《現実世界》③ ”関係”
短いですが、新キャラとの関係が明らかになります。
《現実世界》
「ん~っ」
出御高校の養護教諭、澤野碧は椅子の背もたれに身体を添わせた。背筋を伸ばし、全身の緊張をほぐす。長時間の拘束によって相当な負担をかけられていた。コンタクトの極薄電子組織が網膜の状態にピントを調節する。目前のデスクに置かれたパソコンとアルミに似た素材のコップも碧は見飽きている。溜まった疲労を簡単な柔軟体操で和らげている最中、ふと目線を映した。
「うわ……。真っ暗」
碧が駐在している保健室の窓は夜闇を映している。壁に掛けられたデジタル時計も既に八時を指していた。
「働き過ぎでしょ、私」
そう呟いてから、碧はパソコンとコップを席から離れた。
記憶合金で出来たコップを掌で折りたたみ、蛇腹の折り目に従った円盤に変える。自動センサ付きの水道で洗い、水気を切ってから棚に仕舞う。残った私物のパソコンはバッグに入れた。
「よし、帰るとしますか」
白衣をロッカー内のハンガーにかけ、扉を閉める。かち、と鍵が自動的にかかった。碧の手首に付いた新緑色のブレスレットが点滅していた。オートロックがかかったという合図だ。自分の名前と同じ色合いにした電子機器の総合端末。碧はそれを続けて起動させた。
「……今日は、彼の様子を見て…………。あ、そうだった。明日はあの子達と会うのか」
曲面のディスプレイに表示された最新の予定を確認する。湊を含めた新設の部活動と対面しなければならない。そう悟った碧は顔色を曇らせた。
「結那さんには悪いけど……面倒だわ」
肩にバッグの紐をかける。戸締りもブレスレットで確かめ、碧が帰宅する為の準備は全て整った。
「彼の事もあるのに……。こんな様子じゃ、結婚なんて当分は無理ね」
ははは、と乾いた笑いをこぼす碧。
彼女は二十台後半であり、今の時勢ならば独身であってもおかしくはなかった。だが、両親はそうした感性と若干ずれており、碧の将来を大層心配している。事あるごとにお見合いを勧めてくるのだ。その度に送信されるお見合い写真の確認が碧の精神を削っていた。
「まずは彼の件を片付けなくちゃ、何も始まらないわ」
誰を相手にするまでもなく、背負っている仕事について口を開く。同時に小さな溜息も吐かれた。
「彼も……鈴夜君と同じ様な性格だからなぁ……。友達を作るとか難しそう」
保健室の扉を潜り、廊下へと出る。天井の蛍光灯が自動的に明るくなり、碧の行き先を照らしていく。背後の室内は人の不在を感知して電気を消した。瞬く間に闇が広がった保健室を後ろに、碧は職員用の昇降口へと向かう。
「……どうすれば元気にさせられるかしら、室月君は?」
長らく学校に来ていないバイオリニストの名前が、夜闇で沈んだ校舎の空気へと溶けていった。微かな木霊が残留し、やがては消える。碧が通った道の明かりも、音もなく消滅していく
最後には、何もかもが闇に飲まれて、失われた。
一週間後に更新したいと思います!




