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最果てのコーダ  作者: 濱野 十子
一章 糖蜜花と人造人間
6/8

5

 大きな、一枚硝子の車窓。

 曇りのない窓の向こうには、地上の景色を上下反転したかのような景色が広がっている。

 ぱっと見ただけでも、かなり変わった光景だ。

 だが、その中でも一番に目を惹くのは、地上では天井まで聳えていた、組み鐘の観覧車だろう。地上部のようなゴンドラはなく、真っ直ぐに伸びた巨大な柱は、まるで剣のようにするどい。

「なんだか、賑やかな空ね。まるで、赤ちゃんをあやすメリーみたい」

 カリヨン主塔の周りには、鮮やかな色をした建物群が幾つも、ぶら下がっていた。

『ご覧になっておりますね、コーダお嬢様。あれが〈エヴァジオン〉こそが至上の楽園と詠われる由縁となった、超巨大遊園地〈コンフィズール〉であります!』

「ねえ、サラバント。観覧車の周りを囲んでいる、あの青いのは何なの? あれも、スクリーンなのかしら?」

 窓に張り付いたまま、コーダが指さしたのは、一見すると空にも見える鮮やかな青だ。

 ぱっと見ただけでは、地上に張り巡らされていた環境スクリーンのようにも思えるが、違う。

 透明度が高いのに、厚みがある。人工太陽の光が乱反射して、きらきらと輝いているのが透けて見えていた。

「巨大な、プール。いえ、湖だったものと、言ったほうが良いでしょうね」

『湖ですか? あれ、流体ではありませんでしょう?』

〈オーヴァチュア〉の指摘に、サラバントは頷き返した。

「ええ、氷砂糖(シユガー・レイク)です。地上の空気はひどく乾燥していて、湖に含まれていた砂糖が全て、結晶化してしまったのです」

「あの湖は、不要になった菓子人形たちの集積場だったのです」

 高い少女の声と共に、前方車両へと続くドアがゆっくりとスライドした。

 とたん、ふわりと流れ込んでくる砂糖の匂いに、コーダの眉間が歪む。

「お帰りなさい、サラ。あなたが、五体満足なヒトを連れてくるなんて、初めて」

「ただいま戻りました、マスター」

ドアの向こうから現れたのは、車輪のない、宙に浮いている車椅子に座った少女だった。年の頃は、コーダと同じくらいだろう。

 金糸で作ったような、蜂蜜色の巻き毛は踝を隠すほどに長く豊かで、睫毛に縁取られた瞳は涼やかな青色をしている。

「あなた、菓子人形ね」

「ええ、わたくしは菓子人形です」

 人にあらざる青白い頬と甘すぎる体臭は、紛れもない菓子人形のものだ。しかし、綺麗な目にはちゃんと、理性の光が灯っている。

 少女は手すりに備え付けられている操作盤へと手を翳し、車椅子を前進させた。

 かつて要人を乗せて走っていた車両は、ゆったりとしたサイズで作られている。ベルベットの豪奢な二人がけの座席が左右に設置されていても、なお通路は広く、車椅子が悠々と移動できる程だ。

「初めまして、お客様。わたくしは、フィーネ」

 幾重ものフリルが縫い付けてあるペチコートで膨らんだ、臙脂色のスカートの裾を摘んで、フィーネが頭を垂れる。金色の髪が、さらさらと音を立てて、肩口をこぼれて行った。

「アタシは、コーダ。おでこにくっついているのが〈オーヴァチュア〉っていう、使えないパンフレットもどきよ」

『酷いです、コーダ嬢! せめて、案内役と仰ってくださいませ!』

 憤慨するオーヴァチュアを無視して、コーダは長い薄桃色の髪の先を摘んで頭を垂れた。

「なるほどね、本当にお人形みたいに綺麗だわ。アナタのような菓子人形なら、人間たちに求められるのも、分からなくはない……といっても、想像でしかないけど」

「まだ、生きている人間に会ったことはないの」と、コーダは肩を竦めてみせた。

「このエヴァジオンで、人間のことを知っているのは、サラだけでしょうね。わたくしたち菓子人形も、人間がいた当時の個体は、すでにいなくなっているはずです」

そうでしょう? と目配せしてくるフィーネに、サラバントは小さく肩を竦めた。

「当時のことを、俺はよく記憶していないのです。なので、人間がどんなものであったのかは、コーダ様、どうか聞かないでください。貴女を満足させられるような答えは、持っておりません」

「ふーん、やっぱりそうなの?」

 口を窄めるコーダに頭を下げ、サラバントは車椅子の後ろへと回った。

「コーダ様、お招きして早々に申しわけございませんが、後部車にある食堂で、しばしお待ちいただけますか?」

「あら、お客を置いて、何をしようというのさ?」

「マスターの、お世話を。あまり人に見せるべきものではないので、どうぞ、ご容赦くださいますようお願いします」

言葉尻は穏やかに、視線には拒絶の色を滲ませて。サラバントは、コーダの追及の言葉を待つことなく、手慣れた所作で車椅子を切り返した。

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