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第肆記録

◆◇◆◇◆


 どこか分からない場所。


 世界が不可思議な色に溶けたような空間。

 いや、違う。既に色の感覚など無くなってしまったのかも知れない。

 到底、人の身では至る事の出来ないような景色。

 その中を俺は漂っている、潮の流れに身を任せる水母くらげのように。

 方向も方角も何一つ分からないにもかかわらず、漂っているということだけは不思議と理解している。このまま漂い続けた先に、何処に行き着くのかその時に分かるのだろう。



 なんで、どうしてこんな所にいるんだっけ?

 頭に靄がかかったように何も思い出せない。まるで、何かを思い出すことを拒んでいるかのように。

 でも、思い出さないと何も始まらないんだ。思い出せよ、俺の記憶を。



 一瞬、色も何も分からないこの場所が真っ白に染まり、明滅する光が世界の広さを映し出す。

 そこは何処までも広く、何処までも遠かった。

 果てを見ようと目を凝らしても、果てなど見えるはずもない程に景色は連続している。

 とてもではないが、現実とは思えないような不思議な景色。

 良く目を凝らしてその景色を眺めると、その景色は何かのぼやけた映像を映すモニターのように見えた。



 ……これって



 そのモニターの全てには幼い頃の俺が映っており、今と全く変わらない姿形をした姉さんが映っていた。

 その中に、つい最近……たった今経験した映像が流れていた。



「そうか……俺、負けたのか」



 精神汚染の魔術をいつの間にやら直撃し、混乱して、負けた。

 ああ、負けるってのはこんなにも……悔しいのか。

 俺が同じように勝者になったってことは、同じだけの敗者が生まれたってこと。

 俺は、こんな気持ちを踏みにじって勝者を気取っていたってことか………

 丁度いい機会だ。俺は一から自分を見直そう。けど―――

 ここは何処なんだ? 精神汚染で意識を手放して………

 ってことはアレか。俺は今、自分の記憶を遡って旅行しているってことなのか?

 落ち着くために深く深呼吸をする。何故か口の中に辛いとすっぱいが入り混じったような味を感じる。

 というか、どうして味を感じる?

 考えたくない、考えたくないけど……やっぱりアレか?



「目を覚ましかけている……」



 どうせならばこの際に、思い出したくても思い出せなかった記憶を思い出すために記憶旅行をしようと思っていたのになんということだろうか。

 とりあえず、完全に目を覚ます前に一つだけ確認しておきたいことがある。

 それは姉さんの願い。

 あの白昼夢で思い出すことの出来なかった言葉。



「あれは……確か……」



 その頃に近い記憶の海を漂い、その当時の記憶を掻き集める。その中に、答えは見つかった。



『そうね、私は人間ヒトになりたいかな』


 

 これが、姉さんの願い?

 六大始祖になったのも、己の力で人間ヒトの身に至るためなのだろうか?

 でも、これで俺の方針は固まった。

 己の未熟な全てを矯正し、姉さんの願いを叶える術を探す。


  

 やけに近くから脳に直接響く声が聞こえるようになってきた。

 どうやら、俺は本格的に目覚め始めてきたようだ。



「出来ることなら、ここには二度とこないようにしないと」



 そう呟いて……実際に呟いてはいないのかもしれないが、そう呟いてこの世界の俺は意識を手放した。



 ☆



「……ちゃん、洸ちゃん」



 揺らぐ意識、徐々に覚醒には近づいているようだ。



「実はわざと起きないで心配させてるんじゃないでしょうね? だったらワタシが殺しちゃうわよ」



 そして、聞きたくないような言葉が耳の中で突き刺さるように何度も何度も木霊する。

 下手をしたら、次の瞬間に再び現実世界から夢の世界に戻されるかもしれない。そう思い、意を決して起き上がろうとしたとき、口の中に何かを突っ込まれた。

 その挙句、強制的に顎を上下させられ噛み砕くことになる。



「まずは暗黒物質ダークマターのレベル1で……」



 それはすっぱくて、辛かった。そう感じたのは最初の数秒だけで、時計の針が一秒進むにつれて口の中で戦争が起きていて爆撃でもされているのではないかという痛みが襲ってくる。



「うなされてますねコイツ。天音様……やはり人間に暗黒物質はやりすぎではないでしょうか?」

「まあ、洸ちゃんだから大丈夫でしょう。じゃあ次はレベル5で―――」



 次に得体の知れない何かを口にねじ込まれる前に目を覚まさなければ、俺に待っているのは間違い無く死であろう。

 そもそも、レベル1の次にいきなりレベル5とはどういうことだろうか?

 口の中にある異物から来る激痛に耐えながら、俺は跳ね起きるように目を覚ました。



「大丈夫じゃねー!!」

「「あ……」」



 しかし、アクシデントとは誰もが予想だにしないことが状況で起きるものなのである。

 叫びながら起きたのがダメだったのだろう。



「ね、ねえふぁん、これ、かひったらどーふぁふの?」



 だが、幸いなことに噛み砕いてはいない。



「えーと、ゴートゥヘヴン?」

「はやふけふぇよー!!」

「そうだ、早く消さないと……って、あれ、どうやって消すんだっけこれ!?」

「しるふぁっ!」



 そんな俺と姉さんのコント的な何かに痺れを切らしたのか、どういった経緯で召喚されたのか不明な、姉さんの使い魔のテトが投げやりに口を挟む。



「天音様、キュリちゃんを召喚して喰わせればいいんじゃないですか?」 



 俺からしてみれば理解が出来ない言葉であったが、姉さんは思い出したというように手をぽんと叩くと、キュリオスの召喚をする。

 突然召喚されたキュリオスであったが、召喚された意味が分かっていたのかその小さな身体から生えている翼をぱたつかせながら、俺の口の中に頭を突っ込んだ。



「ふもっ!?」

「キュ、キュッ」



 口の中に更なる異物感を感じ、胃の中のもの全てを逆流させてしまいそうになるがなんとかこらえる。

 その間にも口の中でもごもごと動き続けていたキュリオスだったが、その動きを突然止めたかと思うと口の中から出て行く。



「キュッぷぃ」



 そして、満足そうに一声鳴くと俺の頭の上に居座るかのように座る。



「ご苦労様、キュリ。まだこっちに残る? それとも還る?」

「キュクルル」

「洸ちゃんの頭の上がいいの?」



 姉さんの言葉にキュリオスは少し高い声で再び鳴く。

 俺はそれを会話の区切りと判断し、姉さんのほうに向きなおして口を開こうとした。

 だが、それは他でもない姉さんの手によって止められた。



「もがっ?」



 と、いうよりも口を塞がれた。



「心配されてたのは言わなくても分かってるみたいだから何も言わなくていいの」



 けどね、と、姉さんは続ける。



「洸ちゃんの『偽りの奇跡』については聞かせて貰わないといけないことがあるわ」



 その優しい口調とは裏腹に、魔族特有の鋭い眼光で俺は射抜かれる。

 嘘の一つも許さないという悪魔の瞳。事実、悪魔であるから間違ってはいない。



「聞きたいことって?」

「あら、意外ね……てっきり必死になって隠そうとするものだと思ってたのに」

「どうせ隠したところで姉さんに知られるのも時間の問題だし……それに、姉さんなら俺の‘この’能力を引き出してくれるから」



 それに、俺は自分の能力である偽りの奇跡について完全に把握できていないのだ。本来、偽りの魔術は自分だけのものであるために、誰の教えを請う事も出来ない。

 だが、ただ一人が俺と魔術的なパスを繋いでいて、それでいて俺の魔術の特性についても熟知している人が存在している。

 それが姉さんだ。



「随分と過大評価してくれているのね……」

「なっ、また考えてること覗き見したな!?」



 俺はあまりの恥ずかしさに両手で頭を抱えてその場に蹲る。



「違うの! 今のは洸ちゃんから勝手に流れ込んできただけだから、ね?」

「流れ込む? なんでさ」

「それは追々説明するとして、洸ちゃんのアレは次元干渉の奇跡で間違いないわね?」



 うまい具合に話を元のレールに戻され、俺はしぶしぶ頷いて口を開く。



「間違ってないよ姉さん。けど、ちょっと違うんだ」

「違う? 詳しく話してみて」

「重力虚数演繹演算加速装置、俺はGIAシステムって名称で―――」

「それで、そのGIAシステムっていうのは何なの? 理論と原理を詳しく述べなさい」



 久しぶりに聞く姉さんの教育者モードの口調。俺はあの時を再現するように答える。



「重力を限界まで圧縮すると黒い穴、通称ブラックホールができるんだ。俺はそれを加速装置の補助で重力を急激に加速させることによって、擬似的に掌サイズのマイクロブラックホールを作り出せるんだ」

「それで?」

「で、俺の作るブラックホールは特殊で、本来の在り方と異なって三次元からずれた次元に繋がる穴なんだ」



 そこまで言ったところで、姉さんは納得したように頷くと遮るように口を開く。



「本当に出鱈目なのね、魔術師って言うものは」

「俺からすれば魔法使いや魔道師、それに姉さんとかの方がよっぽど出鱈目に思えるよ」

「事実は小説より奇妙なものなのよ。ワタシたち悪魔から言わせて貰えば魔術師という存在が一番の異端よ。科学と魔術を併せて使うなんて考えられないもの」

「そういうものなのか?」



 その言葉に姉さんは無言で頷くと、先ほどまでの教育者モードの姉さんは何処に消えたのかと思うほどの微笑をして俺のほっぺをつんつんと突いてきた。



「そういうものなのよ。じゃ、話もある程度終わったところだし帰ろうか、洸ちゃん」

「あ、うん。わかった―――」



 そういって俺が立ち上がると、頭の上に居座っていたキュリオスがパタパタと羽を動かして、珍しいくらいに静かにしていたテトの腕の中に戻っていく。

 そして、俺とテトの視線が合う。



「………」

「何、ジロジロ見てるんですか」



 物凄い目つきの悪さで睨まれた為に俺は冷や汗を流しながら、なんでもないというしか出来なかった。



「まあ、いいです。天音様、今日はこっちにずっといても良いですよね♪」

「うーんと……そうね、特別授業で少し手伝ってもらいたいことがあるからいいわよ」

「手伝い……ですか?」

「そ、手伝い。テトなら簡単なことだから安心して。それに、洸ちゃんの魔力量は思った以上に少ないから、特訓もかねてこれからは常に現界してても構わないから」



 俺を外に勝手に話が進んでいく。

 だが、俺にはそれを止めるほどの力も無ければ度胸も無い。



「まあ、そういうことなのでよろしくですよ」

「あ、ああ、よろしく……」



 顔で笑って、心で泣く。


 そんなことを器用にしながら、俺たち今神家一行は学園から家への帰路に着くのだった。




◆◇◆◇以下の単語が記録書に追記されました◆◇◆◇


暗黒物質

天音の使う魔術に一つ。文字通りの物質であり、その用途はさまざまある。レベルわけが出来るようだ


ゴートゥヘヴン

天音の言った言葉。おそらくgo to Heavenのことだろう。


偽りの奇跡

魔術師の必殺技……ではなく禁忌タブーと呼ばれる最終奥義のようなもの


次元干渉

文字通り次元に干渉すること


出鱈目でたらめ

根拠がないこと。首尾一貫しないこと。いいかげんなこと。また、そのさまや、そのような言動を言うらしい。


GIAシステム

gravitation(重力)imaginary(虚数)accelerator(加速器)の略称。これの正式名称は重力虚数演繹演算加速装置とのことだが、使用者本人がめんどくさいらしく今の名称になったようだ。


バステトのテト

最近、洸に対する態度が若干優しくなった……気もしない



◆◇◆◇記録中◆◇◆◇





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