向き直った。黙然とした様子で歩き始める。背中に高森燈哉の視線を受けながら、部室へと続く廊下の床板を踏んでいった。
「お、おい」
燈哉の足音が湊を追った。
だが、新しい言葉は飛び交わなかった。二、三歩の隙間を開けたまま、二人が部室へと着々と進む。短い時間だったが、その分だけは日は傾いた。窓の奥でビル群に飲み込まれようとしている。水平になった陽光は湊達を横から照らし、大小の差が激しい人影をくっきりと映し出した。
道のりの先にある部室からは、明りがこぼれていた。
「……誰かいるな」
湊の背後で燈哉が呟く。首を伸ばして、中を除こうとしていた。
「…………」
引き戸に手をかけ、湊が扉を横へと開く。
「あ、湊君」
出迎えたのは椅子に座った三原茜だった。教室に備え付けられた机に腕をのせ、くつろいでいる。その近くで小さな湯呑が湯気を立たせていた。更に菓子が入った袋が彼女の方へ口を開けている。
茜はチョコ色の菓子を摘みだし、口に入れた。頬を軽く膨らませ、湊へと視線を送る。
「湊君も食べる? …………って、高森先輩も来てたんだ」
喉を鳴らし、彼女が慌てて姿勢を正そうとする。だが、高森燈哉の掲げた片手によって制された。
「おう。失礼するぜ。それ、俺ももらっていいか?」
「いいですよ。お茶も飲みますか?」
「あんの?」
燈哉の疑問を受け、茜が教室の隅へと顔を向けた。
「結那ちゃーん。お茶、二つもらえるー?」
すると、細い声音が返ってきた。
「はい」
湊と燈哉が返事をした少女の存在に気付く。二人が壁際の方を確認すると、手慣れた様子で用意をしている芳野結那が浮かび上がった。
複数の机が角の辺りに並んでいた。Lの字を模る様に隣接しており、その上に電気ポットと湯呑、インスタントのティーパックが置かれている。それらに結那が手を伸ばし、順当に組み合わせていく。お湯を湯呑に注ぐ姿は何処か様になっていた。
お盆を持った結那が、湊達へと歩み寄る。
「…………どうぞ」
香ばしい匂いを漂わせるお茶が、二つ。黒いお盆の上で白い湯気を曇らせていた。
「お、ありがとな」
燈哉が早々と片側の湯呑を受け取る。部長に着席を勧められ、お茶を口にしながら茜の対面へと腰を落ち着けた。ついでに菓子にも手を伸ばしていた。
「先輩も、どうぞ」
湊の目前にお盆が突き付けられる。鼻先まで高く掲げられた湯呑に、「ありがと」と小声で応じた。熱い器を掌で掴むと、結那に微笑が浮かんだ。そして、頭を軽く下げられる。
「…………?」
首を傾げ、湊が後輩の表情を訝しむ。だが、結那はすぐに元の場所へと戻っていった。確認する間もなく、扉の傍に手一人きりで取り残される。
無言を維持したまま、湊は席へと着いた。燈哉の隣が空いているが、ティーパックを片付けている結那の方が近い。茜の隣だけが残っていた。必然的にそこへと座った。明るい声色が耳元を嬉々として横切った。燈哉と茜の会話が弾んでいるのだ。
「いいなー。菓子とか好きに食べていいのか」
「まあ、ここは運動部じゃないですしね。文化部とかは女の子同士で好きにお菓子を持ち寄っているそうですよ」
「俺が入ってた弓道部だとさ、ほら、道場じゃん? 菓子どころか飲食禁止なんだよ。喉が乾いたら一々外に出なくと駄目でさー」
「ああ……。夏とか大変そうですね」
ずずっ。
お茶を啜る音が遮った。鳴らした本人である湊は罰が悪そうに顔をしかめた。
「あ、湊君。そこに座ったの? これ、食べる? 美味しいよ」
茜が湊へと菓子の袋を覗かせる。甘い匂いがその場に漂った。
「…………ん」
片手を立て、結構の意を湊は示す。続いて和気藹々としていた二人に、多少の険しい顔つきを返した。
「それよりも」
燈哉の緩やかな笑顔を見つめる湊。
その注目に晒された依頼者は、瞬く間に顔色を暗くしていく。一呼吸置くと、静かにその口が開かれた。低い声色で、吐き出すも同然に胸中を打ち明ける。
「…………そう、だな。……昨日の事があったから、言い出し辛かったんだが」
燈哉が正面に居る茜を見やった。昨日、彼女が受けてしまった拒絶は彼の妹によるものだった。それを兄として罪悪感を抱いているのである。
「あ、私は別に大丈夫ですよ」
茜が笑顔を深める。だが、若干の傷心が影を落としていた。
「妹さんがああ言うのも仕方がないですって。……無関係な私達が首を突っ込んでも、いい気分はしないでしょうし。私の配慮が足りなかったんです。やっぱ……難しいなぁ。先生の言った通りだ」
反省を口にしながらも、その口角は下がっていない。虚心を語っているのではなく、誰の目にも明らかな見栄を張っていたのだ。
「でも、負けませんよ。……さあ、先輩。妹さんのお話を聞かせて下さい」
テーブルの上へと茜が身を乗り出した。燈哉へと顔を近づけて、事態を進展させようとしていた。そんな部長の努力に、依頼者は唖然とした表情を向ける。
苦笑を漏らし、彼が短い断りを入れた。
「無理はしなくていいからな」
そして、部室へと持ってきた要件を一息に突き付けた。
「今日の夜……夢の方で妹に会って欲しい。俺が説得して、何とか約束にこぎつけた。それで、ちあの……トレスの両足を奪った野郎を見つけてくれ」
量がなく申し訳ありませんでした。話もちょっとそれ気味です。本来は書く予定はなかったのですが、関係性を考慮して書いてみました。更新は一週間後の日曜日零時~一時になると思います。




