プロローグ・召喚
現在『オリジンブラッド・イモータル』は別サイトにて掲載するのでこちらから削除させていただいております。
それにあたって新作『僕と六大始祖の学園記録』を新連載する所存であります。
今までは一人称で書くことを避けてきましたが、この作品は本当の意味で書きたいと思っていますので、どうかよろしくお願いします。
感想、一言、とにかくなんでもお待ちしております。
「この儀式を成功させて、今まで僕に正当な評価を与えなかった奴らを見返してやるんだ」
とある住宅街の、一軒家に存在する空気の冷え切った地下室で、僕は小さく呟いた。
何故そんなところに居るのかと問われれば、ここが僕の自宅にある実験室……のような所だとしかいえない。
「でも、今回だけは間違いなく成功するはずさ。何故なら……爺が隠し持ってた魔道書があるんだから」
そして、僕は魔方陣に自分の出せる分の魔力をありったけ注ぎ込んだ。
……注ぎ込んだ。
………注ぎ込んだ。
「失敗……だって? いや――そんなはずは…」
いくら古い術式だとしても、あの爺が隠し持っていたほどの魔道書を使ってまで失敗する程まで僕は才能がないわけではない。
「たかだか人間霊の使役なんて、使い魔の召喚と同じかそれ以下の技術だろ……どうしてこの僕がそんな作業を失敗するんだよ」
だとしたら、失敗をするはずなんてないのだ。
もう一度、ありったけの注ぎ込めるだけの魔力を注ごうとしたとき、小さな爆発が魔方陣上に発生し、魔力を注ごうとしていた僕はそれに巻き込まれ、壁に思いっきり頭をぶつけた。
「はがぁもっ………!?」
僕は壁にぶつけた頭を労わるように摩りながら、爆発の起きた魔方陣に目をやる。
「いたたたた……これでも物理戦闘だけなら評定はAランク超えてるんだけどな」
そもそも魔術を習う身だと言うのにもかかわらず何故か、僕こと―――今神洸の家系は物理戦闘における評価がずば抜けて高い。その代わりに、一番必要な魔術ランクの評価が極端に低いのだ。
それはそれとして、魔法陣上に発生した爆発の煙が晴れると、そこには何かの生き物が立って……はいない。おそらく何らかの失敗によって召喚が完全に成功しなかったようで、胡坐をかきながら、片手で頭をわしわしと掻いている。あの生き物は―――
髪は燃えるような朱色をしていて、それなりに短くカットされている。
背は僕より遥かに高くて180センチ前後はあるだろう。
子供っぽい……とは口が裂けてもいえないような体格をして入るが、どこからどう見ても人間で、間違いなく女性である。
端整な顔立ちで、随分人懐っこさそうな目をしている。
それどころか既に立ち上がって、すたすたとその足を動かして僕に近づいてきている。しかも、その顔には美しい笑顔しか見つけることができない。
―――これが、爺の魔道書に記されていた人間霊……でいいのか?
いや、まだ確定はしていない。
僕は何事も失敗だけはしたくない。まずは、挨拶を兼ねた確認からするべきだろう。
「き、君が僕に召喚された人間霊……でいいんだよね?」
僕はにこっと笑って、少し緊張感を隠し切れないままに尋ねた。
「ええ、ワタシをあの忌々しい爺の封印から解き放ってくれたのは貴方であっているわよ。洸ちゃん」
―――あれ……懐かしい声だ
「え…洸ちゃんって……もしかして」
嫌な予感が背中を駆け巡り、冷や汗が背中を伝って気持ち悪い。
「そ、昔に貴方の教育係として召喚された、ワ・タ・シ」
どうして気が付けなかったのだろうか。
「教育悪魔―――天音………姉さん」
訂正しよう……あの爺が隠し持っていた魔道書は、隠し持っていたのではなく封印していたのだと。
「でも……おっかしいわねぇ。なんか、洸ちゃんとパスが繋がってるんだけどこれってどういうことなの?」
天音姉さんはそこで再び胡坐を組むと、ほっぺに手を付けて僕に向かって不思議そうに呟く。
「パス……? も、もしかして―――」
急いで僕は自分で書いた魔法陣の確認作業を行う。
すると、気が付きたくないミスを発見してしまった。
「つ、召喚契約と使い魔契約の術式を一文字ずつ書き間違えてる………」
「ああ、そっかぁ。だったら、これからまた一緒ね洸ちゃん」
僕に封印をとかれて召喚された教育悪魔こと天音姉さんは、ドSな笑みを浮かべながら、僕に向かってにっこりと微笑んだ。
「は、ははは……はぁ」
「あ、どうして溜め息吐くの!? もしかして洸ちゃんてば、まーたお姉ちゃんに何かされるって思ったの?」
僕は元気なく再びから笑いをしようとした。
「だって……ぇ」
―――つもりだったんだけど。
そうしたかったんだけど、そうはならなくて、く、くすぐったい!
脇、くすぐるな、ちょ、苦しい!
姉さん、ちょ、やめてぇぇぇぇぇぇ―――!
「あひゃはっはひゃはははははははっはひゃは……!?」
天音姉さんは僕の異変に気が付いて少し経ってからくすぐりをやめてくれたけど、時すでに遅しって言うか遅すぎて意味がないよもう。腹筋が……ところどころの筋肉がァァァァァァァァこの嫌がらせ何なのぉぉぉぉぉぉぉ!
僕はうずくまって身悶えた。
正直、ちょっとだけ涙が零れ出てきた。な、泣いてなんかないんだからな!
これが、僕と天音姉さんの使い魔契約の成立シーンだった。
◆◇◆◇◆
くすぐりによって引き攣ってしまった腹筋に加えて、召喚の際に持っていかれた魔力もあってか、僕の身体はいろんな意味でボロボロだった。
おそらくそのせいもあってか、姉さんは昔と比べてもそれなりにソフトな接し方になっていた。
「ええっと。そういえば姉さんってどうして爺に封印されたんだっけ……」
だから、昔の教師と教え子(笑)の状況よりはいくらかマシな関係に……そもそも使い間契約をしたにも関わらず姉さんは自由気まますぎる。
「えー、洸ちゃん忘れちゃったの? お姉ちゃんあんなに洸ちゃんのこと愛してたのにぃ」
「は? え? な、な、何のことだよ!?」
もう何のことだか覚えてないし……なんか思い出してみても碌な思い出がない。
「もう、だーかーら。子供の洸ちゃんのナニをナニして――――」
「あぁぁぁぁぁぁぁ! 思い出したから、思い出したから言わないでくれぇぇぇぇぇぇ!」
そうだった。姉さんは教育悪魔になる前の素材はサキュバス―――淫魔の類だったっけ。
それで爺がうらやましいだの何だの言って……結局爺は自分の思い通りにならないから封印したんだっけ?
「と言うか、爺も爺で封印の理由は碌なもんじゃなかったような」
「そうだねー。ま、契約した以上は洸ちゃんの願いを聞かないといけないのよねぇー。それで、どうしてまたこんな真似したの?」
姉さん……言っていることは確かに正しいと思うけどさ、何で脱ぐんですか?
「どうしてって、僕は僕に正当な評価を与えなかった奴らを見返してやりたくって………ていうかどうしてどんどん脱いでいくんだよ!?」
「だって、こんな密室で男性と女性がやることなんてS―――」
「そんなわけあるかぁぁぁぁ! いいから服を着ろ! ていうかどうしてそんなに勝手気ままなんだよ!?」
そもそも、なんで契約して主になったのにこんなにも立場が対等……と言うより下なんだ?
「ああ、それはね―――洸ちゃんの魔力程度じゃ使役なんて到底できないってこと。せいぜい召喚が関の山って所ねぇ」
「もっとオブラートに包むように遠まわしに答えろよ! それ以前にどうして考えていること分かるんだよ!?」
僕の喚く様な声に、姉さんは馬鹿にするようにニヤケながら答える。
「だから、先刻も言ったけどパスが通ってるでしょ。洸ちゃんも意識を集中してワタシのことを考えれば少しくらいならワタシの考えていることも分かると思うわよ」
忘れていた……さっきまで散々自分で考えていた重要なことを。
そうなのだ。僕こと今神洸と教育悪魔天音は何の因果か契約してしまったのだ。
「えっと、それと洸ちゃん。その『僕』って言う一人称気持ち悪いわよ」
そして何度も言うが、姉さんは僕の専属の教育悪魔だった。
「べ、別に良いだろ……あの頃とは違うんだからさ」
だから、例え言葉にして拒否しようとも……身体が言う事を聞いてくれない。
「えー、せめてお姉ちゃんの前だけでも昔みたいに『俺』って一人称にしてくれると嬉しいんだけどなぁ」
「あ、ね、姉さん……また誘惑の魔眼使いやがったな!?」
「ふふ、教え子は教育者の言う事を聞くものよ」
勝利したような満面の笑顔を浮かべながら、姉さんは僕に絡みつくように抱きつく。
どうやら、そのときの僕は俗に言う‘キレて’しまった状態になったのだろう
「くそ、馬鹿にしやがって! 契約者に命ずる、僕を、俺をからかうなぁぁぁぁぁぁ!」
だから成功したのかもしれない。
「えっ、嘘……契約の強制執行が―――」
初めて行使する、マスターとしての従者に対する絶対の威力を持つ強制執行が。
「ど、どうだ! これで姉さんも俺に逆らえないだろ! へへっ、俺にだってできるんだ」
だが、どうやら俺は強制執行の成功に浮かれていたようだ。だから本当の意味での敗北に気付くことができなかった。
「でも~、洸ちゃん?」
「な、なんだよ」
「ふふ、一人称が『僕』から『俺』になったわよ」
「え、どうして……確かに俺の強制執行は成功―――ね、姉さん…まさか、誘惑の魔眼を解除しなかったのか!?」
そこで姉さんは今まで笑いを堪えていたかのようににんまり笑うと、こう言った。
「確かに強制執行は発動して‘からかう’ことはできなくなったけどぉ、誘惑の魔眼の効果の使用禁止までは言われなかったからねー。ちなみに残念だけど、洸ちゃんはワタシの前で『俺』っていうことしかできないからね」
「な、んな……」
「それと、強制執行の同時許容は最大三個までだからよく考えて使うこと。分かったかな洸ちゃん?」
どうやらぼ……俺は、永遠に姉さんには勝てそうにありません。
でも、同時にこれで良かったのかもしれないと思う。なんせまだまだ未熟な俺を姉さんにまた、世話を焼いてくれるといっているのだから。
「なーんか照れちゃうな……じゃあ改めてよろしくね、マスター」
顔を少しだけ赤らめて、姉さんは俺に手を出す。
俺はその手をがっしりと掴み、少し上にある顔を見上げて言う。
言おうとした……
「よろし―――」
「ああ、言い忘れていたけど召喚されたのはワタシを含めて二人と一匹だから」
そんな突然のカミングアウトに俺は耳をついつい疑ってしまった。
―――ワタシを含めて二人と一匹? じゃあ、残りの一人と一匹ってのはどこに……
「あら、本当に気付いてなかったのね。まあ、ワタシの従者として召喚されたわけだから気付かなくても仕方ないか」
俺の考えていることに対して簡単に答えを述べてから、姉さんは指を弾く。
その音に反応するように、今まで何も存在していなかった空間に一人と一匹の虚像が現れる。それは次第に実体化してくると、俺よりも少し年下くらいの少年とトカゲに羽の生えたような形をした生物が出現した。
「少年って……洸ちゃんも失礼ね。この娘はバステトのテト、こっちのこの子が龍王の子供のキュリオス」
「バステトって…日本で言う猫又のことだよな? それに龍王って―――」
「テトはエジプトの女神の末裔ってだけだから女神でも妖怪でもない純粋な人間よ。それに、龍王って言っても旧世界の龍王だから成長しても大して強くはならないから安心して」
そう言って姉さんは微笑むと、近くにいたキュリオスを俺の頭の上に乗せる。
「あの、姉さん……一体なにをして……?」
そう疑問を口にしたとき、先ほどまで一言も話さずに黙っていたバステトのテトが口を開いた。
「どーしてテトがアンタみたいな人間に使役されないといけないんですか!? そもそも胸があんまりないってだけで少年ってどういうことですか! テトは女の子ですよ」
「はいはい。いい子だから静かにしてなさいテト」
「天音様、テトは納得いかないです。だってあの爺の息子ですよ!? 絶対に信用できないですよぉ」
酷い言われように心が折れそうです。
もっとも、流石に年下の子供に馬鹿にされたところで俺の自尊心は……自尊心は絶対に揺るがない……と思う。
「まあ、ワタシの任意で召喚と返還はできるから安心していいわよ」
「出来る事ならその娘とはあんまり関わりたくないです姉さん」
「そうねぇ、洸ちゃんに毎日魔力切れを起こされるのも嫌だし……極力召喚しないことにするわね。テト、キュリ、戻りなさい」
姉さんが再び指を弾くと、逆再生されるようにテトとキュリオスの姿が消えていく。
「テトは絶ぇぇぇぇ対にアンタのことなんてマスターなんて思わないですからね! キュリちゃんもそうですよね?」
「キュ?」
テトの言葉にキュリオスは首を少し傾げたと思うと、二人の姿は完全に消えてしまった。
「さぁて、洸ちゃん。あの爺はまだこの屋敷にいるの?」
姉さんはそれを確認した後、数秒の間もなく尋ねてくる。
俺はその問いに対して首を縦に振ると、途端に歓喜に満ち溢れたような声で宣言した。
「ブッ血KILLわよ~」
「ね、姉さん!?」
その後、俺は姉さんに引き摺られながら陰気な地下室から連れ出され、姉さんを封印していた張本人である爺の部屋まで連行されたのは言うまでもないだろう。
俺は思った。姉さんは人をいたぶっているときに一番輝く悪魔なのだと。
「な、洸! 何故コイツがコッチの世界に召喚されている―――ぎゃひぃぃぃぃ」
「おらぁ! よくもワタシを封印なんてしてくれたな爺ィ!」
「おほぉ、そ、そこは――」
我ながら凄い従者を召喚したものだと思う。
最強にして最凶……間違いなく切り札としては申し分ない従者だといっておこう。
(けど……明日から学園に通うのが激しく鬱に感じるような感じないような……微妙な気分だ―――)
◆◇◆◇以下の単語が記録書に追記されました◆◇◆◇
今神洸
今神家の一人息子。洸いわく、爺と生活を送っているらしい。そして、元・教育悪魔の天音を使い魔ではなく従者として召喚する。
元・教育悪魔の天音
今神洸の爺に何故か封印されていた悪魔。封印といっても、洸たちの住む世界に召喚できないようにされていただけのようだ。
バステトのテト、旧世界の龍王の子供キュリオス
バステトの末裔のテト。頭からは取り外し可能な猫耳を装着している。
旧世界の龍王の子供のキュリオス。小さくて愛嬌がある。
爺
文字通り洸の爺さん。血縁もキッチリあります。日本に存在する六賢者の一人。召喚術師として過去に小国を滅ぼしたとか何とか……
旧世界
彼らの暮らす世界とは少しズレたところにある科学の発達しなかった世界。竜種、幻獣を龍王が支配しているらしい。
六賢者
近代科学と魔術師が共存するよりも前に存在していた六人の魔法使いのこと。
現在は生存が確認されているのは三人だけらしい。
◆◇◆◇記録中◆◇◆◇