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《E・D内部/ユリア=三原 茜:視点》⑤ ”由来”

E・D最新話です。ついにEN編が終わりに近付きつつあります。今回はちょっとした伏線回収もあります。

《E・D内部/ユリア=三原 茜:視点》

 ゴシック調のテーブルが並ぶ中、私は重い気分のまま高そうな椅子に座っていた。ここへ来るのは二度目だ。当時はうきうきとしていたと思う。けど、この日だけは感傷的にならざるを得なかった。

 銀色の長髪をぶら下げ、マーディさんが大きく頷いた。

「そうか。……そんな事が」

 クリムが騎士団を辞めてから三日。そして、鈴夜湊が学校を停学になってから二日が経っていた。E・Dにおける彼の相棒だったマーディさんから呼び出され、私は騎士団本部を再び訪れた。そこでクリムについての話を尋ねられたのだ。

 やはり、と考えてもいいだろう。肉体が違えども、その人格は湊君である事に変わりはない。私の様な関係者が事情を知っているとマーディさんは察したのだ。

「馬鹿野郎……」

 私の口からある程度の事情を聞いたマーディさんが呟いた。魅力的な輝きを秘めた双眸が暗澹としている。光を失くした目はかつての相棒を眺めている様だった。

 ――本当に、馬鹿だよ。君は……。

 気付けば、私もマーディさんに乗っかって彼を否定していた。事のあらましを口にした為に状況が整理出来た。彼は、たった一人で全てを解決してしまったのだ。だが、捨てた物はあまりにも大きい。夢と現実の両方から湊君の居場所が無くなっている。輝かしいとは言えないまでも、二度と普通の日常に戻れないだろう。

「どうして」

 ――私に話してくれなかったの?

 ――そこまで捨てられたの?

 数々の疑問が膜を張っては、弾けていった。私自身も何を悩んでいるのかが分からない。しかし、問わなければいけない議題が有った。その点だけは確証しており、内部を少しずつ手探りで掘ってゆく。

「……どうして」

 やがて、私は一つの結論に辿り着いた。同じ言葉を繰り返しても、その対象は変わっている。

 悪夢として暴れた芳野結那でも、いじめの主犯だった捺祇沙耶子でも、身勝手な行動を取った鈴夜湊でもない。

 ――どうして、私は何もしなかったんだろう。

 湊君を責めるだけ責めながら、悪夢事件への成果を出した覚えがない。一方的に鈴夜湊を罵倒し、私は無傷で眺めているだけだった。情けない、と我ながらに感じた。謝りたい、と後悔が募った。でも、手遅れだ。そう心が諦めてしまい、目頭に熱さを感じていく。

「…………ぅ」

 両膝の上に置いた拳を強く握り、涙を頑張って堪える。ここで泣く権利なんて私にはないじゃない。偉そうな事ばっかり言って、挙句に肝心な場面で立ち尽くしていただけだった。我が身可愛さに悲しんでいたら、私はきっと私を許せなくなっちゃう。

「…………。……なあ、嬢ちゃん」

 私は顔を上げ、マーディさんの方へと視線を返した。

「こんな事を言っても仕方がないかもしれないが……。これだけは知っておいて欲しいんだ。クリムと嬢ちゃんは……同じ学校なんだろ? だからこそ、話だけでも聞いてくれ」

 マーディさんは生気を取り戻した瞳でじっと私を凝視した。

声の雰囲気からして、とても大事な話らしい。しかもクリム……湊君に関する事だ。私はあくまで本名等は伏せて結末を話してあった。E・Dでの知人にしか過ぎないマーディさんが湊君を気にかけるのは不思議だったが、私は小さく首を縦に振った。

 断るつもりはない。むしろ、彼に関する話は全て耳にしたかった。とにかく湊君へ何かをしてあげたいのだ。償いの機会がマーディさんから教えてもらえるだろうか。私は期待を持って耳を澄ませた。

 けれども、それも最後には裏目に出る行為だった。

「あいつの名前、クリムって言うだろ? それな、由来があるんだとよ」

「由来?」

 いつだったか、私もクリムという単語に気を向けた事がある筈だ。その時は『来夢クリム』として疑問を処理した気がする。正しいかどうかはまでは知っていない。すぐ後で悪夢の話に移動したからだ。

 でも、それが一体どうしたんだろう?

「ドイツ語だったかな。アルファベットで書くんだよ」

 予想は間違っていたらしい。彼のアバター名は漢字から来た物ではなかった。

「それって……」

 私はクリムと呼ぶ単語を脳内で探した。始まりはKかCだろうか。ドイツ語に詳しいわけではないが、恐らく英語と似た様な語だろう。該当するスペルを記憶の底から検索していったが、簡単には見つからず、しかも心が小さく疼いた。これ以上は、駄目な気がしてしまった。

 そんな考えを読んだ様に、マーディさんが答えを口にしてくれる。

「シー、アール、アイ、エム、イー」

 順番に告げられた文字を一列に並べた。

 ――C,R,I、M、E。――CRIME。

「っ!」

 クライムと呼べる英単語が出来上がり、私は続けざまに意味を連想した。湊君が自分に課した名は、罪。重い十字架が彼の背中に伸し掛かっていたのだ。

 衝撃で意識が遠くなり、封じていた声が耳元で再生される。

『たった一人の友達を殺した』

 …………ああ、そうか。

 彼の人見知りな態度が今更になって腑に落ちた。友達を助けられなかった過去が壁となって道を塞いでいたのだ。いや、鎖と考えるべきだろうか。私は何度かあの発言を耳にしていた。大剣で犯罪者を退場させる時の、別れ際の挨拶を。

『よい悪夢を』

 もしかしたら、湊君はずっと自分を責めていたのかもしれない。最後に漏らす台詞も彼自身へと向けられていたのだろう。いじめを止められなかった。その後悔を胸に、断罪裂剣のクリムとして夢を見続けた。

 私は湊君じゃない。だから彼がどれ程苦しんだか知り様がない。騎士団と言う組織で武器を振り続け、己の断罪を繰り返した。そんな日々を過ごさなければ湊君は自分を許せなかったのだろうか。

 でも、湊君はもう救われる事はなくなった。

「クリムは……騎士団には、二度と戻れないんですか?」

 銀髪の美丈夫が瞳を細め、返答に逡巡する。私はマーディさんの反応からすぐに分かったが、そこに肯定が重なった。

「無理だ。……あいつの退団届は受理されちまった。こっちも不祥事を世間の目から隠すために必死だったんだ。俺も取り消せないかと掛け合ったが、駄目だった。すまん」

「マーディさんは、何も悪くないですよ」

 そう応じつつ、私は自問自答した。

 ――私は悪くないのか、と。

 反省はすべきだった。無知な私は湊君を責める権利など持っていなかった。それは暴行未遂事件を身勝手に考察する生徒にも適している。

 あの日以来、普段は静かだが、いきなり理不尽に暴れ出す生徒として湊君は認識される様になった。私は全力で不相応な評判を挽回したい。けれども、私は悪夢を倒す力もなければ、多くの生徒を宥める権力も備えていなかった。夢の世界でも、現実の世界でも、無能な私は手を拱いて現状に不平を呟くだけである。

 じゃあ、何もしないの?

 私は、このままでいいの?

 三原茜が、湊君にしてあげられる事があるんじゃないのっ?

 頭の中で解決策が塵となって浮かび上がる。己へと激高したとしても簡単に理想の行動は掴めなかった。私も目的と終着点を探している状態だ。夢と現実を失った彼へ、私から贈れる何か。それが欲しくて、それを探して、それを思いつけない。

 矛盾する思考から熱が放出され、目の前が暗くなっていく。知恵熱とまでいかないが、混乱しているのは間違いなかった。

「嬢ちゃん」

 空回りする愚案が、落ち着いた男性の一言で静まった。クリムの相棒である彼は斜め向かいの席から、私とこの場に居ない彼へと告げる。

「俺はクリムと嬢ちゃんの関係を知らねえ。現実的に言えば、あいつともほぼ無関係な人間だ。……でもよ、俺は、無愛想で、人付き合いが下手で、……正義感が強い奴を知っているんだ」

 明かされない名前の向こう側に、中性的な顔立ちの少年が見えた。

「俺は、あいつが騎士で良かったと思ってる。今も、これからも」


 餞別代わりの伝言を最後に、私はマーディさんの居る騎士団本部から帰路に着いた。恐らくここへと来る事はもうないだろう。元々騎士であるクリムを接点としていたのだ。そんな彼は悪意ある犯罪プレイヤーと化してしまった。今頃は外部から隔離された刑務都市で生活している筈である。彼と関われない以上、私も騎士団と疎遠になる。

「どうしてるんだろ、クリム」

 私はミッテ・フォルトから繋がる繁華街を歩いていた。さり気なく呟いた言葉が人ごみに紛れ、消えていった。集団の中の方が孤独を感じやすい、と言った誰かの指摘が胸に染みる。故事は本当らしく、私は仮想の肉体が群がる道を途方もなく彷徨っていた。

 足を前へ出し、一人で進む。

 単純な動作を繰り返し、こんがらがった悩みを少しずつ解いていく。

「…………よし、決めた」

 行き先を定め、私は目前を見据えた。クリムと共に歩いた光景が視界に飛び込んだ。だが、心なしか以前よりも世界は鮮やかだった。


EN編は後1,2話で終了する予定です。どうか、そこまでお付き合い下さい。次回は現実世界から始まります。

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