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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《EN編》第六章「折られた刃、貫かれた心」
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《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》⑤ ”単独”

E・D、新章に突入します。これからどんどん盛り上げていこうと思います。

《E・D内部/クリム=鈴夜 湊:視点》

 三原茜から侮蔑を貰った日の夜。

 俺は何ら変わりなく騎士団本部、突き詰めれば訓練場にその身を置いていた。時間を費やしているのは大剣を使っての訓練である。六本の剣を用いる対悪夢戦を想定した上で、気ままにアバターを動かしていた。

 ――あんな言葉に怒る気はない。既に親しんで飽きている程だ。

 ユリアこと三原茜の詰りが刻まれた心を振り切り、俺は馴染んだ相棒を持ち上げた。


「せぁ!」


 全身のばねを使って大剣を振り下ろす。迷いのなさを裏付けるように澄み切った斬撃の音が一閃された。


「これじゃ……足りないか」


 前回の攻防を脳裏に再現する。四本の剣相手でも鍔迫り合いは勝利したが、二本も追加されると行方が分からなかった。

 そもそも真正面から打ち込める自信がない。悪夢は武具の性質上、六本の細い剣を槍の如く突こうとする筈だ。足さばきと大剣による受け流しだけで回避しきれるだろうか。


「本番だとどう来るかな」


 記憶を頼りに想像し、前方の景色に黒い剣を六ヶ所配置する。

設置場所は適当に選んだ。俺からの距離感も各自は共通していない。だが、全ての矛先は俺へと向いていた。


「まずは、こうか……」


 最も近くに浮遊していた黒い剣が射出された。びゅお、と先端が肉薄する。

 鋲を打った靴底で床を滑走した。横に並んでいた片足を前へと滑らせ、体の中心線を黒い剣から隠す。残った後ろ足で立ち位置も完全に移動させる。

 透明な輪郭線で囲まれた悪夢の武器が左横を突き抜けていった。

 ――まずは一本目。

 続けて二本目が走り出す。俺の想定に過ぎないが、最初の剣とは大分角度が取られていた。


「ふっ」


 吐息がアバターの筋肉を締まらせた。大剣で反射的に触手を弾く。質量は感じず、脳内で予測している軌道だけが変更していった。

 今の槍を直進させていたら拙かった。一本目と二本目に身体が挟まれて、身動きが取れなくなる所だ。


「二本、同時っ」


 威力重視の同時攻撃。相手の逃げ場を奪った直後なら有効な一手だ。

 上下に並んだ細めの剣が伸びてきた。俺の顔面と腹部を狙っている。大剣による防御を続行しよう、と考えた策を理性で破り捨てた。この幅広い刀身を平らにすると、正面が見えなくなってしまう。

 ――避けて、反撃だ。

 足元に視点を当てた。重心を崩さない具合に身体を落とし、大剣の切っ先で見出した箇所を穿つ。

 目標地点を目掛けて両膝を駆動させた。瞬く内に推進力がかかり、突き刺さった大剣を中心として回り込んだ。

 架空の剣が両方とも俺の鎧を掠め、後ろへと流れる。

 ――残りは二本!

 ――間合いを詰めて、必殺の一撃を叩きこむ!


「はあああっ!」


 足元と我が身を繋げていた基点を外し、俺は触手の本体と思しき場所へ走り出した。頼もしい黒い支柱のおかげで回避行動の影響は少ない。俺が乗れたのは上々の速度だった。

 加速する神経の端で、四肢を動かす手綱を握りしめる。

 一本目に伸びた剣に沿って移動だ。その接点に斬るべき敵はいる。


「……五本目!」


 そして、俺だったら五本目で迫りくる俺(、、、、、)を迎撃する。

 武器を構え、悪夢の剣と交わる場所まで急いだ。

 秒間にも満たない間で、黒い刃達は接する。

 ガァン!

 ――と、音が鳴って壊れるか弾かれるだろうな。五本目は。

 熱を込めて空想してしまった。しかし、本当に困難なのは次の局面だ。


「六本目……で、戻れるか……」


 舌打ちが思わず零れた。

 最初に打たれた剣が伸縮されたのは、六本目の剣に対処しようとした瞬間だった。これでは相手の攻撃が延々と続いてしまう。剣の切っ先が終わりなく自分を突いてくるはずだ。

 さて、どうするか……。

 調子が出ていた全身が冷めていった。借り物の心臓がばくばくと脈打っている気分だ。道を塞がる壁に突き当たったこともあり、俺は剣の処理について頭を捻る。


「ドンっ」

「――――!?」


 音響探知で声の主を把握した。少し離れた背後に立っている。

 前腕と平行になる様に大剣を掲げ、踵を反転させた。視野に人影が触れた。思案をかなぐり捨てて、足で地面を強く蹴る。

 黒い大剣の重量が俺と統一された。肉体までもが風を切り裂く疾駆を放つ。

 相棒の刃で突如として出現した相手を斬りかかった。質量にものを言わせて薙ぎ払おうとする。


「――やめろ、クリム! 俺だっ! マーディだ!」

「あ」


 鼓膜を叩いた名前で俺は戦闘状態をようやく解いた。大剣の慣性を消そうと、力任せに逆方向へ腕力を込める。ぐっ、と肘関節の部位で嫌な感触を覚えてしまった。損傷率が変化することはないが、どうにも後味が悪かった。


「…………ふん」


 俺は荒い鼻息と共に剣を降ろした。頭部と胴体を寸断されそうになった美青年を見据え、文句を口にする。


「またお前か……。いい加減に学習しろよ」

「それはこっちの台詞だ! 走馬灯が見えたぞ、今!」


 騎士としての相棒、マーディがうるさく捲し立てる。女性を魅了するだろう整った顔立ちには似合わない表情だった。


「うるさいな。E・Dここで退場しても死ぬわけないだろうが。ラノベによくあるデスゲームじゃないんだぞ」


そもそもはこいつの自業自得だ。何故訓練中の俺に厄介を出すのだろうか。いつか本気で斬り飛ばしてしまいそうだ。

騎士団の一員はある種の犯罪に目をつぶられている。それは犯罪者を退場させるための無申告対戦だ。

退場させてしまえば次の入場から刑務都市と呼ばれる隔離空間に飛ばされる。そこはPCしかいない生活空間であり、犯罪者達はあらゆる娯楽から切り離されて労働生活を強いられるのだ。

呆れた俺に対し、マーディは年長者らしき言葉遣いで反撃を試みた。


「分かってるさ。冗談だよ、冗談。……全く、お前は冗談ってものが分かってないな。そんなんじゃ女にモテないぞ?」

「マーディ……お前はそれしか言えないのか?」


 反省の色が全く見られない。次からは加減なしに首を斬り落とすべきだろうか。世間受けは悪化するだろうが、こいつならば別に問題はないような気がしてきた。


「ちょ、クリムぅ……? 目が怖いぞぉ……?」

「何でもない」


 首を振る動作で殺気の分解を紛らわせる。……くそ、勘が良い男だ。


「――それで、今日はあの黒いの相手に模擬対戦シミュレーションしてたってわけか?」


 気さくに本題が振られてきた。マーディは俺の動作が含んでいた意味を見通していたらしい。学校での悪夢を目にしているのだ。想像は容易かっただろう。


「知ってて邪魔したのか」

「邪魔じゃないさ。背後からの不意打ちを演じてやったんだ」


 マーディの意図がぼんやりと理解できた。目前の美青年が懸念しているのは別の戦力だ。公共の場で出現した悪夢に仲間がいるとしたら、マーディが行った不意打ちは実現可能となっただろう。

 不注意からか、鈴夜湊としての意識が先見の明を出そうとした。本体を知っている人間にしか真実は突き止められない。

 ――悪夢がやろうとしているのは、その仲間への復讐だ、と。


「…………あんなのが、何人もいるとは、思えない…………」


 喉元から氾濫した言葉を何とか修正する。胸中を丸ごと吐いてしまったら、悪夢と俺の関係性が騎士団中に知り渡ってしまう。その状況はどうしても避けたかった。


「まあ、それも一理あるな」


 軽やかな笑声が訓練場を明るくしていった。マーディなりの思考に取り込まれ、冗談として処理されたのだろう。

 俺は微かに息を漏らした。マーディの笑いに釣られたフリは念の為だ。

 ――これからやろうとしていることを思えば、決して仲間に考えを悟られてはいけない。もちろん、目の前の相棒にも言えることだった。

 欺くにはいつもと変わった行動は禁忌である。口数には気を付けよう。


「なあ、クリム」

「……」


 マーディを見上げた途端、俺の思考を引き出す問いかけが早々に現れた。


「あの嬢ちゃん……ユリアって子とは大丈夫なのか?」


 答えるべきだという義務、何と口にするかという疑問。二つの意向が心の両端を引っ張り合い、遂には打ち消し合って無言へと帰してしまった。


「やっぱり何かあったんだな」


 格好の良い面容に彫られた眼孔から蒼い視線が照らされる。とても純粋な輝きに満ちており、同性の俺でさえ意識が吸い込まれそうになった。ただ、魅了を際立たせる眼差しではなく、そこにあるのは深憂を冠した感情だった。


「関係、ないだろ」


 逆効果の突っ返しだと気づいても止められなかった。


「本当に関係がないのか?」

 ――あったら……どうするつもりだよ。


 目頭が自分でも歪んでいくのが分かり、敵意と呼べる苛立ちが胸の奥で燃え出そうとしていた。暗くて窮屈な竈で種火の点いた薪が煙を立てている。灰色に濁った空気が排気口を詰まらせ、俺の感情は酷く無様な成分に支配されていった。

 自然に宿った冷徹な心を俺は響かせた。


「ない」


 その拒絶を残し、マーディに背を向ける。


「そうか……。なら良いんだ」


 背中にはためくマントと白い鎧が彼の声を遠ざけた。鈍色の煤煙が遠慮するように充満を遅らせる。それも数秒で形を直していった。

 ――これでいいんだ。

 クリムとしての鍛錬に努めよう、と意識が動いた。持ち主から離れずに床に佇んでいた大剣はアイテム欄へと収納されていない。片腕を使って地から離間させた。


「クリム」


 無骨、無言、無反応の三拍子を揃えて俺は大剣を振る。


「俺とお前は相棒だからな。何かあったら、いつでも俺に言えよ」




 ……あの時、俺はマーディに言い返すべきだったろうか。

 騎士団本部から少し離れた商店街。俺は目に留まって購入したサンドイッチを片手にコマンドウインドウを眺めていた。両目の神経はメールと刻印された枠に張り巡らしている。しかし、約一時間前のやりとりがどうしても脳裏から離れなかったのだ。

 人通りの少ないベンチに腰かけていた俺は問答の無意味さに頭を振った。どうせ筋肉を使うならばこの両腕に費やすべきだ。確実な勝利を引き寄せる為には、大剣を扱う肉体の強化が必須なのだ。

 サンドイッチにもう一度かぶりつこうと俺は口を開けた。

 ……駄目だ。もう無くなっている。

 掌中に挟まっていたサンドイッチはパン屑を残して消えていた。我が家で良く食べるBLTサンドだった。有り余っている持ち金でお代わりをする程の代物ではない。


「ん……っ!」


 ゴシック調の横文字が鮮やかに点滅した。新しくメールが送信された証だ。


「来たか」


 指先をメールの欄へと這わせる。

 紙一枚分の厚さを持った長方形の立体映像をコマンドウインドウが投影した。視線で文章を読み解く限り、送信者は几帳面な性格だと感じられた。敬語を使い回し、一歩引いた態度で俺に言葉を投げかけてくる。

 その置かれた距離の間隔だけ、彼女を把握し辛いとも言い換えられた。


「決行は明日」


 仲間からは背を向けた。後は明日を待つだけだ。

 メールを送ってきたのは例によってリューゼと言う少女である。俺は彼女の本名が捺祇沙耶子だと知っていた。承知の上で連絡を交わしたのだ。

 内容は明日の作戦について。

 とある倉庫にて、悪夢と思しき人物を誘い出す様に俺がリューゼへ指示したのだ。


「二度も見逃した……。三度は、ないぞ」


 俺と良く似た人付き合いの苦手な後輩、芳野結那。けれども、彼女と鈴夜湊には絶対的な相違点が存在する。

 ――俺の大剣で、終わらせてみせる……!

 両耳でこの場に居ない筈の人物が放った声が反芻された。


『……最低。卑怯者』


 三原茜の批判は俺の人格を的確に射抜いていた。無力だから結那へのいじめには関わらない。E・Dでは強いから悪夢の邪魔をする。

 ――しょうがないじゃないか。

 ……夢の中でも、俺は僕(、、、)なんだから……。


「………………っ」


 むずかる口内が疎ましくなり、俺はごく短い間でサンドイッチを恋しく思い返した。

 何でもいい。飲食できる物が欲しい。

 さもないと、俺は暗澹とした思いで閉口を崩壊させてしまいそうだった。


なるべく次回も早目に投稿したいです。AIRLINEも頑張って執筆します!

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