《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》① ”騎士”
どうも、久しぶりに投稿します。同時執筆中の『蒼天のAIRLINE』も近々新しく投稿したいと思います。どうぞよろしくお願いします。
目を開けた時、俺の四方は真っ白な壁で囲まれていた。
E・Dにログインした際に誰もが最初に通過する『マイルーム』だ。この世界における自室だと言える。ここでは各自が好き勝手に意匠を施し、自分専用の場所を作り出せる。
残念ながら、俺はそういった洒落た思想を持ち合わせていなかった。部屋を見回しても、家具の一個も見当たらない。ただ真っ白い壁に、中央に設置されたベッドがあるだけだ。
「はあ……」
飾り気のない部屋は何時でも俺に一時の安らぎを与えてくれた。だが、今回は別の事態が脳裏をよぎり、重い溜息が突いて出てしまう。
『ゆりかご』で眠る数時間前。
――同級生に俺のアバターを知られてしまった。偶然にも昨日助けた少女が俺と同じクラスだったのだ。
俺は片手で自分の状況を一瞥できる『システムウインドウ』を呼び出した。空中に浮かべた人差し指を中心に、半透明で正方形のウインドウが現れる。
そこに表記されたアバター名を俺は見下ろした。
カタカナの三文字にて、クリム。
この名を持つアバターはE・D内部にてかなり名が知られている方だ。自分で言うのもなんだが、至る所で良く噂を耳にする。
「だーっ。強くなりすぎるのも考え物だ……」
対処しきれない問題に呻いた末、俺は上半身を今一度ベッドに横たわらせた。現実では『ゆりかご』の中にて眠っているのだが、こちらではベッドの上に転送される。皮肉なことであるが、もう夢の中でしかベッドを使う機会はなかった。
仰向けになったまま、上空に位置したウインドウを眺めてみる。
ふと、左下の時計に目が行った。
「やばい、もう時間だ」
睡眠時にはまだ余裕があると思っていた。俺の寝つきが悪かったのだろうか。『ゆりかご』は夢を見るのに最適な睡眠状態へと使用者を移行させる。かかる時間は主に精神が安定しているかどうかだ。
「……くそ、何でこんなことに」
胸中に伸し掛かる不安の原因は明らかだった。
現に、今からその原因となったアバターに会いに行くのだ。
白い鎧を身に纏ったまま、俺は正面の壁に近づいて「オープン」と口にする。自分と同じくらいの大きさであるドアが出現した。続けて行き先を告げると、目前のドアが自動に押し開かれる。
……まるで、どこ○もドアみたいだ。
「面倒だ」
苦笑交じりで吐き捨てながら、『マイルーム』から歩み出た。
騎士団所属のクリム。このアバターは別名『断罪裂剣』と呼ばれている。
E・Dきっての戦闘集団である騎士団。俺が彼らの中で最強と揶揄されるようになったのはつい数か月前のことだ。
五大領地は武具、魔法、妖精、魔獣といった四つの体系とその他特殊な体系で分類されている。これらの体系は元RPGであるE・Dのシステムを受け継いだ名残だ。
もう一つの社会とされるこの世界において、現実とかけ離れたキャラでありたいと思う使用者は無数に挙がる。自分の分身となるアバターは外見を自由に変えられるが、RPG的な四つの体系もある種の特別性を与えた。外形と体系。二つが一致する割合はかなり低く、E・D使用者の個別性は完全に確保されている。
俺のアバターであるクリムは武具使用者だ。別名の由来ともなる黒い大剣がその証拠である。
……そして、待ち合わせ場所で居座る彼女は魔法使用者らしかった。
E・Dでは基本的にファンタジックな風景が世界を埋め尽くしている。中世ヨーロッパの街並みというイメージを観測者に植え付けられる作りだ。昔よくやっていたRPGを思い出し、俺は街を歩いていると少し心が落ち着く。
夢の中なのだから、安堵する雰囲気が溢れているのは当然かもしれない。
そんなことを脳裏がよぎる為、俺は不機嫌そうなアバターにどう声をかければよいかかなり迷った。
「えっと……」
「遅い」
円状の縁に沿って置かれたベンチ。その上で彼女は真っ先に俺を非難した。
「時間通りじゃ……」
「それでも女の子を待たせるってどういうこと?」
眉間に皺を寄せた表情で睨み付けられた。他者とのコミュニケーションが不慣れな俺は思わず瞳を脇へと逸らす。
すぐ近くで通行人が好奇の眼差しを俺達に向けていた。ある者は不思議そうにみつめ、またある者はからかい交じりの笑みを口元に浮かべている。
原因の一つはE・D内部の犯罪を取り締まる戦闘集団の鎧を身に着けた俺。そして、もう一つが目前にて居座る見目麗しい女性アバターだろう。
横目で彼女の容姿を確認する。
現実の本人とはかけ離れた眩い輝きを備えた長い金髪。真珠のように白く小さい顔。夕日が嵌っていると錯覚してしまうほど鮮明で大きな赤い双眸。更に、胸元には魅力的な双丘が大きく実っていた。
一言で表せば、かなりの美少女だ。
「何よ」
外見を見定める邪な視線に気づいたのだろうか。彼女は頬にかかった金髪を指でいじり、不審な声をあげた。
「いや……その」
そんな恰好する人本当にいるんだなあ……って。
胸中の言葉はとても彼女には言えない。口先で籠り何とか俺は誤魔化した。
黒を基調とした正装に白いエプロンドレス。
――間違いなく、彼女はメイドの恰好だったのだ。
「とにかく、ここに座ってよ。話はそれから」
彼女の掌がベンチをぺしぺし叩く。俺は遠慮しつつも自分の腰をそこへ落ち着かせた。
「君、本当に鈴夜君だよね? ……あの、いつも一人ぼっちで本読んでる……」
「とりあえずその印象は否定したいが、まあ、その通りだ」
いきなり一人ぼっち呼ばわりされるとは思っていなかった。頬の筋肉が自分でも奇妙に引き攣るのが分かった。
「そっちこそ、本当に……」
じっと彼女の服装を凝視する。正装といってもかなり露出度の高い装いだ。鎖骨と首の周辺は大きく切り開かれており、否応なしにその下方へ意識が移ってしまう。
「な、何よっ。アバターをどんな風に改造しても個人の勝手でしょ⁉」
コスプレ嗜好を恥じらう様に彼女は喚き声を出した。確かに自分のアバターをどうしようが、他人に迷惑をかけない限り好き勝手でいいだろう。
ただし、指摘すべき点がないわけでもなかった。
「けど、そんな恰好が原因で昨日襲われたんじゃないのか?」
「う」
彼女の浮かべた苦々しい顔を見た途端、図星だなと俺は確信した。
「だって、これ、お小遣い溜めて買った高級品なんだよ……」
麗しい金髪を指でいじくりつつ、彼女が泣き言を愚痴り始めた。今までの努力を無駄にしたくないのだろう。フリルのついたエプロンドレスの端を掴み、素材の質を確かめるよう布地を引き延ばしている。
「なるほど、高級品なら尚更襲われやすいな」
「…………」
自分でもこれは不親切な発言だったと思う。彼女の顔がすぐさま項垂れてしまった。心情を察するに、余程そのメイド服を大事に思っているのだろう。
先程の台詞を撤廃するよう、柔和で丁寧な態度で俺は新しい解釈を促した。
「あー、別に着るなって訳じゃない。周囲の奴ら……特に男共に気を付けろってことだ。助けが必要になったらすぐSOSコールを使え。騎士団がすぐに助けるから」
語彙が貧弱な脳内回路で構成した文章を次々と読み上げる。隣のアバターは意外そうに大きな両目を更に広げていた。落ち込んでいた空気は消え去っていたが、今度は開いた口が全く閉まっていなかった。
あれ? なんか間違えた、俺?
「え……と、あと、そのメイド服可愛いと思う」
やけくそで王道的な評価を下す。実際に街中で事件もなく対面していたら見惚れていたかもしれない。
気になる反応は両頬を真っ赤に染めるという有り触れたものだった。白い肌との折り合いが調和していて、俺も少しだけ心拍数が増加した。
動揺を悟られたくないようで、メイド風アバターは体の向きを俺から離した。
その瞬間、整った唇が短く開閉するのが目につく。
「え、何? 何か言ったか?」
聞き返す俺に、彼女は少しだけ強めた音量を囁く。
「やっぱ、変」
――何故か俺が馬鹿にされた?
批判を浴びるような言動に心当たりはなかった。むしろ精一杯気を使った方だ。騎士団としての任務も一時的に中断している。感謝は歓迎するが、文句は先日の襲撃者に言って欲しかった。
「いつもの……現実の湊君らしくない。らしく、なさすぎる」
しばらくの間、俺は口を閉ざした。彼女の言っていることが理解できなかったのだ。
意図を窺う為、反論じみた定説を述べてみる。
「そりゃ、夢の中なんだから……俺が現実の本体とは違うのは当たり前だろ」
「それ」
「へ?」
彼女が唐突に人差し指を俺に突きつけた。予想外の反応に思わず上半身をのけ反らせてしまう。
「いくら夢の中だからって……一人称まで変わるものなの? 君の場合は、性格まで変わり過ぎているよ」
メイド型アバターによる意見を脳裏で反芻する。現実とE・Dでの知人関係は完全に隔離していた。このような示唆は初めてだったのだ。
振り返ってみれば、俺自身でも大きな相違点があるかもしれない。
「まあ、色々とあるんだよ。でも、そのおかげか今まで鈴夜湊と騎士団のクリムが同一人物だと気づいたのは一人だけだ」
――もちろん、あんたのことだけど。
「とにかく……そういうことだから、俺の正体は学校でも内緒にして欲しいんだ」
「やっぱり、正体が知られると危険なの?」
距離を保って背中を俺に見せながらも、彼女は心配そうな顔だけをこちらへ向けた。
「そうだ。騎士団は犯罪行為を行ったプレイヤーを処分する権限がある。俺だって今までに何人ものプレイヤーをぶった切ってきた」
多くの犯罪者を狩ってきた利き腕を何気なく正面へ掲げてみる。
俺はプレイヤーを大剣で断ち切る感触を掌へ完全に投影できていた。意識を深く掘り起こせば、奴等の断末魔まで耳元で響いてきそうだ。
「要するに、その分だけ俺……俺達は他のプレイヤーに憎まれている」
「現実情報を流せば、復讐も考えられる……ってこと」
無言で頷いた俺の行為が、隣に座るアバターの表情に暗い影を落とした。
「分かったよ。君のことは……学校の誰にも言わない」
「そっか」
安堵の溜息と同時に、力が入っていた背筋をベンチの背もたれへと寄りかからせる。俺は長く吐いた息の中で「ありがとう」と呟いた。
彼女はそんな俺の些細な礼に気づいた様子はない。
声が小さかった、と俺は再度言い直そうとした。
「っ‼」
――突然、聴覚全体に鳴り響く警報音。
俺は瞬間的に気を引き締めて立ちあがった。
「ん?」
真横の異変に同級生のアバターは気づいたらしいが、事態を説明する暇はない。
「悪い! 急用が入った! 俺はもう行くっ」
今の大音量の正体はSOSコールだ。すぐ近くで誰かが助けを求めている。しかも、一番近くにいる騎士は俺だ。
すぐに現場への瞬間移送が発生する手筈になっている。
メイド型アバターに乱雑な事情だけを残し、俺はベンチから少し駆け出そうと片足を前へと踏み出した。瞬間移送の合図となる輝くエフェクトが聴覚の隅でちらつき始める。
次に発生する現象は、光の粒子と呼べるエフェクトが聴覚を全て満たし、俺をSOSコールの発信源へと転送させること。
のはず、だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 君も私のことは秘密に――」
隣で座っていた彼女が飛びつくようにして俺の左腕を掴んだのだ。
この時、俺は彼女に呼び出されたことをすっかり失念していた。彼女にも俺へ持ち掛ける話があったはずなのだ。
愕然としつつ、強い力で俺の左腕を捉えた彼女へ叫ぶ。
「あー! 馬鹿っ!」
「え」
丁度、その時、俺の眼前は真っ白に染まっていった。
続いては、ユリア視点へと移行します。少しシリアス&アクション的な要素が増えていきます。