プロローグ・完結
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「それではこれよりB組、鳴神雨竜、鳴神晴竜の二人とE組、今神洸及び従者の天音の決闘を宣言する!」
学園長の宣言に、噂を小耳に挟んだ生徒の群れが喚声を上げる。
噂……と言うよりも厳密に言うのならば、ナギが全学年を大声を上げて歩き回った結果がこれだ。
そもそも観客がこんなにもいる状態で負けるなど、ただの辱めである。魔術師が魔道師に……それも、従者と主だけで挑むということ自体が前代未聞の事態だ。
今までに何度か存在した魔道師と魔術師の戦いはいずれも一対多数の決闘であったが、そのいずれも魔術師は魔道師に惨敗してきた。
もちろん今まであった決闘に参加などしていないが、それでも決闘なんてする前から結果なんて分かりきっている。
「どう足掻いても俺一人じゃ数秒も持たないって………」
俺がぼそりと呟くと、姉さんは笑みを浮かべながら言葉を返してきた。
「それはやってみないとわからないわよ………。それに、お姉さんの言葉が信じられないって言うの?」
「俺の実力が鳴神兄弟よりも上だって事か? 姉さんの言葉でもそれは信じられない………」
俺が使える最大の魔術は‘模倣’と‘時間操作’の中位魔術が限界だ。
模倣と言っても、出来ることといえば戦闘経験を模倣と言う仮想エミュレーターを使用した体術の戦闘経験の憑依が良いところし、俺の使う魔術は現代魔術の我流と言うのが一番しっくり来るだろう。
だから魔術名が機械などから取られているものが多いのだ。
「でも、まあ……いざとなったら姉さんが助けてくれるんだろ? だったら精一杯やってみるさ」
けど、俺の後ろにいるのは‘始祖の悪魔’の一角であり、師匠である姉さんがいるんだ。
「仮想エミュレーターによる戦闘経験の憑依及び加速装置による戦闘補助を開始―――」
「さ、洸ちゃんのお手並み拝見っと」
俺の後ろで姉さんは胡坐を組んで座り込むと、観客に紛れていたナギを引っ張り出して隣に座らせていた。
「えっと、ナギ君だっけ? 洸ちゃんが負けたら死なば諸共と言うことだから覚悟しておいてね♪」
その言葉にナギは顔を真っ青にしてこくりと頷いていた。
ほんの少しだけ同情してしまったが、そもそもの原因はナギのせいなのだからと思い直し、俺は鳴神兄弟に準備は出来たといわんばかりに睨み付ける。
「へぇ、従者は決闘に参加させないのか……」
「もしかして君って、魔術師云々の前に頭の中空っぽだったりするのかな?」
鳴神兄は感心したように、弟は馬鹿にするような口調で思い思いに言葉を放っている。
だが、その一瞬は俺にとって絶好の好機である。
「頭の中が空っぽで悪かったな!」
加速装置の利点は三つある。
一つ、前動作抜きで動くことが出来る。
これはつまり、居合いのように一瞬で目標に接近することが出来るということだ。
二つ、音速の壁を蹴ることが出来るようになる。
これは加速装置によって擬似的に音速の壁を作り出し、飛行魔術を使用しないでも空中闊歩をできるようになるという利点が存在する。
三つ、全ての過重負担を加速装置が稼動している限りゼロにすることが出来る。
これによって人間に不可能な動きを実現することが出来るようになる。
「ふん、これだから魔術師の使用する魔術は品が無いというんだよ」
鳴神兄は悪態を突くかの様に小さく呟くと、その掌の上に加工済みのルビーのような輝きを放つ物体を発生させる。
「炎の四法!? 違う……召喚か?」
それはマグマの圧縮体のようだ。
鳴神兄の掌で生成された‘ソレ’は掌から零れ落ちると、蜥蜴のような生物になっていく。
「火炎精霊」
涙目になりそうな感情を押さえつけて、後ろで傍観者を気取っている姉さんに俺は叫ぶ。
「精霊召喚って――――姉さん、この二人が本当に俺より実力が下なのかよ!?」
「精霊召喚なんてワタシに比べればどうってことないでしょー」
だが、姉さんから返ってきた言葉は返ってきて欲しかったような言葉とは全く違った。
―――そもそも、鳴神兄だけでも無理ゲなのにもれなく弟もいるんだぞ?
「やっぱり無理ッ!」
「ハハハッ! これが魔術師と魔道師の力の違いというやつさ。晴竜、お前も見せてやるといい、力の違いをさ!」
加速装置の出力を最大限まで発揮させ、襲い来る火炎精霊の猛攻を紙一重で回避をするのが精一杯の状況で、これ以上何をどう頑張ればいいのだろうか?
それでも姉さんは、俺のことを後ろのほうで見守っているだけだ。
「そんなに逃げ回っていたら身体も火照ってきただろ? 僕の厚意も受け取っておきなよ」
それに加え、鳴神弟は鳴神兄とは正反対の属性の精霊召喚を詠唱している。
―――正反対の精霊召喚………これは好機か?
「加速装置最大出力!」
俺は加速装置の出力を文字通り最大出力まで上げる。
『攻撃をするのか?』と問われれば、そうではない。狙いはまったく別なところにある。
「そうだ、お前ら魔術師はそうやって無様に逃げ惑えばいいのさ!」
「勝手に言ってろ……」
校庭の地面が高熱によって焦がされ、異臭が鼻を突く。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
なぜなら、俺の眼前では口元から冷気を放っている狼のような精霊を召喚した鳴神弟が立ち塞がっているからだ。
「氷精霊」
だが、俺はあえて口元を不敵に歪ませて見せる。そして、呟くのだ。
「天才ってのは手に余っちまうものだよな?」
『行け!』
その言葉に反応するように、鳴神兄弟の召喚した二体の精霊は前後からほぼ同時に突進してくる。
この状況こそ、圧倒的に能力で劣っている魔術師の俺が魔道師に勝つために考えた策。それも、成功確立は五割を下回るような下策だ。
「姉さん、これが俺にできる限界だ!」
その場で左脚だけに力を込め、加速装置の補助を施している右足で音速の壁を蹴り上げる。
音速の壁は蹴られる事によって破壊され、衝撃加重に比例した爆発的推進力を作用者にもたらしてくれる。本来なら人間には決して耐えることのできない衝撃すら、加速装置が吸収してくれるため、この下策は初めて上策に成り代わってくれるという寸法だ。
『なっ、僕たちの力を利用しただって!?』
火炎精霊と氷精霊は俺の目論見通りに、突進していたスピードを殺しきれずに激突しあう。兄と弟の召喚した精霊に大きなランクの違いがあったのか、兄の召喚した火炎精霊は大きなダメージを負ったようだ。
「へえー、洸ちゃんも意外な方法で立ち回るのねぇ。でも、それだけじゃ精霊を強制返還はできないわよ」
だが、後ろで姉さんが呟いたように強制返還をするまでは到らなかったようだ。
「チッ……これじゃ打つ手が無い―――って、姉さん?」
いつの間にか、俺は本気で勝つために戦っていたようだ。姉さんに再開するまでの俺なら、間違いなくあきらめていた決闘を。
「さぁて、洸ちゃんがお姉さんの教えを思い出してくれたようだからお姉さんもそろそろ期待に添ってあげようとするかしら」
いつの間にか隣に立っていた姉さんは俺の頭を優しく撫でた後、何かを呟く。
その呟きが詠唱だったのか、姉さんを召喚した際に付属品のように召喚してしまった毒舌少女(俺命名)テトが不満げに文句を言いながら召喚された。
「どうしてテトが天音様の為ではなくこんな人間なんかのために……でも、天音様の命令だからテトは頑張ります!」
テトはとてとてと前に歩き出ると、どこからとも無く取り出した猫の手のような大きなハンマーを肩に担ぐように手に持つ。
「なっ、姉さん? あの娘が俺より強い―――」
俺がそこから続きを口に出そうとしたとき、出そうとしていた言葉をいつの間にか飲み込んでいた。
だってそうだろ?
何故なら、さっきまで苦労して回避をしながら攻撃をしていた火炎精霊と氷精霊を猫の手のような大きなハンマーを一振りしただけで強制返還させてしまったのだから。
「テトに勝つつもりなら古龍種でも召喚しやがれってんです」
しかも、本当に服についたゴミを手で払うかのように一瞬でだ。
「な、従者が召喚師……それも主より優れているだって!?」
「魔術師の召喚した従者に僕たちの精霊が一瞬で……ば、バカな!」
そんな言葉を好き放題に言っている鳴神兄弟の言葉はテトの触れてはいけない何かに触れてしまったのか、テトの額に青筋が一本浮かぶ。
「天音様……こいつ等ムカつきます! 人間、どうやらお前に負けるのが一番屈辱な様ですのでお前が止めをさすです」
俺はそんなテトの迫力に負けてしまい、無言で加速装置で鳴神兄弟に近づいて反撃の間すら与えずにリバーブローを叩き込む。
『ウッ……』
「なんか……悪い」
同情せずにはいられなかった。
「この決闘、勝者はE組の今神洸! 強制執行の権利書の譲渡は後日学園長室によって執り行う!」
その日、魔術師が従者を従えて魔道師に勝利するという偉業が達成されたという事実だけがネット放送によって全国に報道された。
俺はこの日に思った。
いつか必ず、姉さんの隣で一緒に胸を張って歩けるような存在になりたいと。
◆◇◆◇以下の単語が記録書に追記されました◆◇◆◇
加速装置
洸の使う魔術を補助する機械。専用に作られたオーダーメイド品
古龍種
旧世界に存在する古龍。もはや幻想種。始祖と戦えば星が一つ滅ぶとか何とか……
◆◇◆◇記録中◆◇◆◇