《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》① ”ドラゴン”
ついに始まります、Missing Nightmare編! しかし、プロットがまだほとんどできていません。確実な更新はまだ少し先になると思います。
《E・D内部/鈴夜 湊=クリム:視点》
湿った地質の壁を蹴る。すると、すんなりと洞窟の岩肌は砕け散った。ここまで脆いとは思っていなかったが、狙い通りの反発力はあった。
跳躍した俺の身体が、洞窟の天井付近まで浮かび上がる。
「召喚」
その呟きとほぼ同時に、手ぶらだった右手に光の棒が伸び始めた。幅と長さを瞬時に広げ、輝く塊は大きな剣を模る。暗い洞窟内に現れた灯火は周囲を照らし、閃光の如き速度で弾け飛んだ。
漆黒の刀身が、その姿を現す。
周囲に散った光の粒子により、剣の表面に真下の光景が映った。俺のすぐ下には巨大なモンスターが佇んでいる。
鱗に覆われた巨体に、角を生やしながらも蜥蜴を連想させる頭部。極め付けは洞窟内なのに広がりきった蝙蝠の翼。いわゆるドラゴンだった。
大剣の重さが身体を引っ張る。体勢が逆転し、上半身がドラゴンの方へと向いた。
「――――っ」
息を詰め、両足を畳んで持ち上げる。少し無理矢理な柔軟だが、この体でこそ出来る芸当だ。肉体に痛みは走らないから気軽だった。
洞窟の天井へと足裏を添える。頭上にはモンスターが待ち構える地面が広がっていた。
間髪入れず、全力で蹴った。
『グオオオオォォォォッ!』
ドラゴンが吠えるが、遅い。
破砕音が足元から響いた。折られた膝がぴんと伸び切った。
水泳でのターンに似た、感覚を狂わせる一瞬。飛び越えた神経は研ぎ澄まされ、ドラゴンに与える斬撃だけに意識が向いた。
――その首を、斬り落とすっ。
跳躍と重力で加速された俺は、即座にドラゴンの首元へと近づいた。大剣の軌道が震えない様に腕で固定する。
剣先に触れた鱗は、容易く砕け散った。
感覚もない。他愛ないと考える間にも、人一人分は有りそうな首の直径を通過した。片手でも十分だったかな、という余裕が落下中に芽生えていった。
風圧で体勢を整えつつ、迫り来る地面に対して身構える。羽織ったマントで加速を減らした。落下におけるダメージはこれで軽くなった筈だ。
地面はもう目前だった。
俺の両足が洞窟の底へと突き刺さる。振動が背筋を駆け抜ける。円状に衝撃の波紋が放散されていく。――流石に、痺れた。
「ふぅ……」
視界に損傷率を知らせるパラメーターが表示された。些細な値だったが、それよりも下半身の麻痺が気になった。軽く屈伸すると、違和感が膝に滲んでいく。あそこまで威力を上げたのは失敗だ。ドラゴンの防御力があそこまで低いとは思っていなかった。
大剣を地面へと突き刺し、体重を寄せる。少し休憩を取ろうとした。
その直後。
ズシン、と小さな音響が聴こえた。俺は耳を澄まし、洞窟の奥に居る気配を探った。聴覚を敏感にし、音響探知と呼ばれる技術を駆使していく。この世界における完全な知覚情報。それらを根幹に成立する精密な探査が、もう一体のドラゴンをはっきりと捉えた。
「くそっ」
すかさず大剣を引き抜く。
先程の絶叫が仲間を引き寄せてしまったのだ。洞窟の暗さも相まって、俺は新手の姿を確認できなかった。しかし、ドラゴンの視力が俺と同じとも限らない。
「……」
嫌な予感が当たった。
深い闇の中で、赤い光の弾が出現している。輪郭を少しずつ広げていき、その色さえも段々と濃くなった。
どう考えても溜め攻撃だ。火炎放射器の様な火の息とは違った、火球。範囲は狭いが威力は高い。左右を土の壁に阻まれた洞窟で放たれれば、逃げ場は何処にもなかった。
丸くなった焔がドラゴンの開ききった咢を照らす。きぃん、と甲高い音が鳴り響き、光が一層強くなる。溜めが終わったらしい。
――久しぶりに、アレをやるか。
俺は剣を垂直に構え、火球の発射を待ち受ける。脳内で数回の予想を組み立て、取るべき手順を整理した。タイミングさえ見極めれば、目論見は成功だ。
さあ、来い。
集中を高め、火球の中心へと標準を定める。輝くエフェクトに変化の兆しが生じた。
――撃たれる。
敏感に研ぎ澄ました神経でタイミングを掴む。剣先を軽く前へと押し下げ、俺は火の玉を待ち受けようとした。
しかし、精度を高めた聴覚は、別の音源までも捉えてしまった。
「く……っ」
例の技をこのまま使ってはいけない。彼女達が俺のせいで損害を被ってしまう。では、どうするべきか。場所と時間からして回避は許されない。かといって、先程まで計画していたアレは危険だ。
――脳内を走る、刹那の逡巡。
爆音が唸り、ドラゴンの背面で後光が輪を広げる。溜められた火球が無情にも発射されていた。マグマの如く赤く焼けた一撃が、俺の元へと飛んでくる。
「迷う暇もないか」
短く言い捨て、俺は大剣を頭上にかざした。
光が、熱が、音が、火球の体を持って接近してくる。ドラゴンの口を丸々使って作り出されただけあって、俺一人分を悠々と飲み込む大きさだ。
回避は不可能。そう判断した俺の内面は再び研ぎ澄まされていった。
――ダメージ覚悟で。
巨大な火球が、近くまで迫り来ている。
――断ち切るっ。
ドラゴンが発射した火球を壊したら、確実に中身が溢れ出る。周辺へと飛び散った火炎によって俺はダメージを食らうだろう。これが魔法、拳銃、弓矢と言った遠距離の攻撃なら話は別だった。
リーチのある俺の大剣でも、ダメージはぎりぎり及んでしまう。仕方がないと腹をくくるのが一番だった。
ドラゴンの放った火球が視野を埋め尽くす。数秒後には俺が構える場所を通過しそうだった。何もしなければ簡単に蒸発してしまうだろう。だが、そうはならない。
肩、腰、足首と言った関節を隈なく捻り、俺は力を大剣へと集中させる。重心と分け合いながら沿った上半身も力ませる。
「ふ……っ!」
距離を見計らい、俺は大剣を全力で振り下ろした。
耳に痛い程の静寂が流れる。
ドラゴンの火球が煌々とした光を放ちながらも、獲物である俺の直前で停止していた。音さえも追い抜き、時間が止まってしまったかの様だった。だが、時が止まると言う現象はE・Dのシステム上有り得ない。
これは俺の感覚が速くなり過ぎただけだ。
間もなくして両断される、火球。
左右対称に離れ、断面の隙間からドラゴンの硬直した姿を覗かせた。俺のアバターはまだ動く。ダメージを食らうまで待つ必要はない。
俺は切断した火球の中心へと駆け出した。
この前進がシステムに刺激を与えたのか、空中で浮かんでいた火の塊が段々と壊れていく。崩れた火炎が俺の皮膚に触れる。熱を感じ、瞬く間に損傷率が目前に表示された。動揺する程の数字ではなかった。
「――っあ」
どうせなら、と熱気に意識を載せる。身体中の血管が激しく脈打った。仮想の肉体だからあくまで感じるだけだが、それでも気分が冴えた。
ドラゴンが狙いを定める為に伸ばした首が、今だけは滑稽に見える。火球発射の影響でまだ硬直は続いていた。長い首が無防備だった。
軽く引いていた大剣を身体に寄せた。ドラゴンの手前で、俺は片足で急なブレーキをかけていく。ビシッ、と崩れた地面にヒビが走った。
踏み込んだ足を基準に、一回転。
俺は軌道に乗せた大剣ごと、そのまま正面へと飛び出す。
『グァアア――』
中途半端に断ち切った鳴き声が、ドラゴンの断末魔となった。
今回はバトル部分を中心にしました。来週の更新は少し難しいかもしれません。申し訳ありません。




