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第壱記録

第一章



 魔術師も魔道師に勝つことができるという事実がネット放送を介して全世界に広がると、世界中に存在している魔法学校は群雄割拠の時代を迎えた。

 今まで辛酸を舐め続けてきた魔術師連中は今までに増して、己の行使できる魔術を磨くことに専念するようになった。ある意味でいい傾向にはあるが、思い上がりだけで魔術師が魔道師に勝つことはやはりあり得ないようだ。

 だが、それは同時に、今までのように魔道師たちが才能に物を言わせて努力を怠り続ければ、いずれは魔術師が魔道師の上に立つ時代も来るかもしれない。

 しかし、この考えはあくまで仮定である。


「それにしても……だ。ナギ……お前は他の連中みたいに努力して強くなろうとは思わないのか?」

「んあ、別に魔術師と魔道師の戦争が勃発するわけでもないだろ? だったら、俺は今までどーりに自分に見合った努力を続けるよ」


 何故なら、こうして今までと立ち位置を変えない人間も多数存在するからだ。

 書く言う俺も、あれから姉さんの特別授業を除いては今までと特に変わらずに学園生活を送っている。


「でも、洸ちゃんは学校が終わったらお姉さんの特別授業があるからね」 

「わかってるよ……。えっと、今日は三大魔法と契約についてのシステムの復習……だっけ?」


 今さら……そう思うような特別授業の内容ではあるが姉さんいわく、


『基礎知識の向上は洸ちゃんみたいな近代魔術を利用する人間にとってもっとも大事なことなんだぞ』


 だそうだ。


 実際のところ、基礎知識などの基本的な部分は正直な話だが、この学園に存在するどの生徒よりも成績は秀でている方であると自負している。

 姉さんの言葉のように、近代魔術は古代魔術とは違って基礎さえ抑えていれば安定した出力を出すことができる。つまり、基礎こそが近代魔術にとっての根幹であると言えるのだ。


「そ、基礎知識はバッチリなようだけど確認も兼ねてね。それと、契約システムについては洸ちゃんはまだまだ知らないことが多いみたいだし」   

「姉御も随分と洸に手を焼くんですねぇ」


 今の今まで机の上で‘ぐでーん’と伸びていたナギは空気が入ったように綺麗に背筋を伸ばして起き上がると、目を輝かせながらニヤケ顔で姉さんに向かって言葉を放つ。


「まあ、大切な教え子であり主だしね。お姉さんは先生としても洸ちゃんの世話を焼いてあげたいのだ」


 姉さんはそんなことを言って、わっしわっしと俺の頭を撫で回す。


「や、やめろって、もうそんな歳じゃないだろ?」

「ううん。お姉さんは洸ちゃんのお姉ちゃんで先生なのだから問題は無いのだ」


 俺の言った言葉は無意味どころか逆効果で、さらに頭を撫で繰り回される。けど、不思議と嫌な気はしなかった。

 もっとも、どこからか感じる射殺すような殺気さえ感じなければの話だが。

 そこで、ようやく授業開始五分前を知らせる予鈴がスピーカー越しに校内に鳴り響く。


「お、そろそろ授業の時間だな……今日一日がんばりますか」


 そう言ってナギは自分の席に戻っていく。その隣には、ナギの従者であるツインテールの小学生ほどの女の子がちょこんと申し訳なさそうに座っている。

 もちろん、俺の隣には姉さんが座っている。


「俺もがんばるかな……」


 こうして、俺の長い一日が再び始まったのだ。




◆◇◆◇◆




一~四時間目・近代魔術


 何度も言うようで悪いが、俺こと今神洸は魔術師である。

 魔術師だから、魔道師や魔法使いを目指して今日も勉強していた。

 それだというにも拘らず、俺は魔術師としての偉業をつい先日に成し遂げてしまった。それも、自分の力ではなく従者である姉さんの従者の力によって。

 しかし、いつの時代でも事実というものは捻じ曲げられて民衆に放送されるものだ。


「今神………お前が鳴神兄弟に勝利してからというもの、何故だか知りたくも無いが近代魔術の授業は人数以上に視線を感じるんだ」


 E組の担当魔術のすべてを受け持つ教師である、蓮見はすみ煉慈れんじ先生は俺に向かってめんどくさそうな口調で話しかけてくる。


「知ったこっちゃありませんよ……。それに、あの決闘だって事実だけが広まって内容は公表されていないみたいですし」 


 それに対して同じように俺がめんどくさそうに言葉を返すと、煉慈先生は厭味をいうかの如く、姉さんをちらちらと見てから黒板に無言で文字を書き込んでいく。

 黒板に大きく書かれた文字は『実習』の二文字。


「というわけで、今日は近代魔術による召喚術についての実習を行う。一旦、自分の従者及び使い魔を返還してくれ!」


 煉慈先生の言葉に、ナギを含めた俺以外の生徒たちは次々と従者及び使い魔を返還していく。


「それじゃ、ワタシも返還するかな」


 そして、姉さんは勝手に転移術式を発生させて召喚される前の場所に戻っていく。

 煉慈先生は姉さんが完全に返還されたことを確認した後、改めて教室内に従者及び使い魔の類が残っていないことを確認すると、再び黒板にでかでかとチョークで文字を書き込んでいく。

 そこには先ほどとあまり変わらない大きさの『付与効果』四文字が書かれていた。


「それじゃ、お前らに一つ問う。付与効果とは一体どのようなことを示している。ナギ、答えてみろ」


 煉慈先生に指名されたナギは、席から立ち上がるといつもの様な口調で答えた。


「従者及び使い魔を召喚する術式に強化の術式や対属性の術式を組み込むこと……であってますかー?」

「まあ、そんな感じだ。座って結構だ」


 煉慈先生の言葉にナギは小さく頷くと、自分の席に座りなおす。


「そしてお前らに与える課題は……、同調シンクロの術式を組み込んでの契約済み従者及び使い魔の召喚だ。何か質問はあるか?」


 そんな煉慈先生の問いかけに、少し小柄な銀髪の少年―――クラスメイトの一人であるシグ・フレイマーは立ち上がって疑問を口にする。


「同調の術式を組み込むことによって出来る事は契約の際に繋がるパスがあれば大体のことは出来るはずなんだけど……そこの説明を頼めるかな、煉慈さん」

「いい質問だ、シグ。この同調の術式を組み込むことによって主から従者、使い魔への一方通行な魔力の流れを循環させることができるようになるんだ。つまり……パスとは違って、より一層従者との繋がりが強くなるし、主の魔力切れを防ぐことが出来るようになる。

 説明はこんな感じだが……シグ以外に何か聞きたい者はいるか?」


 煉慈先生の二度目の問いに声を上げるものはいなかった。


「そんじゃ早速、各々で召喚術式を書いてくれ。そこに同調の術式を加えて魔力を注げばいい。術式を組み込むときは契約刻印を上書きするんじゃなくてパス回路に上書きをすることが重要だ」


 煉慈先生の支持伊通りに、E組の魔術師は次々に自分の従者や使い魔を再召喚していく。先ほど質問していたシグは完璧に同調の術式が馴染んでいたのか、従者である‘白面金毛九尾の狐’の子孫、九代目玉藻たまもの尻尾が主であるシグの尾骶骨びていこつのあたりから、ゆらゆらと蜃気楼のようぼんやりとだが生えているように見える。

 そしてナギだが、どうやら術式を組み込むことに失敗したらしく、従者のツインテールの少女の身体が成長した反面、召喚者であるナギの身体が十代前半まで若返ってしまっている。

 しかし、当の本人であるナギは従者の成長した身体に抱きつくなどしているところを見る限り、一概に失敗したとも言えないようだ。

 そして俺に至っては………


「姉さん……何で猫耳なんだ?」

「そういう洸ちゃんだって犬耳が生えてて可愛いわよ♪」


 どこかで失敗してしまったのだろう。何故かお互いに獣耳が生えてしまうという始末。

 しかし、パスを繋いでいたときと比べても魔力の供給の通りが良くなっている気がする。そして、姉さんの‘魔’に関する情報が頭の中に微量だが供給されるようになった。


「それにしても……なんで猫耳と犬耳なんだ?」

「それはね……おそらくだけど、お互いの最も見たい相手の姿の具現だと思うの。だって、さっき洸ちゃんが猫耳つけていたら可愛いなぁって考えていたところ召喚されたら猫耳の洸ちゃんがいたし。


 それと洸ちゃんが犬耳萌えだったなんてお姉さん知らなかったなぁ。今度からこの格好で一緒にいてあげるわね♪」

 ウインクと同時に胸を押し付けるように姉さんに抱きつかれた。


「うおっ、やめろよ姉さん!」

「何も嫌がること無いじゃないの~」

「嫌がるとかそういう前に他の奴らの視線が―――ああもう! お前らも温かい目で見守ってるんじゃねーよ!」




◆◇◆◇◆

 

 そんなこんなで、午前の授業を終えた俺たち一行は学食に向かう。ちなみに一行というのは、俺、姉さん、ナギと従者の少女、そして何故かシグと従者の九代目玉藻のことだ。

 もともと俺はナギと仲が良かった為に特に問題は無いが、シグは違う。

 彼はいつだって一人で常に在るというスタンスでクラスメイトの一員として存在していた。それがつい最近になってからというもの、今の従者である九代目玉藻をこの学園に連れて来るようになった。

 そして、先日の決闘の後と言うものは興味を持ったのか俺と一緒に昼休みを過ごすことが多くなった。

 それが今の状況である。


「なあ洸、ここらでそれぞれの自己紹介を改めてしておかないか?」


 ナギはテーブル席の一角に座ると、思いついたように話しかけてくる。


「姉さんの正式な紹介もしてない……つか、ナギの従者については一度も話して貰った記憶も無いしな」

「ワタシもさんせーい。だって、ナギ君の従者の女の子が可愛いいから♪」

「わ、私ですか!? 六大始祖の天音様にそんなことを言ってもらえるなんて……ナギ様、私はどうすれば!?」


 姉さんの言葉にナギの従者の少女が顔を真っ赤に染め上げて、ナギの服の裾をバタバタと引っ張りながら暴走している。


「いやー、俺は百合もいけるからおk。どんどんやってくれよな、エリーナ」


 そんなことを言って親指をぐっと立てているナギの姿を見て、正直なところへし折りたくなってやった。


「百合……? ナギ様、百合とは何でしょうか」


 そんなナギに対してエリーナと呼ばれた少女は、純粋無垢な眼差しでナギの事を見つめている。

 姉さんも混ざって話があらぬ方向に曲がってしまう前に、俺はシグに話しかけた。


「なあ、どうしてお前はスタンスを変えた。やっぱりさ、あの決闘があったからか?」

「スタンスを変えたつもりは無いよ。けどね、君たちを見ていたらあの人のことを思い出しちゃってね……。そしたらなし崩しに寂しさが襲ってきた。だから玉藻を召喚したんだ」


 俺の言葉に対して、シグは何の迷いも見せずに決まっていたかのように答えを述べた。

 どうしてだろうか……シグの言っていることを疑うことが出来なかった。


「じゃあ、どうして俺たちに近づいてきたんだ?」

「さあね、僕は僕の正しいと思った事を基準に行動しているだけだから……。それと、僕からも一つ聞いてもいいかな?」


 俺は無言でこくりと頷く。


「洸、君ならだ。もしも大切な誰かが自分の手の届かないところに行ってしまったらどうする。自分の手の届かない高みへ行ってしまったら?」


 その質問は、まるで俺を試すかのような口調で言われた。

 だから俺も迷うことなく答える。だって、答えはあのときにもう決めたから。


「胸を張って隣を歩けるようになるまでその背中を追いかけ続けるさ。どんな苦渋の道でもな」


 その答えにシグは納得したのか、彼の隣に座っていた玉藻の頭を優しく撫でる。そして、変化の少ない表情を少し緩ませた。


「そう……か。そうだね。その答えを初めから持っているならきっと大丈夫だよ。蒼香ちゃん、行こうか」

「そうですね、行きましょうか」


 シグは玉藻―――蒼香と共に立ち上がると、学食の出口に向かって歩いていく。


「あ、ちょ、昼飯食わないのか?」

「気づいてないみたいだけど、昼食を食べてないのは君だけだよ」

「なっ!?」


 俺は急いでナギと姉さんのほうを見る。

 そこには綺麗になった容器だけが置かれていた。


「な…いつの間に……」

「どうしたの洸ちゃん?」


 俺は姉さんの不思議そうな声を聞くと同時に、急いで食券を買いに行く。

 姉さんは理解できないといった風に俺の座っていた席の隣に座ると、テーブルの上に肘をついて手の上に顎を乗せる。  

 俺はそんな姿を見ながら食券をおばさんに手渡し、その代わりに渡された天ぷらそばを眺めながら小さく呟いた。


「不思議なやつだよ……アイツ」




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