《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑦ ”勝者”
《ハーレム製造》に引き続き、更新させていただきました。ちなみに、まだ続きますよ。最初の部分が少し前回と重なっていますので、ご注意ください。
「――――せ、ああぁ!」
掛け声と同時に大剣を振る。狙いは六重の細剣が交わる極所。全身の筋力を連結させ、俺は刃を下から斜めに昇らせた。
ガッ。
触れ合った刹那。大剣から金属音の振動が響き渡り、クリムと呼ばれる自分の内面を巡り回った。
キィィィィン!
止まりかけた時を、漆黒の大剣が刻ませる。
打ち合いに勝ったのは又もや俺だった。
悪夢の細剣が天井へと飛び上がる。触手と繋がった刀身が千切れるまでは及んでいないが、総数が俺の頭部から離れてゆく。刃の摩擦は細長く耳を揺さぶり、斬り上げに納まりきれなかった斬撃が両の腕を痺れさせた。
悪夢と俺はどちらも硬直してしまう。二人の武器は留め難い速度で切っ先を起こしていた。この瞬間に黒い剣達を構え直すことは出来ない。
だからこそ、俺は大剣の柄から指を外した。
――剣が使えないなら、拳を使う!
半歩踏み込み、悪夢の懐へと潜る。背面には自分の右腕を引き寄せる。
「はあっ!」
五指を曲げた右手の掌底を影の胴体へと叩き付けた。奇妙な手触りが肌に触れたが、すぐにアバターの肉体を打った感触を掴む。
悪夢の身体は想像以上に軽かった。俺の打撃に押されて出入口の方面へと吹き飛んでいったのだ。
二本脚を宙に躍らせ、悪夢が木片の散らばった一帯へと転がり落ちていく。ばきゃ、ばきゃ、と幾つかの破片が音を立てて割れた。続けてからん、からん、と細剣もその場に横たわった。
「が、あ、ぁァア……」
「流石に、これは効いただろ」
手放した大剣が引力に従って落ちる寸前に、俺はその柄を左掌で握った。浮かんでいた相棒がずっしりと手に馴染む。自分の情操も安心を覚えた。
今の体術は必要な時にだけ使う手段である。俺はあくまで武器使用者であり、この大剣が無ければ無力に等しかった。大剣を振り回している最中だからこそ、あの打撃は成立したと言って良い程だ。
……だとしても、この近距離ならダメージは確実に与えた筈だ。百パーセントまで行かなくとも三十は超えただろ……。
何しろ大剣を自由自在に扱える腕力での一発だ。このアバターは現実とは比べ物にならない身体能力を誇っている。殴った俺自身も攻撃された際の損害を想定することが嫌だった。
「あぁァああ……」
黒い身体を起した悪夢は腹を抑え、苦悶する様に声を捻り出していた。
俺は痛覚を与える技など持っていない。俺に勝つ方法を考える為に彼女は悩んでいるのだろう。
――身近な木箱の弾も、六本同時の斬撃も防いでやった。悪夢に残された選択肢は零に近づこうとしている。その中に含まれたある戦法に出番が回れば、俺に更なる勝機が訪れる。
「ぁ……。ゆ、…………さぁ……い」
「っ」
彼女がもどかしい舌使いで言葉を発した。俺は明瞭に聞き取ろうと意識を少しだけ緩めてしまう。
――ゆ、る、さ、な、い。――許さない。
この戦いは悪夢……否、芳野結那にとっての復讐だと今更ながら確信した。自分の不愛想な感情が闇で汚染される。大人しそうな彼女を渇望させてしまう苦行を憎み、俺は柄にもない隙を見せてしまった。
大剣の構えから僅かに脱力する。息を呑む音が俺のものだと気づいた時には、既に彼女へ手番は回っていた。
「ぅアあああっ!!」
――しまったっ。
悪夢の背後で光が吸い込まれる。
一本の細剣が射出されていた。光沢を備えない影の刃は間合いを穿ち、俺へと瞬く間に伸びて来る。
俺はぎりぎりの頃合いで身体を逸らした。横の頬で線状に走った違和感を覚え、小さく斬られたのだと理解する。ぢくっ、といった痛みで眉が曇らされた。
真横を抜ける触手に視線を当てつつ、俺は肉体を一気に引き離す。すると、針で刺されたかの様な痛覚が綺麗に消え去った。
――この感覚は、アイツが送っているのか!
悪夢の能力は殆どが推察出来ている。細剣で刺した相手に痛覚を与えるという代物だ。導線代わりの細剣が触れていなければ、痛みを感じることもないのだろう。接触を維持するには刺し貫く攻撃に限定される。長時間接触しない、という目途は自動的に露わになった。
しかし、俺は彼女の能力を注意せずにはいられなかった。戦闘を重ねる度に悪夢は進化しているからだ。決着と豪語したこの戦闘中に新たな力が目覚めてもおかしくはない。
「悪いが、その武器はっ」
二本目が昨日の訓練と同じ様に打ち出された。俺を突き刺す道筋ながら、一本目と交わろうとしていた。前進も後退も選んではいけない。どちらにせよ黒い境界線を左右に示され、俺の身動きを封じられるからだった。
悪夢が突いた細剣の側面に大剣を滑り込ませる。俺は両腕を捻らせ、二本目を外側へと弾き出した。きぃん、と甲高い音が鳴っては悪夢の武器が吹き飛んでいく。
「俺がっ」
全力で駆ける。猛然と乗り出した身体は時流の細部を捉えていく。二つの細剣が新たに撃ち出る瞬間がくっきりと目に焼き付いた。
床へと大剣の切っ先を傾ける。ここまでは大方予想通りの動きだった。昨日では悪夢の攻撃を回避する為に俺は円運動で立ち位置を滑走させた。その中心となる柱を大剣で代替わりするのだ。
埃が薄らと積もった地面を掘る直前。
悪夢が再び吠えた。
「があアアアァあ」
共に発射されていた細剣が上から下へと振動する。不規則に蠢く痛覚の槍に俺の注意は惑わされた。悪夢が触手を操って武器の軌道を揺らしているのだ。
大剣の柄から握力を落とし、疾走の勢いに身を任せる。
アバターにかかった慣性が視界を歪曲させた。だが、黒い槍が俺の見ている風景の両端を浸食していく。ぶしっ。鎧の隙間で生まれた切り傷が熱い痛みを訴えた。
まだ大丈夫だ。細剣は俺の肉体を掠ったに過ぎない。
――ここが、決め手だ。
一本目は避けた。二本目は弾いた。三、四本目は無傷とはいかなかったが、何とかやり過ごせた。そして、五本目。
「……俺の手でへし折ってやる!」
腹の底から叫び、俺は速度を上げた。突き出されつつあった五本目の細剣が止まっているかの様に見える。世界が、拡張された夢が、俺の管理下に陥ったかのような錯覚を抱いた。
大剣を掴んでいない片手を伸ばす。
悪夢の攻撃がスローモーションに回っているのか。俺の知覚が早送りになっているのか。判別はつけられないまま、掌と切っ先は接近していった。コマ送りのフィルムを拝観していると表現出来る程の遅さだ。俺は全ての神経を過敏に巡らせ、肝心な一瞬を待ち侘びた。
「…………っ!」
相棒の武器は重く、後方へと背きがちになる。最も前へと出っ張っていたのが俺の素手であった。邂逅する黒い剣先と指先。
俺はその接触を、自らの手で受動的に呼び起こす。
影の刃に、掌の肉を食い込ませた。
ずしゃっ。
「ぐあ!」
裂傷による鋭い疼きが俺の悲鳴を誘い出した。
鮮烈な熱感が皮膚をなぞり、俺は第一関節から先が斬り飛ばされたのかと思った。だが、これが悪夢の仕掛けた幻覚だと理解している。正確にいうならば、芳野結那がこれまでに体験した痛覚の体験なのだろう。
悪夢の能力がE・Dという仮想世界のバグ的存在だと当初の俺は考えていた。冷静に能力を解析すると、それが否定される可能性も浮かび上がる。この世界は食事の味と言った自分に関わる感覚は本人の記憶から引き出されるのだ。コーヒーを飲めば、自分の良く知る味わいが再現される。サンドイッチを食べれば、具材にもよるが口にした本人の慣れ親しんだ味が舌に表れる。悪夢の能力はそれらの原理と骨格が同じだった。
E・Dに痛覚がないのはそれ自体をシステムによって封じられているからだ。要するに、痛みを感じないようにしているだけであって、痛みが存在していない訳ではない。この観点から推察すると、悪夢の能力は基本的にE・Dの法則に乗っ取っている様だった。
芳野結那が受けて来た痛みそのものが武器。自分をいじめていた本人へ復讐するにはうってつけの武器だと俺は共感した。
――血色の流体が現象として細剣を掴んだ指先に飛散していった。
初戦時には打撲の様な鈍い痛みを感じたのだが、今は刃物で切られた様な鋭い痛みへと変わっている。やはり彼女は驚くべき早さで成長しているのだ。
だが、俺も負けてやるつもりはない。
「ふ、んっ!」
細剣を挟んだ片手を俺の肩まで力強く寄せる。黒い触手に繋がっていた主も姿勢を崩し、隔てていた距離を瞬く間に飛び越えて来た。
「ふっ」
気合を発し、大剣が下がっていた腕を一息に擡げる。半身の構えだった俺の肩から浮き出る細剣を断ち切った。
鋭敏な一閃で折れた刀身が耳元の近くを通って空へと舞う。その刃が地面に打ち着けられる前に、俺は重い大剣を墨色の触手へと再度振るい始めた。
戻っていない三本目と四本目を斬り降ろす。順番から言ってこの二本はまだ戻す余裕がない筈だ。伸び果てて無防備となった触手部分はすんなりと切断できた。そして床上まで落ちた手首を返し、腕力で上書きさせた物理法則で大剣の斬撃を続行させていく。
悪夢の手元まで縮まった一本目と二本目、俺への反撃として伸長しかけていた六本目に大剣の軌跡が重なった。ばしゅ、ばしゅ、と柔らかな破裂音が大剣の後を追って花を咲かせていく。その満開が朽ちるようにして、硬質な細剣が俺の背後でからんと落下した。
「がアあ!?」
順次に折った、という認識にさえ追いついていないかの様な驚愕が俺の顔先に降りかかる。
「これで、終わりだ」
小さく一言を付け加え、細剣を握っていた掌を自由にした。赤の液体を零しつつ、本来は両手仕様である柄に添える。
切り払った大剣は未だに空を流れている。俺は重心を地に根付かせ、我が身の回転で相棒の勢いを甦らせていった。鈍っていた烈風は研ぎ澄まされ、黒い大剣が今度こそ悪夢の腹部を補足する。
「うおおおおっ!」
怒号で全身を震わせ、大剣を加速させる。
分厚い刃は奔り、黒色の光が悪夢を真一文字に切り裂いた。
直線に引かれた赤褐色の切り傷から血を模した液体が溢れ出した。悪夢の声は影の仮面に遮られているのか、耳には届いてこない。しかし、彼女の体力値でもある欠損値は大幅に削られた筈だ。対する俺の欠損率は二桁を超えない程度であり、逆転の余地は残っていなかった。
――俺の、勝ちだ。
どさ、と彼女の身体は無情な音を立てて落ちていった。全ての細剣を折った為に彼女の戦闘力は無いのと同然だ。触手でアバターを締め付ける攻撃は使えるかもしれないが、痛覚の能力は刺さなければ発揮されないのだろう。そこまでの復讐に価値を見出してはいなそうだった。その確証は、数十秒を待っても動かない悪夢の沈黙に裏付けをされた。仰向けに倒れた彼女は眠っている様に大人しい。
それが彼女の敗北宣言だと勝手に受け取り、俺は戦闘の貢献者である大剣をアイテム欄へと収納した。
疲労が籠った息を長く吐く。圧勝と称して良い結果なのだが、事情を知っている俺には心から嬉しく思う事が不可能だった。こんな気持ちでは駄目だ、と理解していても消沈は抑えきれない。くそ、胸糞悪い。
「………………リューゼ」
倉庫の奥を振り返り、俺は隠れている少女へと呼びかけた。
「もう大丈夫だ。出てきてくれ」
俺が見つめていた物陰に派手な装いの少女が現れる。表情には歓喜と窺える紅潮が浮かんでいた。倉庫の中心で倒れ込んだ悪夢をリューゼが一瞥し、軽い足取りで俺の元へと駆け寄って来る。安心した、と訴えている程の笑顔が薄暗い倉庫の片隅から露わになっていた。
床に転がった細剣を跨がって走るリューゼ。その待ち時間に背中を向けていようとも、悪夢は何の反応も示さなかった。遂には目標である彼女が俺の隣に立った。悪夢はまだアバターを残留させているので、意識を失っているとは考えられない。呆然としているのは悪夢としての力が無下に潰えてしまったからだろうか。その胸中は彼女自身にしか語れないだろう。
「っ」
俺は柄にもない他者への感傷を戒め、拳をきつく握りしめた。気持ちを心の底へと沈め、正面を悪夢へと直す。
声音を押し殺しつつ、俺は隣のリューゼへと頼んだ。
「君に、悪夢と、話して欲しいんだ」
次回もなるべく早く投稿することを心がけます。次は一週間後の更新になるかもしれません。ぜひ、次回も読んで欲しいです。




