表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/94

《現実世界》② ”保健室”

現実世界。湊、茜、結那の登場です。

《現実世界/出御高等学校》


「あれ? 湊君?」

「………………」


 出御高校の敷地内にある体育館裏の倉庫。日陰に隠れたプレハブの前にて、鈴夜湊と三原茜は対面した。両方とも体操着だった。出御高校特有のマークが胸元に貼られた白いシャツと、紺色の短パン。何処にでもあるデザインだ。

 茜は後頭部でくくった茶色い髪を揺らし、湊に近付く。その手には二、三本のテニスラケットが握られていた。

「ああ、男子って今はマット運動をやってるのか」

 小さいマットを抱えた湊を眺め、茜が納得した様に頷く。

体育の授業は男子と女子で内容を分ける事になっていた。初夏のこの時期では、男子は屋内、女子は屋外と振り分けられている。茜及び女子は校庭にてテニスをやっており、その道具を片付けに来た所だった。

「湊君も倉庫にしまいに来たんだよね? 私もそうなんだー」

 言わなくても湊は理解していた。茜の説明が無駄に等しい、と思ってさえいる。だが、湊はわざわざ口に出す事無く、マットを地面に置いた。目の前にある倉庫を開く。

マットは体育の授業にしか使われておらず、訪れた倉庫も日常的に出入りする者もいない。体育の教師から借りた鍵が何とか刺さる程度である。換気の不足が祟り、中の空気も埃臭かった。

「ん……と」

 湊は小さなマットを倉庫の奥に寝かせた。軽量素材で出来ている為に運ぶには苦労していない。しかし、扉などの立てつけが悪い倉庫からは早く出たかった。窮屈に感じてしまうのだ。

「終わったー?」

 別の倉庫に入っていた筈の茜が入口から顔を覗かせた。出御高校では時代が進むにつれて幾つかの倉庫が新しく増設されている。湊が居る倉庫は一番古く、建て替えてもいなかった。対して茜は追加された倉庫から出てきたのだろう。湊の方を覗くや否や、「古!」と驚愕していた。

「ここって使ってたんだね。……てか、埃っぽい」

 顔の前にて汚い微粒子を茜は振り払う。入って来なければいいのに。そう考える湊は無意識に首筋を撫でていた。

「首、どうしたの?」

 目ざとい茜が気付いてしまう。湊は事情を話す面倒を躊躇った。

「もしかして、マット運動で痛めたの? 大丈夫?」

 黙っている間に悟られた。口を閉ざしたまま、湊が首を縦に振る。彼女の言葉は概ね正しかった。無視をするのは得策ではない、と学習してある。湊はお節介を焼きたがる茜の人格を少しだけ理解していた。

 陽光が倉庫に注がれる。空中に小さな光の粒が出現していった。

「…………どこ痛いの? 保健室、行く?」

「っ」

 入口に佇んでいた茜が湊のパーソナルスペースに侵入する。前屈みになり、茶色い髪を揺らした。泣き黒子を伴った双眸で湊の首を凝視する。形容し難いくすぐったさが湊の胸へと広がった。

 湊の野暮ったい顔が横を向く。

「一人で行くよ。心配しなくて、いいから」

 元々マットを片付け終えれば保健室に行く予定だった。湊はその意を籠めて茜に話す。言った後で言葉が足りなかったと悟る。これでは湊が茜を拒絶したかの様だった。他人が苦手な事もあるが、別に三原茜という少女を嫌っている訳ではない。

「み…………」

 三原さん、と湊は続けようとした。しかし、唇が動けなくなる。名前を覚えたとしても他人――特に異性の名前を口にするのは難しかった。

「ああ、そっか」

 湊の反応を汲み取ったのか、茜が顔を遠ざける。

「保健室に行くつもりだったんだね。片付けが終わったら。……それを私が邪魔しちゃったのか。ごめん、ごめん」

 茜が人懐っこい笑みで謝った。颯爽と踵を返し、湊から出口に続く空間を空けてくれる。

「…………ん」

 どう返せばよいのか、湊は分からなかった。考えれば簡単に分かる事を、茜に当然の如く言われただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。次の行動に移ろう。そう理性が四肢へと命令を下した。けれども、このままではいけない気もした。

 外に出ると日差しは強くなっていた。夏が近い証だ。

「熱いねー」

 剥き出しになった腕で茜は日差しを遮る。彼女の皮膚は健康的な肌色をしていた。湊の方が白い位である。インドア派の傾向が身体的に現れている。

「…………じゃあ」

 湊は太陽を見上げる茜の横を素通りした。保健室の方角へ淡々と歩く。休憩時間はあまり残っていなかった。授業には遅れたくない、と湊は歩調を早めていく。眩い光に目を細めている茜は一人置き去りにされていった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 茜が早足で湊の後ろに接近する。目立つ余地のない黒髪黒目の顔は美しい少女を振り返った。瞼を落とし、怪訝な表情を浮かべている。

「私も行くってば、保健室」

 細い双眸が茜の全身を見比べた。そして、自然と視線は外れていく。何を思ったのか、茜は敢えて訊ねなかった。


「……怪我とかじゃないよ。私も保健室に用事があるの」

「?」

「正しくは、保健室の先生に、だけどね」


 強い日光の下、茜が意味深な笑みを作った。視線を真っ直ぐに留め、薄らと口元を吊り上げている。断固たる意志に基づいた、強気の笑顔だった。

 ――進級してから湊が保健室に行くのは二度目である。通りかかるだけなら何度かあったが、正しい意味での利用はこの二回だけだ。一回目は謎の腹痛を訴えての事だった。実際は悪夢――痛覚を与える剣の影響であったのだが、詳細は伏せておいた。そして二回目は現在の首筋に走る鈍い痛みである。湊はこれの原因を口にするのを思い留まった。しかし、話さなければ処置できないと脅され、仕方なく喋る。


「逆立ちを失敗して痛めました」

「…………えっと、頭から崩れ落ちたって事?」

「はい」

「ちょっと訊くけど……きちんと支えてもらっていたのよね?」

「いいえ。クラスでペアを組んだら僕だけが余ったので、一人でやりました」

「そりゃ痛めるわ」


 保健室の養護教諭、澤野碧は的確な指摘を下した。調子を変える事無く説明する湊にも頭を悩まされる。二人組で余ったというなら、三人組を作ればいいではないか。きっと正面の生徒も分かっている。だが、実施出来ないその人格が厄介であった。

「ま、鈴夜君が苛められていないなら大丈夫か。…………で、後ろの貴女はどうしたの?」

 地味ながら有名人である鈴夜湊に付き添っていたのは、茶髪の明るそうな少女だった。

「怪我した様には見えないんだけど。ここでサボリは許さないわよ」

 澤野は彼女の名前も知っている。常連である一年生の女子から聴いていた、三原茜だ。彼等は同じ部活動に所属していた。それ故に二人の関係は驚くも納得出来る。常連の子が懐いているのだ。部長の三原茜は人格の良さが長けているのだろう。孤立気味な湊とあの子を面倒みられる器量には、大人でも一目置いていた。

「私は先生に用があるんです。先生って、部活の顧問とか今はやっていませんよね?」

「へ?」

 目をぱちくりと開閉させてから、碧は直感的に言わんとしている事を知った。

「まさか」

「そうです、澤野先生。私達の顧問になってもらえませんか?」

 茜の相談が保健室に沈黙をもたらす。直面した碧は表情を硬直させ、近くで座っていた湊は無言で首元を擦っていた。満ちている消毒液の匂いが嗅覚を刺してくる。一種の緊張が各々の五感を研ぎ澄ませていった。

 養護教諭である碧は頭を抑え、茜に訊ね返す。

「……確か、二週間前には貴女達の部活が始まったと記憶しているのだけど。まだ顧問がいないというなら、それは部活動じゃないわ。同好会よ」

「それは、その、手違いというか、忘れていたというか」

 面目ない、と言いたげに茜は唇をすぼめた。大抵は創設者である者が部長になるものだろう。つまり、三原茜が顧問を考慮しないまま部活だけを作ってしまったのだ。それでは上手く活動できない。澤野碧はそう懸念していた。

「顧問の欄を書かないまま勝手に立ち上げたのは職員室でも話題になっているわ。ここは部活動と同好会があるから、自動的に同好会と考えていたのだけどね。……しかし、顧問を忘れていたとあの子から聞いた時には、流石に呆れたわよ」

 やれやれ、と養護教諭が首を振る。その言葉は茜と湊の疑問を引き付けていた。不思議に感じた茜が、首を傾げながら尋ねていく。

「聞いた……って、知っていたんですか、先生? ……それにあの子って」

「もうそろそろ来る時間よ。ほら」

 碧が顎で保健室のドアを示す。

 見計らった様に、小さなノック音が響いた。控えめに二回。ほっそりとした小声が扉越しに続いていく。

「失礼……します」

 茜と湊が瞼を動かした。保健室に投げかけられた音声は聞き覚えのあるものだったからだ。何処か不安定で、陶器の如き脆さのある口調。二人はここへ入ろうとしている人物を同時に思い浮かべた。そして、ポスターが数枚貼り付けられた扉が横に開く。

「先生……。今日も、来ちゃいました」

 申し訳なさそうに、半身を隠しながら一人の女生徒が踏み入った。黒髪の小さなお下げを揺らしている。小柄な下級生だった。肌の色も白く、表情もあまり活気が満ちていない。警戒する様に伏せがちな双眸が周囲を見回す。湊と茜の二年生が居る事を知り、口が瞬間的に開いた。

「せ、先輩……っ?」

 訪問者は湊達の後輩である一年生――芳野結那だった。

二週間前の悪夢事件における実行犯。だが、現実では非常ないじめを受けていた少女である。いじめの主犯である捺祇沙耶子から与えられたストレスが、結那を悪夢として覚醒させた。要約すれば現実での問題がそのままE・Dに影響してしまったのだ。結果的に彼女の暴走が咎められる事は無かった。

「どうしたの、結那ちゃん? もう授業始まるよ」

 茜の言う通り、次の授業までの時間はほぼ余っていない。本人も適応される問題だが、彼女は真っ直ぐに結那を見つめて問うていた。

 対する後輩がもじもじと身体を蹲らせ、ゆっくりと喋り出す。

「えと、あの……気分が、悪くて…………」

 その割には結那の顔色は悪くはなかった。湊と茜が彼女に出会った頃に比べれば、随分と血色を取り戻した方だ。落ち込んでいる様に見えるのは感情の問題だろう。毎日の部活動で触れ合っている茜は特に異変を覚えなかった。

「………………教室に」

 そんな部長の疑問を感じ取り、結那がぼそりと漏らす。陰では養護教諭が湊の為に塗り薬を調達していた。

「教室に、残っていられないんです。私、転科したばっかりで……何だか、窮屈で……怖くて……」

「…………そっか」

 茜は静かに首を俯かせた。

「…………」

 二人を眺めていた湊は、無言で椅子に座っている。その首筋に緑が薬を塗り付けた。手慣れた様子であり、結那の来訪を日常的なものだと裏付けている。

 ここ、出御高校では二つの教育コースが存在している。一つは現実世界でのみ教育を受ける一貫コース。もう一つは現実と仮想世界であるE・D内の交互で授業を受ける分割コースだ。結那は事件が起こるまで分割型だったが、いじめ騒動の影響で湊や茜と同じ一貫コースに移っている。

「少しずつ慣れていけばいいのよ。無理して頑張らなくても大丈夫なんだから」

 湊への処置を終えた碧が結那に歩み寄った。腰を屈め、猫背気味な彼女に視線の高さを合わせる。新しい環境に馴染めない少女へ、優しい微笑みを見せた。

 小さなお下げが左右に振れる。

 結那は首を横に動かし、妥協の意を否定した。

「い、いえ。……頑張ります。だって」

 横目が二人の先輩に向けられる。

「…………私を助けてくれた人に……報いたいんです。せ……貴方達のおかげで、私は救われましたって……きちんと言える様になります」

 希望ではなく、宣言。汗さえ浮かびそうな程に火照った顔で、結那は胸の内をありありと口にした。いじめに怯える少女の姿は既に消えている。新たな生活に全力を注ぐ、ちっぽけにも勇敢な生徒がそこには立っていた。

「…………あ~、もうっ」

 結那の話を傍で聞いていた茜が、弾け飛ぶ様に背後から抱き着く。自分より小さい後輩の頭を胸元に押し付け、己の悶えを盛況に叫んだ。

「何ていじらしいんだろ、結那ちゃんは!」

 ぎゅう、と茜が強く抱きしめる。細身にして小柄な結那は健康的な上肢や胸部に包み込まれた。驚きと恥ずかしさで硬直した様はE・Dでの分身体――猫妖精を彷彿させる。

「あ、あ、あにょ、先輩……っ。く、苦しい……です」

 喘ぐ結那が優先して後頭部を離そうとしていた事に、湊は気付いていた。しかし、目の前の光景に口出しは出来ず、敢えて放っておく。椅子に座っていただけの湊も頬が桃色に染まっていた。それを悟られぬよう、茜からは首ごと背けた。

「こらこら。保健室で暴れないで」

 碧が二人の間に割って入った。残念そうに離れる茜を認知し、湊は無言で視線を戻す。結那が茹蛸の如く真っ赤な顔色をしていた。熱気までもが見て取れる。気恥ずかしさに浸っていた筈なのだが、愕然とした恐怖も残っていた。

 そんな彼女を碧は奥へと促す。背中を押し、端のベッド近くまで誘導した。ぽすん、と結那が座る。空気が抜けたかの様に、身体つきが乏しい一年生は脱力しきっていた。赤みは未だに抜けきっていない。

「まだ余地はあるわ。――――それより、三原さん」

 助言を短く残し、碧が茜の方を振り返った。

「さっきの話だけど……悪いわね。私は忙しいの。貴方達の顧問にはなれないわ」

 養護教諭はきっぱりと断る。パイプ椅子の上へと腰かけ、湊が記入した用紙を眺め始めていた。話は終わりだ、と言わんばかりに流れが途切れる。白けた雰囲気が保健室の清楚に溶け込んだ。既に頼みの綱は切れようとしていた。

 場違いに焦りを覚える茜が、碧の前に立ち塞がる。

「ま、待ってください! 先生は確か何処の部活にも関わってないんですよね? それじゃ、私達の顧問をやる時間だってあるでしょ!? 別に、名前だけでも」

「それでも忙しいのよ。今日だってE・Dあっちでも仕事があるし……。それに、部活動の内容自体も私は納得してないのよ?」

「え?」

 急な話題転換に茜は付いていけない。牽制するかの様な碧の視線を受け、名前も決まっていない部活動の部長はたじろいだ。

「E・Dで困っている人を助ける……って、具体的には何をするつもりなのよ」

「こう……なんか、色々と」

 両の手を広げ、茜は何らかのイメージを伝えようとした。だが、目撃していた湊と結那には理解出来なかった。部員である彼等が共感しないとなると、当の碧も愛想よく首をふってはくれない。

 息を短く吐き、生徒を見守る養護教諭が手厳しい警告を下す。

「遊び半分のつもりなら、やめなさい。貴方達には自覚がないかもしれないけどね……今の中高生はスリル世代と呼ばれているのよ。危険な思春期。仮想世界の普及で生死の定義があいまいになって、犯罪にすぐ手を染めるような子供達」

 ベッドの上に碧の視線が傾いた。細められた瞳の奥が座り込んだ結那を一瞬だけ写し取っていた。その気配を読み取ってか。一年生の少女も肩を震わせる。

「そんな子達の依頼を、解決できるの? 教師だってE・Dまで面倒を見る事は残念ながら不可能なの。…………そんな危険かもしれない活動を、私が認めると思う?」

「う」

 今度は茜の両目が近辺を彷徨った。

 湊の方に顔を向けては、口をむずむずと蠢かせている。反論は可能だが、彼女は寸での所で思い留まっていた。

 E・Dにおける危険性への対策。それはこの場にいる人物が持つ戦闘力でほぼ解決されていた。茜が率いる部活動にはオカルト的な相手でも圧勝するアバターが属している。現に元騎士団と言う実力の保証も有った。碧が話しに持ち出したスリル世代も、彼にとっては些細な問題にしかなりえない。

「…………」

 注目されていると知りながら、湊は無言と無反応を貫く。

 茜がそこまでの実力者を隠しているには、本人の意思が関係していた。なるべく他人には知られたくない。その言い分が部長である茜の心に伸し掛かっていた。

「下手に顧問を置いて活発になるのも心配よ。そういう意味も込めて、私は貴女からの申し出を断るわ。……ごめんなさいね」

 碧が小さく頭を下げた。裏の事情を残したまま、彼女は茜に背中を見せる。真っ白な布地が宙に浮き、風を起こしていった。

 印象を悪化させての失敗。

最悪な事態が、茜と湊の脳裏をよぎった。

「――先生って、ど、ど、独身ですよね……?」

 思いがけない発言が保健室に響く。踏み込みつつも慎重な質問は、端の方から聞こえて来た。そこには壁に隣接したベッドが並んでいる。布団の上に座りながら、休めきれない常連が冷や汗を流して碧を眺めていた。

「どうしたの、芳野さん。確かに私は独身だけど。何でそんな事を、急に……」

「そそ、その、……それで、好みの男性がいる……んです、よね……?」

「…………」

「結那ちゃん、そんな話が好きなんだっけ?」

 流れを逸脱した問いに二人の先輩は呆然としていた。大人しく人見知りが強い少女には不似合いな話題だった。数週間の部活動に置いても、結那は色恋沙汰に関する事は一切口にしていない。ただ機会がなかった可能性も考えられたが、顔を赤くして回答を促す様子には合致しなかった。

 芳野結那は意図的に碧の好みを聞き出している。そう湊だけが察した時、碧は歯切りが悪い言い方で返した。

「まあ、恥ずかしいけど…………E・Dでのギルドで、いいなあ、って人は居るわよ」

「へえ、先生も乙女ですね」

 感心した様な茜に、養護教諭は鋭い目つきを突き付けた。

「悪いかしら? 今の時代はね、私ぐらいの年齢でも独身が当たり前よ。年頃の乙女みたいに夢を見るのはおかしくないわ。………………だ、だから! いい人がいないって訳じゃないわ!」

 語気を強めた彼女の姿は、逆に偽りを主張していた。藪蛇を突いたと感じ取った茜も「そうですね」と受け流す。残された湊と結那は沈黙と言う無難な態度を選んだ。

 碧の髪が指先で梳かれた。短く切りそろえられた爪が、微かに照るっている頬を掻く。

「それで、……私の好みがどうしたの?」

「い、いえ。あのですね。……以前、その人が誰かを聞いたという事で……あの、その……有名なギルド……の人、でした……よね」

「ええ、そうよ。何だって騎士団の人だもの」

 さり気ない情報に湊は顔を青ざめさせた。嫌な予感が込み上がり、逃げ出したくなる気持ちを湧き起こす。教室に戻る、と言い出そうと首を回した。痛みが脳天まで広がり、話しかける瞬間を遅らせた。

「……っ」

 保健室に訪れたそもそもの原因が、否応なく邪魔をした。その間にも養護教諭は大人を脱ぎ捨てた様に恥じらい、女子が多い保健室にて打ち明ける。

「――騎士団のあのイケメン。マーディさんみたいな人が好きなのよ」

 断罪裂剣と呼ばれるクリムの元相棒。その名前が出た時点で、全ては手遅れだった。結那の考えに気付いても、湊に打てる手立ては無い。

「…………そーですかー」

 独身と好みの男性。二つの要点は茜の中で音を立てて組み合わされた。薄らと笑みがぼやける。企みを秘めた腹黒い微笑に、端正な顔立ちは色づいていった。

「先生。せめて、E・Dで会ってから、顧問の話を考えてくれませんか」

 茜は落ち着きを取り戻した声音で話を持ちかけた。視野の隅で湊が顔面と唇を蒼白にしている。頭の回転が速い湊に説明は不要。そう理解した茜は一歩も引く事なく、笑顔を取り繕い続けた。

 断った筈の一件を掘り返す茜に、碧は眉根を寄せる。

「え? でも、私……今日は用事があって会えないわよ」

「明日でもいいですよ。私達、全員で先生とあちらで会います。……それで、今一度判断して下さい」

 美しい茜の顔に磨きがかかる。輝く様な笑みを前に、傍で座っていた湊はすっかり閉口していた。

「お願いします、先生」

「う~ん、と」

 畳みかける部長に対し、碧が胸元のポケットから手帳を取り出した。目線が手元を左右に泳いでいく。明日の予定を答えるのに、一秒もかからなかった。

「ま、いいわよ」

 後の話。

 出席は部長命令だ、と湊ははっきり言い切られる。絶対に出てね。そう上から命令された彼が断わる事は不可能であった。


二週間空いてしまいました。すいません。他の作品も更新しているので、そちらもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ