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第参記録

◆◇◆◇◆  


 見渡す限りの荒廃した世界が広がっている。高層ビルの崩れた残骸が所かしこに存在し、少し首を捻ると干上がった河があったであろうと思われる陸地がここには在る。

 草木は一本も生えてはおらず、空は薄暗く染まっている。生きているモノが存在していることに違和感を覚えるような場所。そこが、俺がシグとの決闘に選んだ第二演習場だ。


「まるで終ノ空ね」


 姉さんは俺の隣でぼそりと呟いた。

 終ノ空、そんな言葉を聴いたことは今までなかったが、なんとなく分かるような気もする。

 文字通りの『終わりの空』

 それはつまり、終わってしまった世界を看取る空。いつまでもいつまでも、終わった世界を見続ける空。


「でも、決闘をするには丁度いい場所だと思うよ」

「そうね。けど、洸ちゃんの魔術じゃこういう場所は戦い難いと思うけど?」

「それも含めての決闘だよ。正直な話、シグの魔術の属性も知らないのに校庭なんかで決闘なんてしたら十中八九俺が負ける気がするし」


 俺は苦笑いをしながら薄暗く染まった空を見上げる。


「それにさ、俺は怖いんだ。魔術師として魔術師と戦うのがさ」

「でも、誰かに認められたいって思っているんでしょ」

「まあ、な。けどさ、いろいろあるんだ」


 あの時こそそんなことを思っていた。けど、今は別の思いがここにある。


「いろいろねぇ。ここで心を覗いたりしたら流石に無粋よね……と、来たみたいよ洸ちゃん」


 俺の言葉に姉さんは、納得いかないというような表情をしてから再び小さく呟くと、口を閉じる。


「俺も見えてるって……」


 俺は背もたれにしていた瓦礫から背中を離し、ゆっくりと立ち上がる。


「聞いていたよりも随分と陰気な世界だね……ここは」

「そうだな。それで、魔術師同士の決闘って事は『偽りの奇跡フォックスヴィジョン』の使用も許可されてるんだろ?」

「勿論。ルールの説明は審判兼担当教師の煉慈さんがしてくれるよ。それじゃ、説明お願いしますよ煉慈さん」 


 シグに指名されるとともに、煉慈先生がどこからともなく気だるそうに現れる。


「そんじゃ、ルールの説明に入るが二人ともよく聞けよ。二度は説明しねーからな」 


 念を押すように煉慈先生は俺たち二人を指差すと、説明を始めた。


「今回の決闘は魔術師同士の決闘により『偽りの奇跡』を使用することが許可される。まあ、一応聞いておくが……『偽りの奇跡』とは何だ。答えてみろ今神」

「魔術師が自分に許された唯一の魔術を世界に干渉させることができる、唯一の魔法と呼べる魔術です」

「そうだ、よく覚えていたな。では、どうして『偽りの奇跡』を魔法使いや魔道師相手に使用してはいけないか答えろ、シグ」


 煉慈先生は俺の答えが的確であったために、次にシグに質問を投げかける。


「僕たち魔術師と違い、彼らは一流に至ることが出来なくとも二流、三流まで至ることが出来るからです」


 シグの答えに、煉慈先生は頷くと再び説明を始めた。


「次はルールの説明だ。一対一の従者の使用を禁じた決闘であり、俺が戦闘続行不可能と判断するかどちらかが降参したらその時点で決闘は終了する。そして、従者が決闘に介入した場合はその時点で敗北が決定だ。以上でルールの説明は終了するが、何か聞きたいことはあるか?」


 煉慈先生の問いかけに俺たち二人は首を横に振る。


「そうか、なら従者の二人は俺と一緒に観戦モニターで決闘を見守って貰う事になるがいいな?」


 その言葉に二人の従者は無言で頷くと、煉慈先生に転移魔方陣の上まで誘導されると観戦モニター室に転移して行った。


「ようやくだね……今神洸。こちらの準備は既に済んでいるけど、君はどうだい?」

「ぼ……俺も準備は出来てる。後は煉慈先生の開始合図を待つだけだ」

「下手だね……僕も君も。まあ、そんなことはどうでもいいか」


 一瞬の沈黙が俺とシグに訪れる。

 だが、それは本当に一瞬だった。

 決闘開始の合図が煉慈先生のモニターから映し出されると、俺たちは同時に動き始める。


「仮想エミュレーターによる戦闘経験の憑依及び加速装置ライナックによる戦闘補助アシストを開始―――」


 俺は即座に加速装置を展開し、シグの後方に回り込む。


「属性を『水』に指定、流体操作の術式を固定、水銀ミズガネツルギに――」


 それに対してシグは詠唱を最後まで終えると、どこからともなく現れた水銀の剣を手の中に収め、俺の現れる場所を予測して居たのか剣を添えるように構えた。


「なっ―――」

「洸、確かに君は速い……けど!」


 加速装置の魔術補助を受け、指定位置に着地をすると同時にシグの水銀の剣が横薙ぎに振り払われる。

 俺はそれを、加速装置のオーバー加速アゲインによって緊急回避をする。


 しかし――― 


追撃トラッキング


 シグの使用している水銀の剣は、その形状を崩したかと思うと八本の触手となって俺を追い詰めんと追撃してくる。

 その姿はまるで、白銀に輝く八岐ヤマタノ大蛇オロチを髣髴とさせる。


「だったら―――ッ!!」


 加速装置の状態を再加速から最大出力に引き上げる。無理な命令の書き換えだったせいなのか、加速装置に過負荷が生じる。何かに罅が入るような音が頭の中に直接響く。

 だが、その成果もあって八岐大蛇を彷彿させた八本の触手の全てから逃れきることに成功したようだ。


「よく逃げたね……って言うにはまだ早いんだ、これがね」


 しかし待ち受けていたものは、俺の行動を先読みしつくしていたシグの綿密な知略。

 そこには術者、シグ本人が水銀の剣を振り落とす姿があった。その瞬間、世界が色を無くすかのように色褪せていく。時間が止まったような錯覚に陥る。そして、脳内で始まる自己嫌悪の自己結論。



 

 誰かに認めて貰いたくて先人の力を頼って姉さんに再会できた。

 そんな俺は姉さんの力で他人に見られるようになって、

 それでいつも姉さんに頼って……

 初めから無理だったんだ、

 自分自身の力で誰かに認められることなんて。



 

『洸ちゃん、本当に諦めるの?』 


 ふと、頭の中で響いた言葉があった。それは幼い頃の姉さんと過ごしていたある日の記憶。

 あの頃の俺はどうだったのだろうか。こんなにも簡単に諦めてしまっていただろうか?

 

 ―――違う、あの頃は諦めてなんかいなかった……


 ならば、今はどうするべきなんだよ?

 

 ―――少しでも……少しでも前に進む



「虚数重力演算開始―――」


 そう呟くと加速装置から外殻に当たるパーツが弾け飛ぶ。本来、俺の使用している加速装置とは俺専用にカスタマイズされた魔術補助装置のことだ。つまり、既存品を改造して、改造して、改造しつくして出来上がった物が俺の禁忌タブーを使用する上で必要不可欠な補助装置。


 つまり、加速装置とは俺だけに許された固有魔術を使用するために形式的に実戦に投入しているに過ぎないのだ。


「GIAシステム作動」


 加速装置だった物があった箇所に朱色の閃光の輪が腕や足、首を中心に超スピードで回転している。


 それに曳かれるように、シグが振り下ろした水銀の剣が地面に突き刺さる。


「な……重力増加? いや、これは―――」


 シグはそれを担ぎ上げようと腕に力を入れたようだが、予想外な事態に陥ったのか水銀の剣を回収することを諦めて後ろに飛びのく。

 そして、地面に掌をべったりと押し付けたかと思うと一気に引き上げる。

 すると、掌には先ほどまで手にしていた物と全く同じ物が握られていた。


「重力系統の発現者とは知らなかったなぁ……」


 しかし、言葉とは裏腹にシグの表情には焦りは見えない。

 それはそうだろう。魔術師である限り絶対のアドバンテージである『偽りの奇跡』を俺が使用したというのに、シグは手の内の全てを出し切っていないのだから。


事象イベント地平面ホライズン」  


 左腕に念じるように魔力を練り上げ、左手の中に黒い渦を発生させる。俗に言う重力が実体化したものだ。


「けどね、一度でも種明かしをされれば恐れるに足らずだよ」


 シグは俺に聞こえるように呟くと、新たに生成した水銀の剣を下段に構えながら駆けてくる。

 俺は、その場に立ち尽くしたままニヤリと口元を歪める。


「切り離される次元コラプサー


 左手の中に発生させていた重力の塊が見えなくなるほどに縮小された瞬間、俺の体内時間が歪む。


「君は一度、誰かに負けないといけない……そうすれば気がつくよ。とても大事なことにさ」


 シグの唇が動いている。けど、遅すぎて何を言っているのかが分からない。全てがスローモーションで視界に映る。世界が止まってしまいそうな感覚に陥る。


 けど、そうではないのだ。


 擬似時間停止による四次元からの三次元に対する干渉。それが俺の『偽りの奇跡』の正体。

 つまり、現在という時間軸から一秒先の未来を操作する力。

 だからたった今、下段に水銀の剣を構えてこちらに駆けてくるシグの姿は一秒前の自分が見た映像になる。 

 要するに、俺は相手よりも一秒先に行動できるということだ。


「空間転移!? でも―――」


 シグは一瞬のうちに水銀の剣の形状を固体から液体に戻すと、全方位を守るように水銀で半球状のドームを生成する。


 ――全て丸見えなんだよ!


 俺は叫ぶ。が、一秒先に叫んでいる為に言葉を放ってから一秒後に遅れる様に世界に声が反映される。


「丸見えなんだよ!」

「なっ!?」


 既に水銀のドームに入り込んでいた俺はその声にさらに遅れてシグのことを拳で殴る。

 一秒後に起きた事象の為にシグは訳も分からないといった風に顔から弾き飛ばされる。


 ―――これで終わりだ!


 一秒先の世界で叫びながらシグにアッパーカット気味に拳を入れた……はずだった。


「へへ……洸、君の『偽りの奇跡』は確かに見破ったよ!」

「―――これで終わりだ!」


 声が重なる。

 瞬間、身体に謎の悪寒が駆け巡った。


「精神汚染―――創世ラスト破滅カタストロフ


 一秒前の俺の身体が三次元から消える。それと同時だった。三次元の俺が体験したすべたが四次元の俺にフィードバックされる。

 それは苦しみであり、悲しみであり……この世全てに存在している悪意を一身に背負わされたかのような絶望だった。


「あれが…精神……汚染…なのか?」


 極度の集中状態から開放された為に『偽りの奇跡』が発動できなくなる。

 そもそも、得体の知れない何かが何かを蝕んでいる。


「洸、確かに君の『偽りの奇跡』は禁忌タブーと呼ぶに相応しいよ。いや、もはや魔法の域に入り込んでる。けど、君は何も分かってない」 


 何より、俺という心がドス黒い何かに浸食されていくような感覚。


「だから、考えるんだ。君は今、何を思ったか。負けるということはどういうことなのかを。僕たちのいるこの世界に甘えはあってはいけないんだよ」


 もう眠ってしまいたい。何も考えたくない。


「洸、もしも今日のことを忘れずに居られたのなら君は間違いなく―――」


 でも、シグの言葉は何か大切なことを教えてくれる気がする。だから、最後まで聞かないと―――


「――――――」

 



 でも、もう何も聞こえない。

 考えられない。

 深い深い闇の底。

 誰も助けになってくることの出来ない暗黒。

 俺は……僕は闇の中に落ちていく。




『洸ちゃん!!』




 そんな僕を、誰かが引きずり出そうと手を引っ張ってくれたような気がしたんだ。 

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