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《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》③ ”消滅”

最新話を投稿します。

 黒い闇を纏って不可思議な能力を振るうアバター。悪夢と呼ばれるその名を、また耳にするなんて俺は思いもしなかった。


「前に戦ったのは痛覚を与える…………だっけか。今回の奴は良く分からん魔法を使うぞ。しかも、ただの魔法じゃねえ。その魔法が当たった部分が、丸ごと飲み込まれちまう。こんな風に、な」


 闇色の切り口を前へと突き出すマーディ。その形状は球状の何かで切り取られた様に、内側に丸みを帯びていた。魔弾ブラスト、といった発射系の魔法だろうか。

 悪夢が持っているのは、命中箇所を消滅させる能力。加えて、完治は不可能。理不尽極まりない相手だ。


「損傷率はどうなってる。その攻撃で減っているのか?」

「いや。ゼロパーセントのままだ。ダメージには入っていないらしい。……ったく、迷惑な話だぜ。数字に変化が無いとはいえ、利き腕がもっていかれたのは辛い」


 マーディが欠損した片腕をぶんぶんと回す。こいつの武器は拳銃なので、残った手を使えば戦闘に問題はない。しかし、幾分の弱体化は必須だろう。

 ――厄介だ。

 二度目となる悪夢については、その一言に尽きる。マーディの様子を見る限り、武装ごと悪夢の攻撃で消えたのだろう。損傷率を素通りするとなると、どんな武器や防具の硬度も無意味と化す。俺の大剣も然りだ。


「悪夢の攻撃は防御不可。当たって消滅した部分は……ずっとそのまま、か」


 対策は限られてくる。遠距離からの魔法による狙撃や、スピードに物を言わせて攻撃と回避を繰り返すヒットアンドアウェイ。実際の戦闘記録を踏まえての詳細があれば、より緻密に計画は立てられた。

 ただ、懸念がどうしても生まれてしまう。


「……マーディ。俺に悪夢の退治を依頼するというのは、騎士団の総意か?」

「一応は団長に許可を取ってある。まあ、言い出したのは俺だけどな。何しろ、当たっちゃいけない上に、消滅する魔法を発射させてもいけないんだ。…………なら、お前が適任だと思ってな」

「やはり、そうなるか」


 言葉に出来ない不安が胸中に溜まる。俺は両腕を汲み、まだ見ぬ敵の姿を脳裏に思い描こうとした。


「ちょ、ちょっと待って。……当たっちゃいけないのは分かるけど、どうして発射させてもいけないの?」


 腑に落ちない、と言いたげにユリアが割って入った。


「あの、先輩。恐らくなんですが、悪夢の攻撃はアバターだけじゃなくて……建物とかも消しちゃうんだと思います」


 説明を施したのはシャロだった。おずおずとユリアの隣に並び、騎士団が心配している事情を言い並べる。


「数値が関係ないなら、あらゆるオブジェクトも消せるでしょう。問題はそれからです。その痕跡がいつまでも続いてしまいます。触れた物を消す魔法。そんなのが無作為に発射されたら、周辺に大きな被害が出てしまいます」

「ああ、そっか……。何処かの街なんかで暴れたら、色んな所が穴だらけになっちゃうのか」

 うんうん、とユリアが金髪を揺らして何度も頷く。シャロの分かりやすい言い筋を飲み込めたのだろう。広いとも狭いともいえない部屋の壁に目を配り、唇を真一文字に引き締めた。


「…………って、やばいじゃない!」


 弾け飛ぶ様にユリアが叫ぶ。

 そう、かなり危険なのだ。治安維持を務める騎士団は周囲の安全にも気を配らなければならない。己の回避だけを考えていては、とてもじゃないが幾らかの損害を残してしまうだろう。


「そこでクリムの出番って訳だ。嬢ちゃんなら見た事があるだろ? こいつの速度や破壊力を。一瞬で懐に飛び込み、一撃で倒す……っつう戦法だ」

「まだやるとは言ってないぞ」


 肩に手を乗せてきた美青年に眼光を飛ばす。俺の意向を無視するな。口では簡単に述べているが、実際に上手くいくかは分からないのだ。失敗する可能性も充分に有り得る。無責任な安請け合いは見せたくなかった。


「それに、倒した所で解決するとは限らない。悪夢を倒せばそれまでの消滅部分が戻って来るというのか? 根拠もない、楽観的な予想だろうが」


 俺の指摘にマーディは唇を曲げた。


「んな事を言ったって……確かめようがないぜ、クリム」


 E・Dの管理者は騎士団や現場の使用者に世界の運営を丸投げしている。使用者が多いここで金銭を回すには、管理者側でも可能な仕事をわざとやらせる必要があるのだ。また個人情報の利用には手厳しい時代なので、用意に悪夢の正体を暴けられない。似た様な意味で、管理者からの介入は基本的に禁忌とされていた。

 ……俺の方が悲観的なのだろうか。悪夢を倒しても修復されないなんて、救いようが無さすぎる。肯定的な思考でマーディの依頼に望むべきか。決断は難しい。


「元に戻りますよ」


 柔らかい語調に反して、きっぱりと断言が放たれる。


「え?」

 俺は発言者に顔を向けた。マーディも釣られて俺の目線を追っている。


「どういう意味だ。…………えっと、後輩ちゃん?」

 不自然な呼び名がシャロに差された。その本人は美青年の興味に晒されて、一層に顔を染めていた。


「……あっ。……えと、あの……」


 猫耳を垂直に立ててシャロが焦る。一対一の会話でも緊張を帯びるのだ。かつての敵にして容姿端麗な異性に見つめられれば、口篭もるのも無理はなかった。


「悪夢って言うのは、人のストレスとかが反映されているんです。…………と、私は思いました」


 元悪夢だった少女は、実体験だと悟られない様にと不自然に内容を塗り替えた。付け加えた定型文は違和感を放っている。少し危うい偽装だ。


「この世界は沢山の人の夢が集まっているじゃないですか。そうなると、自分の夢が他人の夢――他人の言動に影響されてくるんです。そして、その影響は嫌な気持ちとかを形にした悪夢の時でも及びました」

「…………」

 俺は無言の圧力を後輩に送った。鋭い視線を受け、猫妖精のアバターはすぐに言葉を補足する。


「そういう風に、私は考えています……!」


 ぎりぎりの訂正だった。シャロ自身も語順が突飛だと反省しているのか。間髪入れずに続きを言い始めた。


「だから、悪夢になっている時に倒される様なことがあれば、現実での精神状態も変わってしまいます。嫌な気持ちが、減ってくれるんです。悪夢の根本はそういった嫌な気持ちですから、必然的に悪夢も現れなくなります。……そして、悪夢の能力自体も効力が消えていくんです」


 緊張と焦燥に苛まれていたシャロの表情が些か和む。胸の前で両手を重ね、ごく僅かな微笑を浮かべていた。


「……つまり何だ? 悪夢を倒せば全て解決するって事か?」

 マーディが不可思議と言いたげに首を捻る。その質問の答えはシャロの穏やかな首肯だった。

「中身が現実的というか…………目の前で見てきた様に話すな? 後輩ちゃん?」


 小さなアバターが全身を震わせる。


「いいいい、いえ! そんなことはありませんよ……っ?」


 安穏としていた微笑みは瞬く間に崩れ去っていた。マーディの的確な指摘にシャロが焦りを見せる。図星。そう表現するのが的確な反応だった。

 あたふたする姿が見ていられない。俺が注意を逸らしてやろう。


「マー」

「凄いね、シャロちゃん。そんな事にまで詳しいんだ。都市伝説とかで悪夢の噂までは知っていたけど、私はそこまで知らなかったよっ」

「ディ………………」


 口を開けたまま俺は固まる。完全に出遅れた。

 話の流れを変えたのは又もやユリアだった。知識の出所をあやふやにしながら、シャロを褒め称えている。


「じゃあ悪夢は普通に倒しちゃえばいいんだね? ……ね?」


 ユリアに言い寄られ、俺は「……まあ、な」と相槌を打った。救いの手を差し伸べようとしたのだが、結局は無意味となった。慣れない事はすべきではない。


「どのみち一度はその悪夢と交戦しなきゃならない。倒して消滅した物が治せるっていうなら、万事解決だ」


 高森燈哉からの依頼も関わって来る。二人の話を合わせれば、消滅能力を持った悪夢を倒す、という目的に辿り着いた。戦いは避けられないらしい。騎士団に入ってから多くの犯罪ユーザーと剣を交え、強制的に退場させてきたのだ。騎士でなくなったとはいえ、俺が今更に足踏みする理由は少ない。

 だが、騎士団の依頼となると話は別だ。騎士長クラスのマーディが直に足を運んできてしまった。俺が悪夢退治に関わった事実は公となるだろう。


「…………ん……っ」


 ――快諾していいのか?

 そんな疑問が胸の中で芽生えてくる。俺は両の拳を握りしめ、俯きながらその決断にあぐねた。


「あ、もちろん報酬は弾むぜ。金額は期待してくれ」

「やります! やらせて下さい!」


 マーディの言葉に飛びついた彼女によって、俺の躊躇は一瞬で無に帰した。


「え……!?」


 部長であるユリアが片手を伸ばし、依頼の承諾を主張する。メイド服のスカートを揺らしてぴょんぴょんと飛んでいた。傍で深い悩みに囚われていた俺は唖然とさせられる。さっきから彼女に先手を打たれてばかりいる。何だか複雑な気分だ。

 この部の最高責任者に決められては、俺の意志は介入する隙すらない。自動的に俺は騎士としての任務に再び就く事となった。


「そっか、引き受けてくれるか! ありがとな、嬢ちゃん! ……頼りにしてるぜ、クリム!」


 顔を綻ばせるマーディ。輝く様な空気を撒き散らして、周囲を明るくする。


「やっぱり…………こうなるか」


 成り行きで本職の依頼までも受けてしまった。内容が同じなのは唯一の幸運だろうか。けれども、相手は油断大敵な能力を持っている。騎士団からの情報を武器にするぐらいの気概でないと、足を掬われる恐れがあった。

 元相棒に反して、俺の周辺は密かに重みを孕んでいく。未だに装丁が彩られていない部屋の中心で、俺だけが日陰に入った気分だった。

創設したばかりで、拠点の改造に回せる金銭はない。ユリアもそれを自覚しているのだろう。第二の社会とも呼ばれるE・Dでは現実と同様に必須な物だ。金目当てにやる気を出すのは当然だ。


「分かったよ。俺も出来る限りの協力はする。……ただし、新しい情報が分かったらすぐに教えてくれ」

「ああ、もちろんだ。悪夢の捜索に参加できるよう、現場に話はつけとく。クリミナルコードの解除も後で目途をつけとくぜ? 後、そこの後輩ちゃんとも連絡できるようにしとこう。それと――――」


 そこからの対話は、とんとん拍子に進んだ。

マーディから数個の権限等を言い渡され、一先ずの確認は済む。悪夢に関する情報で目新しい項目は特に無かった。高森燈哉から聞かされている内容と相違はない。

 緘口令が出されていた筈だが、意外と筒抜けである。現実における依頼の件まで明かすべきかと俺は迷った。だが、マーディに話した所で事態は変化しない。無用な個人情報の流出は避ける事とした。


「…………んじゃあ、今日の話はここまでだ。俺はそろそろ行くぜ」


 大方の説明を終えたマーディが出口に向かって歩き始めた。扉の前で半透明なウインドウを呼び出し、指先で操作している。

 ふと、マーディは何を思ってか急に顔を振り返らせた。


「クリム、嬢ちゃん達に迷惑かけんじゃねえぞ。異性にはもうちょっと愛想よくしておけ」


 余計なお世話だ。早く行け。

 そう念じながら俺は伏し目を作る。だが、マーディの口が閉ざされる気配はない。少し離れていたシャロにも続けて口上を述べる。


「今日初めて会った後輩ちゃんに言うのも何だが……クリムの事、よろしくな。口数が少ない上にぶっきらぼうだけど、根は良い奴なんだ」

 ぴこん、とシャロの猫耳が動く。


「…………。……はい。知ってます」


 短い沈黙の後に、彼女は歯痒い評価を認めてしまった。褒められて嬉しくなくはないのだが、やはり気恥ずかしい。相変わらずに頬が赤い後輩に感化されてか、俺の顔も微熱を持ってしまった。視界の端でにやけているユリアも異様に気になる。


「嬢ちゃんもクリムの事を見捨てないでくれよー」

「何様だ、お前は」

「怒るなって。本当に、今日はもう帰るさ」


 「じゃあな」とマーディの言葉が霞んでは消える。移動先へと転移されたのだろう。銀髪の騎士は跡形も無くなっていた。

 ――あいつとの関係は、まだ終わりそうにないな。

 マーディが退室した後々まで、俺はぼんやりと人間関係の深さに囚われた。悪夢が出ようが出まいが、あいつは俺に関わってくるんじゃないだろうか。再会から離別に至ったこの時間がそんな気持ちを抱かせた。


「……あ、高森先輩の事、言うの忘れちゃった」


 銀髪の美丈夫が飲み込まれた扉を見つめて、ユリアが突然に呟いた。


「悪夢は演奏会場と騎士団の前にしか現れてない。明日にもう一度来るんだ。必要があれば、その時に話せばいい」

「んー。……それも、そっか」


 ユリアが思いついた疑問を解消させ、顔色を明るくする。


「………………」

 その一方。シャロは無言を貫きながら、瞳を細めていた。怪訝、とは何処か違う。循環しそうな悩みに頭を奪われた様だった。


「どしたの、シャロちゃん? ……えい」

「ひゃ……! あ、あの、ユリア先輩。いちいち耳を触るの、止めてくれませんか?」

「えー、可愛いのに」


 二つの獣耳から手を離し、ユリアは改めて後輩の顔を覗き込んだ。シャロもその視線を受け止め、細々と応答する。

 彼女が話したのは、思いがけない推測だった。



「あの人……マーディさんなんですけど。……多分、私が前に戦った悪夢だって気付いています。そして、それを承知の上で私にああ言ってくれたんです」



来週が更新できるかは微妙です。すいません。

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