表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/94

《現実世界》⑥ ”邂逅、その二”

更新が遅れて申し訳ありません。

《MN編》第三章「初の依頼」


 二人分の足音が扉の前で止まった。彼等の正面ではピンク色のプレートが垂れさがっている。そこには「ちあのへや」と刻まれており、部屋の主を示していた。

 高森燈哉が「悪夢」の名と共に部室を訪れた直後。ドリー部の部員は高森燈哉の実家へと足を運んでいた。被害にあった本人の妹から話を聴く為だ。初の依頼という事もあり、茜、湊、結那の全員が参加している。だが、その妹と面会を許されたのは部長である三原茜だけだった。

 理由は「ちあは人見知りだ」という主張からである。大人数では萎縮してしまうので、コミュニケーション能力が高い茜が抜擢された。

「入るぞ、ちあ」

 掛け声と同時に横へと開く。静音を保ちながら開いた向こう側には、一台のベッドとそこで上半身を起こしている少女が居た。

「あ、おにーちゃん………………と、誰?」

 ちあと呼ばれる少女の双眼が、茜を射抜いた。相手は中学生だと分かっていながら、全身が緊張を帯びる。どうにかして冷静を取り繕い、笑顔を浮かべては高森燈哉の妹へと挨拶を渡した。

「初めまして。三原茜です」

 気質が明るい燈哉と似た顔立ちの少女だった。だが、その雰囲気は兄とは正反対の陰湿さを含んでいた。

 肉がこそげ落ちた頬。長い黒髪に隠れる細い双眸。骨が浮き上がった手足。

 闘病生活の苦労が、一目で表されていた。痩せ細った印象を通り過ぎ、尖りきった表情が茜を睨んでいる。

「………………」

 燈哉の妹は唇を閉ざしている。お互いの睨み合いが数秒間は続いた。

「ひょっとして…………おにーちゃんの彼女?」

 ようやく口を利いたのだが、それは思いがけない質問だった。茜の隣で燈哉が首を横に振る。激しく否定しては、彼から事情が説明された。

「ちげーって。この人はお前の為に来てくれたんだよ。E・Dで困っている人を助けてくれる部活があってさ。この人はそこの部長なんだ」

「ふーん。変なの」

 率直な感想に茜の青筋が微動した。微かに、ぴくりと。笑顔は崩れなかったが、その表装には幾らかの怒りを潜めている。

 そんな人情の機微に、燈哉が慌てて気づく。二人の関係を悪化させない様に落差だらけの会話を補った。

「……悪い、三原。ちあにも悪気はないんだ。ただ、ほら、人見知りっつうか」

 兄の弁明を余所に妹はそっぽを向いていた。不機嫌に頬を膨らませている。薄いレース生地から透けた夕焼けがその顔を照らした。頬における窪みが一層と鮮明になった。

 肉付きの悪い身体でも光は遮る。ベッドに浮かび上がった細い人影は、触れれば折れてしまいそうだった。

「……いえ。知らない人がいきなり部屋に入れば、誰だってこうなりますよ。ごめんね、ちあちゃん。でも、安心して。私は貴女を助けに来たんだよ」

 ベッドの傍で茜は屈み、ゆっくりと告げた。

「お兄さんから聞いたんだけどね。E・Dで出会った黒いアバターは、おそらく悪夢(ナイトメア)って呼ばれているものなの。貴女がその悪夢のせいで受けた傷も、私達なら治せるかもしれない」

「………………っ!」

 少女が息を詰める気配。

 その動揺を茜や燈哉も感じ取っていた。

「ちあ。あの日、コンサート会場であった事をもう一度話してくれないか? 実際に遭遇した、お前自身の言葉で」

 兄に言い聞かせられるが、妹はしばらく沈黙していた。顔を茜から背けたままカーテンの向こうに広がる夕日を眺めている。伸びて乱れきった黒髪の裏側で、少女がどんな顔を浮かべているか誰にも分からなかった。茜や、実の兄でさえも。

 ぴくり、と動く頬。

 寝間着姿の少女が急に口元へ力を入れた。燈哉が上半身を倒して食いついた。

「言ってくれるか、ちあ……!?」

 期待が込められた兄の瞳に、険しい顔つきが返る。振り向いた妹は厳めしい表情で茜達をめつけていた。

「………………かえって」

「え?」

 燈哉が訊き返す。繰り返された返答は、辛辣な響きを持って部屋中に響いた。


「帰って! 言う事なんて、何もない! 早くこの部屋から出てって!」


 甲高い悲鳴が茜の居場所を追い詰めた。悲痛に声を張り上げられ、驚いた茜は即座に腰を伸ばす。小さく後退しては、何かに怯えている少女を見下ろした。

「おい、ちあ! 落ち着けよ……!」

「あの時の事なんて話したくない……! ちあは何も言いたくないの! 帰れ! 今すぐ帰れ!」

「ち、ちあちゃん……?」

「ちあちゃんなんて呼ぶな、部外者! 何も知らない奴が口を挟むな! 分かった様な顔しての同情なんて、もうまっぴらだ!!」

「落ち着け、くそ……っ」

 盛大に喚き立てる妹を兄が抑えにかかる。少女は同じ言葉を幾度か吐き出してから、頭まで布団の中へと潜り込んだ。茜との接触を遮った後でさえ背を向ける。長い髪の束が乱雑に散らばっていった。

「…………ちあ……」

 完全に隠れてしまった妹に燈哉が唖然とする。実の家族の説得さえ届かない。その事実に彼は打ちひしがれようとした。

 だが、布団を掴む為に露わになった指先は震えていた。少女は恐怖で怯えている。思い返すのも嫌う程に、心が傷ついていたのだ。

「高森先輩。……私、今日はもう帰りますね」

 妹の手を握る燈哉に向かい、茜は一礼した。踵を返して部屋を出る。扉を潜り抜ける直前に「すまん」と言われた。苦笑とも微笑とも区別がつかない笑みを作り、兄妹の傍から抜けていく。撤退した先の廊下は窓が無いせいで暗かった。

「はぁ」

 溜息をこぼしつつ、茜がすぐ横の階段を下る。二階から一階まで降りる短い間。その胸中は重苦しかった。


「あ、湊君。結那ちゃん」

 一階の玄関口では二人が茜を待っていた。両方とも顔色が芳しくない。普段から暗い表情なのだが、今に限って痛ましいと呼べる顔だった。お互いの会話も少ない間柄なので、言葉の錯綜による仲違いも異なる。

「えへへ。失敗しちゃった。澤野先生が言った通り、難しいや」

「三原先輩…………」

「…………」

 無理にでも頬を緩める部長を前に、湊と結那は視線を伏せた。被害者との談話失敗を理解している様子だった。二階の叫び声がここまで響いていたのだ。

「今日の活動は、もう終わりにしよう。続きは明日だね」

茜は明るい語調を落胆させながら、玄関の方へと歩いていく。

「あ、あの……」

「ん? どうしたの、結那ちゃん」

 おずおずと呼びかけた後輩に反応した茜。だが、結那は彼女の顔を見るなり口を噤んでしまった。

「い、いえ……。何でもないです」

 寸前になって結那は発言を取り消した。茜が浮かべていた表情はいつもと変わらない様に思えたが、そこはかとない憂いが感じ取られた。心が弱っている。そんな部長にかけるべき言葉を見つけられなかったのだ。

「………………」

 それは、湊も同様である。左右の靴を履き終えた彼女を見つめていたが、家を出るまで無言を一貫していた。

 玄関が開かれ、三人が高森家から出ていく。がちゃり、と彼等の背後でオートロックがかかった。家に接している道路は白む赤色に寄っており、夕方の景色へとすっかり変貌している。本日は曇り気味だったので黒みが強かった。風も吹いており、生温い寒気を各地に運んでいる。

 茜が率先して歩き出した。夕日が落ちていく方向へと進む。湊と結那の二人も遅れて彼女を追っていった。


 ――それから二十分。


 E・Dでの予定を茜が告げるまで三人はずっと沈黙を維持していた。


次回は歳が明けてから更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ