《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》③’&《現実世界》 ”夢見”
今回はちょっと少ないです。
「えっ? ウソ!?」
俺にとっても意外な告白だった。ユリアの驚愕に準じて、シャロに視線を寄せる。
「何となく……ですが」
シャロは自信が無さそうに身を竦めた。
マーディが気付いていたのかと自分の記憶を掘り返してみるが、断定出来る要素は見当たらなかった。仮にシャロの正体を察していたとしても、あの男ならば言いふらしたりはしないだろう。それぐらいの信用はあの男に寄せている。「大丈夫だ」と俺はシャロに言い含めた。
「――あっ! そうだ!」
二度目の衝撃によって声が反響する。部長は雷に打たれたかの如く、宙を眺めて唖然とした。正直、またかという気持ちが強かった。
俺はユリアの横顔に焦点を当てる。綺麗な青眼と交差した。ユリアが俺に呆けた表情を回してきたのだ。
「澤野先生について……言うの、忘れてた…………」
「…………」
そんな事か。
素で、俺はそう思った。ユリアに指摘されるまで失念していたのは事実だが、明るみに出ても興味は出なかった。寧ろ落胆している。そういった男女の話は、俺より彼女に任せた方が早い。
「それもまた今度でいいだろ……」
悪夢退治の依頼、現実と夢の合致、マーディの心境、と続いてきた緊迫の余韻が削がれてしまった。俺は適当に返事を口にしては近くの椅子に腰かける。すると、全身に鈍い倦怠感が溢れ返った。疲れていたのか、俺は。
……いや、違うな。
これは待ち受けている戦いへの予兆だった。部活が始まってから初の依頼。しかも他人の思惑が密接に関わっているのだ。今までは騎士としての任務と割り切っていたのだが、自覚して背負うとなると別物に感じる。重い。そして、それでも挑めと訴える自分が居た。
「ねえ、ちょっといい?」
「?」
ユリアがいつの間にか俺の正面に立っていた。
「大丈夫……だよね? 君は背負いすぎる所があるから。……勝手に受けたのは少し悪いと思ってるよ! でも、こうでもしないと…………ケジメとか何とか言って断っちゃうでしょ? 本当はやりたいと思ってるのに」
「っ…………!」
確かにユリアの言う通りだった。俺は心の片隅で遠慮しようと考えていた。騎士団所属の身ではないけれども、協力の申し出にどうしても後ろめたさを覚えてしまうのだ。
今になって考えると、ユリアが快諾したのは正しい。勝手に辞めた事を申し訳ないと言うのなら、今回の依頼で償ってやればいい。
「ああ。そうだな」
彼女の心遣いには感謝したかった。
戦う理由は充分にある。何処に居ようが、断罪裂剣のクリムという中二臭い名称は着いて回りそうだ。だが、別に構わない。
俺は大剣を握る掌を見下ろし、静かに、力強く握りしめた。
《現実世界/出御高校》
室月日々貴は感覚のない利き腕を他人に預けていた。
「……うん、異常はないようね」
養護教諭の澤野碧が頷いた。手元のタブレット型コンピュータに目を落としながら、義手の動作を確認している。身体の表面に設置する非侵襲型の義肢とはいえ、個人との相性は様々だ。サイズが合っていない、素材が合っていないといった問題点を確認していた。
「ふう……。肩が凝るわね。サイバネティクスって言うんだっけ? まあ、こん
な物が安く出回るなんて、高校生の頃は考えもしなかったわ。……どう、日々貴君? 自分で使っていて、何処か具合が悪かったりしない?」
「…………いえ」
「ええと、装着面がむず痒い……とか、動いている内にずれちゃう……とか」
「…………いえ」
先程から同じ様な会話が繰り返されていた。
「日常生活に支障は出てない? 動きが遅いとかもきちんと言ってね。……そういうのが技術の発展に大事なの。最近は製品のモニタリングが流行ってるし、不満な部分は言えば改善されるんだから」
「…………いえ。どうせ、この腕ではバイオリンは弾けませんから」
「う……っ」
日々貴の虚ろ気な返事に、碧は頬を引き攣らせる。彼女は臨床心理学の分野に身を置いており、工学関連は不得手だった。それ故に、会話でしかサポート出来ない。だが、今の発言は明らかに地雷だった。
医療現場で採用されている義手はある程度の動きを再現可能だが、楽器の演奏といった細かい仕草までは取り繕えなかった。自然の筋肉とは全く異なる素材。そこに生じる差異が日々貴の望む高度な弾奏を不可能にしていた。
「ごめんなさい。今のは、流石に不謹慎だったわ」
碧が顔を曇らす。
そんな彼女の言葉も日々貴の奥底には届いていなかった。養護教諭から謝られた事を理解しておらず、小さく首を傾げている。時間を置いてから取った言動は、「いえ」という薄い声の吐露だけだった。
「…………話を変えましょう。学校の方はどう? 順調?」
「…………まあ」
「あんまり授業に出ていないからって、遠慮する事はないのよ。人間関係で悩んだらいつでも相談に来なさい。私、そういうのは得意なの」
とん、と養護教諭は自分の胸を軽く小突く。
「…………いえ」
返された態度は又もや淡白だった。しかし、今度は言葉が続こうとする。息を吸った日々貴の様子に、碧は両目を光らせて着眼した。
「私は、こんな所で友達なんか作る気はありません……」
「ああ…………。はい……」
日々貴は友達という存在を見下している。断言した彼は興味も示していなかった。
碧が額を軽く押さえる。「またか」と口から微かに漏らしていた。
バイオリンの練習に時間を費やした分、日々貴は日常の経験が不足している。プロの演奏家を目指す上では仕方がなかったが、夢が絶たれてからは考えを改めねばならない。
養護教諭が前かがみになる。椅子が小さく軋む。
対面している生徒の顔を覗き込みながら、碧は新しい方面で切り出そうとした。
「ねえ、本当に大丈夫? きちんと寝ていられる? 悪い夢とか見ては………………ないか。揺り籠で寝てるもんね」
体調の管理を尋ねようとしたが、碧は素早く撤回した。E・Dを用いる為の大型専用ハード、揺り籠。そこでは快眠を引き出す様々な工夫が施されているのだ。アロマや音楽などが使用者を最適な状態で眠りに着かせる。訊かなくても答えは既に決まっている。
だが、言わなくても分かる様な質問の後に、日々貴はこれまでに見せなかった満面の笑みを浮かべた。
「はい」
明るい声色が保健室に響く。少女の如き顔立ちは頬を緩め、鮮やかな笑みを咲き誇らせていた。
「………………え?」
碧が生徒の急な変貌に目を剥く。無意識に上半身を引いていた。彼の表情に絡めとられてしまい、それ以上の身動きは出来ない。吊り上がった口元を動かす日々貴から、鋭利な言葉が紡がれる。
底冷えのする呟きを、彼女は正面から受けた。
「私は、良い夢を見られていますよ」
――日々貴は告げた。
心から楽しい、と言わんばかりの鋭い笑みを掲げて。
来週は更新できない可能性が高いです。申し訳ありません。




