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【第4話】極細ペンと一秒の神業、これがルーン・ステッチだ!

緑が少し濃くなり日差しも強くなり始めた頃、Dクラスの生徒たちは、学園の端にある古びた第7工房に集められていた。


いつもの様に教卓に寄りかかる担任のロイドは、黒板に『基礎マギア(魔導具)作成』と書き殴る。


「いいかお前ら。AクラスやBクラスのエリート共には学園からマギア購入の予算がつくが、最底辺のDクラスにそんな金は支給されねえ。自分の武器の簡単なメンテナンスや、使い捨てのマギアくらいは自作できるようになれ」


その言葉に、カイルやミラたち戦闘職の生徒たちは不満げに顔をしかめた。


「今日の課題は、光を灯すだけの簡易的な『照明マギア』の作成だ。渡された魔導板に、指定された発光のルーン・サーキット(魔法陣)を刻むんだ。魔石をセットして起動する前に、俺がチェックするから出来たやつから声をかけろ。クラフター以外は工具を使ってよし。制限時間は一時間。……はじめろ」


生徒たちが一斉に不慣れな手つきで工具を手に取る。


「ウチ、こういうの苦手やわ…」


シルフィアがポツリとつぶやく。


「ああ…それと、ルーンは一回で描ききれ。ルーンキャスト(魔導鋳造)を途中で止めると、エーテル(魔力の元)が伝導しなくなる。つまり途中で休むと、1からやり直しだ。クラフター以外のやつらは気をつけろ。まあ、ミスっても消したり上書きも出来るから、気楽にやれ」


そんな中、アルノは右手にクラフターの証であるグローブ型のエーテルコンバーター(出力変圧器)をはめ、魔導板に向かった。


右手親指にはめられた祖父の形見の指輪や、全身にジャラジャラと身につけた無数のアクセサリーが、かすかに煌めいた。


(前回は決められた太い線をなぞるテストだったけど、今回は『自由に刻んでいいんだよね?』それなら……)

アルノは指先に魔力を宿し、眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。その瞬間、眼鏡のフレームがかすかに光を帯びた。


キュインッ!!



開始の合図から、わずか一秒。一瞬の閃光と共に、甲高い魔力のキャスト音が響き渡る。


「はーい、先生。終わりました」


「……は?」


工房内に響き渡ったアルノの明るい声に、ロイドを含めた全員の動きがピタリと止まった。


隣から覗き込んだカイルが、


「なんだそれ? クラフターなのに、まともにルーンも刻めないのか?」


鼻で笑って呆れ声を上げた。

この世界においてルーンは、回路の様な図柄を対象物の表面に、うっすらと日焼けさせたような跡として刻まれる。


しかしアルノの提出した魔導板の中央には、複雑な幾何学模様の線などなく、ただキレイに変色して塗りつぶされたような星型の跡があるだけだった。


魔導板の表面の質感が透けて見えるその薄いシミの中に、ルーンの欠片は見当たらない。


「一瞬で終わったと思えば、ただのシミかよ」


「所詮、0.01だもんな」


周囲の生徒たちも一斉に嘲笑を浮かべるが、教卓から歩み寄ってきたロイドだけは違った。


彼の優秀なクラフターとしての勘が、そのうっすらと変色した、星型の跡から放たれる異様な気配を嗅ぎ取っていたのだ。


通常、クラフターは対象に極力近づき、指先一本に魔力を集中させて力強くルーンを刻み込む。


しかし、先ほどのアルノの動きは全く違った。


幼い頃から祖父に徹底的に仕込まれたその技術は、五本の指をまるで楽器でも弾くかのように軽やかに、そして滑らかに動かしていたのだ。


「まあ、起動してみてよ」


周囲の嘲笑を気にも留めず、アルノはあっけらかんとロイドに起動用の小さな魔石を差し出した。


無言のままロイドが魔石をセットし、カチリと起動させた瞬間。



カッ!!



「うわあっ!?」


「目が、目がぁっ!」


工房内が白昼のように染まり、暴力的とも言えるほどの強烈な光が弾け飛んだ。


ただの簡易的な照明マギアが、まるで小型の太陽のような規格外の光量を放ったのだ。


(おかしい!?…セットした魔石にここまでのエネルギーはなかったはずだ?…いや、その前に、ルーンはどこだ?…)


あまりの眩しさに腕で顔を覆う生徒たちの中で、ロイドは目を細め、アルノの魔導板を限界まで凝視して息を呑んだ。


(…ただの星じゃねえ。シミのように見えたこれは、1mmほどの極小ルーンの集合体だ……!)


ルーンは同じ特性のものを近くに刻むと、効果が飛躍的にアップする性質がある。


そもそも極細の線を引くためには、魔力を放出するための極端に低い出力、つまり小さな穴が必要になる。


しかし、この世界では太く大きなルーンこそが強い効果を生むとされ、高魔力量・高出力が絶対の正義とされている。


魔獣をダンジョンに閉じ込めている、あの巨大なゲート『タルタロス』がその最たる象徴だ。


そのため、誰も小さなルーンを刻もうなどと根本的に考えもしない。


その上、ほとんどの人間が一定以上の出力を持って生まれてくるため、構造的に極細の線を引くこと自体が不可能なのだ。


だが、アルノは違った。


大講堂の測定で笑われた『高魔力量・極低出力』という特性。


それは水鉄砲の噴出口を極限まで絞るのと同じ理屈で、細く研ぎ澄まされた魔力を鋭く放つことができる。


彼はその特性と、ルーンを密集させれば性能が跳ね上がるという法則を逆手に取り、誰にも真似できない最大の武器へと昇華させていたのだ。


(この世界でのルーンの一般的な最小サイズは、5センチ程度が限界と言われている。かつて王都に名を轟かせた名工、シュタール・ガレオスでさえ、その限界は1センチほどだったはずだ。その彼の技でさえ、小さなオルゴールを鳴らす程度の、物珍しさでの評価だった。……ガレオス? 同じ苗字だ。まさかこいつ、あのシュタール・ガレオスの血を引く、あいつの息子か!?)


ロイドは驚愕に目を見開き、涼しい顔で微笑むアルノをまじまじと見つめ直した。


「…おまえ、…どこでこんなルーンキャストの技術を……」


アルノは、「ふふっ」といたずらっぽく笑い、



「ルーンキャストじゃないよ。これはルーンを縫い合わせる技『ルーン・ステッチ』さ」



ロイドは魔導板のスイッチを切り、次に視線をアルノが右手にはめている標準的なグローブへと向けた。


そして、ある決定的な違和感に気づく。


(あのグローブのルーン……エーテル経路が遮断されている。つまりただのダミーか。なら、どうやって極小の出力をコントロールしている……?)


ロイドの視線は、アルノが全身にジャラジャラと身につけている無数のアクセサリーへとゆっくりと向けられた。


細い指輪、華奢なネックレス、耳飾り。


通常、この世界ではマギア(魔導具)を作るために最低でも5センチの面が必要だ。


そのため、これほど細く小さな装飾品をマギアなどと考える者はいない。


ただの悪趣味で派手なアクセサリーだと誰もが錯覚する。


優秀なクラフターであるロイド自身も、今の今まで完全にそう思い込んでいた。


だが、もしこの極小のルーンを刻む技術があれば。


「……おい、お前。その右手のグローブはダミーだな。まさか、その全身につけてるジャラジャラしたおもちゃ……に眼鏡、それが全部マギアなのか?」


かすかに震える声で尋ねるロイドに、アルノはにっこりと笑って首を傾げ、右手にはめたダミーのグローブを軽く外した。


「おもちゃじゃないですよ。全部、ボクが自分で刻んだ特製のエルコンです。あ、眼鏡は拡大鏡ですけどね。ボク視力はいいほうなんです」


「全部エーテルコンバーターだと? お前、ただでさえ0.01なんていう最低出力なのに、これ以上何を変換する必要がある!」


「決まってるじゃないですか。もっと出力を『絞る』んですよ」


アルノは、無数の細い指輪が光る指先をひらひらと振って見せた。


「極小のルーンをさらに小さく!、さらに細く!、もっと多く!、精密に敷き詰めるには、0.01の出力じゃまだ大きすぎるんです。だからこの全身のコンバーターで限界まで魔力を細く絞り込んで、ようやくボクの理想の極細ペンになるんです」


出力を上げるためではなく、限界まで下げるために全身をマギアで固めている。


高魔力・高出力が絶対の正義とされるこの世界において、それは完全に常識を覆す狂気の沙汰だった。


「ウソでしょ……。あんなに出力が低いのに、こんなデタラメな光を出すなんて……」


ミラは信じられないものを見るように目を丸くしていた。


圧倒的な魔力量と出力を持ちながら制御できずに落ちこぼれた彼女にとって、最低出力でこれほどの現象を引き起こすアルノの姿は、己の常識が根底から覆る光景だった。


「なんやの、あのジャラジャラ、全部マギアやなんて……ウチ、あんなん見たことないわ」


シルフィアもまた、目を細めてアルノの細い指先を見つめ、呆然と呟く。


「まともに刻めない」と馬鹿にしていたカイルも言葉を失い、ただ立ち尽くしている。


ロイドは無精髭を撫でながら、目の前にいる小柄な少年の底知れぬ実力に、ただ背筋が粟立つような感覚を覚えていた。


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