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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《EN編》第四章「終わりのない夢」
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《E・D内部/???=?? ??:視点》② ”芽生え”

結構鬱な内容となっております。いじめシーンとかが辛い方はご注意ください。

《E・D内部/???=?? ??:視点》

 私は小学生の頃から人見知りが激しい性格だった。出会う人々とうまく会話をすることもままならなかった。ずっとそんな自分を変えたいと思っていた。

 中学校に進学してからは少しだけ努力をしたつもりだ。全く気を配っていなかった髪型に独自の工夫なども施したりした。それでも私の臆病で内向的な性格に変化は見られなかった。教室でも自然に出来上がる友人同士の集団から孤立していたのは言うまでもない。

 ああ、これが私なんだ。

 諦めが私の心で芽生えてしまっていた。E・Dへの入場を認められたのも奇しくも同じ頃であった。息苦しかった現実から逃れる為の休憩所。私は別の名を携えて夢の世界にはまり込んでいった。

 そして出御高校に入学することとなり、私は一人の少女と出会う。彼女は私なんかと親しげに接してくれていた。やっと現実でも親友と呼べる存在が出来たのだと舞い上がった。

 華やかな口調で話しかけられ、私は声を詰まらせながら返事をする。

 いつも窮屈な会話でごめんなさい、と何度も胸中で謝罪を繰り返した。その意志を言葉にするだけで触れ合いの流れは遮られてしまうのだ。申し訳なさが先だって私は何の言い訳もしてこなかった。

 平等な関係だと考えていた当時の私を、今の私が酷く恨んでいる。

 彼女の顔が裏返ったのは突然だった。

 ――買いたいアイテムがあるの。でも、お金が足りないんだよねー。

 ある日、私へとそう言い寄ってきた。最初は単なる愚痴をぶつけているのだと考えていた。発声の才に乏しい私は傍聴に励んだ。人に話すことで楽になることはある、と私が実現できない経験談をテレビで見たことがあった。少しでも彼女の苦悩を和らげさせたかった。

 ――結那ちゃんにもお得な話だから。

 気づいた時には私の所持金がアイテムの購入に関して組み込まれていた。彼女の話によると得られるポイントが私の役に立つらしい。

 ――ここだけの話だよ。結那ちゃんだから教えるんだから。

 断るという選択肢は私には用意されていなかった。


 E・D内アバターの髪色を変える染色剤。それが彼女の求めていた品物だった。

 ほぼ九割を私のお金で埋め尽くした。私達が入ったお店はE・Dでも高価な品物が並ぶことで有名な所だった。微々たるポイントが私に加算されても、利用する機会はもう訪れないだろう。

 ――わあ、すごっ。綺麗だね。

 彼女がグラデーション色に染まった絢爛な髪を自慢する。どの位置から眺めても濃淡職を再現する為に手間がかかっているらしい。その分の費用が値段に表れていたのだろう。

 ――ホント、結那ちゃんが私の友達で良かった。

 口数が少なく、暇があれば俯き続ける冴えない私。

 こんな存在価値を疑う自分が他人に貢献できたのだ。喜ぶ彼女の笑顔に頬を緩ませずにはいられない。私の爪先から幸せという液体が頭を目指して盛り上がっている気分だった。

 喉から幸福感が溢れだした。


『良かったね。……私も……嬉しい、よ』


 そして彼女は付け上がった。


 ――駄目だなぁ、そんな態度じゃ。めっ、結那ちゃん。

 彼女はお仕置きと称して私の腕を抓る様になった。痛い、と訴えても私の事を思ってやっているのだと受け入れられなかった。目立たないように肌を直接抓ろう、などと悪化第一に罰は重ねられていった。

 嫌だった。確かに自分を変えたいと願う私は存在する。だけども、こうした矯正を課せるはずではなかったのだ。

 ――良くなったね、結那ちゃん。さすが私の親友だね。

 まただ。

 また友情と冠した飴を私に与えてくる。対価を受け取った以上は次なる鞭を拒絶することは許されない。私は途切れることのない悪夢に陥ってしまったのだ。

 彼女の言動は次第に家畜のしつけへと化けていった。

 自殺は何度も考えた。その度に彼女との交流に変化が訪れるのではないか、と期待を抱いて逃げ続けた。死体になる勇気さえ、私には存在しなかったのだ。

 ならば夢の世界に逃げ込もう。

 目の前の悪夢に背を向け、夢の中に本当の私を見出すのだ。

 ――ねえねえ。一緒遊ぼーよ、???ちゃん!

 私が如何に幼稚な考えだったか思い知らされた。関係が途切れていない限り、悪夢は決して終わらなかったのだ。

 ――やっぱ、ここでしか出来ない遊びをしたいよね。

 彼女の示す遊戯。

 それは“狩り”だった。

 見知らぬ数人の男女を引き連れてきた彼女はとあるゲームを提案した。一人のプレイヤーを標的として、誰が一番早く仕留められるか競うものである。

 獲物として抜擢されたのは運動能力に劣っているはずの私だった。無理矢理にアバターへの攻撃を合法とするデュエル申請も強いられた。発案者である彼女は安心を誘う言葉ばかりを吐いている。

 仕方なく始まったゲームで私はとにかく逃げ惑った。

 自分に合わせて調節した小柄な体格が幸いして、物陰に隠れることだけは得意である。遊技場に選ばれた広い森を私は慎重に進んでいった。

 ――???ちゃん。そっちには敵がいるよ。こっちに逃げて!

 正面とは反対の方角から彼女の声は響いた。

 ――ごめんね。こんなの、嫌だよね。

 活発が売りだった友人の声が潤う。私は救われる思いで耳を傾けた。

 ――私もあいつらに命令されたの。でも、私が守るから安心して! こっちに来れば鉢合わせはしないからっ!

 茂みから勢いよく我が身を飛び出させた。

 少しでも彼女を憎んだ私が恥ずかしい。親友と断言したことを虚偽だと疑ったのは私の方だった。一喜一憂の果てにこの様では弁解の仕様がない。

 穴が有ったら入りたかった。


 視野の中心で瞬く小さな光。


 間髪入れずに私の身体が大きく揺さぶられた。

 欠損率を示すパラメーターが宙で増加してゆく。赤い数字が騒ぎ立てる理由を私はすぐには掴めなかった。

 ――あ……あはははははははははははははっ!

 彼女の嘲りが鼓膜を酷く揺さぶった。私は注意を自分の身体へと向け、欠損の原因にようやく辿り着いた。私のアバターに穴が開いていたのだ。

 貫通力の高い魔法で攻撃された。

 事実に気が付いた時には更なる衝撃が私を飲み込んでいた。呆然と佇む標的を彼女は魔法で甚振いたぶり続ける。

 ――引っかかってるー! ちょっと、どんだけ馬鹿なのぉ!?

 張り上げた声色に周囲から狩人が集まってきた。勝者となった彼女は自分の偉大さを訴えかけ、同時に私の愚鈍さを皆に知らしめた。

 私の欠損率は既に百を超えていた。強制退場がE・Dのシステムによって施行されていくのがはっきりする。私のアバターが光の粒子となって分解されてゆき、仮想の空へと立ち昇っていったからだ。

 遥か真上を煌びやかに飾るアバターの残骸は私の意識から離れていた。消滅した腕はあそこにあるのに手が届かない。不可思議な感覚が私を駆け巡り、???という現実に終止符を打った。

 牡丹雪を彷彿させる粒へと変わっていった孤影。

 それが二本脚を降ろす世界は夢か現かと尋ねるのは愚門だった。現実と夢の両方であの子は存在を削られていく。

 目を開けば、痛みに心を縛られる。

 目を閉じれば、魂の在処を奪われる。


 この悪夢に、終わりは来なかった。



 何度も家族へ打ち明けようと考えた。けれども、共働きで忙しい両親は私の相談に乗る余裕がとてもない。父方の祖母が重度の認知症ということもあり家計も圧迫されていた。転校したいと言い出す私は闇夜の瞼の裏で忘れ去った。

 教師に相談することもままならなかった。彼女の態度は表側では上手く偽装されている。クラスの明るいリーダー各の少女。その裏の素顔を直視しない限りは不可能だ。

 実際に数人のクラスメイトが私の様子を訝しんだことはあった。だが、彼女は人気者の名を欲しい物にするだけあって空気を読む能力には長けている。あと一歩の所で朗らかな触れ合いを演じてしまうのだ。

 私の救助信号は誰にも届かない。

 ならば、自分の手で永遠の悪夢を切り開こう。



 背中に奇妙な感触が二つ生じる。

 繰り返される悪夢の中、私は溜めてあった決意が芽生えたことに気づいた。

 今日は二人組の男子生徒が主犯だった。恒例の彼女による頼み込みから始まり、模擬的な戦闘を試すこととなったのだ。結局、中盤には彼等からの一方的な暴力となった。

 二本の剣が私を貫く。不規則な軌道を描き、二つの刃は私のアバターを無数の裂傷をしたためる姿へと変容させた。

 欠損率越しに見せつけられる映像が不快で仕方なかった。いつもの悪夢だと冷え切った感情が私を諭す。

 また剣の切っ先が私を貫いた。どうやらこの武器使用者は相手を刺し殺すことに快感を覚えたらしい。体に残留する異物が傷口を広げてゆく。陰湿なやり口に私は彼女の影を感じ取った。確かに気が合いそうな友人達なのだろう。

 並行して、視覚が及ばない背後では何かが蠢いていた。動きは段々と激しくなり、勢いよく噴出してしまうのではないかと心配になった。

 ……痛い。

 肩甲骨より下で発生する異常部分ではない。剣によって多くの真一文字を刻まれた両腕が鈍痛を帯びてきたのだ。しかも皮膚を切った痛みではなく、芳野結那という私を苦しめる罰から得られる代物だった。

 背中の感覚が伸長する。脈動する違和感が体積を増大させ、細長い触手のように伸びていった。見えなくても意識で繋がっている。

 これらは求めていた。

 主である私に問うていた。


 自分達に宿すべき怨恨は何か。


 ……それは、痛み。私を苦しめた痛みを、今こそ返してやろう。

 現実の身体と同調していた腕が???の一部に戻される。なだらかに消えていった痛覚の在処は訊かなくても理解できた。

 まずは目の前の二人。

 ……丁度、二本だ。

 外見もお前達に合わせてやる。

 倍返しじゃ済ませない。苦痛の叫びで私の夢を満たしてもらおう。私の溜めてきた痛みを存分に味わえ。

 お前らが終わったら、最後に貫くのは貴女だ。

 捺祇沙耶子さん。



 色褪せて見える昇降口。

 壁の破片が落ちた乳白色の床。

 倍増した四つの黒く細い剣。

遠退いていた意識を引き寄せ、私は目前でうつ伏せているメイド服の少女を瞳に収めた。

 見覚えがある人物だった。私が最初に謎の力を顕現させ、そして無様に目的を果たせなかったあの場に居合わせた少女である。大剣の騎士を親しげに呼んでいた。下手をすると彼が今回も出てくるかもしれない。私の意志が関与していない発動で討たれるのは勘弁したかった。

 私の刃が見えない壁で進路を遮られる。動きを制限する物体は何処にも浮かんでいない。問題があるとすれば私の精神状態だった。


「ァ」


 胸に滲んだ悔恨の情が四本の刃を重くする。身を引き裂く未練がメイド服の彼女から間合いを空けようとした。

 きっと、二人は友達なんだろう……。

 心臓が急激に萎んだような辛さを覚える。憧憬と嫉妬が境界線を跨りながら私を淀ませていった。

 ――どうして、相手の身を思いやれるのだろうか。

 空虚な感情が私の体内に数多の気泡を模る。両手の指では例えきれない程の隙間に私は戸惑っていた。

 私と捺祇沙耶子は本当に友人と呼べる間柄だったのだろうか。

 彼女を信じて、最後には裏切られる。そんな間違いを私は繰り返してきた。飽きることさえも忘れてしまった。単調に身の粉を削って炉に焚き付けるのみだ。

 私を支えていたのは友達同士と確信出来る呼びかけだけ。それさえも捺祇沙耶子から一方通行に送られる呼称だった。私からは一度たりとも彼女が友人だと言い切った記憶はない。

 どうすれば、貴女達みたいな友達になれたんだろう……。

 折角触れ合える親友を失くしたくはない。けれども現状が正しい交友の仕方だと認めたくもない。二つの否定がせめぎ合い、私から戦闘意欲を奪っていった。

 自然と、日常茶飯事で負傷する腕が心もとなくなった。

 身を守る様にして私は片腕を身体の軸へと引き寄せる。虚しさという麻酔が効きすぎており、自己満足の人肌が黒い影の下で求められていた。



「……貴女、結那ちゃん?」



 腹の底で臓物が氷結の冷感を帯びた。私の本名を寸分違わぬ言葉で聞き入れてしまったからだ。

 焦った私はすぐさまメイド服の少女から飛び離れた。屈強な戦士とさえ対等に渡り合える武力を手に入れたというのに、私という個人は透明で脆弱な殻でしか守られていない。憎んでいる相手に使役されているという事実が痛い程突き刺さってきた。

 彼女の言う通り、私は芳野結那だ。

 我が名が露見している理由を探りつつ、私はこれから選ぶべき行動を探り出した。このE・D内部では相手を殺したとしても死亡の罰則が課せられるだけで、現実の本体にまで害は及ばない。背中の黒い刃を用いればメイド服の少女は楽に倒せるが、私の正体を忘れてはくれないだろう。

 ――どうする?

 一手先を惑わす迷宮が積み上がってきている。逃走か殺害か。またはそれ以外の行動を選ぶべきか。

 逡巡が私から五感を奪い去った小さな時点。

 校舎が、大きく揺れた。


「何っ?」


 メイド服の少女が全身を床に這いつくばらせたまま己の後方を振り返った。私も釣られて視線を彼方へと追いやる。

 彼女を挟んだ奥側で立っている壁が粉々に砕け散り、轟音が場を満たした。

 様々な事故を考慮してか大抵の公共施設は外壁をぶ厚く設定してある。私の黒い剣でさえも先端から数センチしか埋まらなかった。

 そんな鉄壁がたった二度の衝撃で突破されていた。

 散り散りと細かい破片に変貌した素材が崩れ落ち、驚異的な破壊力を振るったアバターの姿が露わになった。


「……話通り、か」


 両手で握りしめた黒の巨剣に、騎士団の名に恥じない純白の鎧。日本人特有の変わり映えしない顔立ちながら、瞳には暗澹とした闘気を秘めた青年が佇んでいた。


「……ク、クリム!?」

「何でまた現場に居るんだよ」


 断罪裂剣のクリム。

 彼こそ、以前に私へ敗北を知らしめた憎き天敵だ。

 想像が最悪な形で実現しつつあった。私の武器が四本に増えたと言っても、あのアバターに勝利する確率は零に等しいだろう。


「べ、別に今回は私も巻き込まれただけで――」

「いいから、下がってろ」


 低い位置から反論を講ずる少女を余所に、彼は黒い大剣を私の方へと向けた。


「再戦だ、悪夢ナイトメア。今度は油断しない」


 軽々と発せられた宣戦の布告が、芳野結那である私の脆い壁を打ち破り、底辺で蹲る精神をばらばらに切り裂こうとしていた。

 逃げ場は、どこにも見当たらなかった。


ようやく第一部サブタイトルの意味が分かる重要な章です。ここからどんな結末へ向かってゆくのか楽しみに待っていてください。半分は既に突破しています。これが学園ものだと断言できるようなストーリーを考えております。

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