表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/94

《ユリア/三原茜》② ”断罪裂剣”

お待たせしました。E・D最新話です。ようやくアクション要素が入ってきました。

これは後にクリムから聴いた話だ。

 騎士団は常に二人以上の行動を基本としているらしい。クリムも本来は相棒の騎士とE・D内部を見回っているはずだった。

 しかし、私に呼び出されたことで一時的に見回りを中断していたというのだ。確かに、そんな事を言っていた気もする。

 それでも、騎士として追加されたシステムは幾つか機能していた。

 一つは近辺でのSOSコールを察知するセンサーだ。ある場所でSOSコールが発生されると、最も近い騎士のセンサーが大音量で反応するらしい。当時、瞬間移送する直前のクリムもその音を聴いていたという。

 そして、問題なのが次のシステムだ。SOSコールを探知した騎士にはすぐさま瞬間移送のシステムが発動する。これによって助けを求める人の元へ駆け付けるのだ。

 ここである謎が生まれる。SOSコールを聞き取れるのは発信源に最寄りの騎士一人だけ。つまり、移送システムが作用するのもその一人だけになってしまうのだ。

 これでは集団行動の意味がないではないか。

 ――そんな疑問に応じるのが瞬間移送のある機能だった。

 移送が発生するアバターに接触していれば、他のアバターも同じ場所へと移動する事ができる。これを利用すれば同行している騎士も一緒に転送される。

 私ことユリアも、移送される前のクリムに掴みかかっていた。

 

 ……要するに、私もSOSコールの発信源へと飛ばされてしまったのだ。


「ふぎゃ!」


 我ながら間抜けな悲鳴と共に私は地面に突っ伏していた。瞬時に平衡感覚が崩れてしまった為、姿勢を保持できずに前のめりに倒れこんでしまったのだ。


「な、何なの……?」


 顔を上げると、つい先刻とは全く違う光景が視野に触れた。見晴らしのいい噴水付きの公園にいたはずなのだが、今は騒然と店が並んだ街中に景色が移り変わっていた。


「はあ……。やっぱり」


 右隣の上方で聴こえた嘆息同然の呟き。


「ちょ、ちょっと……。湊君。コレ、一体どういうことっ?」

「ここで湊って呼ぶな。俺の名前はクリムだ」


 眉間に皺を寄せながら、クリムこと鈴夜湊が私を見下ろしてくる。その表情は何処か険しかった。


「いいか、要点だけ説明するぞ」

 地面に膝をついたままの私に合わせて、彼は互いの視線が交わるようにしゃがみ込んだ。


「今、俺はSOSコールを受けてここに移送された。あんたはそれに巻き込まれただけだ。怪我をしたくなかったら引っ込んでいろ」

「…………」


 私は幾つかのことに合点がいったが、また同時にある種の不安に襲われてしまう。


「それじゃあ、また昨日みたいなプレイヤーがここにいる……の……?」


 昨日の襲撃で生まれた恐怖が全身を覆い、私の体が身震いした。忘れたいのに忘れられない光景が鮮明に蘇る。自分を殺そうとするアバター。その人影が手に持った鋭い刃を宙で振り回す。自分を貫く凶悪な瞳が未だに浮かんでいるのではないか、と考えるとつい周囲に気を配ってしまった。

 そんな自分を気遣ってだろうか。クリムの手甲を纏った両手が私の双肩を堅く掴み込んだ。反射的に上半身が震えてしまうが、彼の悠然とした目付きに私は否応なしに安堵感を覚える。


「――犯罪者は俺が絶対に切ってくる。逃しなんてしない。だから、戦いに巻き込まれないことだけ注意してくれ、…………えと」


 学校での様子からは考えられない頼もしい台詞を口にしていたが、何故か途中で気まずそうに口を噤んでしまう。私は無言でクリムにその先を続けるよう促した。

 けれども、次に飛び出たのは思いも寄らない告白であった。


「悪い。名前なんだっけ?」

「はあ⁉」


 今更な一言に私は声を荒げて叫んでしまった。

 ……確かに、これまで私のアバター名を彼に教えたことはなかった。冷静に考えれば当たり前のことなのだが、心強い言葉の後ではどうしても霞んで聴こえてしまう。


「……私のアバター名は、ユリア。覚えてよ、ユリアって」


 自分の右手で胸元を叩き、音も含めて彼の印象に深く刻ませる。

 その直後、クリムが直角に頭を下げた。


「すいません。現実での名前も憶えていません」

「ちょっとっ! 同じクラスでしょう⁉ それぐらいは覚えてよ‼」


 流石にかなりの動揺を貰い受けた。クラスメイトにさえこのような態度ならば、E・D内部でも知り合いが少ないのは納得できる。

 こ、これが私の一目ぼれした相手なの……!

 心の底で眼前の彼に当てた愚痴を漏らす。理解していたことだが、中身はやはり鈴夜湊という男子生徒なのだ。どれ程性格が豹変していても、所詮は夢の中である。


「……おい」


 そんな私の失言を察したのだろうか。クリムが黒目をより鋭くして私を睨み付けた。高い戦闘能力を持つ彼の琴線に触れたとなれば大変危険だ。ぎくり、と私は嫌な汗が仮想上の体に流れるのを感じる。


「そこを動くな。悪いけど、敵はもうそこまで来ている」


 突如、私の両肩に加わっていた力が消失した。

 眼前で膝を折っていたはずのクリムが私の後ろへと走り出す。

 次々と起こる事象に私の思考は全く追いつかなかった。彼の背中を追って後方を振り返るので精一杯だ。


「はやっ」


 クリムの疾走は私が見た中で間違いなく最高の速度だった。武具使用者は基本的にアバター本体のステータスが上がりやすい。それを踏まえた上で、彼の走行は通常のプレイヤーとは次元が違うと分かった。

 白い鎧を掲げる若い騎士が街の十字路に差し掛かる。クリムはそこに到着するや、疾駆の慣性を抑えつつ右腕を軽く持ち上げた。

 ――彼の声が響く。


召喚コール‼」


 空中を彷徨う右拳の周囲にポリゴン状の輝く粒子が出現した。光は際限なく増殖し、一瞬で右手から伸びた大剣の外形を模る。そして、粒子が力強く脈動したかと思うと、クリムの握った輝きは黒い両刃の剣へと変化していた。

 大剣はクリムの全長に届くぐらいの高さだ。見ただけでユリアの筋力値ではとても扱えない重量だと判断できる。あんな代物を楽々扱える彼の力量に私は改めて感心した。



「た、助けてっ‼」



 不意に、大剣を持ったクリムの正面に一人の女の子が走って現れた。巨大な武具を装備して立っている彼を目にして一瞬驚いている。だが、彼が身に着けた白い鎧には騎士団固有のマークがついているのだ。

 逡巡も束の間。彼女は即座にクリムの元へ駆け寄った。


「助けてください! 剣を持ったプレイヤーに追いかけられているんですっ‼」


 クリムは二つの黒い目で彼女を見つめ、表情を変えずに頷く。


「分かってる。二人組だな?」


 ――何で分かるの?

 私と同じ疑問を持った筈のアバターがクリムを不思議そうに見つめ返す。しかし、クリムが次にとった行動は応答ではなかった。急いで逃げてきたらしい彼女を自分の後ろへと押しのけたのだ。


「あんたは安全な場所に避難しろ!」


 私は彼がこれから何をしようかすぐに思い当たった。

 彼女を追ってくるであろう犯罪ギルティプレイヤーと対戦するつもりなのだ。彼の言葉を信じるなら、二対一という不利な状況になる。いくら彼が戦闘集団の一員だとしても、苦戦を強いられるのではないだろうか。

 ――そんな心配は杞憂に終わることとなる。

 私はこの時、彼が最強の騎士と呼ばれていることをまだ知らなかった。


「おいっ! その女をこっちに渡せ!」


 最初に一人のアバターが彼女の駆けてきた方角から出現した。犯罪プレイヤーにしてはやけに整った身なりだ。けれども、片手に握られた細い片手剣が必然的な犯罪の証拠となる。


「お前……騎士団の奴か⁉ 今はお前らに関わってる暇はないんだ! 邪魔だ、くそ野郎!」


 加えて、もう一人剣を持った男性アバターが増えた。助けを求める彼女の前に立ちはだかったクリムに悪態を突いている。最初に現れたアバターと服装が同じだ。

 彼の宣告は見事に的中し、これ以上同じ服装のアバターが出てくることはなかった。二人組というのは本当らしい。大変な状況だと頭では理解しているのだが、やはりクリムがどうして人数を特定できたのか気になった。


「み……クリム君……」


 危うく本名で呼びそうになったが、済んでのところでアバター名に変更する。

 私も素人とはいえ、魔法使用者だ。初級の戦闘用魔法ならいくらか扱える。やはりかの湊君では少々頼りない。助太刀するべきだろうか……。

 依然と彷徨っている思考の直後。


「ふっ」


 小さな掛け声に合わせ、クリムが猛烈な勢いで前進し始めた。重そうな大剣を持った状態での厳つい突進だ。数秒後に、彼によって蹴られた地点から一陣の風が波紋のように広がった。


「な!」


 彼に最も近かったプレイヤーが標的らしかった。絶句しているアバターへ瞬く間に接近したクリムは、その場で体ごと一回転する。円を描く勢いで大剣は風を裂き、必殺の勢いを維持したままプレイヤーへと差し迫った。

 反射的に犯罪プレイヤーが大剣の軌道上に細い片手直剣を置いていた。遠目から比較しても、クリムの武具の方が強固だろう。あんな剣では弾かれるのが目に見えている。

 右回りから円運動を始めたクリムが大剣を上部へと持ち上げた。そして、左斜め上から右斜め下へと一閃させる。

 ガシャンッ‼

 私の予想に反して、片手の直剣は吹き飛ばなかった。

 破壊音を響かせ、ガラスの如く四方八方へと飛散したのだ!


「嘘……だろ!」


 驚きのあまり、犯罪プレイヤーは顔の形まで歪めていた。

 完全に破壊された直剣は最早ポリゴン状の粒子に変換されており、散らばった欠片が小さいものから順に光となって消滅していった。

 かちん、と完全に振り抜かれた黒い大剣の切っ先が地面に触れる。

 その音に反応して、犯罪プレイヤーの体も真っ二つに割れた。


『え?』


 複数の人数が発した疑念が私の耳に触れた。もしかしたら、私も無意識に呟いていたのかもしれない。

 右肩から左腕の肘にかけてアバターの体が切断されていたのだ。

 片手剣の全消滅と同調して、犯罪プレイヤーの全身もポリゴン状の粒子へと変わる。今度は仮想の空へと破裂するように光が舞い上がっていった。アバターの破壊による強制-退場ログアウトだろう。

 ――え……ええええええええええええ!

 初めて会った時から強いって分かってたけど、そこまで強いのっ⁉ だって、今の一発で剣の損傷率ダメージ・パーセントを百以上にしたんだよね? その上、アバターごと斬っちゃった!

 遠方から観察していたのだが、私は確かに視認している。

 大剣はアバター本体には触れていない‼

 ……考えられるのは、突進力と遠心力、そして振り下ろしによる重力という三つの力を作用させた斬撃の余波だ。風圧のみでアバターまで破壊したのだろう。


「な、何なんだよ! お前!」


 残った犯罪プレイヤーが悲鳴の如く叫びながら、クリムから後退あとずさってゆく。

 クリムの戦闘力を目の当たりにした今、彼の戦意は既に失われているのだろう。私もクリムの強さには心底驚いた。


「見ての通り騎士団の一員だよ」


 犯罪プレイヤーの質疑に彼は律儀に応答していた。この一面だけは、昨夜の学校で露わにしていた鈴夜湊の性格に共通している。


「騎士団っつっても……そんな、アバターを武具ごとぶった切るなんて……っ‼」


 途中で彼の両目が大きく見開かれた。どうやらクリムの黒い大剣を見つめているらしい。


「その黒い大剣……。断罪……裂剣? お前、まさか騎士団最強の断罪裂剣かっ⁉」


 私は犯罪プレイヤーが口にした言葉に、何度目になるか分からない大きな衝撃を受けた。

 ……騎士団、最強?

 それって、E・Dで一番強いプレイヤーってことじゃ……⁉


「まあ、ガラじゃないけど、そう呼ばれている」


 白い鎧がぶつかり合って金属質の音を鳴らす。クリムが一歩ずつ犯罪プレイヤーとの距離を詰めていったのだ。対するアバターは重大な圧迫感を味わっていることだろう。彼の勇姿を見ている私でさえ、多大な緊張感を色濃く受け取っているのだ。


「ひっ…………」


 私は彼に助太刀云々と考えたことを恥じた。恐るべき犯罪プレイヤーを畏怖させているクリムに勝てる者などきっといないのだ。あの大剣を駆使して、百対一でも楽々と勝ち得そうだった。

 安心した私はクリムから少し視線を外した。近くではあの二人組から逃げてきた女の子が呆然と立ち尽くしている。昨日の己が持っていた心境が蘇り、心細いだろうと思った私は彼女の傍へと走り寄った。


「大丈夫?」


 少女が私に気づき、小さく首を縦に振った。


「よかったね。彼が助けに来てくれて。…………あれ?」


 目前で怯えを抑えつつあるアバターに私は既視感を覚えた。少女のアバターは偶然にも私と同じくらいの年恰好だ。惜しくも、服装はメイド服とはかけ離れた毅然としている正装の印象が強かった。独自の意匠を凝らした上着に、フリルが整然と並んだスカート。可愛らしい感想を抱くが、またれっきとした衣服だと考えられた。


「ねえ……、私、貴女に会ったことがあるっけ?」


 出し抜けな問いに、少女が不思議そうに問い返した。


「な、ないと思います。……ど、どうしてですか……?」


 自分自身でもどうしてか分からなかった。私の正面に居るアバターはE・Dでも珍しい真っ赤な濃淡の髪をしている。このカラーはとても高価で、私も見かけたのは今日が初めてだ。髪も現実の私と同じくらいのセミロング。髪のカラーリングは髪の量に比例して値段が高くなる為、非常に高い買い物だったと想像できた。

 そんな事情も相まって、私がかつて彼女に遭遇しているならば、必然的に記憶に残っているはずなのだ。だからこそ会ったことがないと私は断言できる。それなのに、どうして見覚えだけがあるのだろうか……。


「う、うわあああああああ!」


 突如、街の十字路に絶叫が行き渡った。

 急いでクリムの方向を見上げる。連続して、金属が破砕する音も聴こえてきた。

 残った犯罪プレイヤーが意を決し、クリムに斬りかかったのだ。刀身を無くしたまま振り下ろされた片手剣が虚しい試みだったと明らみにしている。対して、クリムの大剣は空高く切り上げられていた。予備動作をなしに斬撃を放ったとはいえ、やはり武具を一撃損傷させている。


「これで」


 剣を振り抜きあった間に静寂が溜まっていた。それをクリムの底冷えするような語勢が塗り消してしまう。


「終わりか?」


 残っていた武具が音を立てて崩れ落ちた。先程と同じ現象が起き、至る所で光が瞬きながら消えてゆく。


「あ、あああ……」


 ついには犯罪プレイヤーが腰を下ろすように背中から座り込んだ。恐怖に引き攣った顔を晒し、クリムから身体を引きずって距離を離そうとする。


「なら、消えろ」


 戦意を喪失した犯罪プレイヤーに止めを刺そうと、クリムが大剣を空高く持ち上げた。

 ――何で? そこまでする必要があるの?


「ちょっと待ってよ! もう、戦えないんだから、いいんじゃないの……⁉」


 断頭台のギロチンを彷彿させる刃が、振り下ろされる寸前で制止した。アバターを断つべき大剣は路頭を彷徨い、そっと地面へと重心を佇ませる。


「……」


 クリムの双眸が私へと狙いを定めた。


「何を言ってるんだ、一体?」


 私は彼の光が見えない瞳を目の当たりにし、無意識に緊張の唾を飲み込んでいた。


「その人はもう戦えないよ。き、騎士なら後は留置所に連れていけば十分でしょっ」


 発言の節々で詰まりながら、私は彼へと訴えかけていた。何故こうもクリムの処刑を邪魔しているのか自分でも分からない。

 犯罪プレイヤーへの恐怖は拭い切れてはいなかった。けれども、クリムの行いも過剰ではないかと疑問を持ってしまったのだ。それに、クリムと今回戦った二人は私を襲ったプレイヤーと何処か空気が異なっている気がした。


「やりすぎだよ……」


 説明を上手く流せない以上、私がやるべきことは心情を精一杯伝えることだった。


「違うな。これでもまだ足りないんだよ。この犯罪者共には」

「っ‼」


 ユリアの耳は正常に機能しているのだろうか。そう疑う程、クリムの一言は冷酷さで満ち溢れていた。


「……いいか? こういう犯罪者はなあ、こうやって狩らなきゃ反省さえもできないんだぞ。それを、何もせずに終わらせる? ふざけるな!」


 彼の怒声に合わせて私の体は震え上がった。犯罪プレイヤーへと向けていた憎悪の標的が、自分に移り変わってきたようだった。


「おい、そこのあんた」


 クリムが私の近くに居た少女を睨み付けた。


「あんた、こいつらに追いかけられていたんだよな。プレイヤーキルでも仕掛けられていたのか?」

「は、はいっ。私……この人達にいきなり剣を持って追いかけられて……、必死で逃げてきたんです! 途中で、何とかSOSコールを発して……。怖かった。名前も知らなし、何の関係もない、初めて会ったプレイヤーに追いかけられて…………!」


 ――あれ、妙だ?

 私は彼女の主張に奇妙な点を感じた。私の聞き違いでなければ、追ってきた犯罪プレイヤーはどうも彼女に執拗していたらしい。それなら以前から何らかの関係を持っていなければおかしかった。

 突然、私の傍で少女が叫び声を大きく放つ。


「う、ううううううううううう‼ 早く、そんな人、斬ってしまってっ‼」


 濃淡の赤い髪を持つアバターから大粒の涙がどんどん零れていった。自分が体感した恐怖に耐え兼ねてのことなのだろう。芽生えかけていた私の疑問もその大声によって掻き消されてしまう。


「ほら、見ろ」


 クリムが私に向けて誇らしそうに笑みを見せた。執着の限りを埋め尽くした、狂気溢れる笑顔だった。現実での本体では決して浮かべない表情。

 必要以上に悪を狩る騎士に、私は恐怖の芽を植え付けられた。

 恋心とはかけ離れた、暗澹とした精神が私の体内を駆け巡ってゆく。


「犯罪プレイヤーはこうして他のプレイヤーを襲うことに快楽を感じているんだ。お前、そんな奴らを許せるか? ……俺は、絶対に許せない。だから俺達騎士団がいる。このプレイヤーキルはな、正義として、当然の行為なんだ」


 話は終わりだ、と言わんばかりにクリムがまたもや犯罪プレイヤーへと向きを変えた。

 私は視界の中心ではためく白いマントを眺め、心中で訴えかけた。

 ――あなたのそれは違うというの? 必要以上に犯罪プレイヤーを狩ることに、貴方も快楽を覚えてしまっているんじゃないの?

 そんな胸中も露知らず、黒い大剣は空高く掲げられる。

 一切の反論もできずにいた私の前で、クリムが別れの挨拶を切り出した。


「よい悪夢を」


 私は目を強く瞑った。心境を描いた暗闇が両目を完璧に覆う。一筋の光明も差さない世界の中、アバターが強制退場される音だけを待ち続けた。

 耳が最初に捕まえた音響に敏感な反応を示す。

 ヒュオッ!

 それは剣が風を斬る音だった。

 ヒュオオオオオッ!

 だからこそ、私は近距離にいるというのに長く聴こえる風音が変だとは思わなかった。


「ぎゃあああああああああああああああああ!」


 断末魔が街中を隅々まで支配した。

 痛みに縛られた身体から溢れる絶叫が聴覚を傷つけてゆく。目の前で繰り広げられた惨劇を想像する私の方も辛くなってしまった。


「痛い、痛い、痛い、痛いいいいいぃぃぃぃ!」


 ――ああ、まだ退場させられていない。一思いに葬る優しささえ、彼には残っていないのだろうか。感覚が抑えられる夢の中だということがせめてもの幸せ………………。


「……いたい?」


 このE・Dは現実の裏側で動く社会だ。同時に夢の世界でもある。睡眠の利点である疲労回復は第一に重視されているはずだ。ストレスになりそうな感覚には全て制限がかかっている。

 ――痛覚なんて、あるはずがない!

 故に私は閉ざされた瞼を即座に開いた。騎士団であろうとシステムの枷を超えて罰を与えられはしないのだ。彼がどんなに大剣で刻み込もうが、犯罪プレイヤーは悲鳴一つ轟かせることはないはずだ。


「な、何……あれ」


 私は初見では“それ”が何か理解できなかった。

 クリムと犯罪プレイヤーの向こう側、黒い人影が立体的に立っていたのだ。全身を得体のしれない黒い渦で隠している。どの体系のアバターかも識別は出来なかった。


「……何だ、お前は?」


 クリムは後方へと位置をずらしており、出現した謎の影に対して黒い大剣を構えている。


「痛い、痛い、痛い! 抜いてくれええええ!」


 黒の大剣は未だ犯罪プレイヤーに触れてさえいなかったのだ。代わりにあのアバターは別の剣で貫かれていた。

 大剣とは種類を別とした長剣が正装の中心に刺さっていた。色はクリムの武具と同じ黒色だ。しかし、表面上に光沢は生まれていない。まるで影がそのまま剣の形を作ったようだった。

 何より目に付いたのが武具の持ち方だ。長剣の柄となる部分が材質を同じとしたムチ状のしなる線で人影の背中まで繋がっていた。それが左右に二本は有る。

 黒い剣を羽とした、まるで悪魔の双翼のようだった。


「……武具? いや、魔法か? でも」


 クリムが処刑者から騎士としての体裁を整えた。惜しくも困惑の感情が“それ”を睨む双眸から推察できる。とにかく彼もこの立体的な人影がモンスターではなくプレイヤーと判断しているのだ。


「ああア……アァ、ぁァアアアアア」


 影を表面に身に着けたアバターが吠えた。その声は獣が放つ咆哮に聴こえたが、人間特有の強い感情がひしひしと伝わってきた。

 怨嗟と憎悪。全てをまとめて称するとすれば、絶望。


「アアアアァ!」


 一層強めた発声に区切りが入る。

 ヒュオッ。

 悪魔の片翼が動いた。片方は犯罪プレイヤーを貫いていたが、残りの直剣が地面すれすれへと高度を下げたのだ。

 剣と影の背中を結ぶムチがうなる。黒い直剣が地面を抉る勢いで直進していった。


「ちっ!」


 大剣を正面へ垂直に構え、クリムが人影の攻撃を迎え撃った。

 立体的な影とクリムは直線で繋がった軌道にある。頑丈な地面を切り裂く剣戟が自分に迫るだろうと彼は見抜いたのだ。

 クリムの突進に近い速度の刃が地表の砂を舞い上げた。土煙が私の視界を乗っ取り、クリムと人影の姿をさらっていった。

 刃がぶつかり合う金属音が周囲へ盛大に散らばった。

 土煙のせいで私は視覚による情報が全く得られない。ただ、茶色い砂塵の遥か上空へと昇っていく光の粒子だけはくっきりと目に焼き付いた。

 ――あれは、アバター欠損による強制退場の光⁉


「クリム君っ!」


 私は最悪な予想を携えて彼の名を叫んだ。

 最強のプレイヤーを容易く打ち破る正体不明の影。煙の奥に潜む黒い存在を思い描き、私は自分の頬をつねりたくなった。

 こんな悪夢、早く終わって……!


 煙が風で煽られるまで、クリムの返事が私へ伝わることはなかった。


続けてユリアかクリム視点の描写となります。稚拙な文章が多々ありますので、随時改善してゆこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ