《E・D内部/???=?? ??:視点》④ ”罠”
E・Dの投稿シーズンに移行します。エアラインとの同時執筆でしたので今回は少し短いです。次回もなるべく早く投稿しようと思います。
《E・D内部/???=?? ??:視点》
捺祇沙耶子から新しいメールが送られてきたのは昨日の事だった。思い返すだけで気分が悪くなる一回目とは異なっており、私への敬愛を主張する文面だったことは認める。それでも私は彼女の言葉で心変わりはしていなかった。大事だったのはメールで提示された内容だ。
――今日、送られてきた住所にある倉庫にて二人きりで話をしたい。二十四時丁度に待っている。
このような談話をよりによって捺祇沙耶子が持ち掛けてきた。自分との友好関係を未だに偽っているのが憎らしい。前回の事もあり、疑いの念しか湧いてこなかった。
どうせ、また騎士団の連中を呼んでいるに違いない……。
そこで新たな懐疑心が揺らめいた。蝋燭の炎が与える朦朧とした閃きが私に案を与えてくれた。
……用意周到にして陰湿。そんなリューゼが私の知る範囲でメールと誤差のある待ち合わせをするだろうか。もしかしたら、私を蟻地獄へ落とす為に二人きりとなる瞬間が来るかもしれない。
チャンスだ。
私は捺祇沙耶子に騙されることを決意した。
戦闘に特化したどんなプレイヤーだろうと相手の攻撃事態を阻害する、という事は難しい筈だ。回避や防御ではない。速度に特化した武器でリューゼというアバターを貫くつもりだった。
不信を抱かせないよう騎士達は私が目視し辛い場所へと身を隠すだろう。大小様々な品物を置く倉庫なら可能だと考えられた。重要なのは私からは見えないという部分だ。正面から攻撃する私と障害物の影から反撃する騎士。どちらが早いかは予想にも値しなかった。
――窮鼠、猫を噛む。
彼女が私を説得する欺瞞を吐く姿はありありと想像できた。人の良心を弄ぶ事を堪能したならば、きっとすぐさま掌返しをするだろう。言い訳を口にしない内に私は退場してしまう。別に、それはどうでも良かった。
友人関係を玩具としか認識しない友人へ一矢報いる事こそが、私の目標だ。
そして、約束の時間より三十分程早く切り詰めて約束の倉庫へと足を踏み入れた。
「………………」
光源が少ない倉庫だった。窓は手だけで開けられる高さにさえない。E・Dでの空は時間帯で差は有ってもほぼ明るいのだ。四角い開口部から注がれる光は倉庫の中心部を照らしていた。
「あ」
角ばった照明の下で一人の少女が立っていた。赤く濃淡な髪色が光に透かされて輝いている。彼女は私を見つめて呆然と口を開けた。その顔に焦りも滲んだ。
私の到着が予想と異なっていたのだろう。相手側の企みを計画通りに運ばせるつもりはなかった。これで私に有利と言う名の針が少しでも傾いて欲しい。
「…………必ず来てくれるって、信じてたよ」
黒みがかかった視野の中心にて、リューゼはこちらを向いて目を潤ませていた。
……わざとらしい。
体面上は私の友人として振る舞っている。先日の騎士団への漏洩からしてリューゼも我が身の事情を疑われた筈だ。何処かに隠れた騎士にも疑問を持たれぬよう演じているのだろう。
――やはり好都合だ。
私は入口から一歩踏み出した。巨大なコンテナ、及び木箱が無造作に置かれた倉庫へと進んでいく。リューゼの周辺以外は影が濃く、伏兵を察することは難しかった。
「……ァ」
自分の足音が心臓の鼓動に拍車をかけた。標的のリューゼは作り笑顔で立ち止まっていた。黒い殻で包装された私と外界の温度差が大きい。自分の体内器官が関与した反響が全身を硬直させそうだった。
敵意が自分の顔に表れていないか心配だ。私が取っている行動は自然体であると確認したい衝動が襲ってくる。私は理性で却下した。行為そのものが彼女から訝しく思われる原因となるのだ。
「あァ……ア」
今の自分は上手く喋れないことを失念していた。リューゼが私から小さく身を引いたのが目に付いた。意思の疎通が無駄だと判断されたか。言葉の通じない相手に騎士が長く黙っているとは楽観し難い。
倉庫の壁際に並んだ木箱の天辺まで見上げる。わざと見える位置での潜伏で裏をかかれたりはしない。数人が易々と入り込めるサイズであり、重なっていない木箱の上は私でも何とか目を通すことができた。どうやら誰もいないようだった。
背中が疼く。六本の黒い剣を呼び出し、目の前のリューゼを貫く。反対に、障害物で正面を塞いでいる騎士は飛び出し、構え、反撃するという三動作を通過せねばならない。
「ねえ、聞いて。……もう、こんなことはやめようよ。何の関係もない人を巻き込んじゃ駄目だよっ」
痛覚の剣が早く出たいと訴えて来た。私の怒りに反応した背中が六つの熱を暴れさせている。
……言うに事を欠いて、無関係って……。ふざけ、ないでよ。
「――――アぁ」
誰のせいだと、思っているの。
経験が具現化した剣を出現させ、勢いよく走り出す。
熱い触手は燃えているようだった。この先端で彼女を貫いて、平然とした偽善者面を壊してやる。
先手を取った。私は強く蹴った足が地面に着くかどうかの間際で確信した。
光を吸い取る剣先が私より前へと伸びた。飛んだ間合いに剣の射程距離を加えると、リューゼは接触しているも同然だった。
そんな余裕に酔った私は、自分の考えが甘かった事を気付かされる。
「っ!?」
リューゼより後方にあった木箱が爆発した。細々に砕けた破片が倉庫の中空へと飛び散る。
学習するべきだったと後悔しても遅い。粉塵の原点では幅広な黒の帯が浮かんでいた。私はその武器に見覚えがあり、反射的に剣が折られてしまうと恐怖した。
「……ぁ!」
右腕で直に触手を掴み、引っ張る。
鋭い先端が視野に映り込み、私は二重の引力で貴重な武力を守り切ったのだと知った。急いで騎士を見返す。
そして彼が目と鼻の先に来ていた事も知った。
「悪夢ァァ!」
白い鎧と黒い大剣。私を何度も邪魔する騎士が、必死の形相で私を一文字に切り裂こうとしていた。早い、と思う暇さえも切られていた。
横から迫る刃をまともに受けては即死だ。下げていない五本を咄嗟に交差させ、盾代わりに正面で備える。
「はぁぁ!」
「ぁあああっ」
駄目押しで大剣とは反対方向へ飛んだ。
触手の刀身と分厚い刃がぶつかり合う。その際の衝撃は全て私の跳躍へと変換されていった。
硬い何かが私の背中と激突した。鈍い麻痺が身体中へと荒波を立てる。
「あ……!」
反作用で浮いた私はすぐさま地面へと落ちる。堅い木箱に打ち付けられたと理解し、同時にそれさえも破壊する剣戟に戦慄させられた。彼が使っている武器は剣というよりもハンマーだ。
しまった……。木箱の中に隠れていたなんて。
失態を嘆く間もなく、クリムと呼ばれていた騎士は私へと呟いた。
「立てよ、悪夢。お前とは今日で決着を付けてやる」
……戦うしか、ない。
私は立ち上がり、大剣を構えた騎士を睨んだ。
彼は私と似た黒い剣を両手で握っていた。あの武器だけが驚異なのではない。かなりの重量である大剣を自由に振り回す彼自身が私には恐ろしかった。
正直に言えば颯爽と逃げてしまいたい。だが、その出入口は私の近隣にあるのだ。
――ここで退かなければ、リューゼも倉庫から逃げることは出来ない。
「アアアああぁぁァァァァ!」
内部で蹲っていた芳野結那を奮い立たせる。無力な私はもう存在しないのだ。
走れ。最後には負けてもいい。
私は終わりのない悪夢に終幕を引いてみせる。これまでの苦痛を返し、対等な関係を取り戻すのだ。
身を低く沈め、私は真っ直ぐに駆け出していった。
次回は約一週間後に更新する予定です。