《現実世界》⑨ ”疎外”
遅くなってしまいました。最終話を書ききれず、分割しました。短い話です。
《現実世界:出御高校》
がら、と横開きの出入口が解放された。話し声で賑やかだった室内が静まり返る。
教室の扉を潜った瞬間、同級生の視線が鈴夜湊に突き刺さった。停学が決定してから二週間。湊は出御高校へと復学を許され、今日になって登校してきた。そんな彼を真っ先に迎えたのが怪訝な眼光だった。
「…………」
湊が無言で自分の席まで歩み寄る。途中、幾人の生徒が身を遠ざけていった。
椅子を机から引き、湊は腰を落ち着かせる。学校指定の鞄から筆記用具を取り出し、机上に載せた。
「本当に、あの人なんだよね」
手に取っていた消しゴムが床へと落ちる。湊は無意識に握力を抜き、筆記用具が重力に従う様子を呆然と目にした。
教室の何処かで囁かれた声が湊の思考を妨害していた。少々の埃を舞い上がらせ、消しゴムが視界の端へと転がっていく。彼は自動的に後を追った。感覚を小物に集め、教室の背景から目線を下げ、床上へと密かに腕を伸ばした。
「下級生に殴りかかったんでしょ?」
「普通に来てやがるし……」
「何か怖いよね。いつキレるか分かんないよ」
机の縁より身体を屈めた湊に言葉が伸し掛かる。彼は相も変わらず消しゴムの行く先だけに神経を使っていた。一直線に伸びる腕は順調に近づき、角に触れるかどうかの距離にまで縮まった。
落下のエネルギーを使い果たした消しゴムがある地点で止まる。湊は即座に最寄りの掌を広げ、一気に覆いかぶせた。
「あ」
消しゴムが上方から降りて来た指先によって奪い去られた。白い輪郭を空ぶった感触が湊の口を開けさせる。首の角度を傾け、彼は消しゴムを拾った人物を確認した。
「はい」
茶髪の少女が湊の前に立っていた。彼女は消しゴムを差し出し、湊に受け取る様促している。それを取ろうとしていた掌は空中で停滞する。湊だけを射抜く視線は他の生徒と同様だったが、疎遠とはかけ離れた温情が彼女の双眼に宿っていたのだ。
瞳の下に浮かぶ三つの黒子。整った小柄な顔立ち。向き合っていたのは、二週間前に湊と行動を共にした三原茜だった。
「ほら、消しゴム」
彼女は拾い物を湊の手に押し付けた。
「……あ、ありがとう」
渡された消しゴムを握りしめ、湊が小さな声で礼を述べる。窮屈に伝わる音に対し、茜は微笑を浮かべた。
「どういたしまして」
そう言い残し、彼女は湊に背を向けた。茶色い髪がふわりと舞い上がり、茜の足音は自分の席を目指していく。そんな彼女に友人である女子生徒が問いかけた。心配そうに汗を流し、茜から湊へと視線を逸らす。
気味悪がる様に湊は睨まれた。目元の筋肉が緊張したが、彼の無表情は貫かれる。
「大丈夫だよ」
茜は首を左右に振って保障した。朗らかに和らげられた口元に茜の友人が眉根を寄せている。教室に紛れ込んだ異物に誰もが嫌悪感を示すのだが、彼女の周辺だけは感情の色合いが異なった。温かく、湊の起こした事件を意図もしない雰囲気だった。
女子生徒達のやり取りを暫く眺めていた湊にもその内容までは聴こえなかった。ただ、茜が親切だったという事実は判明する。校内の生徒に二週間前の騒動は知れ渡っている筈だった。何より当事者に近かった茜は目撃している。その上で、彼女は湊を避けていなかった。
湊が生徒達にとって奇異と見えるなら、茜はその湊にとって不可思議な態度だった。
――突如、湊の掌がかさりと音を立てる。
「……?」
首を傾げ、消しゴムを握った指先を湊は開いた。
使い込まれた白い長方形の物体が有った。湊は見紛う事無く、己の消しゴムだと直感する。だが、別の何かも隣に並んでいた。半分に折り畳まれた、小さな用紙。それを数秒前の湊は持っていなかった。見つけたのは茜から消しゴムを渡された直後である。
「っ」
席に座って友人達と談笑している茜を湊は振り返る。彼女が浮かべているのは普段通りの明るい笑顔だ。湊の目視を気に留めている様子もない。
平然とした彼女から得られる情報はなく、湊は文字の列が透けた紙に興味を移した。二、三行の文がそこには書かれている。
湊はすぐさま中身を確認しようとした。しかし、朝のホームルームの開始を告げるチャイムによって阻害される。校内に響く音に湊の口先が軽く尖る。
折られた紙を摘まみつつ、彼は自分の席へと帰っていった。机の傍まで寄った時には担任の教師が室内へと踏み入っていた。
「ホームルーム、始めるぞー」
そう言い放った教師の瞳が湊の姿を捉え、瞬間的に開かれた。担任である教師は停学中に湊の自宅を訪れている。捺祇沙耶子へ暴力を振るおうとした事件について尋ねる際。湊の心理状態を心配しており、二週間を終えてもすぐに登校しなくて良いと語っていたのだ。
当日に出てくると予想していなかったらしく、驚愕に近い表情であった。
「…………日直。始めるぞ」
湊は教師の淡白な反応に胸を撫で下ろした。危険人物と認識された生徒への対応策を担任はまだ考えていないのだ。当人である湊が望ましいのは下手に接触されない事。彼に取って貰った行動が正に該当していた。
一時間目の授業に使う教科書を鞄から取り出す。続いてノートを広げ始めた。授業はまだ始まっていないが、用意だけなら大目に見られる傾向にあった。そして、これらの動作に湊は用紙の閲覧を潜ませていた。
角がなく丸まった文章を、湊は胸中で読んだ。
『一貫型の授業が終わった放課後。四階の廊下に来て下さい。茜より』
今週中に最終話を書き終えたいと思います!




